生贄の少女
タヂカラオの飲む酒は八塩折之酒(やしおりのさけ)と言い8回絞って作られた強い酒。伝説では八岐大蛇がそれを飲んで酔っ払ったところスサノオにとどめを刺されるがここでは主にタヂカラオの攻撃手段に利用される酒である。
ーー*
波の音が聞こえる浜辺。
遥か海の地平線を一人の少女が切なげな瞳で焼き付けるように眺めていた。
年齢は12歳くらいで、オレンジ色の髪の毛、その面影はオツキに似ていた。
その少女が、家に戻ろうとしている所、一つの物体が少女の瞳に入る。
ボロボロの布きれを羽織り、ライオンの鬣のような髪の毛で、やや肌の色の黒い人物がその浜辺でうつ伏せになって倒れていた。
そして腰には刀がかけられていた。
武士だろうか?
一瞬死体かと思われたが、指がピクリと動いた。
その人物を見つけた少女は不安な表情で、人物の生死を確かめる。
その人物には息があった。
しかし顔色は悪く、頬はやつれていた。
その少女はその人物を引きずりながら自分の家へと運んだ。
その人物は引きずられながら、小さな声で人の名前を呟いていた。
「オツキ…オツキ…」と…。
その人物を布団の上に寝かせ、必死に看病を続ける少女。
それを横で見ていた父親は少女に聞く。
「クシナダや、お前はもうすぐ生贄となる身、だのに何故そんなに人に優しくしてやれるのだ?」
父親は悲しみに沈んだ悲痛な目でクシナダと呼ばれたその少女を見つめる。
クシナダは悲しげにも見える笑顔で答える。
「だからこそじゃない、どうせ生贄になるんだったらそれまで精一杯の事をしたいじゃない!」
少し離れた部屋にいた母親はクシナダの言葉で体を震わせて泣き崩れる。
父親も泣きそうなのを我慢していたが、体は震え、目はうるうると涙ぐんでいた。
しばらくすると布団に寝かされていた青年は目を覚ます。
青年は懸命に介護をする少女に目を向け、少し表情を明るくさせてその少女に話しかける。
「オツキ?ひょっとしてオツキか?」
青年、そう、スサノオはそのクシナダと言う少女をオツキだと思っていた。
「オツキ…?いえ、私はクシナダですけど…」
クシナダは丸い目でスサノオの顔を見て答える。
オツキと思われた人物が別人だとわかったスサノオは再び表情を曇らせる。
「そうだよな…オツキは…もうこの世にいないもんな…」
スサノオはボソリと呟く。
「あなたの名前は何て言うのですか?」
クシナダはスサノオに名前を尋ねる。
「俺はスサノオ」
スサノオは覇気の無い声で答えた。
そしてクシナダは側に置いてある温かいお粥をスサノオに勧める。
「スサノオさん、顔色悪いしやつれているからこれを食べて栄養つけてください!」
リアクションの少ない表情でお粥を見つめるがスサノオは首を横に振った。
「いや、食いもんは今はのどが通らないんだ。」
スサノオはオツキを失った悲しみで食欲は全く無かった。
しかし、顔色が悪く今にも倒れそうなスサノオをクシナダは半ば強引にお粥を食べさせようとする。
「ダメですよ!スサノオさん一週間近く食べて無いんじゃないですか?このままじゃ死んでしまいますよ!」
「死んだって良いよ…」
スサノオは生気の抜けた表情で言った。
「え?」
「俺は…一番大事な女を失ってしまった。ガキの頃からずっと一緒だったんだ…でも俺は…」
「じゃあその人の分まで生きれば良いじゃ無いですか!」
クシナダはお粥が盛ってあるスプーンをスサノオの口元へと運ぶ。
「ほっといてくれ!」
スサノオはクシナダの手を払う。
スプーンやお粥は床に落ちてしまった。
「俺は何もいらない!俺をこのまま死なせてくれ!オツキの所に行かせてくれ!!」
そういうとスサノオは布団に顔を渦組ませて泣き出す。
そんなスサノオに業を煮やした
クシナダは突然スサノオの頬を引っ叩く。
パシーンと音がなり、スサノオの頬に手の平の跡(あと)がついた。
「弱虫!一人女の子亡くしたくらいで何メソメソしているのよ!!」
クシナダは大声でスサノオに怒鳴り散らす。
「私なんてお姉さんを二人生贄で亡くしてるの!私ももうじき死ぬの!!一人の女の子亡くしてこんなに落ちこむなら私やお父さんやお母さんはどうなるのよ!ふざけないでよ!!」
クシナダは涙目で今まで抑えていた怒りをスサノオにぶつける。
スサノオは黙りこんだまま顔を下に向けたままでいた。
スサノオはクシナダに顔を向けた。
その目は以前のような輝きを灯っていた。
「すまねえ、人の事情も知らねえで…」
クシナダは優しくも逞しい眼差しでスサノオを見て声をかけた。
「私もさっきはカッとなってしまってごめんなさい、さあ、お粥を食べてください」
「ああ、サンキューな」
スサノオはお粥を盛ったお椀とスプーンを手に取り、それを食べる。
そのお粥はとても美味しく、優しい味がした。
スサノオはお粥を何杯もおかわりした。
そしてスサノオはお粥を食べ終わった後、真剣な眼差しでクシナダを見つめた。
「クシナダさん、あんた生贄にされるんだろ?」
「はい…」
クシナダは答えた。
「俺に…あんたを守らせてくれないか?」
スサノオはやや顔を赤らめて言った。
「え?」
クシナダもスサノオ同様顔を赤らめる。
「あんたは似ているんだ、俺の亡くした大事な人に…だから…俺はあんたを守りたい」
スサノオには、クシナダと言う少女が、オツキの生き映しのようにどうしても感じられてならなかった。
見た目がオツキと瓜二つと言うのもあるが、声質といい、少し強引な性格といい、どこもかもがオツキに似ていた。
少し熱意のある言葉はスサノオはかけられないタチであるが、目の前のオツキによく似た少女、クシナダにはつい本能的にその言葉が出てきてしまった。
その次の瞬間、スサノオはクシナダにフライパンでごつんと頭を叩かれる。
「んもう、そんな思わせぶりなセリフ言っても落ちないんですからね!」
スサノオは苦笑いしながらたんこぶが膨らみ、痛む頭をさすった。
「じゃあいってくるよ、タケルはこの俺が倒してみせる!」
「スサノオさん!待ってください!」
クシナダはタケルを倒しに外に出ようとするスサノオを引き止め、あるものを持ってきた。
それは美しく、小さなクシだった。
「これは?」
スサノオはクシナダに聞く。
「頭ボサボサだからクシで解いて身だしなみに気をつけてください!」
クシナダは顔を赤らめて言った。
「あ、ああ、サンキューな」
そしてスサノオはクシナダ達に見送られながら腰にイザナギの剣を、お守り入れにクシナダから貰ったクシを入れ、タケルのいる最後の決戦の場へと向かっていった。
そして地球のヘソ付近の要塞には、スサノオが来るのを知っているかのようにタケルは地上を見下ろしていた。
「スサノオ…あの男心が蘇ったと言うのか…全てを捨てたあいつが何故に…」
そしてタケルの体から八匹の黒い大蛇(おろち)がスサノオとの戦いを待ちわびているかのように蠢いていた。
「大蛇よ…貴様も早くスサノオと戦いたがっているのか…楽しみよのう、あいつが希望から再び絶望に堕ちる姿をこの目で見るのが…」
タケルと八匹の大蛇を形どった影は眼光を赤く光らせスサノオが来るのを今か今かと待ちわびていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます