戦いの後

 レクイカとミートは一瞬、何が起こっているのか、わからずに目を疑った。

 

 次の瞬間、レクイカは荒っぽく剣を抜き、鞘を放り捨てる。

 

 まだ、いたのか。いや、そこには、さき斬ったはずのシガミの姿もあった。

 シガミらが片っ端から民に食いついている。

 

「ちょ、待って、ま……待てい!」

 レクイカは剣を振り上げ、飛びかかった。すぐ近くにいたシガミの部下から斬りつけると、片っ端からシガミの部下を斬っていく。

「おまえ達っ、なにを、なにをしている、してくれるっ」

 

 レクイカは半泣きになって、シガミらの頭をかち割り、腕なり胴なりと問わずにばっさりと切り裂き、なぎ倒していく。

 血を噴出し、地に倒れ伏すシガミら。床には、すでに動かない民らの姿も、ある。

 安心していた先の突然の襲撃に、恐れおののき、怪我を負い、仲間を食われ、あちこちで泣いたり頭を抱え込んでいる民達。倒れて動かない者の中には騎士の姿もあった。

 

「おいレクイカ、大丈夫か」

「ど、どうしたらいい? ま、また起き上がってくる……?」

 

 シガミらは、血だまりの中でぴくぴくと身を痙攣させている。

 

「わからないが……」

 ミートは、シガミの首に短刀を突き立て、思い切って胴体と切り離す。

「く……これで……どうか?」

 

 この一族は、吸血鬼や不死に近い魔の者だったのだろうか。

 

「そ、そうね……あは、は……ばらばらにしちゃえば、もう、起き上がれない」

 レクイカはそう言い、ざっく、と剣をシガミの身体に突き立てた。

 おぞましさに吐き気を覚えつつも、身の安全のため、これ以上の犠牲を出させないため、同じように全ての死体を刻んでいく。

 

「ううっ、くっ……」

 よろめいたレクイカは、壁に寄りかかり、吐きそうな素振りを見せる。

 

「レクイカ……その、もうきみは、ここを出て少しでも休んだ方がいいのじゃないか。十分、戦ったんだから」

 あとは、おれ達が……とミートが声をかけようとしたが、

「ふふ、ふっ」

「お、おい、……レクイカ?」

「いい、大丈夫。ごめん、ミート」

 レクイカが、ミートを見つめる。

 

 その目は、きれいで、澄んでいた。

 

 異変を聞きつけたミカーらが、部屋に駆け入ってきた。

 周囲には、まだ泣き震える子や、身内か友人か倒れて動かぬ者にすがる人達。床に伏せって、シガミらと一緒くたになって血に濡れてもう起き上がらない人々。

 応急の手当を行うが、頭や首を齧られてもうどうにもならない人達もいた。

 

「私だって、ミート。騎士になって、幾つかの戦いを見て、切り抜けてきて、ここにいるんだった。こんなの、私は……私は、大丈夫」

 ミートを見ながら、悲しい笑顔で言うレクイカ。自分にそう、言い聞かせているとも思えた。

 

 皆で、シガミ一族の死骸をばらばらに切り刻んだ。

 そこにはもう、シトエや、亡くなった人達のための復讐心というものでなく、ただシガミらが甦らないよう、ということがあるだけだった。

 

「はあ、疲れた」

 これで全てを終えた、とレクイカ。

「別に、気持ち悪くもなかった。作業みたいだった。作業……」

 最後の方はぶつぶつとした呟きでしか聞こえない。

「その……レクイカはこの隊の隊長なんだ。もういいから、少し、休むといい。民は、レクイカのことを頼りにしているんだから。その……レクイカのことは、……」

 ミートは、そう言いかけ、ミカーの方をちらりと見る。ミカーはミートの言いたいことを察してか、黙ってくれているが、「ミカーや、きみの騎士達が支えるし、そ、それに、お、おれも……」とミートは段々声を小さくして、続ける。

 そこでまたミートはミカーを見る。

 ミカーは、はぁ。と溜め息。

「お、及ばずながらに、それを手助けするから、さ」

「ありがとう、ミート」

 レクイカは、笑顔だった。

「でも、大丈夫だから」

 レクイカはそう言うとまた床にしゃがみ込んで、ざく、ざく、と、そこにあるシガミの死骸を更に細かく切り刻みだす。

「お、おいレクイカ? もうさすがにいいだろう」

「……念には念を、入れなきゃ、ね」

 

 残った騎士の半分が民達への応対に、半分が敵味方の死骸の片付けに、取りかかった。

 レクイカはまだ、シガミを切り刻んでいる。

 

「あのさ、レクイカって、あんなふうか?」

 ミートはさすがに少し心配し、ミカーに問う。

「隊長は、正気です。芯はお強いお方ですから。それに、ま、私も付いていますし」

「ああ。……まあ何だかんだ言ってここでは一番、頼れる存在だもんな」

「何を、そんなこと言って。騙されませんよ」

「な、せっかく人が本心に褒めて……何を騙す必要があるんだよ!」

「……。それより、ミートは情けないです」

「な、なんだよ」

「はっきり、おれが支えてやんよくらい、言えばよかったのに。あの場なら、そのくらい私だって許してあげますよ?」

「ま、まあ……」

 そこはびしっと、言いたかった。とミートも思う。

 

「あなたも実際、これからはもっとしっかりしてください。もうシトエはいないのです。私達の隊に入ることになった以上、シトエに代わって彼女と同じようにはいかないまでも彼女に追いつく働きをして、レクイカ様を支えてください」

「い、今、入ることになったのか……ま、認めてくれたってことな。ありがとう、ミカー」

「そんな……」

 

 珍しく、ミカーが言葉に詰まった。

 

 ミートはとっさに、顔を背けた。

 ――さっき、自らシトエのことに触れたときは気丈に見えたが、やはり、仲間の死をそう簡単に振り払えるものではないのだろう。まだ、おれやレクイカよりも年は下の少女と言ってもいいくらいの子なんだ。その子が今、泣いているかもしれない……。

 

 ばしっ、とミートは背中を叩かれ飛び跳ねる。

「いっ……! な、なんだ。泣いてなんかな……」

「何です?」

 

 ミカーはいつもの強気な表情だ。

 

「いや……何でも」

「ふん? ま、そういうことなので、よろしくお願いします」

「あ、ああ。じゃ改めてこの隊の一員ってことで、その……よろしく」

 

 握手を差し出す。が、拒否というか無視られた。

 

「私が上司ですのでそこのところ、よろしくです」

「ああー……はい、わかりましたよって」

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