007 名刺代わりの危機一髪
「どりゃああーーっ!!」
勇ましい雄叫びとともに天照さんが両手を振るうと、娯楽室の奥で埃をかぶっていた卓球台が、宙に浮き上がった。
「らあっ! とりゃ! たりゃあ!」
天照さんの手の動きに合わせて空中でくるくると回転した後、卓球台は静かに元の場所に収まった。まるで手品のように。
「ま、こんなもんだな!」
「なるほど、君は『念動力』の能力者か」
夜夢さんが指摘すると、天照さんは誇らしげに頷いた。
「要は離れたところにある物を手を触れずに動かせる力だ。残念ながら自分の身体は動かせねえから、空は飛べねえけどな」
「条件や制約については?」
「そうだな。まず、動かせるのは自分の腕力で持ち上げられるくらいの重さの物までだ。バイクは動かせるが二トントラックはさすがに無理だ」
バイクを持ち上げられるだけでゴリラ並みの腕力だと思うが、そうは言わないでおく。
「一回の注射で三十秒くらいかな。集中力次第だがいくつか同時に動かせるぜ。距離は十メートルくらいまでならいける。あたしは自分の足で動けねーからこんな能力になったんじゃねーかな、多分」
「誰よりちょこまか動くくせによく言うよ……いってえ!」
部屋の奥に立てかけられていたモップが浮き上がり、華雅の頭を叩いた。
どうせやられるんだから余計なこと言わなきゃいいのに。
「けどな、力を使うと両腕がしびれて動かせなくなっちまうんだよ。医者には使いすぎると麻痺するからって言われててよー、便利だからってあんまり使いすぎるわけにはいかねーんだ。これってとんでもない皮肉だよなー」
そう言いながら両手を胸の前で広げると、細かく震えているのが見て取れた。
「僕からも質問、いいかな」
「おう。なんでも訊けー」
「視界に入ってない物でも動かせるのか? たとえば、壁の向こうの部屋に置いてある物を動かすことは?」
その質問に天照さんは一瞬固まり、じろりと睨んできた。
「それ、あたしを疑ってんのか? 鍵のかかった部屋でも、あたしなら部屋の外から火をつけられるんじゃねーかって?」
「可能性の話だよ。違うならそれでいいし、もしそうならその可能性は潰さなきゃならないだろ。それだけで君を疑うことはしないと約束する」
僕は単純に、全員を疑っているだけだ。
とは言わないが。
「んーまあ、できないことはないぜ。壁の向こうだろうと、そこにある物なら動かすことはできる。ただし見えてない以上、正確に操ることはできねーけどな」
「人間を動かすことは?」
「それもできる。突き詰めりゃ物質だからな。だけどそれはしないって決めてる。自分の都合で他人を勝手に操るなんて、やっちゃいけねーことだろ」
「なるほど。よくわかったよ、ありがとう」
彼女が嘘をついているとは思えない。しかし彼女のパーソナリティを差し引いたところで、恐ろしい能力であることに違いはない。
いとも簡単に人を殺すことができる。離れた場所から、指一本も動かさずに。
「さて、どんどんいこう。次は華雅くん、いくかい?」
名前を呼ばれた華雅は、しかし俯いたままで応じようとしない。
まだ覚悟が決まらないのか。
その時点で、何の能力者か告白しているようなものなのに。
「次は俺がいこう」
空気を察したのか、上井出が立候補した。
「俺の能力は、『瞬間移動』だ」
そう言うが早いか腕に注射を突き立てた、次の瞬間——声だけを残して上井出の姿が消えた。
と同時に、五メートルほど離れた場所に現れた。
「っと」
着地でバランスを崩したのか、よろめいて膝をつく。
「鞍馬くん、大丈夫?」
「ああ、いつものことだ」
あっさりと目の前で披露された瞬間移動に——
心配そうに駆け寄る玖恩さん以外の全員が呆然としていた。もちろん僕も。
今、自分の目で見たことが信じられない。いくらヘテロ・チャイルドの能力が物理法則を無視しているとはいえ、これは……。
『金縛り』も『精神感応』も『残留思念』も『念動力』も、常軌を逸した能力であることは間違いないが、自分の身体を離れた座標にワープさせるなんて、断トツで異常だった。
しかし当の上井出はバツが悪そうな顔をして、
「見ての通り、皆に比べると一段劣る能力だ。少し離れた場所に移動するだけだからな。普通に歩けばいいという話だ」とか言っていた。
その後の説明では、『瞬間移動』の最大距離は十五メートルほどで、目視している場所か、あるいは具体的に認識できる場所、つまり一度行ったことのある場所になら移動できるとのことだった。
「行ったことのある場所なら、遮蔽物を越えて移動できるのか?」
「可能だ。鍵のかかった部屋の中にも、俺なら入ることができる」
正直に答えてくれるのは有難いが、容疑者がまた増えてしまった。
「わ、私の能力は『透視』です。三十センチくらいの厚さなら見透かすことができます」
皆も慣れてきたのか、玖恩さんの能力紹介はあっさりと進行した。
彼女は、扉の向こうに立つ夜夢さんのハンドジェスチャーをすべて言い当てて見せた。
「サムズアップですね」「両手を振ってます」「犬ですか?」「ええと、左手をパーにして、中指と小指だけ折り曲げてます」「左手の人差し指と親指で輪っかを作って、右手の人差し指を入れたり出したり」
「夜夢、そこまでだ」
ふざけ始めた夜夢さんを上井出くんが制止したところで実験は打ち切られたが、彼女の透視能力も疑いようもなく本物だった。まあ、リストがある以上嘘をつけるわけもないのだが。
残るは二人、華雅梨音と夜夢瑠々。
対して、残る能力は三つ。奇しくも、僕が危険視していた二つの能力がまだ残っていた。
「さて、あとは私と君だけだが、どうする? 君からいくかい? それとも最後、大トリがいいかな?」
「……やるよ。やりゃいいんだろ」
華雅が観念したように注射器を取り出し、投げやりな動作で左腕に刺した。
手を前方にかざす。
ややあって、チリチリと肌を焼くように空気が熱を帯び始めた。
「あはは、これは凄い」
夜夢さんが後ずさりする。
「
次の瞬間、眩い光とともに、室内の空気が爆ぜた。
「うわっ!」
大質量の爆風と放熱に押され、吹き飛ばされて皆が尻もちをつく。見上げると、部屋の中央で、赤々とした火球が、太陽のように炎のとぐろを巻きながら燃え盛っていた。
熱い。
なんだこの熱量は。
これは——反則だ。
華雅がかざしていた手を閉じて拳を作り、強く握り込んだ後、再び手を開いた。
「
火球が膨れあがった。
さらに熱量が上がる——
「華雅、そこまでだ!」
堪えきれず僕が叫ぶのと同時に、華雅は手を下ろした。
途端に火球が消失し、室内の温度が急激に下がっていく。
ようやく脅威から解放されたが、それでも僕の全身は強張ったままだった。
「へっ、ビビりすぎだろ。冗談だっての」
と、華雅は小馬鹿にしたように鼻で笑う。
冗談だって? 全然冗談になってない。もしもあれ以上続けていたら、本当に全員が焼け死んでいた。
全員が言葉を失っている中、華雅は面白くもなさそうに笑みを浮かべ、吐き捨てるように言った。
「――俺が、お前らお目当ての『発火』能力者だよ。これで満足か?」
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