009 疑う者は巣食われる
それは極めてシンプルな消去法だ。
『精神感応』
『意識誘導』
『残留思念』
『瞬間移動』
『魅了』
『念動力』
『透視』
『発火』
『金縛り』
ここから八人が披露した能力を消去した残り――すなわち『意識誘導』が木花美來の能力である。
それがわかった時、僕は複雑な気持ちに捉われた。
例のリストを見た時にまず感じたのは、圧倒的に危険な能力が二つあるということだった。
ひとつは言うまでもなく『発火』——華雅のパイロキネシス。実際に体験してみると、想像をはるかに超えて凶悪な能力だった。
しかしそれ以上に警戒すべきなのが『意識誘導』だった。
名前から推測するに、他人の思考を、つまりは行動を意のままに操る能力だろう。犯人が『意識誘導』の能力者ではなかったという事実は、つまり最大の懸念が払拭されたということでもある。
しかし一方で、美來が『意識誘導』だったということが、どうしても僕には受け入れがたいのだった。
相手の未来を決定する能力。相手の未来を奪う能力。
“未来”とは、そういう意味だったのか?
実際のところどれほどの強制力を持つ能力だったのかはわからないし、美來が自身の能力に対してどのような思いを抱いていたのかは、今となっては知る由もないのだけれど。
「カガミン」
まだ慣れない愛称で呼ばれ、思考が中断する。
顔を上げると、伴動さんが平坦な目でこちらを見ていた。
「えっと……今、僕を呼んだのは誰だ?」
そう訊くと、きょとんと首をかしげる。
「私の他に誰がいるの?」
「いや、だって『カガミン』って。君まで夜夢さんの真似しなくていいよ」
「何度も『各務くん』と呼びかけたのに上の空だったからよ。警戒を怠らないように言ってきたのはあなたでしょう」
ごめん、と素直に謝る。
伴動さんにペアを組んでほしいとお願いしたのは僕の方なのに、確かに不用心だった。
あの後——娯楽室で互いの能力を披露し合った後、僕たちは一度食堂に戻った。
犯人が注射器を多く持っているという疑いを検証するためだ。
***
「おい、こりゃどういうことだ?」
ぶすっと不満顔の天照さんが、誰にともなく言う。
「誰にともなくじゃねー。お前に言ってんだよ、各務」
僕だった。
「さっきお前言ってたよなー、犯人は五本持ってるはずだって」
机の上には、全員分の注射器が置かれていた。
美來が使ったという一本を除くと、二十六本がまだ未使用の状態で残っているはずである。
しかし、合わせて二十四本しかない——つまり、全員きっかり三本ずつ。
念のため隣の席の者同士でチェックをしたが、隠し持っている者もいなかった。
「やはりこの中に犯人はいなかったんじゃないか?」
「いや、それは違う」
皆を信じたい様子の上井出には悪いが、僕は即座に否定した。
「それじゃ結局、行方不明の二本はどこにあるのかって話になるだろう? 全員が三本しか持っていないってのは、実は予想通りなんだよ。注射器の数の確認をすることくらい犯人にも予想がつくだろうから、手に入れた二本を携帯している可能性は低いだろうとね。たとえばこの施設のどこか、見つかりにくい場所に隠してあるのかもしれない」
「んじゃ、全員でしらみつぶしに探して回るかー?」
「それもいいけど、この人数で動き回っても誰かが見つける前に証拠隠滅されるのがオチって気がするよ」
「あ、あのさ」と玖恩さん。
「皆で固まって明日まで待つってのはどうかな。あの貼り紙の通りなら今日一日で終わりなんだよね? 施設の人が来てからちゃんと調べてもらえばいいんじゃないかと……」
「そんなことは期待しない方がいい」
少し離れたところで一人立っていた夜夢さんが口を挟んだ。
「こうして人死にが出たにもかかわらず状況が続行されているんだ。親切に調査なんてしてくれるはずもない。自殺で片づけられるか、下手をするともみ消されてしまうだろうね——カガミン、そんなじっとりとした目で見つめないでおくれよ。朝とは状況が違うのだからね」
「いや、別にいいけど……」
朝に自分で言っていたことを当然のように否定しているのが気になったが、指摘したところでまたぞろ口八丁で逃げられるのがオチだからやめておく。
それに、その意見自体には僕も同意だ。
このふざけた脚本の最後にどんな結末が用意されているのか知りたくもないが、少なくともこの状況が終わってしまえば、僕たちが真実にたどり着くチャンスは永久に失われるだろう。
今日中に、僕たちで解決する。それ以外に方法はないだろう。
「さてと。ここら辺で問題となるポイントを整理しておこうか」
そう夜夢さんが宣言し、全員の注目を集める。これ以上ないくらいの嵌まり役だし、僕の司会はもうお役御免だろう。
「まず、木花さんは殺されたのかどうか。不慮の事故とは考えられないから、可能性としては自殺か他殺のどちらかに絞られる。鍵のかかっている室内で死んでいたこと、また他の全員が部屋の外側にいたことを踏まえると自殺と考えるのが自然だけれど、火の気のないこの施設でどうやって火をつけたのか、しかもわざわざ最も苦しいとされる焼死という方法を選ぶかなど不審な点が多い。一方、部屋の中にいる彼女を殺すことができる能力者が存在すること、私たちの置かれている状況が殺人の動機になり得るという事情にも配慮するならば……『現時点ではどちらの可能性もある、ただし他殺である可能性がわずかに高い』、それを土台にして議論を進めるのが良いと思うのだが、異論がある人はいるかい?」
