祈り
レクイカ隊は、前日に、民を連れ上手く休息所を脱出したときとは違い、酷い有り様だった。
シトエ含む騎士四名が死亡。民の数も、半数近く減った。
身も心も疲れ、戦闘後は誰も十分な眠りも得られぬまま、朝になり、森の上空は黒い雲に覆われ、雨模様となった。
「もう、雨が……」
レクイカは城門を出た湖畔に立ち、手のひらに雨粒が落ちるのを見て呟く。
「私達に、民に、一時の安らぎも与えてはくれないのでしょうか」
「レクイカ様」
周囲を見回ってきたファルグが報告に来る。
「丘の方から、怪物が上がってくるのを確認しました」
「……わかりました。では、まいりましょう」
一行はまた陣形を組み、森を歩き始める。
シトエのいた位置には、ミートが付いた。戦死した騎士の所有していた長剣を譲り受け、腰に帯びた。
「皆さん、もう少し、急いで」
レクイカが呼びかけても、民の表情は一様に暗く、速度は上がらなかった。
ふと、老婆が立ち止まり、その場に蹲る。
「どうしました? 体調が悪ければ、私の馬へ乗ってください」
すると、老婆に続くように、民達がその場に立ち止まり、しゃがみ込み、向きを変え元来た方向に祈りを始める。
「ちょ、ちょっと? 皆さん、何をしているのですか!」
隊は、止まった。
多くの民がもう、歩くことをせずに、祈りを捧げている。
老婆はレクイカに向けることもなく口を開き、
「もう、この先どこへゆこうとも、怪物に食われるか、人の土地でない土地に入ればさきのような魔の者に食われるか、そうでなければゆきだおれじゃ。ここで、線の雨を迎えるわい。それにのう、わしらも聞きましたが、さきの魔の者が言うておったように、それがいちばんきれいな死であり、それにもしかすると、死じゃあないのかもしれん。いずれ、あちらで会うこともあるかもしれませんのう」
そう穏やかな口調で述べた。
その後は、老婆の口から漏れるのはもう念仏ばかりのようだった。
「そん……な……」
レクイカは馬を下り、老婆の肩を揺らすが、相変わらず念仏ばかり。
隣の男に近づくと、男は「ほうっておいてくれ。昨夜、娘が死んだ……あんた、娘を守ってくれなかったじゃないか」と、手で制された。
「ううっ! 皆さん……」
レクイカはそれ以上言葉もなく、その場に立ち尽くすしかなかった。
ミートらも、動こうとしない民に語りかけるが、同じだった。
ミカーは、馬に乗り直す。
「レクイカ様、ご覧ください。もう、こんなに怪物が集まってきております。行きましょう!」
怪物がいる。影のような大きな怪物。
木陰からじっと見ている。
こちらが仕掛けたり、驚かせない限りは襲っては来ない。
線の雨が来て、ここにある木々も、草も、この民達も、全てが白い影になった後に静かにそれを食らうだけだ。
線の雨……
「線の雨が……来る……」
ミートはレクイカの傍で、誰にともなく呟く。
民が祈りを捧げるその向こうの暗い空に、きら、きらと輝くもの。
「レクイカ、行こう……」
レクイカは俯いた姿勢で黙って、馬に乗った。
騎士らが、続く。
雨が降る森の中を、騎士達は馬を駆って、雨に打たれ駆け抜けていった。
(レクイカ、線の雨が降る前に・第2章 了)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます