天の岩戸

天の岩戸…根の国(あの世?)へと通じるゲートのようなもの。イザナギがイザナミを迎えに行くシーンやアマテラスが逃げ隠れてしまうシーンに度々現れる。ここでは三種の神器が隠された洞窟と言う設定。

ーー*

タケルは、三種の神器を求めに天の岩戸へと足を歩ませる。



山を二つ越えれば天の岩戸へと辿りつく。



それまではタケルにとって地獄だった。


刺客達に命を狙われ、そして悪霊にも追われているからだ。


タケルはその為、一睡も出来なかった。



タケルの元の美しい容姿はやせ細り、顔色は土気色で、目には隈が出来ていた。


そして、寝ていないせいか体力にも衰えが見えはじめた。


恐らく、死んだ方がマシといった状況とはこのことだろう。


しかし、タケルは死後、自分が殺してきた者の怨霊に魂を食われてしまうことに恐怖していた。


そして、死への恐怖から、死ぬ間際になる程恐ろしい程の力を発揮してしまう。


タケルの今持つ刀剣、[イザナギの剣]は持つ者に絶大なる力を与えてしまう。


しかし持つ者によっては、同時に破滅を呼んでしまう恐ろしい刀剣である。


しかし今のタケルはまさに破滅的状況とも言える


だがその刀剣を持ち、恐ろしい程の力を手にしてしまったタケルには、刺客達は手を焼いていた。



森の中をひたすら歩くタケル。

もう一山登れば天の岩戸へと辿りつけると言うその時、


四方から黒い煙が立ち込めてきた。



やがてそれは風と共にボウボウと炎が燃え盛り、いかにもタケルに襲いかかってくるように炎が舞う。



タケルは熱気を覚え、たじろぐ。



「むっこれは…、奴らめ、直接では殺れないからと別の作戦で俺を殺そうとしているのか!」



タケルは四方が炎に囲まれているのが刺客の仕業であると気付く。



炎は収まるどころかどんどん大きくなり、タケルを丸呑みにしようとせんばかりにタケルに近づいてくる。



その時、何処からか男の声が聞こえてきた。


「ふははは!タケルよ!熱いだろう!!俺達や仲間の分まで苦しみ、死んで行くが良い!!」



男は狂ったような大声でタケルを挑発した。



ーーーー


別の場所で、杖で話しかけるヤマトヒメに導かれながら天の岩戸へと急ぐスサノオとオツキ。



その時、


(ハッ!タケルが危ない!スサノオ、オツキ!急いで下さい!)


