第82話 懐かしい色を見つける

『日名田、効率悪い』

「でも、この方が確実に数減りますよ」


 隼人の言葉は間違いではない。

 武器を使って傷を与え、とりあえずその場を一時的に退かせるのではなく、隼人は手にかけた魔神を必ずに殺していた。

 連なっているわけではないから芋づる、とは言えないかもしれないが、隼人の所作はまるでそれであった。


 一体、一体、また一体。

 スピードは落ちることなく、循環作業のように命を摘んでいる。塊は確実に一回りは小さくなっていた。


『……分かった。そのまま数減らして』


 未来は止まらない隼人の快進撃に、薄く息を漏らした。

 旧機に乗っている様と比べて、動きが良すぎる。もはや、未来の知る隼人ではない。

 ただでさえ驚異的だったのに、機体スペックに殺されていた才能がここで開花している。

 ぞくり、と完全戦略の背を駆けあがる戦慄。どんなに秀逸で周到な作戦を立てられても、実行できる駒がなければ、未来は無力の頭脳でしかない。

 未来を最高戦力に仕立て上げられるのは、確かな腕を持つパイロットだ。


『D五番が動けるようになったら、C八番は本部の防衛に。D五は周囲の魔神を片っ端から掃討』

「……D五、了解」

「はい、C八番も了解です。D五番、もう動けますよね?」

「ああ、動けるよ!! くそっ!」

『……日名田』


 隼人の働きは未来の命令を置き去る勢いである。

 隼人自身、自分の動きの良さに驚いていた。身体の節々は痛むが、そんな不調を消して余るほどにコンディションが良い。


「C八番、今から本部守衛に回ります」

『了解。専有四番が既に当たってるから、君は格納庫方面を』

「はい」


 隼人は司令室との回線を保ったままで、未来との交信を止める。

 機体の通信回線を司令室と繋ぐだけで、他機との共有回線も強制的に開くようになっていた。隼人が求めなくとも、耳には勝手に情報が流れ込んできた。

 自分の行動報告であったり、魔神の動きの報告であったり。


 隼人の乗るスレイプニルは、通りすがりにすれ違う魔神を狩りながら、本部の裏――格納庫を目指した。

 余裕から来る隙も、優位からの情けもない。


「須磨君、申し訳ないんですけど、援護お願いします」


 順調に本部に近づく隼人の耳に、唯一名前を知るパイロットの声が聞こえた。

 本部の防衛にあたっているはずの機体からの要請に、オペレーターが返答をする前に「俺行きます!」と番号も口にせず、隼人が勢いで返事をした。


『いいよ。日名田に任せる』


 未来は特に注意をすることもない。

 隼人が先走って返事をしなくても、未来は隼人に指示を出していた。エースが手こずる、となれば、介入する人員にもそれなりの腕が求められる。

 全機が戻らない今、未来が思い当たる適任は隼人しかいない。


「本部屋上地点、アクロイド博士が第八境界と交戦」


 誰のもの声とは分からない。

 見たままの状況を他のパイロットへと告げるための、目視報告。

 カトラルの援護に向かっていた隼人は、ぴたりと動きを止め、声を失った。

 つう、と嫌な汗が額から頬へと流れる。


「イオンと、第八境界……?」


 掠れた音。

 真っ赤な鱗の竜は、探す必要もなく目に入る。遠巻きに戦地を見ていたはずの竜は、いつの間にか距離を詰め、本部の屋上の間近で滞空していた。


 隼人の位置は地上すれすれで、屋上の様子は見えない。

 第八境界の傍には鮮麗絶唱の姿が見える。しかし、アスタロトと同等の大きさの上級魔神が長い身体をくねらせ、ぴったりとその機体に絡みついていた。

 魔神の姿は爬虫類と古代魚を足してわった形状、イグアナの鱗と目を持つアロワナのように見える。


「カトラル少尉!」


 嫌な予感を抱えながら、隼人は目先の問題に取り掛かった。本心はすぐにでも、この壁を駆けあがり、屋上へと行きたい。


「……よろしくお願いします。昨日の腹いせでわざと外したら、怒りますよ。須磨君が」

「冗談言ってる場合じゃないでしょう!! 外されたくなかったら、できるだけ動かないでください」


