第17話 正論を連ねて重ねる口
学校からほど近い、広めの公園。
その一画は、スクールゾーンの近くにあるというのに、あまりに陰湿な空気を放っていた。中に足を踏み入れれば、野良犬と住所不定の浮浪者しかいない。遊具で遊ぶ子供や、井戸端会議の婦人たちなんて、影も見えなかった。
隼人のようにきちんと制服を着た、社会に適合している身なりの人間が目立つ場所だ。
「よ、お待たせ」
隼人は片手を上げて待ち人へと声をかける。
この公園で隼人以上に目立つ、明らかに別世界の存在は、薄汚れた自動販売機を背を預けて立っていた。
派手な柄のピンクのパーカーに、蛍光色のキャップ、顔の半分を隠しているのではないか、というサングラス。センスについての褒め言葉は、虚言の御世辞でもひねり出せない。
「――お待たせ?」
悪目立ちする格好も、隼人には見慣れたものだった。
派手な服を買うことを止められなかったのも、サングラスの元の持ち主も、隼人本人であるのだから。
「本当に待ったよ。まったく、君ってどうして時間を守れないの?」
「本当にごめんなさい」
帽子の少年は開口一番に責め苦を申し立てる。
昨日だけで、耳が痛くなるほど聞いた言葉に隼人は耳を塞ぎたくなった。
しかし、ここでも遅刻したのは自分なのだ。謝ることが道理だろう。
「腕時計でも買うよ」
「モノのせいにしない。携帯あれば時間は分かるでしょ」
少年は弾みをつけて、体重を預けていた自販機から離れるとわざとらしく肩をすくめる。とっとと先を歩き始める小さな背中に、隼人は「久しぶり、未来」と無難な挨拶をした。
名を呼ばれた須磨未来は振り返ると、表情を隠すサングラス越しに隼人を見上げる。色の濃い闇で目つきは隠されているが、不可解につり上がっていた。
「久しぶり? 日本語間違ってない?」
「ほら、そこは感覚の問題だから」
「なら、その感覚を矯正するのをお勧めするよ」
つんけんとする少年は先日、隼人がマグスと遭遇した際に介入してきた白服軍人の連れに間違いない。
年齢に似合わず赤い制服を纏っていた事務兵は、今は派手な私服で子供のように頬を膨らませていた。
隼人と未来は並行して公園の出口に歩き出す。
二年前に知り合った彼らは、長年の付き合いとは到底呼べないものの、気の合う親友同士であった。今日のようにご飯にでも行こう、と待ち合わせて出かけることは珍しくない。
「なー、今度から、ファミレスに直待ち合わせにしない?」
「一人で座ってるの嫌だから却下」
「遅刻しないから、絶対!」
「無理なことは口にしない方がいいよ」
未来は急に立ち止ると、くるりと振り返った。おもむろにキャップに手をかけ、目元を隠すように深くつばを下す。
「悪かったって」と隼人が先走って謝罪を述べてみたが、未来は口を結んだままで反応がない。サングラスとキャップの間に垣間見える表情からは、焦りが窺えた。
どうやら、遅刻を責めたりなくて振り返ったわけではないらしい。
「未来?」
動こうとしない未来から、隼人は視線を上げる。
その先には、二人がこれから向かおうとしている大通り。隼人が先ほど見かけたのと同じ、青の軍服が集っているのが目視できる。
事情を把握していなくとも、軍人らが何かを探しているのは明白であった。
「あー、お前も、どうして毎回抜け出してくるかねぇ」
制服姿が街に消えたところで、隼人が動き出す。数秒の間を開けてから、未来は進行方向を変えた。
「ちゃんと休暇届けだせって」
「出してるよ。受理されないだけ」
「
「半休でもいいって言ってるのに」
ぶつぶつと不満を呟く彼に、隼人は同情した。
すでに軍人として社会に出ている未来は、大人というにはまだ早い。口は止まることなく、軍部への不平不満を連ねていく。
大通りに出て、左右確認。もちろん、安全確認ではあるのだが、車だとかの危険を確認したわけではない。
街の雰囲気はいつもと変わらない。
