第5話 正体

 朝の時間は憂鬱、になるわけがなかった。タイムリミットの事を考えると、その瞼も自然と開くようになる。今日の調査に希望を……いや、「希望」なんてレベルじゃない。今日の調査には、「確信」を持っていた。

「ヒントは、必ず見つかる」と言う確信を。あれだけの資料があるなら、そのヒントも絶対に見つけられる筈だ。それこそ、海賊の宝を見つけるように。ふとした事で、宝の在処を見つけられるかも知れない。そうなったら!

 

 僕は真面目な顔で、背中の鞄を背負い直した。


「よし」

 と、また気合いを入れる。自分の頬を思い切り叩いて。僕はイヴァンさん達に「行って来ます」と言うと、家の中から出て、そのまま町の教会に向かった。

 教会の前では(どうしているのだろう?)、ティレスさんが僕の事を待っていた。その口元に笑みを浮かべて。僕が「お、おはよう」と挨拶した時も……何が面白いのか、その声に「……おはよう」と笑いかえした。不思議な雰囲気が漂う。

 

 僕は彼女に用件(「今日も書庫の資料を見せて欲しい」)を話し、彼女がその用件にうなずくと、その場から歩き出す彼女を見送り、彼女の姿が見えなくなると、真面目な顔で教会の外壁に目をやりつつ、彼女がここに戻ってくるのを待った。

 

 彼女は、十分くらいで戻ってきた。


「……許可を貰った。大丈夫、今日も資料を調べて良いって」


「そう」


 僕は、彼女に頭を下げた。


「ありがとう」


「……私は、何もしていない。ただ、あなたの言葉を伝えただけ」


 彼女は、嬉しそうに笑った。


「……書庫に行こう。今日は、私も手伝う」


「え?」と、驚く僕。「ティレスさんも?」


「うん。いや?」

 と言ってからの上目遣いに息を飲んだが、それもすぐに無くなってしまった。彼女は、確かに可愛いけど。可愛いだけで(たまにドキッとする時はあるが)、それ以上の感情は抱かなかった。

 人間が女神に見惚れるのと同じように。彼女は「神秘的」でこそあるが、「魅力的」ではなかった。彼女の質問に「そんな事は、ないよ?」と戸惑う。


 僕は複雑な顔で、「それをどうやって断るか?」を考えた。彼女の協力は、素直に嬉しい。でももし、それで「あの事」がバレてしまったら。彼女もまた、僕の事を非難するだろう。罪を犯した罪人として、司祭にその事を伝えるに違いない。

「彼は、神に願いを請おうしている」と。そうなったら……文字通り、面倒な事になる。せっかく、司祭の許可を貰ったのに、くっ。物資の補充も残っている以上、この協力は何としても断らなければならなかった。彼女の目をじっと見返す。

 

 僕は暗い顔で、目の前の少女に謝った。


「ごめん、ティレスさん。調査の事なんだけど」


 彼女の表情が一瞬、曇った。


「調査は、僕一人でやる」


 彼女の表情がさらに暗くなった。


「あなた一人で?」


「う、うん。ティレスさんの事が、別に嫌いってわけじゃないんだけど」


「なら?」


 僕は、自分の足下に目を落とした。


「誰にも知られたくないんだ」


「え?」


「僕の調べている事を。僕は……その、みんなをあっと言わせたくて」


 彼女は僕の言葉に黙ったが、やがて「分かった」とうなずいた。


「なら、見ているだけ。調査の方は、手伝わない」


 それで良いでしょう? と、彼女は微笑んだ。


「あなたの邪魔は、しないから」


 僕はその答えに迷ったが、結局「分かった」とうなずいてしまった。


「見ているだけなら(最悪、バレなきゃ良いんだし。それに、ここで断るのも)、良いよ。うん」


 彼女の顔が華やいだ。


「……ありがとう」

 

 彼女は、嬉しそうに笑った。

 

 僕はその笑顔に苦笑したが、十分後には彼女と連れ立って、書庫の中に入っていた。

 

 ティレスさんは、テーブルの椅子に腰掛けた。

 

 僕は昨日と同じように、書棚の中から資料を抜き出して、テーブルの上に「それら」を運び、椅子の上に座って、資料の頁を真剣に読みはじめた。


 

 どれくらい読みつづけたのだろう? 読みはじめた時はまだ、昼前(正確には、八時頃)だったのに。気付いた時にはもう、太陽が西の空に沈みかけていた。椅子の背もたれに寄り掛かる。僕は暗い顔で、資料の内容(今まで読んだ物)を整理した。

 

 一、この世界の歴史について。この世界の歴史は……神話の内容と重なる部分もあるが、今から約千年前、「グルド人」と呼ばれる人間達が国を興した所から始まった。グルド人は……最初は始まりの地、「ユディゴ」に住んでいたが、その数が次第に触れていくに連れて、思想の違いが生まれてしまい、今から千五百年程前には、それぞれの首長(今の言葉では、「皇帝」や「国王」)を先頭にして、大陸の各地に散らばり、それらの地で国を興すようになった。

 「ユパ公国」や「トトリゴ王国」、「オルン帝国」などと言った国を。彼らは共通して唯一神、つまりは「ワルド」を崇めたが、その文化は国によって大きく異なり、ここのような(ここは大陸の東側にある国、「キスル公国」にある封土の一つだった)自然溢れる国には、自然を崇拝する自然崇拝の思想も生まれていた(僕が倒した怪物達も一応、自然崇拝の対象らしい)。

 

 二、人間の生活を脅かす存在、モンスターについて。モンスターとは……その性質を見ても分かるように、人間に対しては非常に非友好的である。彼らは生まれながらに敵意を、人間に対する憎悪を抱いており、草食モンスターであっても、運が悪ければ襲われる事もあると言う。

 それがまるで、本能であるように。彼らは基本、動物と同様に「食う」、「食われる」の関係を持っているが、肉食モンスターにとっては、人間も捕食の対象であり、大型の肉食モンスターに運悪く出会った時は……残念だが、生存の可能性はほとんど無いと言う(僕が倒したワイバーンも、あの番兵が言っていたように、人間の天敵とも言える存在だった)。

 

 三、封土について。封土とは、領主が皇帝または国王から譲り受けた分割地である。封土の運営は、その領主に一任されており、領主には領民を自由に裁ける領地裁判権と自治権、農奴には様々な税金が課せられている(例:領主に払う金納、結婚税、死亡税など)。農奴は一生涯、封土の中から出られないが、領主に一定額以上を支払えば、「自由民」として農奴の立場から解放される。

 

 四、自治都市について。自治都市とは、豊富な資金力と広大な封土を持つ領主が、その両方を駆使して作った自治的都市である。自治都市は、城壁などによって町と農村が区分けされ、出入り口には「市門」と呼ばれる巨大な門が作られた。

 町の中には建物が密集しているが、住民達が道路に生ゴミや汚物を投げ捨てるため、衛生状況が非常に悪くなっている。それこそ、始めてそこに訪れた物が、思わず嘔吐してしまう程に。自治都市の中には、所謂職人や商人達が定住し、彼らは「ギルド」と呼ばれる同業組合を作って、その管理、運営に力を注いでいる。

 

 五、魔力について。魔力とは、ある種の人間だけが持つ特殊能力である。魔力を持つ人間は、それほど多くなく、一級魔道士となると数える程しかない。魔法の力は、無限である。人間は、怪物に対抗できる唯一の手段として、この魔力に救いを感じているが、なにぶん数が少なすぎるので、「希望」を抱くまでは至っていないようだ。


 「はぁ」と、溜め息をつく。色々な事が分かったが、「特別な資格」については、結局分からず仕舞いだった。悔しい気持ちで、書庫の天井を睨む。

 僕は椅子の上から立ち、机の資料を持って、最初の場所にそれらを戻した。

 

 ティレスさんは、僕の前に歩み寄った。


「……今日はもう終わり?」


「うん」と、うなずくしかなかった。「調べていない資料は、まだあるけど。今日は」


「そう。家に帰るのね?」


「うん」


 僕達は、教会の出入り口に向かって歩き出した。


 ティレスさんは、彼の隣に並んだ。


「……明日も、来るの?」


「う、うん。僕の欲しい情報が」

 と言った所で、その続きを飲み込んだ。これ以上、話すのは不味い。僕が調べている内容は、あくまで「神について」の情報だ。「この世界を造った神が一体、どう言う存在なのか?」と言う。

 神についての情報は知られても良いが……僕が調べている事、「特別な資格」については決して知られるわけにはいかなかった。真剣な顔で、彼女の顔を見返す。


 僕は(できるだけ怪しまれないように)、彼女の少し前を歩き、そして、その方にゆっくりと振り返った。


「情報を調べきっていないからね。神様の情報は」


「膨大にある。でも」


「でも?」


 彼女の足が、急に止まった。


「あなたの調べている情報は、『それ』じゃないんでしょう?」


 彼女の質問に固まった。声の方もぎこちなくって。彼女が「クスッ」と笑った時には、その笑みに思わず怯んでしまった。


 僕は、心の動揺を必死に抑えた。


「そ、それじゃないって、そんな。僕は、本当に」


 彼女は、僕の言葉を聞かなかった。


「あなたは、『資格』を調べている。結界の中に入る為の」

 彼女の口元が笑った。それこそ、「あなたの心は、お見通し」と言わんばかりに。彼女は楽しげな顔で、僕の顔を見つめつづけた。


 僕は、その視線に震え上がった。


「仮にそうだとして。それが何だって言うの?」


「……別に。でも、嬉しいとは思った」


 ティレスさんは、僕の手を握った。


「……あなたは、私と同類」


「君と、同類?」


「……そう。私も、神の資格を探している。自分の血を変えるために」

 

 ティレスさんは僕の手を握り、自分の胸(右側?)に「それ」を当てた。掌から伝わる、彼女の鼓動。彼女は僕の反応を無視して、「クスッ」と笑い、その手に力を入れた。


「右にある心臓。人間の心臓は普通」


「あ、ああ」


 僕は、彼女の顔をまじまじと見た。


「君は、一体」


「……私は」


 彼女は僕の手を話し、その服を捲り上げて、僕に背中の羽(蜻蛉の羽に近い)を見せた。


「妖精。人間とは、敵対関係にある。私は、ここの司祭に捕らわれた人質なの」


 僕は、彼女の正体に呆然とした。

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