と杖はスサノオ達を急がせた。

ーーー

四方から炎がタケルに近づいて来る。


「俺はまだここで死ぬ訳にはいかない!」


タケルは刀を握りしめ、周りにある草や木を次々と薙ぎ払っていった。


そして、手に持っている火付け石を使い、草を燃やした。


向かい火で火を弱らせようと言うのだ。


タケルは、火の勢いが弱まった所で息を止め、一斉に走りだした。


しかし、火の粉がタケルを覆うので熱くないはずは無かった。


ところが、タケルが向かった先には、敵が待ち構えていた。


「飛んで火にいる夏の虫と言う諺(ことわざ)を知っているか!貴様にふさわしい諺では無いか!!」


敵の一人がタケルに罵り文句を叩き、部下達に矢を射る準備をさせる。


「俺はここで引くわけにはいかない!」


タケルは凄まじい勢いで敵陣の中に突っ込む。


「終わりだ!!」


隊長はそう言い、部下達に発射号令をかけた。


矢がタケルめがけて飛んできた。


タケルは矢を次々と弾き、敵を次々と薙ぎ払っていった。


その時、タケルは肩に凄まじい激痛が走る。


何と矢がタケルの肩に命中したのだ。


矢が霰(あられ)のように降り注ぐので、当たらない方が不思議な位だ。


タケルは体中ボロボロになりながらも、少なくとも50人はいるだろう敵と互角に戦った。


なぜタケルは一人だけでこれだけの敵と渡りあえるのか。


それはタケルの神がかり的な強さもあるが、タケルの使っている刀は持ち主に無限の力を与えると言う斬れ味と軽さを誇るイザナギの剣と言う刀である。


イザナギの魂が宿っていると言われるが、持つ者によって、希望をもたらす力にも、災いをもたらす力にもなる。


タケルの場合は後者で、タケルは無限の力を発揮する代わりに、その心身は極限の状態に陥っていた。


そして、タケルはその刀を必要ともしない力を求めに、三種の神器を手に入れようとしていたのだ。


敵の猛攻に遭いながらも、敵を斬りつけながら突き進むタケル。


しかし、タケルの心と身体は限界に達していた。


一方でタケルを追いに天の岩戸へと急ぐスサノオ達。


スサノオとオツキは焦げ臭いにおいに思わず悪寒が走る。


辺り一面は焼け野原となり、山火事の後の無残な姿を晒していた。


「タケルの奴、この中にいたんじゃ死んでるだろうな…」


スサノオは寂しげに呟く。


「でもタケルって悪い奴なんだよ?スサノオだって斬られかけてたじゃん、自業自得だよ!」


オツキはスサノオに言うが、スサノオはオツキの言葉に叱責をいれた。


「馬鹿野郎!命の価値に大も小も無えんだよ!」


スサノオはそのヤマトヒメがタケルの本心だと信じて疑わなかった。例え悪者だとしても、スサノオはタケルに立ち直れる可能性を見出していたのだ。


「いえ、もしタケルが死ねば私も死にます、タケルは間違いなく生きている、だからスサノオさん、早く天の岩戸に急いで下さい!」



あの中にいたのなら生きているのが不思議な位だが、ヤマトヒメが話せると言う事はタケルは生きているのは確実と言う事だった。



「あ、ああ!」


スサノオ達は天の岩戸に向かったであろうタケルを追っていった。



身体のあちこちに矢が刺さり、ミズラに結んだ髪が垂れ落ち、落ち武者のような姿で天の岩戸の前に立つタケル。


「ふはは!ついに俺は来たのだ!これで俺は不死身の身体を手に入れる事が出来、世を手中に治める事が出来るのだ!!」


タケルは甲高い声を上げて笑った。


しかしその表情は、まさに憎しみと哀しみに歪んでいた。



母を守ると言う目的が失われ、国も滅んでしまい、何も失うものが無くなったタケル。


しかし、現実では刺客に追われ、夢では怨霊に追われ、逃げ惑う事を余儀無くされたタケルには頼みは三種の神器しか無かった。


タケルは絶望ゆえに、絶大なる力を求めていた。


それがその後に如何なる悲劇が起ころうとも何も無いタケルにはどうでも良い事だった。


タケルの良心、ヤマトヒメもそれ以降、声が弱りはじめてきた。


「ヤマトヒメ、大丈夫?声に元気が無くなって来てるよ?」


オツキは心配そうに杖に宿るヤマトヒメの魂に聞く。


(ハァハァ、大丈夫です。しかし、時間はありません…急いで下さい…)


「おう、ヤマトヒメ、頑張っておくれよ!」


スサノオもヤマトヒメに励ましの言葉をかけ、タケルのいる天の岩戸へと急いだ。


ついに天の岩戸へとやってきたスサノオ達、しかし、真ん中に封印してあるはずの岩は粉々に砕かれていて、真っ暗闇の洞穴の遥か奥から、異様な瘴気と、寒気がスサノオ達を襲ってきた。


「この先にタケルが…」


「生きて帰れるかな?私たち…」


オツキは唾を飲み込み、スサノオに聞く。


「オツキ、おめえはここに残れ、人間の女の子を危険に晒すなんて事は俺には出来ねえ」


スサノオは犬であれ人間であれ、オツキをあのような形にさせたくないと思い、オツキをこの場に留まらせようと伝えたが、


「私は平気だよ!スサノオこそ強がらないでよ!私がいないと何も出来ないくせに!」


オツキはスサノオについていくと意地を張り、引かなかった。


「全く、おめえには敵わないや」


スサノオは呆れつつも微笑み、オツキの意見を受け入れた。


二人中に入っていくスサノオ達。


一方、ヤマトヒメの魂がスサノオ達に言葉を伝える事は、あれが最後であった。


そう、タケルの中の良心はついに、タケルの手によって抹殺されたのだ。

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