004 昨日の他人は今日の敵
食堂に入ると、すでに全員が着席していた。
重苦しい空気に包まれていたが、騒ぎから二時間近くが経過し、皆は一応平静を取り戻しているようだった。玖恩さんの目は真っ赤に腫れ、華雅は真っ青な顔をしている。上井出は険しい顔で腕組みをし、天照さんは頭を抱えていた。夜夢さんは瞑想でもしているように目を瞑っていて、伴動さんは相変わらずの無表情だ。
「施設と連絡をとろう」
上井出が切り出した。
「連絡って、どうやってだよ? さっき緊急コールはしたけど、反応なかったぜ」
「大声で叫べばいい。人死にが出たとなれば向こうだって責任問題だ、飛んでくるだろう」
「それはどうだろうね」
と、夜夢さんが割って入る。
「これが試験だというなら、当然カメラなりマイクなり、こちらの様子は向こうに伝わるようになっているはずだ。施設はもうとっくに事態を把握しているはずだよ」
「じゃあなんで誰も来ないんだよ!」
華雅の疑問に応える者はいなかった。
だが、きっと誰もが同じことを思っていた。
——この事態すら、施設側の思惑通りなのだとしたら。
「あいつらがそこまで狂ってるかどうかはあたしにはわからねーけど、夜夢ちゃんの言ってることはもっともだぜ。向こうから何のアクションもねーってことは、まだこっから出られねーってことだろ」
「そんな……」
玖恩さんが泣きそうな顔をするが、天照さんは構わず続ける。
「だからよ、今はそれより大事なことを話し合うべきだと思うぜ。花ちゃんがあんな風に死んでた理由だよ」
その言葉に、室内の温度が一気に下がった。彼女が言わんとしていることを皆がすぐに理解したからだ。
「こんな状況になってすぐに人が死んだ。それも首吊りでもリスカでも毒を飲んだでもない、全身丸焦げだぜ。あんな自殺はありえねーだろ」
「天照さん、それってどういう……」
「ちょっと待ってくれ」
夜夢さんが再び割って入る。
「自殺ではない、という点に関しては残念ながら私も同感だ。しかしそうすると、どういうことになるのかな。この建物には皆知っての通り、私たち以外には誰もいないし、かといって外部の人間が侵入したという線も現実的じゃない。ということは」
「この中の誰かがやった、ということさ」
僕が断ずるように言うと、上井出が目を見開いた。
「馬鹿な! 誰かが木花を殺したというのか? 何故そんなことをする必要がある!」
「理由なんて知らないし、関係ない。私怨かもしれないし衝動的なものかもしれない。あるいは華雅が言っていたように、『自分の価値を証明』するために殺したのかも」
名前を呼ばれた華雅はびくっと身体を震わせ、こちらを睨んできた。
「あれは、本気で言ったんじゃねえって」
「誰が本気になるかなんて僕にはわからない。それだけ僕たちは互いのことを知らないんだ。だから『どうして殺したのか』なんて議論には意味がないんだよ」
「ふむ。つまり君はこう言いたいわけだ」と、夜夢さんが後を継ぐ。
「木花さんはこの中にいる誰かに火をつけて殺された、という前提に立って真相を究明すべきだと。だけどそうすると、この場でいくつか確認しなければならないことがあるよね」
「確認?」
「部屋の鍵さ。犯行現場……あえて犯行という表現を使うけれど、死体を発見した時、部屋には鍵がかかっていて、そして鍵は部屋の中に落ちていた。だよね?」
「ああ。僕とカズで扉を蹴り破った。鍵がかかっていたのは間違いない」
と、そこで天照さんがテーブルを叩いた。
「おい、そりゃつまり、どういうことだよ。密室殺人だとでも言いてーのか?」
「少し違うけど、まあ大体そういうことだよ」
「でもよ、やっぱりおかしくねーか? 鍵がかかってる部屋の中で人が死んでたら自殺って考えるのが普通だろ?」
それは彼女の言う通りだった。仮に警察があの現場を見たら、普通は自殺を疑うだろう。
ただしそれには、「普通は」という注釈がつく。
僕たちは普通ではない。
「だからこそ、この場でいくつか確認しておきたいんだ。あれが自殺なのか他殺なのか、そして他殺だとすれば誰がやったのか、それをはっきりさせるために」
「ふむ」と夜夢さんが首肯する。
「そうだね。たとえば、どうして彼女は焼け死ぬことができたのだろうか? この施設にはライターやマッチのような着火剤はないようだし、どういう手段でもって火を点けたのか、これはひとつのポイントになるだろうね」
「それもひとつだ。あとは事件が起こった時の皆のアリバイ。それから」
「全員の能力。そして未使用の薬の数、か」
僕の思考を読んでいるかのように、心地いいくらいのテンポで先回りをしてくる。実際、探偵役に相応しいのは彼女の方なのだろう。もちろん、「探偵役が犯人だった」なんてオチがつかなければの話だが。
皆は静まり返っていた。
その沈黙が意味しているのは、この場面で自分の能力を明かすという禁忌に対する葛藤だろう。だがこうなってしまった以上、拒否することはもはや不自然といっていい。
しかし不自然にも、激しく異議を唱える者がいた。
「ちょっと待てよ! なんで能力を教えなきゃいけないんだよ。均衡が大事だって話だっただろ!」
華雅梨音だった。
「もうそんな悠長なことを言ってる段階じゃないんだよ」と、僕は諭すように答える。
「均衡なんてとっくに崩壊してる。仮にこの中に犯人がいるのだとしたら、言うまでもなく百パーセント何らかの能力者なんだ。これ以上の被害を未然に防ぐためにも誰が何の能力者なのかを把握しておく必要があるし、それにもしも犯行に能力が使われたのだとしたら、その情報が犯人に繋がる手がかりになる」
ごくごくシンプルな話だ。あのリストには、焼死体という問題に対して「ほぼ正解」のような能力が載っていた。
華雅はまだ何か言いたそうにしていたが、「決まりだね」と夜夢さんが議論を打ち切った。
「まずはアリバイの確認からいこうか。火を点ける方法は、どうやら後回しにした方がよさそうだからね」
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