気持ちとしては全員が異論を唱えたいところだろう。
だが口を開く者はいない。
「オーケイ、では次だ。仮に他殺であるとした場合、鍵のかかっている部屋の中にいる彼女を、どのようにして殺害し得たのか。ポイントは犯人が部屋に入ったのかどうかだ。彼女もあの通りの性格だったから、ドアをノックして『開けてくれ』と言えば招き入れてもらうことは容易だったろう。しかし中で対面して殺害したとなると二つほどクリアすべき問題が出てくる。どのような手段で火をつけたのか、そしてどのようにして部屋の外に出たのかだ。わざわざ焼き殺すなんていう方法を選んだ理由も一考に値するだろう」
淀みなく論点を整理していく。
「逆に、室内に足を踏み入れることなく殺害した場合、つまり能力を使った場合だ。ふふ。これがミステリ小説だったらきっと読者は怒るのだろうな。そんなの反則だ、とね。しかし事実、我々は反則技のプロなのだから仕方ない。今回の事件で反則技を使えた人物は誰かという話だが、先ほど名乗り出てもらったことだし、遠慮なく指名させてもらおう——天照さん、上井出くん、華雅くん。君たち三名の能力なら、物理的な障害を突破することが可能だ」
名前を呼ばれた三人は、それぞれ異なる反応を見せた。
上井出は真剣な表情で頷きを返す。
天照さんは腕を組み目を閉じたまま動かない。
華雅は——まだ夜夢さんの魅了が解けていないのだろう——弱々しい、苛められた子犬のような表情を見せた。
「まず『念動力』であれば、室内にある道具を遠隔操作して火をつけたと考えられなくもない。しかしこれは難しいだろうね。室内の様子が見えない以上、たとえばきりもみ式のようなプリミティブな火起こしをするのは難しいし、室内の物が勝手に動き出したら木花さんが気付かないはずがない。次に上井出くんの『瞬間移動』、これはまさに密室というものを無効化する驚異的な能力だ。入退室で都合二回分の薬を使う必要があるが、目下行方不明である木花さんの注射器の二本を補充したと考えれば辻褄は合う。しかし彼にはずっと玖恩さんと一緒に部屋にいたというアリバイがある。それに上井出くん、君は先ほど、移動できる距離は十五メートルだと言ったね?」
「ああ。最大でそのくらいだ」
「彼の部屋は北東側、対して空き部屋は南西の一番端と、ものの見事にこの宿舎の対角線だ。直線にして十五メートルは優に超えている。たとえばトイレに行く振りをして玖恩さんの目を盗んだとしても、彼の部屋から空き部屋まで跳ぶことは現実的に厳しいと言わざるを得ないだろう」
「そんなの、嘘ついてるだけかもしれないだろ! 焼き殺したのだって、俺に罪を着せるためにやったんだ!」
華雅が威勢よく反論すると、夜夢さんはにっこりと微笑みを返す。
「そうだね。上井出くんが嘘をついていて、実は五十メートルでも飛び越えることができるのかもしれない。あくまで能力の詳細は自己申告で、それを確かめる術もない。だとしても、上井出くんがどうやって火を付けたのか、という疑問は残る……いや、細かい点は置いておこう。ここらではっきり言っておくよ。華雅くん、現時点で一番疑わしいのは君だ」
はっきりと。
皆がそれでも口に出さずにいたことを、いささかの躊躇もなく宣言した。
「な、なんでだよ!」
「理由はいくつかあるけど、一番は“死体の状態”だよ。私は焼死体に造詣が深いわけじゃないけれど、あの死体はあまりにも焼け過ぎていた。胴体部分などほとんど消し炭だ。普通に火をつけたくらいじゃああはならないだろう……だが『パイロキネシス』の火力で焼かれたのなら話は別だ。君にはアリバイもないし、最初から攻撃的な発言も目立っていたよね。木花さんと一緒に私の部屋へ来たのも、彼女に近づく魂胆があったと考えると自然だ」
「違う、あれは……」
容赦のない糾弾に反論を試みようとするが、言葉が出てこないようだった。
夜夢さんの口ぶりには恣意的な面も感じられるが、しかし言っていることは事実その通り。客観的にもっとも疑わしいのは華雅梨音である。これは明らかだ。
「とはいえいずれも情況証拠だから断定はできない。他の人が犯人である可能性も自殺の可能性も消えていないし、これ以上は手詰まりかな。もう少し犯行現場にわかりやすい証拠などがあれば良かったのだけれど」
「アタシたちが怪しいってんならよー」
と、そこで天照さんが口を開いた。
「両手両足ふんじばって転がしときゃいいじゃねーか。そうすりゃとりあえずはもう何にも起きねーってことだろ?」
その提案は華雅を庇おうとしているように僕には感じられたが、しかし華雅は血相を変えた。
「なに馬鹿なこと言ってんだよ! 俺はぜってーやだからな!」
「そうでもしないと収まんねーだろが。犯人じゃねーなら堂々としてりゃいいだろ」
「俺も異論はない。皆の気の済むようにしてくれればいい」
「ふざけんな! そんな無防備な状態で他の奴が攻撃してきたらどーすんだよ!」
「僕から提案がある」
席を立った僕に、全員の注目が集まる。
「夜夢さんの言う通り、まだ情報が足りない。もう少し手がかりを集めないと議論するだけ無駄だよ。だけど全員がバラバラになるのも避けたい。だから、これからはチームで動こう」
「チーム?」
「ああ。二人一組でチームを作るんだ」
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