水脈は巡っていく
どれだけ眠ったか、さほどの時も経っていないようには思えたが、体は軽く、もう眠さも疲労もない。
部屋を出ると、隣の部屋の脇にファルグが腰を下ろしていた。
「きみは、眠った? もしかして、見張りを?」
「……いいえ。もう眠りました」
「レクイカは、まだ?」
「はい。まだ、出てきていません」
ファルグのもう一つ向こうの部屋が子どものいる部屋で、そのもう一つ向こうがレクイカの入った部屋だ。
ミートは、レクイカの寝顔を思った。思ったところで、部屋の扉が開いて、レクイカが出てきて、少し焦る。
「ああ、ごめんなさい……。私もしかして、随分寝てましたか?」
「いいや。おれはちょうど起きたところ」
「私も、つい先ほど……」
子どもは、まだ眠っていた。
ファルグがここへ残り子どものことを見ている、と申し出た。
「私は皆の元へ戻り、王が受け入れてくれる旨を伝え、ここへ連れてきましょう。ミートはどうする? ここへ残りますか?」
レクイカはそう問う。
「ああ……まあ、一度通った道だ。心配もないだろうけど、えっと、……おれも行くよ」
道すがら、ミートはレクイカに西の国のことを伝えた。
「西の国も、雨……そうだったのですね」
「だから、どこへ行けばいいのかと……よかったよ。まさか、地下に避難先なんてな」
「ええ。だけど、私達の住まう地上は、もう……」
それからは言葉もなく、二人は歩いた。
冷たげな、研ぎ澄まされた深い暗がりを、歩く。
「そう言えば」
レクイカがふと静かに口を開く。
「子どもは、雨の怪物を追ってここに入ったのでしたっけ。雨の怪物は、どこへ行ったのでしょうね」
「ああ。途中で会った種族の者は、なんて言ったっけ……この道が、地下水脈へ通ずる道でもある、とか……」
「地下水脈……」
「うん……たぶん、そう言ったと思う。地下の国に通じる道でもあり、地下水脈に通じる道でも……だけど、道は一本だけどな」
「私達からすれば、道は一本ですが、雨の怪物にだけ見える道があるのでしょうか」
「……そうなのかもしれないな」
地下水脈。
そこに、どんな水が流れているというのだろう。
「ミート。帰り道で、雨の怪物に会ったら、どうします?」
「えっ? ……この短剣で……いや、どうにもならないな。ミカーが言ったように、その時は、おれが身代わりに」
「ふふ。その時は、ミートと一緒になら、怪物に食べられてしまってもいいかもしれませんね」
「……えっ。レクイカ。……」
段々と、空気に温度が戻り、壁の色が土色に、明るさも戻り、地上へと近づいていることがわかる。
地上へ出ると、少し眩しいが、変わらぬ薄曇り。
雨は降っていない。夜でもない。
一夜、それとももっと明けている?
穴から上がると、周囲の木々に二、三の騎士がもたれたり腰かけており、ミカーの姿も見えた。
「レクイカ様!」
すぐに、駆けて来る。
「ご無事でしたか? 騎士から報告を受けています。地下に、国が……」
「ええ。王に会ってきました。寛大な方です。私達を、受け入れてくださると。子どもも無事で、ファルグが一緒に向こうで待ってくれています」
「お、おお。何と……地下の国……想像もできませんが、安全なところなのですね」
「そうね。だけどそこには、私達と同じように雨を逃れて避難している様々な種族がいるのです。彼らと仲良くしなければ」
ミートが穴に入ってから、ちょうど丸一日が経過していたということだった。
子どもの無事に民達も喜び、地下に避難先があることに誰もが驚き、信じられないという様子の者もいたが、これで雨を逃れられることに誰もが望みを持った。
「ミートは暗がりでヘンなことレクイカ様にしなかったでしょうね」
ミカーはそういつものように突っかかる。
「そんなことしたらさすがに、斬られるだろう」
「そうですね。切り傷もないし……ま、よかったです」
地下へ続く穴の前に民達を集め、レクイカがこれからでは地下の国へ向かいます、と告げている。
「切り傷はないけど……ンー」
ミカーはミートをまじまじと見る。
「な、なんだ」
「暗がりで愛の告白をして、心の傷を負ったのではと。なんか、大人しいですし妙に」
「ずっと暗いとこを来たんだ。ミカーだってちょっとは大人しくなるさ」
ミートはそう願った。
「それに愛の告白、心の傷って、振られた前提……」
「あたりまえです」
「……」
その時は、ミートと一緒になら、怪物に食べられてしまってもいいかもしれませんね。……
ふと、その言葉を思い出した。レクイカが暗がりの帰り道で言った言葉。
愛の告白……か。まさかな。そんな告白も、ないだろう。でも……それもいいのかも、しれない。
レクイカが、手を振っている。
では、行きますよ! と。
レクイカに続き、民が続々と地下へ入っていく。
「ほらミート。私がしんがりです。ミートは少し前を行きなさい」
「ああ。迷わないようにな」
「道は、一本道でしょうに」
――どこかに、地下水脈への道が……それは、雨の怪物にしか見えない、か。
ミートは再び穴の中へ身を投じ、暗がりに包まれていく中で思った。
深く、この地下の、地下の国よりもっと深くに流れる、地下水脈のことを。そこに流れる水は、どんなに冷たい水だろう。そしてその水は、どこまでも深く深くへ流れ、どこへと巡っていくのだろう。
地上に降る線の雨。
その雨もまた、地下水脈へと流れていく。
人々を、地上にある全てを消し去った雨。その雨が水脈へと流れ、また、巡っていく。
その果てしなさを思うと、不思議と心は穏やかに、安らかになるのだった。
(レクイカ、線の雨が降る前に・第4章 了)
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