第110話 旋、機械人形
戦闘準備を整えているメルトレイドは二機。その二機はお互いを敵として認め、もう一機の存在など見えていないようである。
『イオン、下がってて』
司令室からも見放されているイオンを気遣うのは隼人だけだ。
隼人は真っ向勝負と突っ込んでいく。動きは荒削りだが、速度だけで評価すれば魔神殲滅に参入できるレベルである。振りかぶった剣をストレートに下す。
実直な攻撃は、簡単にいなされた。
『っ!』
待ち構えていた英雄の遺志は、剣を握る実験機体の手首を己の剣で弾く。下から上へと、昇り動く刃は隼人の攻撃とは正反対であった。
片や、煩く、雑で感情的。片や、静かで、洗練され無駄がない。
激突が苛烈な金属音を耳障りとして一帯に奏でた。
実験機体が手首から先を失うことはなかったが、衝撃に武器を落としかける。隼人は柄を完全に手放す前に、ぎりりと力強く握り直した。それから、再び戦闘態勢に戻ろうとする。いや、しようとした。
立て直しの動作は隙となり、一撃をくらうには十分な時間になる。
『げっ――!』
弾き上げた剣の動きを止めず、流れるように突きを構え、英雄の遺志は実験機体の頭部に切っ先を突き立てる。メルトレイドの心臓部は二つ。原動力となるレプリカが内臓されている頭部と、脳となるパイロットが居座る胸部。
前者を貫こうという攻撃を、隼人は大きくのけ反って避けた。重心を支える足を崩し、そのまま転びそうなる機体は、後転して再び両の足を地に着けた。
英雄の遺志は攻撃の手を休めずに追い打つ。
剣は執拗に頭部を狙い、突き立てられる。数打てば当たる、を実行している英雄の遺志に、実験機体は押されるがままでいた。
『くっそ、なにこいつ!』
大きく地を蹴り、長距離の間合いを置いて避難をした隼人は、盛大に悪態をつく。
イライラを隠せない少年パイロットは、回避行動だけで何もさせてもらえなかったことに、焦りを見せていた。それでも、イオンが待機するのとは逆の方向に逃げるくらいの思考余裕は持ち合わせていたようで、固まっていた三機は明確に二機と一機に別れる。
「すばらしい、な」
隼人の心情とは打って変わり、吉木は少年の操縦に息を呑んだ。
一方的に攻撃されるだけであったが、実際には一撃として攻撃は被っていない。態勢を崩されようと、完全に動きを奪われることはない。反撃はできずとも、きっちりと回避をこなす。
常人には真似できない速度で、実験機体に行動命令が下されている。そして、英雄の遺志はそれに見劣るどころか、優位を持って攻撃行動に出ている。
他者の目から見れば、素晴らしい技術のぶつかり合いであった。
『……』
隼人は自分が楽観していたことを反省した。
実験で無理を感じたことはない。いつだって余裕を持っていたが、今回は違うのだ、と心を入れ替えた。
相手は殺すために動いている。
少しの慢心を見せたところで、自分は死ぬ。
『……集中、集中』
距離が開いても、緊張感に解れさせない英雄の遺志。隼人は敵を観察する目を動かしながら、必死に思考を巡らせた。
機体スペックは勝っているが、馬鹿正直な勝負では敵わない。
ならば、奇襲。
しかし、その隙はなく、攻撃の動作自体が自分の隙になり得る。
『……』
お手上げ、と思わせる相手に、絶望は微塵も浮かばなかった。代わりに心を締めるのは、狂気の高揚。ぞくぞくと隼人の心を奮わせるのは、正体不明のメルトレイド、与えられた挑戦権。
実験の一環であることは、隼人の頭の中から薄れていった。
『……スレイプニル』
隼人が勝つための選択肢は多くない。
実験機体はレプリカで動いている。
マグスである隼人はスレイプニルに原動力を任せることもできるが、幼少の少年の精神は未熟だ。上級魔神であるスレイプニルを身に宿しているだけでも十分すぎる。その能力を行使しようというなら、精神汚染というリスクを抱えることは必須であった。
『七代目……』
『頼む』
結局、相談相手程度の仕事しかできないスレイプニルは、名を呼ばれ、浮かない声で応じる。これがただの実験であれば即却下であるが、この状況下ではその選択はできない。
『長くは持たなイと分かってイるか?』
『じゃあ、すぐに終わらせる』
短い時間しか使いこなせないなら、その時間内に決着をつける。
ぎらり、眼光は閃く。
『音に溶けろ、スレイ――』
隼人が魔神の力を解放するトリガーを引こうとした瞬間、英雄の遺志は敵対する機体の頭部を貫いた。ずぶりと頭を貫通する白銀の刃。
『え?』
金属が裂ける音と結晶の割れる音。
頭部に刺さったそれを引き抜かずに、英雄の遺志が剣を持ち上げれば、原動力を失った機体も持ち上がる。
ぐたりとしたメルトレイドは、頭だけを引っ張られ、ぎちぎちと引き剥がれる音を首から鳴らした。
『イオンっ!!!!』
隼人の頭から練っていた策略が真っ白に消える。
二機と一機に別れていたはずの戦場で、いつのまにか隼人は一機側の存在になっていた。
同じ境遇にあり、欠陥品の烙印を押される寸前の少女と、彼女の乗る機体の命運は旧世代機メルトレイドの無骨な手に握られている。
『イオンを離せよっ!!』
『待て七代目!』
焦燥に駆られた隼人は、ただただイオンを助けるために走る。スレイプニルの制止は耳に届かない。
英雄の遺志は首が体から分裂する寸前のメルトレイドを放り捨てると、向かってくる実験機体へと武器を構えた。
非情な支えを失ったイオンの乗る機体は無造作に地に落ちる。壊れる機械音は、再起不能の合図でもあった。
『っんのやろ!』
隼人は英雄の遺志の剣に実験機体の剣をぶつけると、力一杯に押し込んだ。単発で繰り返す鈍い音は、刃同士が擦れ合って鳴る音だ。
押し合う力は、お互いをけん制し合い、時が止まったかのように動きが止まる。
『……!』
考えるより、体が先に動いた。
実験機体から、英雄の遺志と張り合っていた力が消える。均衡がとれていた状態で、どちらかが急に力を抜けば、崩れた天秤は一気に傾く。
隼人は背から倒れるように、英雄の遺志は前傾姿勢で転ぶように、それぞれが体勢を崩した。
違いは、仕掛けた側か仕掛けられた側か。
隼人は機体と垂直に剣を構えた。このまま倒れ込めば、押し倒される形で隼人は動きをとれなくなるが、対抗する機体の腹を串刺しにもできる。
切っ先が機体の外装に擦れる。
『っ!!』
突き刺さる寸前で、英雄の遺志は両腕を伸ばし、実験機体の肩を掴んだ。倒れる勢いのまま、相手を掴んだ手を支点に英雄の遺志は反転しながら宙に身を投げ出す。
捨て身での渾身の一撃は、華麗に避けられた。
仰向けになっていく隼人の視界に映るのは、宙をくるりと軽やかに旋転するメルトレイドと晴天の空。白と青のコントラスト。
英雄の遺志の動きは、メルトレイドの重量をまるで感じさせない。フォルムからは想像できない柔らかな動きに、隼人は大きく目を見開いた。
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