006 能力披露宴
「さて、誰からいくかい?」
と、夜夢さんが楽しそうに言う。
場所を移動して、娯楽室。食堂ではテーブルが大きすぎて邪魔だということで、まだしも広い空間が確保できるこの部屋に移ってきたのだ。
悲しいかな滅多に使うことのないその部屋は、いかにも「それっぽいものを揃えてみました」という空々しさを感じるレイアウトで、卓球台やらダーツやら埃をかぶった書棚やらが味気なく並んでいる。何度かカズたちと三人で遊んだこともあったが、すぐに飽きてしまった。ちなみに他の人が使っているところは見たことがない。
「僕からでいいよ」
皆がまだ躊躇っている様子だったので立候補する。誰かが先に披露してみせれば抵抗も薄れるだろう――と、その時。
「いや、俺からだ」
カズが声を上げた。
「たぶんだが、俺から見せた方が話が早え。こいつの話もあるからな」
僕が意外そうにしているのに気付いたカズが、手に持った注射器を掲げて見せる。
「それは……カズのか?」
「あの部屋に落ちてたやつだよ」
カズから聞かされていた話を思い出す。あの空き部屋の死体の傍に、中身が空の注射器が一本転がっていたのだっけ。だけどそれとカズの能力となんの関係があるのだろう。
「こいつの持ち主を調べてやる」
カズはそう言うとポケットから今度は自分の注射器を取り出し、躊躇いなく右腕に刺した。
瞬時に空気が張り詰める。他人が能力を使うシーンを見るのは恐らく全員が初めてだろう。
カズは目を瞑り、集中しているようだった。
「――わかったぜ」
ややあって目を開ける。
「思った通り美來の記憶が残っていた。こいつを使ったのは犯人じゃねえ。美來が持ってた三本のうちの一本だろう」
「なるほどね、それが君の能力か」
夜夢さんが得心したように言うと、カズはふんと鼻を鳴らした。
「『残留思念』――いわゆるサイコメトリーってやつだ。物質に残った他者の記憶を読み取ることができる。もっともビデオを再生するみてえにはっきりわかるわけじゃなくて、そいつが抱いていた感情がわかるって程度だがな。強い感情ほど残りやすく、読みやすい」
物の記憶……なるほど。カズが自分の能力を〝過去〟を表現していたのはそういうことか。
「殺意とか自殺願望とか、そういう感情は読み取れなかった。つまり美來が死んだこととは無関係ってことだ」
「死の直前に希死念慮がなかったということは、自殺の線もさらに薄くなったね。けれど新たな疑問も生まれた。吾棟くん、彼女はどうして薬を打ったんだい?」
夜夢さんの質問にカズは肩をすくめた。
「言っただろ、具体的に何を考えてたのかまでは読み取れねえって。俺が読み取ったのは、そうだな……『期待』と『不安』の感情が半分半分ってところだ」
「期待と不安……」
美來の能力がわからない現時点では美來が何をしようとしていたのかは想像もできないが、しかしやはり美來は自殺ではなかった。
殺されたのだ。
本当に、この中に犯人がいるのか。
「まあ、全員の能力が明らかになれば消去法で木花さんの能力も判明するからね。彼女が何をしようとしていたのかそこから推測できるかもしれない」
そう話をまとめ、夜夢さんが僕を見る。
「じゃあ次は元に戻って、チャンピオンくん、君からいくかい?」
「ああ。じゃあちょっと協力をお願いしたいんだけど、伴動さん、いいかな?」
後ろで気配を消していた伴動さんを指名すると、わずかに首をこちらに向けた。
「どうして私に?」
「いや、たいした理由はないけど。同じプログラムのよしみだし」
「たいした理由がないなら辞退します」
――え?
「いやいや、誰かに手伝ってもらわないと披露できないんだよ」
「それならお友達に手伝ってもらえばいいでしょう」
―――あれ?
