009 僕はその名を告げる

「なるほど、最初から仕組まれていたというわけだ。ふむ。考えてみれば確かに理に適った組み合わせだね。それに言い出しっぺの君なら事前の仕込みも可能、だが……あの時点でそこまで手を回していたとは、いやはや君の先見の明には感服するよ、カガミン」

 相変わらず芝居がかった夜夢節を回してくる。

「なあ、入れ替わりだかなんだかしんねーけど、今はそれどころじゃねーだろ。結局どういうことなんだ? 最初の事件も上井出が犯人だったってことか? そんなオチ、あたしは認めねーぞ」

 まだ混乱の最中にあるらしい天照さんが割って入ってくる。

「簡単なことだよ。犯人は一人じゃなかったのさ」と夜夢さん。

「最初の事件は華雅くんが、そして今は上井出くんがその手を汚した。だけど実際の真犯人は別にいたんだよ。そうだよね、玖恩さん?」

 名前を呼ばれ、玖恩さんが身体を硬直させる。

「君は自分の能力が非力であることを知りつつ、それを利用して二人を裏でそそのかし、自らの手を汚さず全員を殺そうと企てたんだ。木花さんの時は『透視』を使って室内にいる彼女を上手く殺せるように華雅くんを誘導した。そして次に、仲のいい上井出くんを怒らせて我々に敵意を向けさせたんだ。君にならそれができることを私たちは知っている」

「そんな、私はそんなこと……」玖恩さんの声は震えていた。

「上井出くんをあそこまで怒らせることができるのは君だけなんだよ。カガミン、『精神感応』で上井出くんを読んだんだろう? 彼の心情はどうだったかな?」

「……殺気だけだったよ。華雅の時と同じだ」

「ほらね。二人に殺意があった以上、実行犯は彼らで間違いない。そしてそれを仕組んだのが君であることも――」

「そのことだけどね、夜夢さん。僕はまったく逆だと思うんだ」

 長広舌の最中だったが、僕は構わず割り込んだ。気を失っている上井出以外の全員が僕に注目する。

「逆、とはどういう意味だい? 君も言っていただろう、木花さんを殺したのは華雅くんで間違いないと」

「あれは嘘だよ」

「嘘だと!?」天照さんが噛みつきそうな勢いで叫ぶ。

「ごめん天照さん。あの時点ではまだ確信がなかったけど、さっき上井出の感情を読んで確信した。上井出から感じたのも、華雅と同じ〝純粋な殺意〟だけだった……でも、そんなことはあり得ないんだよ」

 剥き出しの殺意を直に感じるというのは想像以上に堪えるものだったけど、だからこそわかりやすかった。

 わかりやすく〝偽物〟だった。

 いわゆる敵意というものは、その発生原因になった負の感情が複雑に入り混じっているものだ。妬みや嫉み、僻み、コンプレックスや復讐など。それを僕は経験上よく知っている。だから、敵意の極致である殺意が、ただそれだけで存在しているということなどあり得ない。それが華雅の心を読んだ時から感じていた違和感だった。

 ただ、ひとつだけ例外がある。我を失うほどに〝キレた〟場合だ。上井出は一度それをやっている。だから先ほどの上井出の殺意が本物の殺意である可能性もなくはなかった……が、しかし「それもない」と断言できる。

 何故なら、玖恩千里が無傷でここにいるからだ。

 だから、先ほどの殺意は上井出自身のものではない。なればこそ『精神感応』で排除できたのだ。

 〝感応〟とは、相交わることだ。僕が相手の感情を読み取れるように、相手も僕の感情をダイレクトに受け取る。故に、こちら側から強い感情を送りこんで揺さぶってやれば、押さえつけられている上井出自身の本当の感情が呼び起こされるはずだと算段を立てた。

「殺意が偽物だったと? 面白い話だけど、その主張はよくわからないな。現に私はこうして上井出くんに怪我をさせられているわけだし」

 夜夢さんが左目を押さえていた手を裏返すと、手の平に血がべっとりとついていた。

「それにカガミン、君だって殺されかけたんだよ。たまたま備えが功を奏して死なずに済んだだけだ。その殺意が偽物だと言われても、それは通らないだろう」

「そうじゃないよ、夜夢さん。偽物ってのはそういう意味じゃない。華雅も上井出も殺意を抱いていたことは確かだし、それを僕が見誤ることはない。僕が言いたいのは、その殺意がどうして生まれたのかってことだよ」

「持って回った言い回しは私の専売特許だよ、カガミン。いいだろう、探偵役は譲るよ。君の考えを最後まで聞こうじゃないか」

 どうぞ、と手を差し出してくる。玖恩さんと天照さんも口を挟むことを諦めたらしく、静観の構えだった。

「それじゃお言葉に甘えて」僕は語り始める。

「そもそも疑問だったんだ。一人を殺せば全員を敵に回すことになるとわかっているのに、どうして華雅は最初に美來だけを殺したんだ? 皆殺しを狙っていたのなら尚更、全員が集まっているところを一網打尽にした方が効率的だったはずだ。上井出だってさっきので薬を使い果たしたはずなのに、君の薬は奪われてないだろ? 筋が通らないんだよ。だから僕はもう一度、他の可能性を探ってみることにしたんだ」

