第3話 曲がらない想い
イヴァンさんは、僕の質問に驚いた。
「
「はい。僕は、その神を求めて」
の続きが遮られた。イヴァンさんはテーブルの上に匙を置くと、何か不気味な物でも見るように、僕の顔をまじまじと見つめた。
「ワルド様に合われに行くのか?」
僕は、その言葉に驚いた。
「ワルド?」
「様を付けろ、様を。ワルド様は、この世界をお造りになったお方だ」
僕は彼の話、この世界の神話に耳を傾けた。
昔々、この世界にまだ、天と地とが生まれる前の時代。世界は文字通りの混沌と、真っ暗な闇に覆われていた。闇の中には誰も……いや、何も無い。本当なら生まれる筈の空気も。闇の中を漂っていたのは、「虚無」と呼ばれる空間と、それに伴う「静」の時間だった。静の時間は、創造主……つまり「ワルド」がこの世に天と地を作るまで続いた。
ワルドは天に「宇宙」を、地に「生命」を与え、彼らが各々の役目を果たすと、世界の果てに神域を作って、外の世界をじっと見守りはじめた。その世界が、人間によって乱れ出した時も。ワルドは(理由は分からないが)人間の業に興味を抱いたらしく、彼らの願いを叶える一方、それによって起る悲劇、災難をまるで傍観者の如く、安全な場所から「クククッ」と楽しむようになった。
イヴァンさんは、僕の顔から視線を逸らした。
「カタセ」
「は、はい?」
「ワルド様に合われるのは、止めろ」
僕は彼の言葉に苛立ったが、直ぐに心を落ち着かせた。
「どうしてですか?」
「どうしても、こうしてもない。お前は、
「罪人?」
「ああ。罪人とは、神に己の魂を売った人間。禁忌を破って、欲に走った人間だ。俺は、お前に罪人になって欲しくない」
彼の言葉……いや、思いに押し黙った。「僕を罪人にしたくない」と。神に願いを叶えて貰うのは、それだけ罪が重いのだ。
「罪人になっても良い。僕には、叶えたい願いがあるんです。大切な人の所に帰る為に」
「カタセ……」
イヴァンさんは呆れ顔で、僕の言葉に溜め息をついた。
「一週間だ」
「え?」
「一週間経ったら、この
「イヴァンさん」
僕は、彼の厚意に頭を下げた。
「有り難うございます」
イヴァンさんは、僕の声に応えなかった。
次の日は、朝の六時頃に起きた。窓から差し込む太陽の光。太陽の光は、部屋の家具を明るく照らしていた。ベッドの上からゆっくりと起き上がる。
僕は昨日の場所(夕食を食べた部屋だ)に行くと、台所のミリィさん(彼女は、朝食を作っていた)に挨拶し、それからイヴァンさんにも挨拶して、昨日と同じ椅子に座り、穏やかな顔で今日の朝食ができあがるのを待った。今日の朝食は、二十分程でできた(と思う)。ミリィさんの「お待たせ」に合わせて。
僕は、彼女に頭を上げた。
「有り難うございます」
ミリィさんは、僕の言葉に微笑んだ。「昨日と同じ物だけど」と言って、テーブルの上に朝食を運ぶ。昨日と同じ野菜スープと、これまた同じ黒色のパン(「黒パン」と言うらしい)を。
彼女は「それら」の料理を運び終えると、自分の椅子に座り、穏やかな顔で自分の夫を見つめはじめた。イヴァンさんも、彼女の目を見つめ返した。
二人は、世界の創造主に祈りを捧げた。
「果てにおわす、我らが神よ」
の続きはもちろん、聞かなかった。
イヴァンさんは、隣の僕に目をやった。
「今日の予定は?」
僕も、彼の目を見返した。
「町、封土の中を歩いて。イヴァンさんは、僕に神の居場所を教えたくないんでしょう?」
「ああ。俺は」
「だったら!」
僕は、彼の目を睨んだ。
「自分の足で、情報を集めます。幸い」
と言いかけた瞬間、その続きをすぐに飲み込んだ。ここで、その続きを言うのは不味い。僕はあくまで(この世界の基準で言うなら)、各地を旅する冒険者、つまりは旅人なのだ。旅人が「神様に会いたい」と言うのは普通でも……。
僕は真面目な顔で、テーブルの朝食に視線を戻した。
「前の領主様から、読み書きを教わったので」
「そうか」
三秒くらいの沈黙。
「後悔するなよ」
僕はその言葉に驚いたが、すぐに「後悔なんかしません」と返した。
それから十数分後。僕達は、今日の朝食を食べ終えた。イヴァサンさんから順に。僕達は家の台所に食器類を運ぶと、それぞれの目的に合わせて、番兵の仕事に行ったり、畑の農作業をはじめたり、家の外に出て、町の中を歩き出したりした。
僕は神様の情報を集めるべく、鞄の中から筆記用具を取りだして、周りの視線に一応注意しつつ、できるだけ怪しまれないように、町の中を黙々と歩きつづけた。
町の中には、色々な物があった。ミリィさん達が耕す耕地から、家畜達が放し飼いにされている放牧地まで。あらゆる物、特に生活に必要な物が設けられていた。放牧地の近くにある牧草地、そこからしばらく行った所にある教会や水車小屋、パンを焼く
ちょっと名残惜しげに、竈の前から離れる。僕はできるだけ気の良さそうな人を探し、それらしい人を見つけると、その人物にゆっくりと近付いて、自分の正体(もちろん、嘘だが)を明かしてから、その疑問を訊いた。
「世界の果ては、何処にあるんですか?」
相手は、その質問に目を見開いた。
「あんた、世界の果てに行きたいのかね?」
「はい」と、うなずく僕。「どうしても、かな……神様に」
「合われてどうするんだ?」
その質問に押し黙った。「ここでもし、間違えてしまったら?」と。あの親切なイヴァンさんでさえ、僕の行為を注意したのだ。「お前は、罪人になりたいのか?」と。神に願いを叶えてもらうのは……目の前の人の反応を見ても分かるように、それ程までに愚かな行為であるらしかった。
相手の目をじっと見る。僕は当たり障りのない、でも現実性のある内容で、相手の疑問に「実は」と答えはじめた。
「学者なんです、僕」
「学者?」
「はい、神様について調べる。僕は、神の力を研究する学者なんです」
相手は、僕の顔をまじまじと見た。
「ほう、学者ね。俺には、ぜんぜん見えないが」
相手はまた、僕の顔をまじまじと見た。
「まあ良い。お前さんが何者であろうと、俺の知った事ではないからな」
僕は、その言葉にホッとした。
「有り難うございます。それで」
「ああ。世界の果ては」
僕は、その話(世界の果ては、遠く東の方、『エデン』と呼ばれた土地の先に先にあるらしい)に耳を傾けた。だが、「普通の方法では行けない」を聞いた瞬間、今までの興奮を忘れて、相手の腕を思わず掴んでしまった。
僕は、相手の目を睨んだ。
「どう言う事ですか?」
一瞬、相手の表情が歪んだ。
「どう言う事って? 今、言った通りだよ。世界の果てには、普通の方法では入れない。あそこには、結界が張られているからな。普通の奴は、消し炭にされてしまう。結界の中に入るには」
「結界の中に入るには?」
相手の苦笑が見えた。
「分からない」
「え?」
「普通の奴には、分からないのだ。俺達のような農奴にも、そして」
彼は、領主の館(と思う)に視線を移した。
「あそこに住む
特別の言葉に震え上がった。まさか、そんな資格が要るなんて。イヴァンさんの言葉からは、それが許されない事、禁じられている事の意味しか読み取れなかった。
僕は、彼の助言に肩を落とした。
「だから、『後悔するなよ』って言ったんだ」
胸の奥が暗くなる。僕は悔しげな顔で、相手の両腕を放した。
農奴の男は、その様子に目を見開いた。
「どうしたのだ? 顔色が悪いぞ?」
彼は、僕の顔を覗き込んだ。
僕は、自分の不安を振り払った。
「何でもありません。それより」
「なんだ?」
「その資格って、どうすれば得られるんですか?」
その答えは、「分からない」だった。
え?
僕はまた、相手の両腕を掴んだ。
「分からない?」
「ああ。神話の中では、『選ばれし者だけが通れる』とあるが。その選ばれし者が」
「どう言う基準で選ばれるのか? 『それは、まったく分からない』って事ですか?」
「ああ。俺の知る限りでは、な。他の奴に聞いてもたぶん、『同じだ』と思うぞ?」
「そ、そうですか」
僕は、彼の話に落ち込んだ。
「分かりました。有り難うございます」
「いや」
男は、僕の前から歩き出した。
「少年」
「はい?」
「頑張れよ」
「はい」
僕は、彼に頭を下げた。
「有り難うございます」
「ああ」
男は「ニコッ」と笑って、自分の正面に向き直った。
僕は、手帳の頁を開いた。今の情報を忘れないように。僕は右手のペンにインク(携帯用)を染み込ませると、真剣な顔で頁に「それら」の情報を書き並べた。
一、 神域の場所は、地図などを見て調べる事。
二、神域の結界には、特別な資格が無いと入れない。
三、特別な資格がどう言った物なのかは現時点では分からないが、その資格さえ得られれば、結界の中に入れる(可能性も十分に考えられる)。
よって、当面の目標は……。
僕は、手帳の頁を閉じた。
「特別な資格がどう言ったモノなのか、その内容を洗い出す事だ」
僕は真剣な顔で、「次は、教会の人に聞いてみよう」と言った。
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