城内

 城内へ足を踏み入れると、ひっそりと静まり仄暗く、奥行きのない一室に細い柱が何本も立ち並び、正面に一つの大きな扉、左右に回廊が伸びていた。人は、いない。

 中へミートらを案内した門番の一人が、左に進むように、とだけ言い外へ戻っていった。

 壁、床は岩を磨いたような材質で、青味がかっているが緑色に近い、薄く淡い色をしている。壁の所々に窪みがあって灯かりが備え付けられており、淡く弱々しい光でその周囲を照らしていた。

 

 左へ進むと間もなく回廊は右へ折れ、そこに上へと続く狭い階段があり、その脇に同じ姿格好の地下の者がいて、王間へ続く階段だと言った。

 

 一階層分を上るごとに踊り場とその階への入口らしき小さな扉があり、地下の者が扉の前に立っているが、彼らは「上へ」とだけ言い、そのようにして五、七、十一……十五……と階段をひた上った。階段の途中にも壁の窪みから小さな灯かりが照らしている。仄暗い階段を、ただ上へと上った。

 

 どれだけを上ったかわからなくなる頃合、階段がこれより上には続いていない踊り場に辿り着いた。

 そこには地下の者もいない。

 これまでと同じ小さな扉の脇でこれまでと同じ小さな灯かりが無言でともっている。

 ここが、王の間……

 ミートはレクイカと目を交わし頷くと、扉に手をかけた。

 

 入ると、そう広さを感じない控えめな一室で、両脇に二本ずつの円柱の並ぶ奥に玉座があり人がいる。それぞれの柱の前にやはり黒い槍を携えた地下の者が四人、玉座の脇には大臣だろうか他の者よりは年を経て見える腰の少し曲がった者が一人。

 玉座に座す者は、他の者と同じだが縁に刺繍のある濃い青の衣に、頭部に同じ色合いの冠をかぶり、他の者にはない整った黒い髭をたくわえている。

 

「よく来たな。ニンゲン……こちらへ」

 座したまま、表情を変えることなく王はそう述べた。

 

 そう広くない部屋に円柱が四本あるため狭い印象を受ける。これまでと同じように壁の窪みに幾つかの灯かりがともるのみで、人の住まう部屋しかも王間と言っても特段に明るいということもなく、薄暗い印象だった。

 一礼をして王の前まで歩むと、レクイカを正面に、ミートとファルグはそれぞれその左右後ろに、跪き敬礼を示した。

 

「地下の王様。私達をお目通りさせて頂いたことに感謝を申し上げます」

 

「雨から逃れてきた者を、無下にはできんよ」

 

「王……私達だけではなく、多くの人が雨に打たれて行く先も希望も失っています」

 

「そなたと共におる全員の退避を認める。皆を、ここへ連れて来なさい」

 

「ありがとうございます……」

 レクイカは両手を合わせ、深く感謝を述べた。

 

 子どもは、無事保護されていた。

 王との面会後、王の脇に侍っていた大臣が案内してくれた。

 幾つか階層を下りた階の扉を開けると、回廊に沢山の扉が並んでおり、「ここに」と大臣の言う部屋に入ると、子どもが寝れる程の小さな白いベッドがあるだけの狭い部屋で、その子は眠っていた。

 レクイカは子どもが無事だったことに安堵し、礼を述べた。

 

「迷い込んだこの子を、すぐに地下の者が保護しました。食事を与え、こちらに案内した後、眠ったようです。地上へ戻すか、留めるか、処遇は決めておりませんでしたが、よければ今ここで貴方がたが引き取られるとよろしいでしょう」

 

 ぐっすり眠っているので、無理に起こすことはやめて、レクイカらもその間少し休みをとることにした。

 時間の感覚がない。どのくらい経っているのか、今地上は、夜なのかそれとももう一夜明けているのか。不思議と、眠さはなかったが、心地の良い疲労感があった。

 

 子どもの眠る部屋の前で、少し話した。

 

「レクイカは、眠くないのか」

 

「そうね。でも、少し、休みましょうか……すぐに皆を連れてきたいけど、随分歩いたし、階段だって随分上りました」

 

「さっきの大臣だっけか。この階の部屋を、どこでも使っていいってさ。でも、どこも同じ部屋、同じベッドみたいだ。丸まって寝ないと」

 

「宿泊施設のようなところなのでしょうか。他に人は、見かけませんね」

 

 回廊はこの階層に張り巡らされているように縦横に伸び、延々と一定間隔に扉が続いている。

 ファルグが念のため見張っていますと言ったが、必要ないのではない、とレクイカは言い、めいめいに隣り合った部屋に入ると、横になった。

 

 ミートは部屋に入って、小さなベッドで膝を抱えて寝そべり、何の音もなく、時間もなく、そして雨も追ってはこないのだという安堵感の中、眠りに落ちた。

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