第114話 救いを求める茨の道
隼人の決意をあざ笑うかのように、魔神に汚された機械人形の肩が揺れる。まるで本当に笑っているかのような動きをする機体が一歩、また一歩と踏み出すと、足元にできていた影から何かが地に這い出す。ぶよぶよと不定型であったものは、急速に形を作り上げていった。
魔神。
「な、に。何が――」
機体からの影から生まれ出る魔神は、次から次へと姿を現す。瞬く間に数を増やし、群れはすぐにでき上がり、数秒の後に大軍と成り果てた。
『来るぞ!!』
「っ! くそ!!!!」
隼人の元へ、一体の魔神が襲撃をかける。それが合図だったかのように、多種多様の形を持つ魔神が少年の乗るメルトレイドへと牙をむいた。
一つしかない対象を巡る争奪戦、隼人は英雄の遺志の使っていた剣を拾い上げると応戦に武器を振るった。弱体化していない魔神との戦闘は、隼人には初めての経験であった。
未経験を才能でカバーし、どうにか生を繋げる。
隼人は舌打つ。
魔神の相手に問題はないが、もう一機の実験機体は魔神の数を増やしながら、研究所へと向かっている。孤立した施設である研究所が日本支部に応援要請したところで、時は既に遅く、無敵の守護であるはずだった薫は機能できる状態ではない。
唯一、戦力となり得る隼人は厚すぎる壁に阻まれていた。
「は、なんで!?」
動く壁の隙間、垣間見えた光景に隼人は戦慄する。
自分にまとわりつく魔神たち以外、他の動きは二つに分かれていた。一つは、魔神に喰われたメルトレイドに先行して研究所の破壊に着手する軍勢。もう一つは、同じ方向を目指して進行している軍勢。
明らかに目的地を持った行動、隼人には行く先に思い当たる場所があった。
「そっちは集落が!!」
竜の民の集落。
被験体の少年少女が、慕ってやまない喜里山姉弟の生活拠点。姉はここで不可思議な生に繋ぎとめられているが、弟は何も知らずに集落にいるだろう。
あの数の魔神に襲われて無事なはずがないと、外のことを何も知らない隼人にも察せるような危機だった。勿論、正しい憶測である。
「どうすればっ、どうすればいい!?」
『他者を気遣ってイる場合ではなイだろウ!!』
「博士が、美濃君が――死んじゃう!! イオンを助けられない!! このままじゃ、薫もっ!!」
混迷の叫びに返事はない。
隼人は幼い頭で必死に考えた。迷う間にも、着々と破壊と殺戮へのリミットが迫っていく。スレイプニルの言う通り、他者ばかりを気にかけているほどの余裕もなかった。
「っ、スレイプニル!」
隼人は決死で魔神の名を呼ぶ。
「力を貸して」
浮かんだ選択肢を実行するために。
『駄目だ! 今の精神状態の七代目では力を暴走させるだけ――』
「でも、このまま何もできないなんて嫌だ!!」
『イオンの二の舞だぞ!!』
「お前が手を貸してくれないなら、俺が勝手に使う!」
『やめろ七代目!!!!』
「音に溶けろ、スレイプニル!!」
制止を振り切り、隼人は一方的に力を引き出す。
コックピットは一瞬にして静寂した。
少年の身に宿る魔神の力は、スレイプニルの力であり、隼人の力でもある。機体は大きな変身を見せないが、スレイプニルの力を元手に、機体のスペックを跳ね上げさせた。
魔神の力を映すメルトレイドは血肉を孕ませることはなく、外見は機械人形の体裁を保っている。
まとわりつく魔神を蹴散らしながら、一直線、隼人の乗る機体は、もう一機の実験機体へ走った。
そして、その身体を通り越し、研究所へと突っ込む。
魔神を殺し、研究所を壊し、逃げまどう白衣を潰し、メルトレイドは使いこなせない力を発散するように暴虐を働いた。暴走する力は、目に入ったものを次から次へと壊していく。
なんの救いもなかった。
目撃者は、瞬く。
未来とカトラルは、髪を風に揺らされる。
血生臭い、粉末と化した瓦礫の混ざる風ではなく、緑の匂いがする爽やかな風であった。
晴れた空、開けた視界、平和の清閑。
強襲する暴走したメルトレイドの姿はなく、視界を覆うような魔神の群れもない。遠くまで続く緑、光の灯っていない世界境界点が観測できる。
研究所の屋上。
「……」
「……」
過去を移動したのだ、と理解するまで二人は少しの時間を要した。
先に動いたのは未来である。かつかつと軍靴を鳴らし、屋上を覆う安全柵に近寄るとそこに手をかけ、先ほどまで惨事の現場であった実験場を肉眼で観察する。
開けた草原、障害物はなく、死角ができないような位置取りでカメラが設置されていた。
「……隼人は驕った。今の選択は良くない」
未来は唐突に目撃してしまった事件に対し、意見を述べる。
「あんな小さな子供に魔神の力を制御できるわけない。しかも、相手は上級魔神。不完全な状態で引き出されて能力が暴発するのは道理。せめて、スレイプニルに意志ごと身を任せてしまえばまだ良かったものを」
