002 未知との遭遇は突然に

 “都市伝説”、夜夢瑠々。

 まさか顔を合わせる日が来るとは思わなかった。実際、こんな事態でもなければ会うこともなかったのかもしれない。

「本当に部屋にいるのかな」

「部屋以外にいねえってことは部屋にいるんだろうよ」

 カズはどうでもよさそうにすたすたと歩を進める。

 こういう役回りを買って出たことは意外だったけど、僕を連れ出してくれたことについてはありがたく思っていた。妙に大人しくしている美來とまだ言葉を交わせておらず、どうにも居心地が悪かったのだ。

 そういえば、カズもまだ絵を渡していないはずだ。朝から行動を共にしているのだから間違いない。

 だがカズはまったく気にしてる素振りもない。

 僕ももう考えるのはやめよう。今はTPO的に誕生日云々を言っていい状況ではないし、タイミングを見計らってプレゼントさえ渡せばそれで充分だろう。

 これこのように、一週間前から睡眠時間を削って作り上げた最高傑作がポケットにあるわけだし……

「ん?」

 おかしいな、確かここに……。

「あれ?」

 こっちだったっけ。いや、確かにこのポケットに……

「おやおやおや?」

「おい、身体中をゴソゴソまさぐってどうした。気色悪いし、顔色も悪いぞ」

「なあカズ」

「あ?」

「ない」

「は?」

「だから、ないんだよ」

「甲斐性がか? それとも脳味噌でも失くしたか?」

「あっはっは。大正解」

「怖えな、なに笑ってんだよ」

「ミサンガだよ! ミサンガがないんだ!」

「……ミサンガ?」

 足を止め、怪訝そうな顔をするカズ。

「そうだよ、ミサイルでもミランダでもなくミサンガだ! 美來のプレゼントのミサンガだ! 確かにこのポケットに入れておいたのに、どこにもない!」

 どこで失くしたんだ!? どこかで落としたのか!?

 まずい。これはまずすぎる。

 カズはあんぐりと口を開け、信じられないものを見るような目を向けてきた。

「……お前は」

 しばらく固まっていたカズが、絞り出すように言った。

「僕は?」

「馬鹿か?」

「……メイビー」

「いや。マストで馬鹿だ」

 言い直された。断定された。

「僕は馬鹿なのか?」

「ああ、上にチャンピオンがつくな」

「僕はチャンピオン馬鹿……」

「下には《優勝》がつく」

「チャンピオン馬鹿優勝!?」

 わざわざ同じ言葉を重ねちゃう感じが本当に馬鹿っぽい!

「チャンピオンの上には『祝』が」

「わかった、わかったから!」

 呆れる気持ちはわかるが、自分の馬鹿さ加減なんて言われるまでもなく自覚している。

 カズは深い溜息をつくと、ようやくいつものだるそうな表情に戻った。

「ったく。面倒事増やしてくれやがって、お前は」

「返す言葉もないよ。ちゃんと探せば見つかると思うけど、先に美來には謝っておいた方がいいかな。さっきもずっと静かだったし、へそを曲げてるのかも」

「やめとけよ。見つかるまでは話しかけねー方がいいだろ。君子危うきにってやつだ」

「すでに君子じゃないけど……そうしとくよ」

 カズは力が抜けたように壁にもたれかかり、うなだれる僕に「それにしても」と言葉を継いだ。

「あいつ、見た目がずいぶん変わってたな。別人みたいに」

「ああ、髪か」

 やはりカズも美來のショートヘアのことは知らなかったらしい。

「あれは驚いたよ。願掛けって言ってたけど、願いが叶ったのかな」

「さあな。あいつの考えてることは俺もたまにしかわからん」

 そう言って肩をすくめる。

 カズにわからなければ誰にもわかるまい。

「とにかく、僕は急いでミサンガを探すから、夜夢さんを呼びに行くのは任せていいか?」

「仕方ねえな。勝手にしろよ」


 というわけで——

 僕はカズと別れ、ミサンガの捜索に移ることにした。

 はてさて、確かにポケットに入れておいたはずなのだけど。今朝起きてから触った記憶もないし、どこかで落としたのだろうか。

 いずれにしても最悪だ。

 本人たっての希望の品を、それも準備まで手伝ってもらったプレゼントを失くしたなんて、謝って済む話じゃない。それに、美來がミサンガに何を願うつもりかは知らないが、その願いを裏切ってしまうことになる。

 それから僕は、自分の部屋から廊下の隅々まで探して回ったものの、結果としてミサンガは発見することはできなかった。

 往生際悪くポケットを裏返したりしながら、さながら落ち武者のような足取りで食堂に戻り、重い扉を開けた。

 すると——


 目の前に絶世の美女がいた。


 誇張表現なしに、鼻先数センチのところに。触れてしまいそうなほどの距離で。

 僕の顔を覗き込んでいた。

 長いまつ毛。ペンで書いたみたいにはっきりした二重。

 彼女の左腕はまっすぐ僕の右肩の上に伸びている。どうやら僕は壁ドンされているようだった。

 いや、何かがおかしい。

 彼女の顔の向こう側に電球が見える。枝垂れた髪が僕の鼻をくすぐる。

 そうか。僕は床に倒れているのだ。押し倒されて——床ドンされているのだ。

 いつの間に?

 ……誰なんだ?

「おい夜夢、そいつを取って食っても腹壊すだけだぞ」

 カズの声。

 ああ、そういえばそういう展開だったっけ。

 話の流れから外れたのは僕だった。僕がそこら中で這いつくばっている間に、カズは任務を果たしたのだ。


「あはっ。君が馬鹿のチャンピオンこと、各務想介くんかい?」

 この世のものとは思えない美貌の持ち主が、口を開いた。

「よろしくね。私は夜夢瑠々だ」

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