雑談の中には、何かを探している軍人の話題があるかもしれないが、そんなのはどうだっていい。
「いない? いないよね?」
「軍服着てないんだし、そうバレやしないだろ」
未来は周囲の警戒に慎重になっている。
まるでこれから犯罪に手を染めるかのような、わかりやすい怪しさだ。しかし、その行動に対してやけに目立つ服装に、隼人は苦笑を隠しきれなかった。
「何笑ってるの」
「いや、なんか、大変だな。お前も」
未来は首を傾げるだけだった。
不思議そうにしてはいるが、あの手この手で問いただしても、その答えが恐ろしく馬鹿らしいことを未来は経験で知っている。
大したことない話をするのは、お決まりのファミリーレストランについてからでいい。
未来は安息の地を目指し、自然と足早になる。
隼人よりも頭二つ分は小さな少年が、せかせかと足を動かしたところで、遅れた少年が追いつくのに苦はない。
「仕事、忙しいのか?」
「暇があるように見える?」
「全然、見えない。ほら、この前、駅の近くで合っただろ?」
「……ああ。君の友達、大丈夫だったの?」
「おう」
「怪我人は出さない予定だったんだけどね」
「やっぱり軍の広報活動だったんだな。にしては、佐谷――友達の女の子な。死ぬかと思ったけど」
「申し訳なかったと思ってる。隼人が行ってなかったら、カトラル少尉が介入してたとはいえ、野次馬に対する想定がちゃんとされてなかった」
「いや、お前が謝らなくても。広報部の仕事だろ?」
「だとしても、だよ。にしても、白服が地面を歩いてフールを制裁って、くそ脚本だと思わない?」
「ああいう仕事もしてんのなー、としか思わなかったけど」
「しょうがなく、ね。脳味噌まで筋肉でできてる連中ばっかりだし、本当は青服がやる仕事なのに大根演技で誰一人上手くやれないし、白服に回ってきたら僕まで引きずり出されるし、次は探し物しに町中を歩かされるし」
息をつく間もなく、言葉が撃ち出される。
やれやれ、と肩をすくめる姿は十五歳には不似合いなものだ。働き疲れたサラリーマンのようで、溜め息がいちいち重い。
「はいはい、続きは座ってから聞くから」
いつの間にか未来を追い越した隼人が扉を引けば、からからとドアベルが鳴った。
ファミレスへの入店を済ませれば「二名様ですか? お好きなお席へどうぞ」と営業スマイルで対応され、店員の言葉が終わる前に未来が席を選んだ。
店員は珍獣でも目撃してしまったかのように、未来から目を離せない。それから、続く隼人の両頬を見て、店員はそそくさとバックルームに消えていった。
「せめてそのパーカーを着てるときに、サングラスはやめろよ」
「隼人も、顔腫らしてくるのはやめて」
「軍服にサングラスもどうかと思う」
「何で両頬? 二股でもしたの?」
席に座った未来はメニューを開くことなく、注文するために店員を呼ぶためのボタンを即行で押す。
すぐさま駆けつけた店員は、未来と隼人を見ると、白い歯を見せた笑顔をほんの少しひきつらせた。
「ドリンクバー二つとバニラアイスとフライドポテト」と未来がオーダーし「以上でよろしいですか」という確認にだけは隼人が応じた。
店員が去ると、隼人が二人分の飲み物を取りに席を立つ。
すぐに戻ってきた彼から、メロンソーダを受け取った未来は「学校はどう?」と話題を振った。
「お前は毎度毎度。親権を奪われた親かよ」
「僕が裁判で負けることがあるとすれば、他人に弁護を任せたときかな」
「そこはどうでもいいから」
「これでも君のことすごく心配してる。学校やめたらどうしよう、とかね」
未来はまるで後見人かのような口ぶりをする。が、口に咥えられたストローはそのままで、威厳なんてものは微塵もない。
年下の少年にこんな扱いをされる日がくるとは。隼人は小さな保護者の気遣いに、微笑ましそうに表情を崩した。
「あれは特例だろ」
「君の人生全部そうでしょ?」
何と答えたものだろうか。
