006 追憶②
「ノーリアクションとは意外だな。もっと驚くと思ってたぜ」
カズの声に、僕は我に返る。
『……充分驚いてるさ』
こんな記憶を見せられて、ただ沈黙する以外にどんな反応をしろというのか。
「夜夢は美鈴以外のメンバーを操り、扉をこじ開け、帰省前の職員を殺して回った。リミッターの外れたあいつらの能力は、施設側が用意していたあらゆる備えを打ち破って奴らを殲滅した。玖恩が隠れてる奴を見つけて、上井出と天照が蹴散らし、華雅が燃やした。油断もあったんだろうが、そうでなくとも止めるのは難しかっただろうな。まさかあの人数で一気に攻めてくるとまでは想定してなかったはずだ」
『僕たちだけが操られなかったのは、じゃあ』
「掃討戦向きの能力じゃなかったからだよ。もっとも伴動に関しちゃ別の理由があったかもな。伴動の『絶対服従』は『意識誘導』と双璧をなすほど強力な上、相性も最悪ときてる。まともにやり合えば負ける可能性もあると考えたんだろう。その辺を踏まえた上で、深夜に事を起こせば俺たちの邪魔も入らないと踏んだ。『未来視』で視られるなんて想像もしてなかっただろうしな」
惨い話だ。天照さんや上井出、玖恩さんまでもが能力を利用され、無意識のうちにその手を血に染めたというのか。
『美鈴は、どうして操られていなかったんだ?』
「あいつは夜夢のお気に入りだったからな。美鈴が夜夢に『魅了』をかけていたから……というより、夜夢自身がそれを望んだようだ。恋人気分で殺戮がてらのランデブーとしゃれこむつもりだったのさ」
『じゃあ美鈴は、自分の意志で夜夢の計画に加担したっていうのか。お前や美來の言葉に耳を貸さず、そんな……破滅の道を選んだっていうのか』
美來と血を分けた姉妹である美鈴が、そんなことを望んだなんて。
「むしろ、能力を使うのに薬が要らねえこととか、全員の本来の能力のことを夜夢に教えたのは美鈴だ。施設に来てすぐ職員に『魅了』をかけて情報を集めたんだ。悪いのは俺だよ。唯一気付ける力を持っていた俺が、手遅れになるまで気付いてやれなかったんだからな。結局のところ俺は――」
ただの傍観者でしかなかった、と。感情を殺した声で、カズは言った。
「俺とお前が到着した時、美來が美鈴を止めようと説得してる最中だった」
***
「お願い、もうやめて! なんでこんなひどいことするの!?」
美來の声が聞こえてきて、俺たちはとっさに廊下の陰に身を潜めた。
「うるさい! 恵まれた環境で生きてきたあなたに何がわかるのよ! 自分が正しいみたいな顔して、偉そうに言わないでよ!」
同じ声色なのに、明らかに別人でしかない声で美鈴が喚き散らす。
「あなたがカズを巻き添えにしたせいで私は独りになった。私だってこの力のせいで散々な目に遭ったのに、助けてくれる人は一人もいなかった。その上、ここに来てみたら、新しいお友達を連れて楽しそうに……その笑顔が、私はどうしても許せなかった!」
「そんな……美鈴」
「私はもう、あなたみたいに笑えない。カズの隣にいる資格もない。もう終わってるのよ。だから終わらせるの。あたしをこんな目に遭わせた世界に仕返しして、それから死んでやる。これは私が決めたことよ。何を言われようと変えるつもりはないわ。それに私は、もうあなたを妹だなんて思ってないんだから!」
美來が息を呑むのが伝わってきた。
再会してから実に二ヵ月も経てようやく実現した姉妹の二年越しの会話は、呪詛にまみれていた。聞いていられないほどに、訣別の意思に充ちていた。
「美鈴……死ぬ気なの……?」
「他に――」
他にどうしようがあるのか、と――美鈴が恐らくそう言いかけた時、
「喧嘩はよくないなあ」と、夜夢が口を開いた。
「姉妹なんだから仲良くしないと。木花美來さん、君も妹なら姉の気持ちを汲んであげるべきだよ。彼女がこういう道を選んだのには、少なからず君にも責任があるのだから」
「わ、私は……」
「そうだ、いいことを思いついたよ! こうなった以上、姉妹揃って仲良く添い遂げるってのはどうかな?」
「美來、今すぐ消えて!」
「嫌だ! 美鈴と一緒にじゃなきゃ帰らない!」
夜夢の言葉に不穏さを感じ取ったのか、美鈴が脅すように叫んだが、美來は聞こうとしない。
「仕方がないなあ。それじゃあ私が――」
夜夢が言いかけた時、俺と想介は同時に飛び出した。
「美來!」
俺の呼びかけに振り返った美來の、涙に濡れたその目が、俺と想介の姿を捉えて輝いた。
これが俺が最後に見る美來の表情になるのだと、俺は悟った。
「想介、カズ。来てくれたん――」
最後まで言い終わることなく、その瞳から輝きが消える。
意識を失って崩れ落ちる美來を、俺は抱き留めた。
「カズ!? どうしてここに」
「おやおや、君たちまで来てしまったのかい。これは計算外だなあ」
驚く美鈴の肩に手を置いて愉快そうに言うと、夜夢は目を閉じた。
「美來の記憶は消した。手を出すな」
想介が俺の台詞に反応したが、今はそれどころじゃなかった。目の前にいる化け物はいつでも俺たちを操り人形にできるのだ。
「おい夜夢、元から美來や俺たちのことは計画に入ってないんだろ。このまま見逃してくれたらお前の邪魔はしねえ」
夜夢は「うふふ」と笑った。心底楽しそうに。
