天の岩戸其の二

暗闇に包まれた洞窟、スサノオとオツキは光を放つ杖を便りに、洞窟の奥へと突き進む。


奥には不気味なこの世の生き物とも思えぬ断末魔の声が聞こえてくる。


その恐ろしさにオツキはついスサノオの腕を組んでべったりと身体をくっつけてしまう。


強がっててもやっぱり女の子である。


一方、女の子にあまり慣れていないスサノオはつい顔を赤くして視線を反らしてしまう。


その緊迫感に欠ける雰囲気とは裏腹に辺りは瘴気に包まれ、二人に恐怖心を植えつけていった。



長い洞窟の道を歩くと、一つの大きな広場へと辿りつく。


そこには、大きな像と、鏡と、剣が宙に浮いていた。


それが三種の神器らしい。


そしてその真ん中には、落ち武者のような姿をしたタケルが、不気味な漆黒のオーラを纏い、不気味な笑みを浮かべていかにもスサノオ達が来るのを知っていたかのように仁王立ちしていた。



「遅かったな!」


タケルはスサノオ達に向かって言葉を投げかける。


「お…遅かったなって…あんた私達が来るのを知ってたわけ?」


オツキがタケルから放たれる禍々しいオーラ、恐ろしい形相に萎縮し、足をガクガクさせるも言葉を必死に出すようにタケルに問う。


「ふん、貴様らに杖の中で語りかけてたのは他でもない、この俺だ!」


タケルは眼光を赤く光らせ、上から目線でスサノオ達をこき下ろすように言い張った。


一方のスサノオはタケルはそうは言っても救いを求めているに違いないと、そしてタケルに良心が残っているかも知れないと信じ、タケルに説得を試みた。



「タケル…今まであんたが俺に助けを求めてたのは寂しかったからなんだよな?俺があんたの気持ちを受け止めてやるから…」



スサノオが優しい言葉をタケルにかけると、タケルはまるでスサノオを馬鹿にするかのように笑いだした。


「ハハハハ!貴様はそんな戯言を信じてたのか!思った通り馬鹿な奴だ!」


人を罵った言葉にオツキは嫌でも襲いかかる恐怖を怒りで制するように杖を構える。



「スサノオ!やっぱりこいつ悪い奴だよ!やっつけちゃおうよ!」



杖を構え攻撃態勢に入るオツキをスサノオは止める。



「待てよ!こいつはまだ良心が残っている!俺は信じてみたいんだ!こいつは俺に助けを求めてる!」


スサノオは夢の中のヤマトヒメの表情や、語りかけた声からして元は悪い人間では無いと信じたかった。




「ふん!俺が貴様に目をかけていたのは確かだ、ところでスサノオよ、俺と一緒に世界を征服してみないか?」


タケルはスサノオを見下すように聞き出した。


「タケル…やっぱりお前は…!」


スサノオはタケルの憎しみと殺気に塗(まみ)れた目を見て、ようやく良心は死んでしまったと理解した。


タケルの後ろの影はまるで8つの大蛇が蠢いているように見えた。


その異様な光景にスサノオ達は顔を引きつらせ、冷や汗が額から頬を伝う。


タケルはスサノオに語りかけた。


「スサノオよ、もう一度聞く、俺のしもべとなり、共に世界を征服するのだ!」


スサノオは歯を軋ませながら答えた。


「俺はあんたを助けたい、しかし、あんたの世界征服を手伝う気は無い!」


スサノオの言葉に、タケルはフンっと鼻で笑い、言った。


「ならばここで殺すしかないな」



タケルの8つの大蛇を形どった影から、無数の腐った死体のような化け物が現れた。


