003 殺しのライセンス


 どんな大人になりたいですか?


 以下回答(順不同)


「何事も楽しめる豊かな心を持ちたいね。今もその自信はあるけれど」

「誰かに必要とされる存在に」

「強くなりたい。誰かに頼らずに生きていけるように」

「今のあたしが見てガッカリしねー人間になれたら上等かな」

「力がほしい。誰にも馬鹿にされないように」

「うーん。子供をちゃんと守れる大人、かな」

「まず大人になりたいと思ってねえよ」

「私は私。それは変わらない」

「………………(沈黙)」


***


 廊下を歩いている間、二人とも無言だった。

 これで本当に終わったのだろうか。

 事件が解決を見たのならばそれは間違いなく歓迎すべきことだが、それにしては全然すっきりしない。ここに至って尚、曖昧な点が多すぎるのだ。

 そういえば――と思い出す。

 上井出の帰りを待っていた時、何か別の問題に直面していたような気がする。

「それは吾棟一希が禿げたという話でしょう」

「ああ、それだ」

 そうまとめられると途轍もなくどうでもよい響きに聞こえる。

「奇遇よね。私だけでなく彼まで髪を失うなんて」

「………………」

 すごくコメントしづらい。

「彼、この世の終わりみたいな顔をしていたわ。鋭い刃物でも使わない限りあんな切り口になるとは思えないけれど、かまいたちにでもやられたのかしらね」

「君の言葉の切れ味といい勝負だよな」

「無駄口は結構よ」

 問題を一人で抱え込むことの愚かしさについては先ほどお説教を受けたばかりなので、僕の部屋で伴動さんとその件について話をすることにした。

「吾棟一希の髪だけじゃなく、コンクリートの床がえぐれていたと? つまりあなたは上井出鞍馬が《ザ・ハンド》の使い手だと言いたいのかしら」

 僕のベッドに正座している伴動さんがそう言って首を傾げた。

「ちょっと何を言ってるのかわからないけど、その二つの事象がただの偶然とは思えない。それにあんなことが出来るのは能力者くらいだ」

「でも、上井出鞍馬の能力は『瞬間移動』でしょう」

「一人で二種類の能力を持ってるってことは?」

 すると伴動さんは呆れた顔をした。

「何種類も能力が使えるとしたら前提から覆ってしまうわ。上井出鞍馬が嘘をついていたというならまだわかるけど、実際に彼が消えるところを目撃しているのだし」

「まあ、ね。でもたったひとつだけ、屁理屈じみた仮説ならあるんだけど……ん? ちょっと待った」

 今――何かが引っ掛かった。

「伴動さん、今の台詞をもう一度言ってくれ」

「前進も後退も同じ一歩である」

「そんな格言めいたことは断じて言ってなかった。そうじゃなくて、君は今こう言ったんだ。『上井出鞍馬が嘘をついていたら』、と」

「言ったかしらね。それがどうかしたの?」

 どうしたもこうしたも、とても初歩的な見落としに気付いたのだ。こんな単純なことを見落としていたなんて、やっぱり僕は間が抜けている。

「否定はしないわ」

「人のモノローグに割り込むんじゃない」

 とにかく、もしこの気付きが僕の考える通りの意味を持つとすれば、まったく別の可能性が生まれてくる。そうだ、〝あの時〟のことをよく思い出せ。どこかに嘘があったとわかれば、きっとそれが突破口になる。

「悶々と考え事をしているところ悪いけど、私、あなたに言っておくべきことがあったのを思い出したわ」

 伴動さんが突然そんなことを言ったので、僕の悶々とした思考は中断される。

「一度言おうとしたのだけど、あなたがスカートの中を覗く練習をしているところを目撃して、ドン引きして言うのを止めちゃったのよね」

「冤罪を着せないでくれ。あれはただ気分転換に逆立ちしてただけだ」

「下着姿を覗かれたのも冤罪かしら?」

「え、ええ冤罪です!」

 食堂に一人でいた時に彼女が僕を訪ねてきて、何かを言おうとしたのは覚えている。差し迫った話じゃないからと話さずに帰ってしまったのだったっけ。

「夜夢瑠々についての話よ」

「夜夢さん?」

「今朝彼女が言っていたでしょう。この施設で三年前、ある事故が起こったという話」

 そういえばそんなことを言っていた。職員に『魅了』をかけてしまったのだとか。

「職員二人が重傷を負い、一人が自殺したわ」

 思わず絶句。

「……まさか、『魅了』にかかった職員が彼女を取り合った、とか?」

「いい所をついているけど、まだ牧歌的ね。あなたは他のメンバー全員の入所した順番を知っているかしら?」

 また話題が飛んだ。入所の順番に何か意味があるのだろうか。

「いや、全員は知らないな。夜夢さんが一番最初だとは言っていたけど、あとは……カズと美來はほとんど同時期で、二年前の夏頃だろ。天照さんと華雅も二年前だと言っていたけど、その辺の前後関係はわからない」

「夜夢瑠々は三年前の五月、この更生センターの設立と同時に入所した。その次が私。彼女から一月後にここに連れて来られたわ」

 これは初耳だった。伴動さんはそんなに早くからここにいたのか。

「三番目に入所した上井出鞍馬がやってきたのは十二月だった。その事故が起こったのはその年の九月のことだったから、事故を直接知っているのは夜夢瑠々を除いたら私だけ。あの事故によって施設は私たちの危険性に気付き、取り扱い方を見直す必要性に迫られた。外科手術と薬剤による能力使用のコントロールが開始されたのはそれからよ」

「ちょっと待ってくれ。なんで君がそんなことまで知っているんだ?」

「あなたも知っているはずよ。やたらと口の軽い女性職員を」

「ああ……納得」

 あのお姉さん、今どこで何をしているのだろうか。僕たちのこの状況については……知らないはずもないか。

「あの事故の真相について私は今まで誰かに話したことはないし、こんなことがなければ言うつもりもなかった。軽々に口にしてはいけないという理由もあったけど、それ以上に、口にするのが怖かったのよ」

「真相って、君は何を知ってるんだ?」

「あれは不幸な事故なんかじゃない。彼女が意図的に起こした事件だった。ああいう結果になることを知っていながら、彼女は職員を魅了して操ったの」

「なっ……それは本当なのか?」

 それは想像を遥かに超えて衝撃的な話だった。

 意図的に操って、結果人が死んだ。それはつまり。

「ええ。つまり」

 身も蓋もない言い方をするなら、と断りを入れてから、伴動さんは言った。

「夜夢瑠々は人を殺している」

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