「私は君たちのことなんかどうでもいいんだけど、美鈴はどうだい? 吾棟くんに対しても恨み骨髄なんだろう?」
夜夢が美鈴に話を振る。美鈴はじっと俺のことを睨んでいた。
「美鈴」
俺が名前を呼ぶと一転して、今にも泣きそうな表情をした。
「……美來を連れ戻しに来たの?」
「ああ。それからお前もだ、美鈴」
俺の言葉に美鈴はびくっと肩を震わせた。
「今さら遅いよ」
「遅いなんてことはねえ。お前がやったことは最低だし取り返しもつかねえが、それでも戻るんだ。そいつと行くのは俺が許さねえ」
「おいおい、それはあんまりじゃないか。彼女の最期は私に任せると約束しているんだ。今さら反故にするというのは無理な相談だよ。もうプランは考えてあるんだからね」
と、さも心外といった様子で夜夢が口を挟んできた。
「美鈴はこれから、異常を検知した連中が差し向けてくるヘリを奪って、ヘテロチャイルドの研究施設に突っ込む予定なんだ。それくらい派手にやった方がスカっとするだろう?」
瓦礫の山の上でヘリが炎上している光景でも思い浮かべているのか、夜夢は恍惚の表情を浮かべていた。
言葉が出てこない。自分の立っている場所がベニヤ板でできた見世物小屋の舞台上だったと気付いたような、そんな気分だった。
美來と美鈴だけが俺の生きる意味だった。だが美鈴は、自らその生に幕を引こうとしている。
もしかして俺も、とっくの昔に終わっているんじゃないのか。
俺の人生は。意義は。最初からそんなものは無かったんじゃないかと、そんな風に感じてしまっていた。
その時だった。
「それ以上喋るんじゃねえ。馬鹿が感染る」
と――俺の台詞を奪って、想介が言った。
「おいカズ。うだうだ悩むなっていつも人に言うくせに、ずいぶん弱気だな。美鈴は美來の姉で、お前にとっても大事な人なんだろ。だったら何も悩むことなんてないんじゃないのか?」
キャラに似合わない勇ましいことを言って、想介は不敵に笑ってみせた。
「……よく言うぜ。お前こそ震えてんじゃねえか」
「うるさいな。寒いんだよ」
「わかったよ。想介、お前に乗ったぜ」
俺のその言葉に想介は安堵の表情を浮かべた。こいつに心配されてしまうとは、いよいよ俺も年貢の納め時らしい。
「何をしようっていうのかな? 吾棟くん、君の能力は相手の目を見なければ使えないことは知っているよ。私はこうして目を閉じているだけで君を封じることができる。対して私は、そこにいる君たちの姿を認識するだけでいいんだ。勝ち目はないよ」
勝ち誇ったように言われ、俺は「うるせえ」と返す。
ここに勝者なんていない。いるのは敗者と死者と、自殺志願者だけだ。
「べらべら喋りやがって、俺を言い負かそうなんざ五年遅えんだよ。てめえみたいに何でも思い通りになると勘違いしてるクソ女が俺は一番嫌いなんだ。舐めてんじゃねえぞ」
「あはは。フラれてしまって残念だけど、今の私は彼女に首ったけでね、君に嫌われてもダメージはそんなにないかな。それに、君のことを舐めてないからこそこうして君への対策を取っているんだ、むしろ誇ってくれていい」
「そうじゃねえ。〝俺の相棒を舐めるな〟って言ってんだ」
次の瞬間、脳髄がしびれるような感覚を覚えた。
夜夢も同じ感覚を得たのだろう、余裕ぶったハの字型の眉をしかめて頭を抑えた。
「目を開ける必要はねえ、そのまま寝てやがれ」
「何を――」
次の瞬間、夜夢は突然、電池の切れたロボットのように崩れ落ちた。
同時に、後ろの上井出たちが『意識誘導』から解けたらしく、意識を取り戻した。目をぱちくりさせたり、きょろきょろと周囲を見回したりしている。
「全員注目!」
俺が叫ぶと、全員がこちらを向いた。すかさず全員に『記憶改竄』を叩き込むと、次々にばたばたと地面に倒れていく。
立っているのは俺と想介と美鈴の三人だけだった。
「な、何を……?」
状況が呑み込めないようで、美鈴が周囲をきょろきょろと見回している。
「全員の記憶をシェイカーで乱暴に振るみてえにかき乱してやった。これでしばらくは目を覚まさねえ」
「どうやってそんな……だって」
「目さえ閉じてりゃ俺なんか怖くねえって? ご明察だよ。だけどな、今の俺には想介っていうラッキーアイテムがあるんだ」
「人を黄色いハンカチみたいに言うなよ」
想介が相変わらず独特の突っ込みをしてくるが……今回ばかりは本当に助かった。
俺の『記憶改竄』を想介の『精神感応』でバイパスして、夜夢の脳に直接ぶち込む。あの土壇場でそんなウルトラCを考えついて、念話で提案してきた。
薬を使わずにそれができると、こいつは確信しやがったんだ。
「上手くいったからよかったものの、ぶっつけ本番でひやひやしたぜ」
「自分でも驚いてるよ。僕の能力ってこんな使い方もあったんだな」
「お前、意外と無茶するよな……」
単体でも相当な能力だが、それを他人のサポートに応用するとは、まあ、想介らしいといえば想介らしいか。
つくづく相棒に恵まれたもんだ。
俺が向き直ると、美鈴は怯えたように肩を震わせた。
「安心しろ、俺もすぐに行ってやる。ひと足先に地獄で待ってろ」
そうして俺は、美鈴に『記憶改竄』を使った。
***
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