「お前らごとき俺の手を下す事もない。俺の部下の餌食で充分だ!」


無数の化け物はよだれを垂らしながらスサノオ達に襲いかかってきた。


あまりに凄まじい数の魔物にスサノオ達も手も足もだせなかった。


「くそっこいつ…!」


「んもぅ!倒れてよお!!」


必死に魔物達と戦うスサノオ達だが、形勢は魔物達の方が有利で、スサノオ達は化け物の腕を振りほどくのに精一杯だった。


「こんな数じゃとても太刀打ち出来ねえ!とりあえず逃げるぞ!」


スサノオはオツキに叫ぶ。


「うん!」


スサノオの言葉に頷くオツキ。


そしてスサノオ達は入り口めがけて一目散に逃げ出した。


「無駄だ!人間の足で振り切れる魔物共ではない!!」


タケルは笑いながら次々と魔物の軍を差し向ける。


タケルの言う通り、魔物達はすぐにスサノオ達の側にまで追いかけ、腕をちぎらんとしていた。


そのとき、オツキの持っている杖からある人物の声が聞こえてきた。


(オツキよ!攻撃するものを思い浮かべ、敵にそれをぶつけるのじゃ?)


声の主はオモイカネのものだった。


「どうすれば良いの?」


涙目で逃げながらオツキはオモイカネに問う。


(火の玉でも何でも良い!奴にぶつけるものを考えるのじゃ!!)


「う、うん、やってみる!」


オツキは、敵を追い払う為、攻撃する物を想像した。


「さあ、行くよー!!」


攻撃するものを思い浮かべたオツキはその杖を化け物達めがけて振り下ろした。



すると、空からみかんやぶどう等といった果物が沢山化け物達に降り注いだ。



「く、果物?」


拍子抜けするスサノオ。


「火の玉思い浮かべたのにい!」


オツキは火の玉でなく果物が出た事に悔しがる。


しかし、化け物達は、その果物を貪るように食べている。


「これは逃げるチャンスだ!今のうちに逃げようぜ!」


スサノオとオツキは化け物達が果物を食べている内に逃げ出した。


ところが、別の化け物達が猛スピードでスサノオ達を追ってきた。


「今度こそ!」


オツキは火の玉を強く思い浮かべて、化け物達めがけて振り下ろす。



するとまた果物が雨のように化け物に降り注いだ。


「何で果物ばかり出てくんのよ!」


オツキは悔しがる。


その時オツキのお腹がギュルルルと鳴った。


「私お腹減ってるんだった。あは♪」


オツキは逃げながら愛想笑いをした。


「こう言う緊迫した状況に食いもんの事考えるなんて呑気な女だなおい(汗)」


「良いじゃん足止めにはなってるんだし!」


化け物達は果物の取り合いをして、また別の化け物達がスサノオ達を追ってくる。


息を荒げて入り口を目指し全力疾走するスサノオ達、化け物達は猛スピードでスサノオ達を追ってくるが、オツキの果物で足止めをしてようやく入り口付近に差し掛かる。


「やった!もう少しで外だ!!」


スサノオ達の表情は明るくなる。


その時、オモイカネがスサノオ達に注意をした。


(いかん!スサノオ、奴等を外に出してはいかん!)


「え!?」


(奴等は外で暴れているがために天の岩戸に封印された魑魅魍魎共じゃ!奴等を外に野放しにしてしまうとそれこそ厄介な事になるぞ!)


「どうすりゃ良いのよお!」


オツキは半泣きでオモイカネに尋ねる。


(大きな岩で入り口を塞ぐしかあるまい、オツキよ、その杖で化け物が出てくるのを防ぐのじゃ!)