言葉に詰まる隼人を助けるように、アイスとポテトが運ばれて来る。先ほどとは違う店員であったが、やはり、二人の顔を盗み見てから去って行った。
ふ、と隼人の視線が店外に向けられる。
窓ガラス越しには、何度目かわからない紺色に近しい色の制服が見えた。
「お前の捜索人数、今日はやたら多いな」
「お目当ては僕じゃないよ」
未来はポテトの山に突き立てたフォークを引き抜くと、口に運ぶことなく、ぷらぷらと動かす。行儀の悪い仕草で示すのは、店の角に置かれているテレビだった。
深刻そうな顔で原稿を読む女子アナウンサーの隣には、女性の写真が写っている。証明写真のようなそれには、無表情できっちりと制服を着こんでいる女子生徒の顔。
いかにもお嬢様、といった様子の彼女は、俗世に当てられただけで死んでしまいそうな品の良さを、動かない写真から推察させた。
「ふぅん。……”SSD元帥の孫娘が失踪。反軍組織による誘拐か”、ね」
「ただの家出だろうに、報道までして公開捜査。僕のとこにまで捜索計画たてろって、お鉢が回ってきたくらい」
面倒くさい、と未来は再びフォークをポテトに突き刺す。
「だいたい、あんな古典的な人海戦術で見つかるわけないじゃん。警察も巻き込んで、あれ、何小隊使ってるか分かる?」
どれだけ使っていようと、隼人に興味はなかった。考えるそぶりも見せない。未来もそれが分かっていたのか、話しを振っておいて、答えを口にしなかった。
「まあ見つけるためのパフォーマンスじゃないと思うけど」
「え?」
「彼女の家出先に対するプレッシャーでしょ。例え、彼女自ら転がりこんできたのが事実でも、軍が誘拐事件を作り上げてしまった今、差し出した方が利口だぞ、って警告」
僕の見解だけど、と補足を付け足したが、その物言いはずばり正解を言い当てているような自信を孕んでいた。
隼人はしれっとしている未来に、眉を顰めた。
「そんなこと俺に言っていいのか?」
「別にいいんじゃない。分かる人には分かるよ」
「お前ね」
呆れた様子の隼人に、未来が小首を傾げる。未来本人はただ何気なしに日常会話をしてみただけで、冗談を言ったつもりもなければ、失言をしたつもりもない。
隼人がそんな顔をする要因など、これっぽっちも察してはいなかった。
「もし俺がレジスタンスだったらどうすんの?」
「君が? 犯罪者?」
真面目な顔で諭す友人の言葉に、笑い混じりで返す。馬鹿にした笑いにも、隼人は表情を変えない。
隼人の雰囲気を読み取ってか、未来は大人びた顔をして瞳を伏せた。咥えていたストローをグラスへと放り投げると、ソーダの泡が激しく弾ける。
「君みたいな無気力がレジスタンスなら、なんて平和なんだろうね」
「未来」
「そうだね。ちゃんと答えるなら、君がメルトレイドに乗る前に取り押さえるよ」
視線を持ち上げると、隼人を見据えて不敵に微笑む。
「それができなきゃ、ほぼ負けは確定だろうし」
負け、と口にしてはいるものの、声色は決してそう思っていないことを伝えたいた。
隼人もそれは重々承知だった。
自分が機体に乗った後だろうと、未来の頭脳にかかれば、何通りもの戦術が作り上げ、勝ちを掴み取るまで立ちはだかるのだろう。
「で? 君がもし本当にレジスタンスならどうするの?」
未来は興味深そうに瞳を輝かせ、口許に笑みを浮かべた。
「……最初に指揮系統を潰す。お前から殺す」
前もって用意していたかのようにするりと言葉が出る。真っすぐに未来を見据える隼人は、唇を真一文字に引き、冗談でも面白くなさそうであった。
「なるほど、とっても合理的だね。隼人にしてはよく考えた」
友人からの殺害宣言に満足げに頷く。”天才”という肩書を思いのままにしている未来にとって隼人の考えは浅はかであるが、だからこそ確信を得ていて、大して反論も思い浮かばなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます