死を越えて
その時、オモイカネの神社では多くの人がオモイカネに寄り添って泣いていた。
そう、オモイカネは身体が弱り、命の灯火が燃え尽きようとしていたのだ。
「やはり、その時が来るのはわかっていた…」
オモイカネは遠くを見るような目で枯れた声で呟く。
「オモイカネ様…」
弟子の巫女達はシクシクと泣きながらそんなオモイカネに目を向ける。
「姉さん、私、赤ちゃんが出来たの、見て!姉さん!」
涙をボロボロと流しながら姉のオモイカネに赤ちゃんを見せる若い女性。
オモイカネは本来は若い女性だが、転生の秘術による呪いで、老婆となり、身体も衰えていっている。
その為外見は95歳に見える。
「私は目が見えぬのだ、せめて…名前だけでも教えてくれぬか…」
そんなオモイカネは、目が見えない為、どこに赤ちゃんがいるのかわからなかった。
「ヒミコよ、元気な女の子、さあ、その手を触らせてあげるから…」
ヒミコと言う赤ん坊は可愛い産声をあげながらオモイカネのしわくちゃの頬に触れる。
「おお…この子にはとても強い[気]が流れておる…その子はきっと優れた女王になるだろう…」
オモイカネは涙を流しながら女性に伝える。
「人生25年、短い人生だったが有意義であった。この未来の女王となるだろうヒミコに将来を託す、ヒミコよ…倭国を頼んだぞ…」
そう言うと、オモイカネは静かに息をひき取った。
「ね、姉さあん!!」
「オモイカネ様!!」
周りの者たちは布団の中で冷たくなったオモイカネを囲み、涙が枯れるまで泣いた。
一方、高天原を後にしたスサノオ、タヂカラオ、ウズメの三人はオツキを救う為、アワノク二へ向かう。
「オツキ、待っていろ、必ず助け出してやるからな!」
スサノオは熱い眼差しでオツキの捕らわれているアワノクニに目を向けた。
しかし、スサノオは、オモイカネが既にこの世を去っている事は、知らない。
そして、更なる悲劇がスサノオ達に襲いかかって来る事も、知るよしも無かった。
アワノクニに、一つの禍々しいオーラを纏う要塞があり、そこにオツキは捕らわれている。
スサノオはオツキがどんなに大切な存在か、どんなにオツキを愛しているのか改めて実感していた。
オツキがいなくなった事で、心寂しい感情が中々癒える事は無かった。
スサノオはオツキの救出を必ず誓うと言わんばかりにイザナギの剣を強く握っていた。
アワノクニの大地に足を踏み入れ、要塞に向かうスサノオ達、
その要塞は高天原の要塞と比べ遥かに小さいものの禍々しさはかの要塞と負けていなかった。
そしてその要塞の入口に仁王立ちしている甲冑を着た巨人。
「悪いが俺の大事な女が捕らわれてるんだ、全力で退治させて貰うぜ!」
スサノオは腰にかけてあるイザナギの剣を抜く。
イザナギは金色のオーラを放ちそれはスサノオの身体を包み込んだ。
そしてその甲冑をした巨人を倒し、スサノオ達は要塞の中に入る。
そこの暗がりの部屋の中央に、異様な化け物がスサノオ達の前に立っていた。
オツキの姿はどこにもない。
「何だこいつは、オツキはどこにいるんだ!?」
スサノオが辺りを見渡すと後ろの扉はビシャリと閉まった。
(ふふふ、スサノオよ、この化け物を倒さない限り外には出られぬぞ!)
どこからかタケルの声が響いてきた。
「汚いですわね、男なら正々堂々と勝負なさい!」
ウズメはそのタケルが女性であるとも知らず言葉を投げつける。
「こ、怖いよ…ウズメ姉さん…」
ウズメの後ろで化け物を前にビクビクと身体を震わせるタヂカラオ。
「タヂカラオ、あなたもね…」
ウズメは初めてタヂカラオに厳しい言葉をかける。
その時化け物はスサノオに何かを言ってきた。
「…サノオ…」
「はあ?」
その化け物はスサノオをまるで知っているかのように話しかけてくる。
「ワタシヲ…コロシテ…」
その化け物はそう呟いた後、その身体から化け物を吐き出した。
「くっこいつ!!」
スサノオ達は化け物を吐き出したその化け物を退治する。
「スサノオ…スサノオ…」
その化け物は身体をグニャリグニャリと動かしながらスサノオに語りかけてくる。
スサノオはふとその化け物に何かを感じとった。
「オ…オツキ…?まさか…」
スサノオは化け物の正体を知ると、激しいショックに襲われる。
「ワタシヲ…コロシテ…ハヤク…」
呆然と立ち尽くすスサノオにウズメは言った。
「スサノオさん、この化け物がオツキちゃんかどうかはわかりませんが今は目の前にいる妖怪を退治しましょう!」
しかしスサノオは泣きながら叫んだ。
「出来ねえ!俺にオツキを殺すなんて事出来ねえよ!!」
身体を震わせながらうずくまるスサノオ。
その時、オツキらしい化け物はまた新たな化け物を吐き出した。
「このっ!」
ウズメはスサノオを守るように襲いかかる化け物と戦う。
「スサノオさん!しっかりしなさいな!目の前にいる物の怪を倒さないとあなたが殺されるのよ!!」
ウズメはスサノオに怒鳴りながら化け物を蹴散らしていく。
スサノオはオツキであるだろう化け物に説得を臨んだ。
「オツキ!約束したじゃねえか!子供をいっぱい作るって!だからオツキ!殺してくれなんて言うなよ!!」
スサノオは変わり果てたオツキの姿に嘆き大粒の涙を流しながら必死に説得した。
「このままじゃ埒があかないわ!タヂカラオ!この化け物共を燃やしてしまいなさい!!」
ウズメはタヂカラオに叫んだ。
「で、でも姉さん、この物の怪はオツキちゃんじゃ…」
「早くしなさい!!」
「や、やめてくれ…!!」
スサノオが止めようとした瞬間の事だった。
タヂカラオは酒を飲みだし、
「オツキちゃん…ごめん…」
とタヂカラオは呟き、炎を吐く。
その瞬間、その化け物はスサノオに言った。
「今はこんな形になっちゃったけど…次に生まれ変わったら絶対に一緒になろうね!」
そう言い終わると、化け物は炎に包まれ、そして消滅した。
「オツキ…こんな事って…!」
スサノオは灰となったオツキの前に泣き崩れる。
「ス…スサ…」
「消えろ!」
タヂカラオがスサノオに声をかけようとするとスサノオは怒鳴りだした。
「お前らの顔なんか二度と見たくない!!」
視線をオツキの方に向けたまま言葉をぶつけるスサノオ。
「行きましょう、タヂカラオ…」
ウズメはスサノオ達に背を向け、外に出る。
「ね、姉さん!」
タヂカラオはウズメの後に続く。
スサノオと別れ、外に出た後、タヂカラオとウズメはしばらく話す事は無かった。
タヂカラオはしばらくして顔を下に向けたままウズメに声をかける。
「姉さん…」
ウズメはタヂカラオに視線を向けず、切なげな表情のまま
「何?」
とタヂカラオに聞く。
「僕はタケルと言う奴と戦いにいく!」
タヂカラオは悔しげな表情で決意をあらわにした。
「っ!タヂカラオ、タケルを倒せるのはイザナギの剣を持っているスサノオだけなのよ!」
ウズメはその時初めてタヂカラオに目を向けてタヂカラオに言った。
「でもここで泣き寝入りしてちゃオツキちゃんに申し訳立たないし、スサノオ君に少しでもお詫びしたいんだ!!」
ウズメはしばらく黙ってタヂカラオを見つめる。
ウズメは初めて熱く語るタヂカラオを見て優しく微笑む。
「タヂカラオ…いつの間にか成長しましたね、いつも私や母上にべったりだったのに…」
そしてウズメはタヂカラオに言った。
「タヂカラオ、私もタケルと戦いに行きます!」
「ね、姉さんはここにいてよ、姉さんには死んで欲しくない!」
タヂカラオは戦いに行くと言うウズメを留まらせようとした。
「タヂカラオ!母上は言いました。タヂカラオを守ってくれと、だからタヂカラオ、私は死ぬまでお前を守るつもりです!」
「姉さん…」
「さあ行きましょう、スサノオさんとオツキさんの仇を取りに…」
そしてウズメとタヂカラオはタケルのいる最後の要塞へと向かった。
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