005 いつだって曖昧な僕らの存在証明
Q.大人と子供の違いはなんでしょう?
以下回答(順不同)
「一人でも生きていけるのが大人、じゃないかな」
「醜悪なのが大人、邪悪なのが子供だ」
「うーん。砂糖入れないでコーヒー飲めたら大人かな!」
「違いなんてあんのかー? いい歳こいてもガキみてえな大人もいるだろー」
「知らないよそんなの。大人も子供も嫌いだ」
「えと、大人はお酒が飲めるとか……ごめんなさい、思いつかないです」
「誰かを守れる力を持っているのが大人だ。俺はそう考えている」
「大人じゃないのが子供、子供じゃないのが大人。それだけのことさ」
「無意味な質問は嫌い」
***
「最初に確認すべきは、九時半頃に解散してから死体を発見した十時四十五分までの時間帯のアリバイだね」
夜夢さんが口火を切る。
「まずは言い出しっぺの私からいこうか。ここで議論を交わした後に自室に戻ったのは知っての通り。その後に木花さんと華雅くんが私の部屋を訪れ、しばらく三人で雑談に花を咲かせていた。途中から吾棟くんも加わったね。十時半くらいには解散したから、約一時間ほどかな。それからチャンピオンくんの叫び声が聞こえてくるまではずっと部屋にいたよ。それは君が証明してくれるよね?」
確かに、部屋から出てきた彼女の姿を僕は確認している。その前の話もカズが言っていた内容と相違ないし、嘘はなさそうだ。
「つまり、解散してから僕が美來の部屋を訪ねるまでの十分ほどの間だけアリバイがないってことか」
「そういうことになるね」
十分という時間は短く思えるが、犯行が不可能かというと微妙な時間だ。
「俺と千里はずっと俺の部屋にいた。アリバイというならお互いが証人だ」
次に上井出が証言する。隣の玖恩さんは怯えたように目を伏せている。
「ふむ。共犯という可能性をいったん無視するなら、確かに二人はずっとアリバイがあるということになるね。だが本当に、一瞬たりとも互いから目を離さず一緒にいたのかい?」
「ああ。さすがにトイレくらいは行ったがな。千里が洗濯物を取りに行ったりもしたが、ほんの数分だ」
「他には誰とも会ってないか?」と僕が質問すると、上井出は頷く。
「玖恩さんも?」
突然話を振られた玖恩さんはびくりと背筋を伸ばした。
「わ、私は……」と口ごもる。
「誰かに会ったのか?」
玖恩さんはしばらく押し黙っていたが、観念したように口を開いた。
「あのね、たいしたことじゃないんだけど……吾棟くんを見たの。洗濯室に行く途中で」
全員の視線がカズに集中する。カズは相変わらず腕を組んでつまらなそうにしていた。
「吾棟くんが洗濯物を持って洗濯室に歩いてくるところで……でも私が洗濯機使っちゃってたから、吾棟くんは部屋に戻っていったの。だよね、吾棟くん?」
「ああ」
ぽつりと、カズは弁解する気もなさそうに言った。こんな時くらいもっと誠実なキャラを演じろよ、と僕は内心で毒づく。
「これで二人のアリバイはわかったね。それじゃあそこの物静かな君……伴動さんだったかな。君はどうだい?」
夜夢さんに振られると、それまで彫刻のように動かなかった伴動さんが静かに目を開けた。
「……私はずっと部屋にいた。あなたが呼びに来るまで誰とも会っていない。アリバイというなら私にはないわ」
「なるほど。では次、天照さんは?」
「同じだよ。暇だから部屋で筋トレしてただけで、誰とも会ってねえ」
「では伴動さんと天照さんはアリバイなしと。それじゃあ次は、チャンピオンくん。君にも聞いておかないとね」
僕が死体発見までの経緯を説明すると、夜夢さんは「やれやれ」と肩をすくめた。
「予想通りではあるけれど、やはりアリバイがしっかりしている人は少ないね。まあミステリ小説なんかだと完璧なアリバイのある者ほど怪しかったりするのだけど。ちなみになぜ君は食堂に残っていたんだい?」
その質問に、僕は一瞬答えに詰まる。
「……いや、たいした理由はないよ。誰かが残ってた方がいいと思ったのもあるし、その後でカズと合流する予定だったからさ」
隠す必要もないが、正直に話す必要もないだろう。
「それよりこっちも訊きたいんだけど、夜夢さんたちは部屋で何の話をしていたんだ?」
カズは「益体のない世間話」と言っていたが、美來がその場に参加していた以上は確認しておく必要がある。
「なに、本当にただの雑談さ。好きな異性のタイプとか、ここでの暮らしとかね。君が期待しているような話はしていないよ。それは華雅くんや吾棟くんも証言してくれるだろう」
カズに視線をやると小さく頷いた。期待していたわけではないが、本当にそれ以上のことはなかったらしい。
「さて、ちょうど名前が挙がったところで――吾棟くん、華雅くん。残りは君たちだけだ」
「今までの話でわかんだろ。それで全てだ」
カズはぶっきらぼうに吐き捨てるように答えた。
「ふむ。つまり、私の部屋に来て雑談に花を咲かせ――といっても君は終始仏頂面を崩さなかったけれどね。解散した後は食堂でチャンピオンくんと合流。それから自室に戻り、あとは我々と同じように事件発生まで一人でいたと」
カズはもはや頷きすら返さなかったが、それを肯定と捉えたらしく、夜夢さんは満足そうに頷いた。
その後、華雅にも確認したところ、やはり夜夢さんの部屋を出た以降のアリバイはないとのことだった。
「さて、これでひと通り確認は済んだけれど、結局アリバイが立証されたのは上井出くんと玖恩さんの二人だけだね。その二人にしたって鉄壁ってわけじゃない。これがミステリ小説なら鉄壁のアリバイを持っている人が怪しかったりするけれど、まあ実際はこんなものだろう。だからこの話はここまでにして、次の確認事項に移ろう」
いまや完全に主導権を握った夜夢さんが蠱惑的な笑みを浮かべ――そして言った。
「各自能力のお披露目といこうじゃないか」
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