「わ、わかった!」


オツキは杖を構えて顔を真っ赤にして入り口を塞ぐ大きな岩を想像する。


そして


「いっけー!!」


と掛け声を上げて入り口に向かって勢いよく杖を振った。

すると大きな物体が入り口を塞いだ。



「わ~い!やったやった~!!」


飛び上がりながら喜ぶオツキ。



その横でスサノオは喜ぶオツキを見ながら言う。


「でもよ、これって…」


「へ?」


入り口を塞いでいたのは大きな桃だった。


「ええぇ!!」


何故か天の岩戸の入り口程(全長3メートル、横幅同じ位)ある巨大な桃が芳醇な香りを漂わせ、入り口を塞いでいたのだった。



そしてその巨大な桃はピクッと動いたと思いきやバクバクと化け物達によって平らげられていく。


「しゃあねえ!俺が岩を持ってきて入り口を塞いでやる!オツキはそれまで時間稼ぎするんだ!!」


スサノオは化け物達に背を向け、オツキに言った。


「はう~!早く戻ってきて~!!」


オツキは半泣き状態でありったけの食べ物を化け物達にお見舞いする。


スサノオは大岩を求めて猛ダッシュで森の中を駆けていった。


オツキは大真面目で、火の玉や竜巻等で化け物を一掃するつもりだったが、腹が減っているせいもあり、出てくるものは食べ物ばかりだった。



時間稼ぎ程度にはなるが化け物は目の前で沢山食べ物の周りを蠢いていた。


オツキの食べ物攻撃は足止め程度にはなるが、攻撃で敵を減らす事は出来なかった。


オツキは大真面目に火の玉や竜巻等で攻撃しているつもりだが、腹が減っているせいもあり、食べ物しか出なかった。


目の前には化け物共が食べ物の周りを群がっている。


オツキはハアハアと息を切らし、体中汗ビッショリの状態で杖を構えていた。


(このままでは奴等が外に出てしまうのは時間の問題じゃのう、どこまで出来るかわからぬが私も助太刀するしかあるまい)


杖の中のオモイカネは呟いた。


オモイカネは元は若い女性だが、転生の秘術を使ってしまい、老婆になってしまった。


身体も精神力も、若さには敵わない。


しかし、元々の才能もあり、化け物を一掃するには充分過ぎる程の実力を持っていた。


「オツキよ、杖を敵方に向けるのじゃ!」


「え?あ、うん!」


オツキは杖を敵方にかざし、姿勢を崩さなかった。


すると杖の中から、凄まじい閃光が走り、食べ物の周りを群がっていた化け物共は光の中に一掃されていった。


「すごい…」


その威力に目を見張るオツキだったが、オモイカネはゼエゼエと息を切らしてしまった。


「やはり年老いた身体で無理するもんじゃないのう、オツキよ、後はスサノオが戻って来るまで何とか持ちこたえるのじゃ…」


「うう…スサノオ、早く戻ってきてよぅ~」


オツキは泣きながら奥から襲いかかってくる化け物達を食べ物でひたすら応戦した。


「オツキ~!!避けろ~!!」


上空から大岩を担いだスサノオが現れた。

その大岩は約300kgはある巨大な岩だがスサノオは大きなイノシシをも締める事の出来るほどの怪力、そのパワーは自然の中で培った賜物といえる。



そんなスサノオは崖から飛び降り、大きな声で叫ぶ。



オツキはスサノオの言う通り入り口からいくらか遠ざかった。


「いっくぞ~!!」


スサノオは入り口程はある大きな岩を隕石のように入り口めがけて投げ飛ばした。



ドオオオオォン!!


凄まじい爆音を立て、その大岩は入り口を見事塞いだ。


オツキはその爆音とスサノオのダイナミックなやり方に思わず腰が砕けた。


「スサノオ!レディがいるんだから少しは気遣ってよ!!」


オツキは心臓をバクバクさせながら甲高い声でスサノオを怒鳴った。



「レディって言えるガラじゃないじゃん」


スサノオは苦笑いしてオツキをからかった。



「まあこれでとりあえず一件落着だな!!」


スサノオは鼻をこすりながら言った。


(一件落着と思いたいのは山々だが残念ながらタケルは三種の神器を手にいれ、神に近い力を身につけた。とりあえず神社に戻れ、作戦を練るぞ!)


オモイカネはスサノオ達に言った。


そしてその頃、タケルは


「ふん、スサノオの奴、岩戸から逃げ出したか、まあいい、ジワジワと苦しめながら料理するのも悪くはあるまい」


と言い、どこかへと姿を消した。

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