解放

 その頃、地下へ向かったミカーの方は、目星の通り捕虜となっていた女性らを見つけ、解放していた。

 地下牢の鍵は、地下への階段の隅で眠りこけていた男から容易く奪うことができた。

 

「レクイカ様の方は、大丈夫でしょうかね? ファルグ、後は私に任せ、女性らを退避させたらレクイカ様の加勢に向かっていただけませんか」

 

 ミカーの言葉にファルグはこくりと頷くと、女性らを連れ階段を上がっていく。

 

 ミカーは一人、地下の廊下を歩いて回る。

 

「さて、もう、残っている人はいませんか? 先程、鍵で開かなかった一番奥の扉……スイッチなどもないようですし、致し方ありませんので、蹴破ってでもみましょうか。頭目とっておきの美女でも捕らえてあるのかもしれませんからね」

 

 

 *

 

 

 魔術師風の男を追って、バルコニーに出たミート。

「あいつ、どこへ逃げるつもりだ」

 

 男は、バルコニーから身をせり出し隣の部屋の窓に手をかけようとしている。

 

「おい、ま、待て! 聞きたいことがある」

「うわっよせ、あぶねえ」

 

 ミートは男のローブを引っ張って、バルコニーに引き摺り下ろした。

 

「あんたは……賊徒の一員だったのか? 何故、逃げた?」

 

「そんな剣幕で、刃を向けられたら逃げるだろう。奴らと一緒にいたが私自身は賊徒ではない。私は丸腰だ。殺されてはかなわん」

 

「賊じゃないなら、殺しはしない。話を聞くだけだ。だが、嘘を言ったり、話さなければ」

 ミートは切っ先を、男に向けて言い放つ。

 

「や、やめろっ」

 

 そのとき、下の方で悲鳴が上がり、騒がしくなる。

 

 見れば、暗がりの中、門が開け放たれ、囚われていた女性や、騎士、それに賊徒らまで、続々と砦の外に出てくる。

 乱戦……というわけでもないらしかった。

 彼らの顔は一様に引きつっているように見える。

 

「何だ……?」

「ちいっ、解き放ちやがったか」

「あ、あれは」

 

 続いて出てきたものに、ミートは目を疑う。


「あれは、雨の怪物か? 砦の中に、怪物がいた? もう、線の雨が間近に来ており、紛れ込んでいた?」

 

 怪物は、一体だけではない。のそのそとした動きで、二体、三体……と出てくる。

 

「それとも……」

 ミートは男を睨み据え、床に押さえ付ける。

 

「お、おい、乱暴をするな!」

 

「言うんだ。あんたは、知っているのだろう。あの怪物を、どうした?」

 

 ミートにきつく掴まれ、男はけほけほと咳き込む。

 

「み、見ての通りだ。おまえも知っているだろう、雨の怪物だよ」

 

「それは、わかる! 何故、あれがここにいる。あんたが、連れてきたのか?」

 

「……わかった、もうどうでもいいことだ、教えてやる。おまえ達の国と敵対していた東側の隣国から頼まれてな、怪物を捕えて、この賊どもに金を渡し、馬車に詰め込んでちょっくらこの国中を連れ回させてみたんだよ」

 

「な、何だって……?」

 

「目論みは、成功だった。怪物のいるところに、線の雨は降った。賊徒らの通った道筋の通りにな」

 

「怪物を、線の雨を、兵器として利用した、ってことか!?」

 ミートは、男の首を締め上げる。

 

「じゃあ、あんたらが、この線の雨を作り出したのか? あんたは何者だ? 魔術師か錬金術師の類か、研究者か?」

 

「ううっ、苦しい、やめろ。残念だが……線の雨が降るようになったのは我々も原因を知らん。その後で雨のことや、雨と怪物の関係を国の学者連中が探っていたんだ。あいつらも、もうこの世におらんだろう。私は、東国のただの興行師に過ぎん。サーカスで獅子だの象だの扱っておったが、あんな間抜け面の怪物は初めてだ。しかし、存外に大人しくて、扱いやすかったぜ。雨が近付けば上手く離れさえすればな。檻の中でじっとして、雨の匂いでもするのか時々鼻をくんくんしてるくらいだ。餌も要らん。こいつらを連れていれば、やがて確実に雨がそこにやって来るんだ。そうしたら、移動する。またそこへ雨が来る。そうやって、おまえらの国を横断してここまで来た」

 

「く、……」

 

「だがな、おまえらが憎むべきその隣国もな、もう線の雨でほとんど壊滅しているようだ。いくら怪物を捕まえて移動させたところで、またどこからともなく沸いてきやがるからな。こんなことをしてもしなくても、おまえ達も私達もすぐに滅ぶ運命にあったんだ。そんな危急の段になっているというのに、雨を止ませる手段を考えるのではなく、いがみ合っていた隣国を滅ぼす手段を考えてたとは、醜いものだな。人間は」

 

「……もう、どこへ逃げても無駄なのか」

 

「あちこち見てきたが、だめだな。西? 無駄だよ。この関所を越えて西へ行ったところで、あっちでも線の雨が降り始めている。我々も、もう行くところもなく最後の晩餐だったってわけだ」

 

「な、何だって」

 ミートは、絶句するよりなかった。

 

「雨の向こうに、静かで平和な国がある……だっけか」

 男はふと静かにそう言った。

 

「あんたも、シガミに会ったのか?」

 

「さあな。とにかく、私はそうは思わないね。私にはそんなイメージはできない。白い影になって、怪物に根こそぎ食べられるなんて、ご免さ」

 

 男はミートの手を振り払い、バルコニーの端に立った。

 

「さらばだ」

 

 男はまっさかさまに、地上へと落ちていった。

 

「お、おい! 何てことを……」

 

 門の脇で、さき出てきた怪物達はめいめいに蹲っている。

 距離を置いて、騎士達が民の前に立ち、それを取り囲んでいるが、怪物はもう動く気配はない。

 ただじっと何かを待っているように。

 ただじっとそれを待っているように。

 

 湿気を含んだ夜風が吹き付けてくる。

 

 ここにもやがて、雨が来る。

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