002 僕たちを真実たらしめるもの

 思えばきっと、早い段階から、僕はその可能性には気付いていたのだろう。それだけのヒントは散らばっていた。でも、その可能性を無意識に切り捨てていた。

 向き合ったきっかけは、カズが夜夢に手を下した時だった。

 夜夢が『意識誘導』をカズにかけたのだと思い、僕はそれを止めようとしてカズに触れた……結果、カズの心が僕の頭の中に流れ込んできた。


「あの時カズから流れ込んできた感情は、華雅や上井出のような殺意じゃなかった。お前は操られてはいなかったんだ。でもそれにしては、まるで空き缶を潰して捨てるみたいな空虚な義務感しかなかった。美來の仇を攻撃するっていうのに、お前が何も感じていないなんておかしいと思ったんだ」

「買い被られたもんだな。そんな感情論で俺を疑ったのか?」

「僕にとっては充分すぎる理由だよ。それで、カズはもしかして最初から真相を知っていたんじゃないかと考えた時、色んな疑問に説明がつくことに気付いた」

 放置していた違和感の数々が、ドミノ倒しのように連鎖的に繋がっていった。

 たとえば、能力の詐称だ。

 夜夢が能力を偽っていたことに気付けたのは、伴動さんのひと言をきっかけに、リストの中に僕ら以外にも偽装可能な能力があるのではと考えたからだ。

 そして実は夜夢以外にもう一人、詐称が可能な者がいた。

 それがカズだった。『残留思念』で読み取った記憶の真偽は誰にも証明できない。

「それでも例のリストに『残留思念』と書いてあったからカズを疑うことはなかった。でも、あのリストを用意した張本人なら話は別だよな」

 九人のうちの誰かが仕組んだという可能性を、僕は最初から否定していた。僕たちは全員が同じ条件だったし、等しく命の危険にさらされていたのだから。

「あのリストを用意したのはカズなんだろう? あの貼り紙も注射器も、あの日僕たちをあそこに閉じ込めたのも、カズ、すべてお前がやったんだ」

 すでに飲み終えている缶コーヒーを手で弄びながら、カズは黙っていた。

「記憶を読めるなら皆の能力を知ることも簡単だ。そして傍観者に徹して、皆の動きをただ見ていた。最終的に決着が着いたところですべての痕跡を消して、あの日の出来事自体をなかったことにする。そういう計画だったんだろう?」

「どうして俺がそんな面倒なことをする必要がある? お前が言ってるのは丸ごと可能性の話だろ。『記憶改竄』だって? ご都合主義もここに極まれりだな」

 追い詰められた夜夢瑠々と同じような口ぶり。白状しているようなものだった。

「カズは僕の記憶を消したつもりだろうけど、僕はすべて覚えてるんだよ。僕が外の光景にパニックを起こした後、お前は僕の記憶を奪い、すべての証拠を隠滅し、僕たちを外に逃がしたんだ。美來の誕生日からまだ四日しか経ってないのに、何で年が明けてるんだ? 僕たちはこの二ヵ月間の記憶を消されて、あの日が十月一日だと思わされていた。あの日の本当の日付は十二月三十一日――大晦日、施設が正月休みに入った初日だよ」

 年に一度だけ、施設のすべての職員と従業員が同時に休みを取る正月休み。だから中央棟には誰もおらず、電気すら点いていなかった。

 二ヵ月を無かったことにするなんて、記憶を書き換える能力意外にあり得ない。

「面白え妄想だがな、それを言うなら俺も記憶を消された被害者かもしれねえじゃねえか」

「僕が自分の部屋で目覚めた時、部屋にいたお前と交わした会話のことを覚えてるか?」

「会話? ……いいや、覚えてねえな」

「壁に登った話さ。僕とカズと美來の三人で、夜に寄宿舎を抜け出して、皆で星を見た時のことだ。僕がその話をしたら、お前は確かに『そんなこともあったな』と言った」

 缶コーヒーを弄んでいたカズの指が、ぴたりと止まった。

「おかしいんだよ。あの日僕たちが見たペガスス座が、十月一日より前にあんな位置に見えるわけがない。何より――その記憶の中で、カズは美來を〝十七歳〟だと言っていた。美來はあの日に十七歳になったばかりのはずなのに……お前だけは美來の誕生日を間違えるはずがないのに」

 僕の人生でもっとも印象的だったあの夜が、偽物だったはずがない。

「僕が夢うつつの中でそれを偶然思い出せたのはいいとして、カズ、何でお前が覚えていたんだよ。お前も記憶を消されていたのなら覚えているはずがないんだ。お前が僕の記憶を消した張本人でもない限り」

 失くしたと思っていたミサンガは、いくら探しても見つかるはずがなかったのだ。美來の誕生日は二ヵ月も前に過ぎていて、ミサンガはすでに美來に渡していたのだから。

 そう。壁に登った日、僕が引いていたミクの腕にはもうミサンガがつけられていたのだ。

 記憶の改竄なんて反則もいいところだ。記憶というのはその人間が見ている世界そのものだ。それを操られているのだとしたら、目の前の事実だけを追いかけたところで、裏にある真実にたどり着ける道理がない。

 だから僕がそのことに気付けたのは偶然だ。

 カズと一番近いところにいたのが僕だから。それ以外に理由はない。

「なあカズ」と、僕は語りかける。

 目は合わせられなくとも、隣にいる友人のことを僕は信じたかった。

「僕はお前を糾弾するつもりはない。ただ、教えてほしいんだよ。どうして僕たちはあんな目に遭わなければならなかったのか。あの時、施設で何が起こっていたのか、そして」

 そして――そして。

「美來は、本当に死んだのか?」

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