008 僕と彼女のヒミツの関係

 娯楽室で全員が能力を披露し合ったあの時、僕は『金縛り』の実演として伴動奏子の動きを封じ、逆に僕は伴動奏子から『精神感応』をかけられた。

 それは紛れもない事実であり、ここにいる全員が証人だ。

「しかし、先ほど君たちはまるで相反する行動を取った。伴動さんが『金縛り』により上井出くんの動きを止め、カガミンが『精神感応』で上井出くんを正気に戻した。つまり君たち二人は、互いの能力を偽っていたんだ」

 まるで探偵が犯人を指名するように僕と伴動さんを指名した。

「まあね。まさかここまで上手くハマるとは思ってなかったけど」

 種を明かせば実に単純な、子供騙しのようなトリックだ。


***


 遡ること数時間前。美來の死体発見後、部屋で目を覚まし、カズを見送った後に僕は、食堂へと向かう前に伴動さんの部屋を訪ねたのだった。

「何の用?」

 扉から顔を出した伴動さんは予想通りの塩対応だったが、あんな事件の直後に扉を開けてくれただけでも有難いと思うべきだろう。

「力を貸してほしいんだ」

「…………」

「犯人を捕まえたい。そのために君の協力が必要なんだよ」

「…………」

「あの、何か言ってもらえると助かるんだけど」

「てんてんてん」

「三点リーダーを音読されても困る」

「力を貸せというのは、命令かしら?」

 その質問の意味がわからず、僕は一瞬答えに詰まる。

「いや、命令っていうか、お願いしてるんだよ。君に命令する資格は僕にはない」

 伴動さんは他に誰もいないことを確認してから、僕を部屋の中に招き入れた。

 美來とカズ以外の人の部屋に入るのは初めてだった。残念ながらそれに感激できるような精神状態でもないのだけど。

「能力の入れ替え、ね。貴方の言いたいことはわかったわ」

 伴動さんは相槌ひとつ打たずに僕の説明を聞き終えると、静かにそう言った。

 犯人を見つけるために最も有効な方法は、『精神感応』で噓を暴くことだ。しかし犯人が同じように考えたら真っ先に狙われてしまう上、『精神感応』では攻撃を防ぐ術がない。

 そこで『金縛り』が重要になってくる。

 『瞬間移動』のようなわかりやすい能力とは違い、『精神感応』も『金縛り』も事前に示し合わせておけば偽装が可能だ。そういう意味では『念動力』も候補ではあるが、『念動力』は攻撃を防ぐことには向いていないし、何よりそういう偽装工作に天照さんが乗ってくれるとは思えない。

「皆のところに戻ったら、能力を教え合うように僕から持ちかける。そこで僕が君に『金縛り』をかける演技をするから、君もかかったフリをして合わせてくれ。次に君が『精神感応』を僕にかける演技をしてくれればいい」

「フリと言われても、何をすればいいのかしら?」

「〝嘘が見抜ける〟とか言って適当な質問をしてくれればいい。僕が〝正解〟と言えば真偽は確かめようがないんだから」

 伴動さんは腕を組み、何かを考えているようだった。

「頼むよ。同じプログラムを受けてるよしみでさ」

 ダメ元すぎてくだらないことを口走る僕。

 周囲の人間の思考を読む『精神感応』の訓練と、周囲の人間の動きを制止する『金縛り』の訓練は、〝攻撃の意思をもって襲い掛かってくる人間から身を護る〟というプログラム内容でたまさか一致していた。棒で引っぱたかれるよしみなんてロクなものじゃないが、今はそれくらいしか言えることがない。

 彼女と僕の繋がりなんて、それ以外にないのだから。

「やっぱり無茶だよな。いきなりこんなお願い――」

「いいわ。あなたに協力してあげる」

「えっ」

 諦めかけた僕の言葉を遮り、伴動さんがはっきりとそう言った。

 説得は骨が折れるだろうと覚悟を決めていたので、逆に驚いてしまった。

「……いいのか? 本当に?」

「ええ。ただし、引き受ける代わりに条件がある」

「条件?」

「これからする質問に正直に答えてちょうだい。そうね、質問は三つよ」

 と、伴動さんは右腕をまっすぐ伸ばし、指を三本立てた。

「どうして私の力のことを知っているの?」

 これは当然の疑問だろう。だが答えは簡単だ。

「君も知ってるだろ。やたらと口の軽い職員を」

「……納得」

 同じプログラムを受けている伴動さんの能力については、『意識誘導』と同じく、以前にお姉さんが口を滑らせたため偶然知っていた。そのおかげでこの作戦を思いついたので、日頃の情報収集が功を奏したというわけだ。

「じゃあ二つ目。貴方がそこまでする理由は何?」

 その質問に対する回答の候補はいくつも浮かんだが、じっと見据えてくる伴動さんの瞳は僕の欺瞞など一発で見抜いてしまいそうだったので、「ただの自己満足だよ」と正直に答えた。

「自己満足……?」

 そんな言葉は知らないとでもいう風に反復する。彼女の目にはさぞかし僕は奇異な人間に映っていることだろう。

「では最後の質問。どうして私を誘ったの?」

「だからそれは、『金縛り』の力を……」

「そうではなくて。どうして私を信用したのかという意味よ。だって、私が木花美來を殺害した犯人かもしれないわけでしょう?」

「――あ」

 言われてみればそうデスネ、なんて言ったら本当に馬鹿みたいだけど、実際にその可能性については一度も考えたことがなかった。不思議なことに、僕は、伴動さんが犯人かもしれないとは微塵も思っていないのだった。

 僕が答えられず黙っていると、伴動さんが立ち上がった。

「まあいいわ。とりあえず食堂へ行きましょう。遅すぎると怪しまれるわ」

「いや、でも……」

「今は答えられないのでしょう。そのうち、答えがわかったら聞かせてちょうだい」

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