「あの魔神に任せたら、一も二もなく離脱するでしょう」
赤服の隣に並んだ白服は同じように実験場を見下し、目を細めた。
「それが、正しい選択。離脱するくらいの時間なら、あの頃の隼人でも堪えられた」
「そんな選択、雛日君にはできませんって。あの状況で人の心配ばっかりだったじゃないですか」
二人が討論したところで、どうこうなる問題ではない。
未来も正論を口にしているが、最善を選べなかった隼人を責めているわけではなかった。当事者にしか分からないことはあるし、感情のままの選択が絶対間違いだとは誰にも言い切れない。
スレイプニルと未来は近しい考えでいた。そして、本来は隼人もこの考え方をしていて当たり前であるのに、そうでなかったことが未来は心配なのだ。
彼に欠如しているのは、自分の命に対する執着。
人の死に対しては恐怖し、拒絶していたのに、少年は死にたくない、と自分を顧みる言葉は一度も吐かなかった。
「イオン! 好き!」
顔を歪めた未来の暗転し続ける思考を邪魔するかのように、底抜けに明るい声が愛を訴える。
柵の外を見ていた二人は、同時に声の方向へと振り向いた。先程見た過去で、コックピットに乗っていた二人の被験体が検査着に身を包み、寄り添っていた。
メルトレイドに乗っていた時よりも、もっと幼い容姿の兵器サンプルたち。
「好きだよ」
イオンの手を取り、隼人はにこにこと幸せを浮かべる。対して、イオンは浮かない顔で、足元を見たまま顔を上げようとしなかった。
「イオン、どこか痛いの? お薬もらいに行く?」
「……」
「イオン?」
「……」
「…………好きって言われるの、嫌だった?」
「……ヒナが私を好きなのは、刷り込みって言ってね。嘘の気持ちなんだよ」
おおよそその見た目の年代の子供からは聞けないような台詞を紡ぐ。自分で言っておきながらも、泣きそうなイオンは弱々しい。
言われた隼人はきょとんとして目の前の少女を見つめる。
カトラルは「どう思います?」と幼い二人から目を離さずに隣へ尋ねた。
「その通りじゃないの。アクロイド博士を守るのが自分の仕事だ、って隼人は洗脳されてると思うけど。いざとなった時、アクロイド博士を引き合いに出して、隼人を使おうって言うんでしょ」
「定石ですよねえ」
「実際は逆にも効果抜群だったわけだけど――」
「違う。嘘なんかじゃない」
未来の枯れた現実的な意見をも否定するように、隼人は首を振った。
喚くわけでも、騒ぐわけでもない。言い聞かせるような、優しい口調で「でも――」と続けた隼人は繋いだ手を更に強く握ると、俯いたイオンの顔を下から覗きこむ。
「嘘でも好きだったら、イオンは俺の隣にいてくれる?」
緩やかに微笑む隼人はこつん、と自分の額をイオンの額に当てる。
「それなら、俺の気持ちが嘘でもいいよ。イオンがいてくれるなら、それでいい」
額を離し、手を離し、隼人は一歩、二歩とイオンから距離を取る。急に離れた体温に、イオンは顔を上げた。
二人は真っすぐに向き合う。
「イオンが困ってる時とか、助けて欲しい時とか、つらい時は俺が手を伸ばすから――必ず掴んで。イオンは俺が守る」
イオンは揺れる紺碧の瞳に隼人を映していた。少年は好意を言葉でも、態度でも示してくれる。それを嘘と言われても、怒ることをせず、嘘でもいいと言う。
両腕を伸ばし、手のひらを差し出した隼人は「ほら、イオン」と楽しそうに笑った。
「な、に?」
「悲しそう。そんな顔、見てられない」
催促するように「ん」と短く声を出す隼人は、イオンが動くのを待っている。
「……」
たどたどしく手を差し出し、イオンは隼人の手を取った。
触れた手に隼人は一層に幸せを開花させて、これ以上ないほどに破顔する。だらしなく緩んだ顔で、離さないと言わんばかりに手を握り締めた。
「本当に”大好き”だよ、イオン」
視線を交わらせて、隼人は一生懸命に自分の心を伝える。
「――――ヒナ、大好き」
イオンは小さな体で隼人に飛び込んでいく。よろけながらも少女を受け止めた少年はけたけたと笑い声を上げて、力一杯に抱きしめる。
隼人の目には見えないが、顔を埋めるイオンの口元も緩い孤を描くように歪んだ。ほんのりと目頭が熱くなったのを誤魔化すように、イオンはぐりぐりと隼人の肩に顔を擦り寄せる。
仕組まれた愛だろうと、純粋な恋だろうと、イオンは隼人が、隼人はイオンが幸せであるならどうでもいいことだった。
未来とカトラルは穏やかに子供たちを見守っていた。
少年少女は狭い世界の中で幸福を見出しているが、数年後には実験体として最悪の事件に身を投じることになる。そして、現代では、魔神掃討機関所属の天才科学者とレジスタンスの高校生。
この頃の感情を引き継いでいるのは隼人だけである。
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