004 逸脱した子供たち

「……テレパシーってやつか。出来ねーって言ってたくせによ」

『出来ると気付いたのはほんの二日前だよ』

 僕は声に出さずに答える。

 僕たちが受けていたプログラムの目的。それは決して僕たちの病気を治すためでも、危険因子を社会から隔離するためでも、まして社会復帰に向けた生活訓練でもなかった。

 ヘテロ・チャイルドを能力により選別、個別に訓練を行い、意のままに動く異能の兵士を作り上げること。卒所した後はその能力を活かせる職業を国が斡旋してくれるという話だったが、そんなものは美辞麗句を並べただけの欺瞞に過ぎなかった。

 脳外科手術で力を抑え込むというのも嘘だ。そもそも、そんな技術がこの病気が発見されてたかだか数年程度で開発できるわけがないのだ。

 今年、国内で逸脱症候群を発症した子供の数は、わかっているだけでおよそ六十余名。にも拘わらず、あの山中深くにわざわざ作られた施設に僕たち九人だけが収容されていたのは、要は「彼らにとって使える能力者」だったというだけの話だ。

 この事実を踏まえて考えると、さらなる推測が立つ。すなわち、「薬の投与なしに能力は使えない」「一日の使用限度は三回」というのも、大人たちにとって都合のいいように作られた嘘であるということ。言ってしまえば洗脳に近い形で僕たちはその危険性をコントロールされていたのだ。

 恐らくだが、能力の使用には本人の自覚が大きく関わっていて、「薬を投与しなければ使えない」と心から信じてしまえば能力は発現しない。

 その証拠に、「能力の使用に薬は必要ない」とわかってからは実際その通りになった。我を失って洗脳の解けた上井出や、極限状態で『念動力』の使用を心から願った天照さんが、薬を投与せずに能力を発動できたのはそのためだ。

 僕があの時カズの心を読めたのも、無意識にそう願ったからだろう。

 つまり、他の全員が「三回まで」という制約を受けていた中、カズだけはその制約を受けず、ゲームマスターとして立ち回ることができたのだ。

 それに気付いた今なら僕も能力を使える。その気になればカズの考えを読むことが出来る。だができればそれはしたくない。

「……あーあ。そこまでたどり着いちまったか」

 カズが呟くように言う。傍から見れば独り言にしか聞こえないだろう。

「ああそうさ、お前の言う通りだよ。ちなみにだが、誤魔化されてたのは薬の件だけじゃねえ。俺たちの能力そのものも、本来のポテンシャルより相当しょぼく設定されていたんだ」

『上井出の物質を削り取る力、あれは彼に本来備わっていた能力だった』

「そうだ。上井出は『瞬間移動』、それも自分だけ、たかだか十五メートルしか跳べないなんてチンケな能力者じゃねえ。その気になれば俺たち全員連れて地球の裏側にだって跳べるし、手の届く範囲の物なら量子レベルで分解できる。玖恩千里、あいつは『千里眼』の能力者だ。地球上あらゆる場所を超高解像度で視ることができる。副作用で視力が悪化して、肉眼じゃもうほとんど何も見えねえようだがな。今ごろ上井出と誰にも見つからねえ場所に行っちまってるだろうぜ」

『それはまた、とてつもなく便利な能力だな』

「あいつらコンビがその気になればどんな要人だって誰にも見咎められずに消してみせるだろうな。大人連中が欲しがるのも無理はねえ。華雅も目に見える範囲をひと息に焼き尽くすくらいのことはできたし、天照もちょっとした建物くらいなら吹き飛ばせるくらいの潜在能力があった。どいつもこいつも、どんな兵器や軍隊にもできねえことをたった一人で実現しちまう、最強の人間兵器だったってわけだ。夜夢は自分のためにあのセンターが造られたとかぬかしてたが、それは違う。紛れもなく、俺たち全員が檻に入れとくべき猛獣だったのさ。極めつけは伴動だな。あいつは無意識に自分の能力の本質を理解していたみたいだが……『絶対服従インペリアル・オーダー』、それが伴動の能力名コードネームだ」

『言葉による支配。彼女の命令を受けた者は強制的に従わざるを得なくなる、か』

「なんだ、わかってんじゃねえか。そう、あいつは『意識誘導』『記憶改竄』に並ぶ最強レベルの能力者だ。相手の行動の自由を奪う『金縛り』なんてのはその一部に過ぎねえ」

 命令するのも命令されるのも嫌いだと言っていた伴動さん。その言葉の裏には、他人を支配する能力を持つ者としての葛藤があったのだろう。他人と距離を取っていたのも、無意識に他人を支配してしまう不安、どうやっても他人と対等の関係を築けないという諦念があったのかもしれない。

「もちろんお前も例外じゃねえ。まあ、お前の記憶は読まねえようにしてたから詳しくは知らねえが、この目でその片鱗は見せてもらった」

『美來は? 美來の本当の能力はなんだったんだ?』

「あん? そりゃあ『魅了』だろ」

『それは嘘だ』

 カズがそう答えることを僕は予想していたので、即座に否定する。

『ヘテロ・チャイルドの能力はその子供が持つ願いに由来するものだ。美來の願いが他人を魅了することだったなんて信じられない』

 僕のように人を遠ざけるのではなく、カズのように過去を見つめて生きるのでもなく。誰かに依存するのでも、復讐でもなく、快楽に身を委ねるのでもなく。美來だけが僕たち九人の中で唯一、未来に希望を抱いていたから。

「くはっ!」

 カズが噴き出した。

「はっはははは!! あー、マジで馬鹿らしくなってくるぜ。俺がどんだけ気を遣って手回したと思ってんだよ、まったく」

 笑いながらそんな風に嘆くが、僕にしてみれば知ったことじゃない。

「ああそうさ。美來の能力は『魅了』なんかじゃねえ。あいつの能力は『未来視』さ。その名の通り、まだ見ぬ未来の出来事を知ることができるっていう素敵すぎる能力だ」

 未来視……やはり、僕の予想は当たっていた。それこそが美來に相応しい能力だ。

「そうだな。全部説明すんのは面倒だし、お前の記憶を元に戻しちまった方が早いんだが、どうする?」

 僕は無言で首を振る。カズの目を見るわけにはいかない。

「だろうな。じゃあこうしようぜ。俺がそこの記憶だけ切り取るから、俺の記憶を読め。それで全部思い出すはずだ――俺とお前の能力の、最初で最後の豪華共演だ」

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