 未来が必要以上に積んだ武器の中から、アサルトライフルを選び抜き、隼人はようやくと武装を構えた。

 地に足をつけ、滑らないように踏ん張る。

 鮮麗絶唱に絡む魔神の頭へと照準を合わせた。


『日名田動くな! 少尉、能力収束!! 口閉じて操縦桿握りしめてて!!』


 隼人が引き金を引く前に、未来の絶叫がカトラルの動きを急かした。

 事は一瞬のうちに起こった。

 カトラルの枷になっていた魔神を撃ち抜いたのは、黒い影。

 屋上の上から放たれた暗闇の矢は、カトラルの乗る機体ごとに魔神の頭を貫く。

 同時に、鮮麗絶唱の右足に搭載されている追尾弾が、未来の遠隔操作で爆発する。追尾する機能を持つのに、弾丸は発射せずに、暴発する形で火花を散らした。


「……今のって」


 速度を求めるために、削れる外装をすべて放棄し、華奢な構造にある能力発動中の鮮麗絶唱では、耐えられない衝撃。

 そこはエースパイロットの神経回路の速度が、不意打ちの攻撃の速度に勝った。未来の命令をすぐに実行に移した機体は、元の汎用機としての姿に戻っている。

 そして、未来の起こした暴発で機体は傾き、コックピットへ突き刺さろうとしていた影は、着弾点を左肩にずらされていた。


「……言いたいことたくさんですけど、とりあえず、今日も命の恩人ですね、須磨君」

『ごめん。退かせたいけど、少尉に抜けられるわけにはいかないから』

「分かってます。鮮麗絶唱、再度、能力解放します」


 一体の魔神を投影する専有機は、魔神の固有能力を使用する以外にも、魔神の自己治癒能力を作用した修復作業が可能である。

 カトラルは魔神たちから距離を取り、空へと立った。


『許可。すぐに修復作業に当たって。B二番、専有四番の援護。C八番、本部守衛』

「B二、了解しました」

『…………? C八番? 日名田?』


 未来に応答しない隼人は、自我の赴くままに戦場を駆けていた。

 スレイプニルの宿る機体は本部の側壁に沿い、宙を昇り、屋上へ――第八境界線と向かい合っていた。

 鮮やかな鱗は赤。目が痛くなるほどの彩度。


 その中でひときわ輝く、ペリドットの瞳は凛として輝いている。隼人はその脅威を一瞥し、赤い竜が向かい合う先を見た。

 蠢く黒い影を隼人は知っている。

 その影の中心、強い眼光でアスタロトを睨みつける女性もよく知っていた。


「イオン」


 他機からの目視報告通り、屋上ではイオンとアスタロトが対峙していた。隼人の目はイオンに――正確には、イオンを取り囲むように渦を巻く影にくぎ付けであった。

 イオンが腕を振れば、暗闇はペリドットを持つ竜へと攻撃を仕掛ける。


「……どうして、あの兵器を、イオンが」


 隼人は現実を受け入れるのに必死であった。

 本当に小さな独り言は、マイクにも拾われずにコックピットの中で消える。

 ドールかと疑われていた影。

 しかしながら、その名を持つ生体兵器は隼人自身である。今や、イオンにまとわりつく黒い影は、本当に正体不明になってしまった。攻撃性の高い謎の生き物。


『兵器ではなイよ』


 隼人の疑問の答えは、その呟きを拾った唯一の存在から与えられる。


『七代目、アれは主だ。イオンが、主を連れてイてるのだ』

「…………は? オー、ディン?」


 聞こえてはいないはずの隼人の声を聞いたように、イオンの周りにたゆたう影から瞳が見える。隼人がそれを生物だと判断した切っ掛け。

 暗い紅、柘榴色の瞳。

 久しく、見ていなかった色。最近、敵対するモノとして見た色。

 濁った瞳から、隼人は目を離せなかった。死に間際でもないのに、走馬灯のように柘榴色の瞳に関する記憶が隼人の頭に流れる。


 一度は遭遇したはずであるのに、と隼人は己の思慮の足りなさを悔んだ。あの日、確かにスレイプニルは影を主だ、と言っていたのに。

 隼人は心臓の上に乗るピアスを、服越しに縋るように掴んだ。

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