「いやいやいや、カズだと演技だと思われるかもしれないし。お願いだって。痛くしないからさ。怖くない怖くない。ね、ちょっとくらいいいじゃないか、ほら」
言っていることが完全に変質者だった。皆の視線が痛い。
この場面で頑なに辞退する伴動さんも大概だ……だけど引かない。僕が能力を披露する相手は彼女でなくてはならないのだ。
「頼むよ伴動さん。すぐに終わるし、危険なことはしないと誓う」
「……それは、命令?」
「命令じゃない、お願いだ」
「そう。わかったわ」
僕の答えが正解だったのかはわからないが、ようやく了承してくれた。
皆の前に出て来てもらい、立ち位置を指示する。周囲からの注目を感じ、僕はそれなりに緊張していた。失敗するわけにはいかない。
「それじゃあ、いくよ」
注射器を左腕に刺して、親指で押し込む。伴動さんに向けて手をかざすと、効果はすぐに現れた。
「う……うう」
伴動さんがうめき声をあげる。立ち尽くしたまま、微動だにせず。
「お、おい各務。何やってんだ?」
「何って、これが僕の能力だよ天照さん。僕より彼女に訊いてみたらいい」
「伴動ちゃん、どうなってんだ?」
「う、動けない……」
伴動さんはその言葉の通り、指一本に至るまでぴくりとも動かないまま苦悶の表情を浮かべていた。
「とまあ、こんなところかな」
かざしている手を下ろして伴動さんを解放すると、途端に糸が切れたマリオネットのように床に崩れ落ちた。
「ほほう。なるほど、君は『金縛り』の能力者か」
夜夢さんに言い当てられ、僕は肩をすくめる。
「こればかりは実際にやって見せないと証明できないからね。そう。僕の能力は『金縛り』――こうして相手の動きを封じることができる」
「へえ、それで伴動ちゃんは動けなかったのか」
床にへたり込んでいる伴動さんを見て、天照さんが納得したように言う。
「質問だけどチャンピオンくん、動きを止めるというのは、相手の手足の動きを封じ込める程度なのか、たとえば喋ることも封じられるのか、眼球の動きや呼吸、果ては相手の心臓を止めることもできるのか。同時に二人以上にも力を及ぼせるのか。その辺りはどうなんだい?」
「そうだな……喋らなくすることはできるよ。だけど呼吸とか心臓の動きを止めることまではできない。つまり内臓とか生体活動に必要な器官に対しては効果は及ばない。それから止められるのは一度に一分くらいで、同時に二人以上を止めることも多分できる」
「多分? 曖昧だね。自分の能力なのに」
「そんなに熱心にプログラムをこなしてなかったからね。申し訳ないけど、これ以上は実際にやってみないとわからない」
「有効射程距離はどれほどなんだい?」
ずいぶんと細かいところまで確認してくるが、それは正しい姿勢だ。相手の能力を知るにおいては、能力の内容だけでは片手落ちもいいところで、発動条件や制約といった情報も非常に重要になってくる。
「これも正確に測ったわけじゃないけど、五メートルくらいだよ。集中すればもっといけるかもしれないけどね」
「ふむ。うん、よくわかったよ。君の能力はこの状況では〝当たり〟の方だね」
夜夢さんは見透かしたように笑うが、その理解も恐らく正鵠を得ている。
つまるところ『金縛り』は防御特化の能力だ。こちらから攻撃することに利用できないわけではないけれど、護身の方に圧倒的に適性がある。
故に、どう立ち振る舞うかを慎重に考えなくてはならない。
「さてさて、次は誰かな? 手ひどい扱いを受けた伴動さん、君からいくかい?」
「ええ。そうさせてもらうわ」
伴動さんが呼びかけに応じて立ち上がり、僕を見る。
「……リベンジならお手柔らかにね」
「安心して。私の力も人を害するものじゃないから」
そう言って注射器を首筋に突き立てた。そして僕の瞳を、脳の髄まで射抜くような視線で見据えてくる。
そして数秒後。
「わかったわ」と、僕から視線を外した。
「今から、あなたの考えていたことを当てる」
「読心か? 頼むから変なこと言わないでくれよ」
「読めた内容をそのまま伝えるだけよ。私の言っていることが正しかったらそう言ってちょうだい」
そう前置きをして、彼女は続けた。
「私の動きを止めている時、いけないことをしているようでドキドキした」
「…………」
明らかによくない流れだった。
「どうなの?」
「……まあ、正解」
周りで歓声があがる。
「私と目が合ってドキドキした」
「正解」
「伴動さんはやっぱり美人だなあ」
「正解」
「あの長くて艶やかな黒髪に触れてみたいなあ、僕は人の髪の毛の匂いを嗅ぐのが何より好きなんだ」
「ちょっとストップ!」
嫌な予感の遥か上をいく内容に思わずタイムをかけるが、時すでに遅し、周囲の白い目線が突き刺さっているのがわかる。
どこが人を害する能力じゃないって? めちゃくちゃ害されてるよ、僕の名誉が。
「それから」
元よりトーンの変わらない喋り方をする伴動さんだが、そこでわずかに声を落とした。
「木花美來を殺した犯人を絶対に許さないと、あなたは思っている。自分の手で必ず見つけ出してやる、と」
僕は言葉に詰まった。それは――
「そしてこうも思っている。〝自分の能力は誰かと組むことで真価を発揮する〟と……あなたは、この私と組みたいと考えている」
「あははっ!」
夜夢さんが柏手を打った。
「面白いね。チャンピオンくん。いま彼女が言った内容は、君が考えていたことと相違ないかな?」
「ああ、間違いないよ。確かにそう考えていた」
「ではこれで彼女の能力も本物だと証明されたわけだ。それにしても君がそこまで考えているとは、お見それしたよ。私は君のことを見くびっていたかもしれない」
「……お褒めの言葉をどうも」
査定が上がったなら何よりだが、なんでこんなに嬉しそうなんだろう、この人は。
「伴動さん、君の能力は相手の思考を読む力、つまり――『精神感応』というわけだね」
「ええ。ただ、読めるのは表層的な部分だけで、深層心理だとか過去の思考までは辿れない。有効射程範囲は半径約五メートル。一度の投薬につき一人、読める時間は最大で一分程度。同時に二人以上の心を読むことはできないわ」
「こちらから相手の心に語りかける、つまり念話のようなことはできるのかい?」
「いいえ、あくまで一方的に私が読むだけよ」
「オーケイ、十全だ。それじゃ次の人にいこうか」
夜夢さんは満足そうに頷き、立候補を募るように他の人を見回す。
役割を終えて再び壁にもたれかかった伴動さんを見ると、目が合ったが、すぐに逸らされた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます