第4話 教会の少女

 教会に着いたのは、それから十数分後の事だった。

 

 僕は教会の前に立つと……修道女達(彼女達は教会の畑を耕していた)が僕の事をじろじろ見てきたが、それを無視して、その外観をじっと眺めはじめた。西洋旅行のガイドブックに出てきそうな建物……いや、これはもう「芸術」と言った方が良いかもしれない。

 建物の表面に描かれた模様や、少しだけ見えるステンドグラスも。みんな、少年ぼくの心を熱くさせるモノだった。「自分は今、異世界を旅しているんだ」と。僕が眺める建物には、それを感じさせる何かがあった。時間を忘れて、その建物をしばらく観つづける。

 

 僕は、その建物に浪漫を覚えた。


「おおっ」


 修道女達は僕の声に驚いてからすぐ、何やらヒソヒソと話しはじめた。


 僕はその光景に苛立ったが、気持ちの方をすぐに切り替えて、修道女の一人(彼女だけ周りから離れていたので、話し掛けやすかった)に「あ、あの?」と話し掛けた。


 修道女は、僕の声に驚いた。


「はい?」


「この教会で一番、貴女達のリーダーみたいな人です。その人に会って、色々と聞きたい事があるんですけど?」

 

 彼女は僕の言葉に戸惑ったが、やがて(何を思ったのか)僕の顔をじっと見つめはじめた。


「……貴方の名前は?」


「片瀬」と言いかけた瞬間、彼女の瞳に思わず驚いてしまった。その神秘さに、そして……。僕は、彼女の瞳に打ち震えた。


「片瀬進です」


「カタセ・ススム?」


 彼女は、僕の名前に(君も、ですか?)「クスッ」と笑った。


「面白い名前」


 彼女の言葉に赤くなった。顔はぜんぜん似ていないのに……年齢は僕と同じくらいだが、あの子の顔が脳裏に蘇ったからだ。「クスッ」と笑った顔はもちろん、風に靡くサラサラの前髪(フードを被っている)も。彼女はあの子と違って、金髪の、碧眼の少女だった。

 

 僕は、彼女の感想に照れ臭くなった。


「そ、そうかな? そんなに面白い?」


「うん」と、うなずく彼女。「とても面白い」


 彼女は、楽しげに笑いつづけた。


「司祭様に会いたいの?」


「司祭様?」


「ここで一番偉い人」


 僕は初めて、「司祭」と言う階級を知った。


「う、うん。その司祭様に合って」


「合って?」


「許可を貰いたい、書庫の資料を調べる。僕は、神の力を研究する学者なんだ」


 彼女は、僕の言葉に目を見開いた。まるで自分の同志でも見付けたかのように。彼女は「そう」と微笑むと、嬉しそうな顔で僕の前から歩き出した。


「ちょっと待っていて」


 僕は、彼女の背中を見送った。


 彼女は、十分ほどで戻って来た。その隣に男性、おそらくは「司教様」だろう。四十くらいの男が、彼女の隣を歩いていた。

 柔和な顔で、僕に笑いかける司祭。司祭(少女も)は僕の前で止まると、少女から僕の名前を聞いて、その用件に「ほう」とうなずいた。


「主の力、神の力をご研究なさっているのですか?」


「は、はい」と、うなずく僕。「神の力に興味があって」


 僕は、司祭の目をじっと見つめた。


「し、司祭様」


「はい?」


「この教会には、書庫がありますか?」


 司祭はその質問に驚いたが、やがて「ありますよ」とうなずいた。


「それが何か?」


 僕は、声の調子を落とした。


「書庫にある分だけで構いません。神についての資料を見せて頂けませんか?」


 司祭の顔が変わった。さっきは、あんなに優しかったのに。僕が「資料」の言葉を口にした瞬間、その両目を釣り上げて、僕の顔をじっと睨みつけた。


 司祭は、僕の肩に手を置いた。


「それを調べて、どうするお積もりですか?」

 

 僕は、その質問に押し黙った。ここでもし、答えを間違えてしまったら。また、あの悲劇を繰り返してしまう

「お前は、罪人になりたいのか?」と言う悲劇を。だから! 

 僕は司祭の納得する、それでもって不自然でない嘘を考えた。


「自分の論文を書き上げたいんです」

 

 司祭の顔が一瞬、ポカンとした。


「自分の論文を書き上げたい?」


「はい」


 僕は、自分の足下に目を落とした。


「僕、小さい頃から神様を調べていて。神様の話は、本当に面白い。この世界は、どうやってできたのか? 僕は神の作った神秘を、そのすべてを知りたいんです。この一生を掛けて」


 司祭は、僕の肩から手を離した。


「今の言葉は、本当ですか?」


「本当です! 僕は、嘘は言っていません」


 司祭の顔が変わった。今度は、僕の言葉を見定めるように。その目をぎらりと光らせた。重い沈黙が続く。それを見ている修道女達も、不安な顔で司祭の顔を見つめつづけた。司祭の口元が笑う。


 司祭はその表情を和らげると、優しげな顔で僕に微笑んだ。


「あなたの言葉を信じます」


 僕は(嬉しさのあまり)、彼の言葉に頭を下げた。


「有り難うございます!」


 司祭は、隣の少女に視線を移した。


「ティレス」


「……はい?」


「教会の書庫に彼を案内しなさい」


「……分かりました」


 少女もとへ、ティレスさんは「クスッ」と笑って、僕の手を握った。


「……こっち」


 僕は(内心、彼女の手にドキドキしながらも)、彼女の手に従って、教会の書庫に行った。


 

 教会の書庫には、五分くらいで着いた。いくつかの廊下を通って。廊下の造りはシンプルだが、そのデザインには思わず「すごい」と思ってしまった。彼女の案内で、書庫の中に入る。


 僕は周りの資料に目をやると、真面目な顔でその資料を一冊ずつ取り出した。


 ティレスさんは、僕の隣に立った。

 

「……そんなに調べるの?」


「うん」の返事が、少しどもった。「何処に知りたい情報があるか分からないからね」


 僕はテーブルの上に資料を置き、その椅子に座って、資料の頁を開き、その内容(文字が読めなかったら大変だ)が読めるのかを確かめてから、書架の資料を一冊ずつ読みはじめた。

 

 ティレスは、僕の真向かいに座った。

 

 僕は、彼女の顔に視線を移した。


「ティ、ティレスさん?」


「……はい?」


「戻らなくて良いの?」


 彼女の答えは、「大丈夫」だった。「私は、特別だから」


 ティレスさんは、嬉しそうに微笑んだ。


 僕はその顔に(思わず)見惚れてしまったが、自分の目的を思い出すとすぐ、資料の頁に視線を戻して、その内容をまた黙々と読みはじめた。黙読、黙読、黙読。今の姿勢に疲れた時は、椅子の背もたれに寄り掛かったり、腰の辺りを叩いたりして、その疲れを取った。

 

 僕は窓の外が暗くなるまで、書庫の資料を調べつづけた。


「ぐうっ」と、背伸びを一つ。


 僕は、椅子の背もたれに寄り掛かった。それに合わせて、ティレスさんの顔が視界に入った。ティレスさんは……いつから見ていたのだろう? テーブルの上に頬杖をついて、僕の事をじっと眺めていた。その視線に何故か恥ずかしくなる。

 

 僕は慌てて、彼女の顔から視線を逸らした。


「ご、ごめん」


 ティレスさんは、僕の謝罪を無視した。


「もう少しで夕食の時間。あなたも、夕食を食べて行く?」


「い、いや、大丈夫。帰らなきゃならない場所があるから」


「そう」の声が、若干淋しく聞こえた。「なら」


 ティレスさんは、椅子の上から立ち上がった。


「……門まで一緒に行く」


「え? う、うん。有り難う!」


 僕は彼女と連れ立って、教会の門に行った。


「ティレスさん」


「はい?」


「今日は、ありがとう。書庫の場所まで僕を案内してくれて」


 ティレスさんは、僕の言葉に首を振った。


「……私は、お義父さんの指示に従っただけ」


「お、お義父さんの?」


 僕は彼女の言葉に驚いたが、イヴァンさん達の事をふと思い出すと、目の前の彼女に「そ、それじゃ! 明日もまた行くよ」と行って、自分の正面に向き直り、急いで二人の家に帰った。

 家の中では、二人が僕の帰りを待っていた。僕の夕食を用意して。テーブルの上には、三人分の夕食が用意されていた。二人の前に行って、二人に「遅くなってすいません」と謝る。

 

 僕は、二人に頭を下げた。

 

 二人(特にミリィさん)は、僕の謝罪に首を振った。


「無事に帰って来てくれたなら」


 ミリィさんは、僕の帰りを心から喜んだ(と思う)。


「それじゃ、カタセ君も帰ってきた事だし」


「ああ、夕食を食べよう」


 二人は世界の神に祈りを捧げ、僕はいつものように「頂きます」と言った。

 

 僕達は、今日の夕食を食べはじめた。

 

 イヴァンさんは、隣の僕に目をやった。


「調査は、進んだのか?」


 気持ちが暗くなった。


「まったく。町の人に聞いても……教会の資料も見せて貰いましたが、今日調べた限りでは」

 

 イヴァンさんは「教会」の言葉に驚いたが、すぐに「そうか」と落ち着いた。


「それは、残念だったな」


「……はい」


「明日も、教会の資料を調べるのか?」


「もちろんです。まだ、全部を調べていませんし」


「そうか」


 イヴァンさんは、夕食のスープを啜った。


「カタセ」


「はい?」


「あと六日だ」


「……分かっています。タイムリミットが来る前に、ヒントを必ず見つけてみせる」


 僕は真面目な顔で、夕食の黒パンを千切った。

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