 美來が焼け死んでいた時点で、誰もが華雅が怪しいと感じただろう。そこに華雅の暴走が決定打になった。その暴力性に圧倒された僕たちは、「やはり華雅が犯人だった」と結論を急いでしまった。華雅が直後に死んでしまったことも大きい。

「待ちたまえ。動機についてはいくらでも説明はつくだろう。華雅くんは木花さんに執心のようだったし、袖にされて憎しみを抱いたのかもしれないよ。それに彼が疑わしかった理由はそれだけじゃない。たとえば死体の状態だ。普通に火をつけただけではあれほど激しく損傷はしないはずだと、前にも話しただろう?」

「そうだよ。美來の死体は何十分もの間燃え続けていたわけじゃないし、足首から先だけが燃えずに残っていたのも不自然だ。華雅の発火能力で一瞬で焼き尽くしたのでなければああはならない」

「おい各務」と、たまりかねた様子で天照さんが口を挟んできた。

「結局何が言いてーんだお前? リオンは犯人じゃねーっていうんじゃなかったのかよ?」

「そうだよ。それを証明するためにわざわざこんな危ない橋を渡ったんだから」

「危ない橋って、上井出がお前を襲うってわかってたってことか?」

「まあね。天照さん、君が襲ってくる可能性もあったんだけど」

「あ、あたしがかよ?」

 誰が襲ってくるかは未知数だったが、僕と伴動さんが行動を共にしている以上は上井出で来るだろうと思っていた。

「美來は華雅に焼き殺された。華雅は僕たちを襲った後で自殺した。上井出が夜夢さんに怪我を負わせ、続けて僕を殺そうとした。これらはすべて本当に起こった事実だけど、二人とも犯人じゃない」

「お前、無茶苦茶なこと言ってるぞ。いっぺん寝た方がいいんじゃねえか?」

 天照さんがいい加減呆れた様子で言う。

「そうさ。無茶苦茶だからこそ見落としていたんだ。でも無茶苦茶と言うなら、僕たちの存在こそが無茶苦茶で、非常識そのものじゃないか。無理に理を通し、非常識を常識に昇華して、不条理を条理にすり替えるのが僕たちヘテロ・チャイルドだろう。よく考えれば、いや考えるまでもなく、僕らは最初から知っていたはずなんだ。本当に恐ろしいのは『発火』でも『瞬間移動』でもない、人の心を狂わす力だってことに」

 僕が言葉を切ると、食堂は奇妙な静寂に包まれた。ストーブのパチパチと弾ける音だけが聞こえている。

「ひとつだけ。この無茶苦茶に筋道を立てられる仮説がある」

 僕は指を一本立ててみせる。

「ポイントは、行方不明の二本の注射器はどこへいったのかだ。華雅が能力を使用したのは計四回。美來を殺した時、皆の前で披露した時、廊下で僕たちを襲った時、そして自殺した時だ。華雅は薬を四本持っていた、つまり一本は華雅が持って行ったことは間違いない。じゃあ残りの一本はどこにあるのか? どこかに隠したのかもしれない。でももし、華雅以外の誰かが持ち去ったんだとしたら」

 夜夢さんが指摘した通り、華雅は空き部屋で、そこにあるはずの残りの一本を探していたのだ。しかしすでに別の人物に持ち去られていたために発見できなかった。

「でも、持ってる本数は確かめただろ? 四本持ってるやつなんていなかったじゃねーか」

「そりゃそうさ。華雅ももう一人の人物も、使った分の補充のために一本だけ持ち出したんだから。空の注射器を持ってたら怪しまれるからね」

「てことは、そいつもその時点で能力を使ってたってことか? 何のために?」

「華雅を操るためにさ」

「あや……つる?」

 天照さんはしばらく考えていたが、やがて僕が言おうとしていることに気付いたのか、その目を大きく見開いた。

「各務、もしかしてお前」

 人が殺された場合、殺した人物が犯人である。

 当たり前の話だ。だがそれだけでは済まされないケースも存在する。

 殺人の教唆、強要。あるいは殺し屋を雇うなど――つまり、自らの手を汚さずに誰かを殺めた場合。夜夢さんが玖恩さんを真犯人だとする根拠がまさにこれだ。

 華雅と上井出の二人は、ここにいる全員の中で特に〝利用価値〟の高い能力者だった。

 そしてさらに、直接手を下した人物の意思に反して、洗脳のような形で殺人が為された場合、犯人は誰であるといえるか。

「この仮説に従うと、色々と辻褄が合ってくるんだ。そして僕たちの中で、そんな真似ができるのは一人しかいない」

 そして僕は指名する。

 さながら小説に出てくる胡散臭い探偵のように。

「君だけなんだよ、夜夢さん」

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