亡霊

クマソ…クマソタケルと言う朝廷に従わないからとヤマトタケルは女装して忍び込み、一目惚れしたクマソに一撃を与える。ここではクマソ族と言う盗賊団と言う設定。



イズモ…イズモタケルと言う同じく朝廷に

従わないからと仲良くするフリをして刀剣の交換をして剣が抜けないのをいいことにヤマトにとどめを刺される。ここではヤマトヒメの恋人と言う設定。


ーー

時は元の時間に戻り、スサノオがイノシシや大きな魚等をかつぎ、スサノオの住む庵に戻ろうとしている頃、タケルもちょうど目を覚ました。


タケルは顔中汗でびっしょりとなり、息も荒かった。


一年前のあのいまわしき出来事が夢となってタケルを苦しめたからだ。


タケルはそばに置いてある刀を手に取り、獲物を狙ったような鋭い目つきで周りを見渡した。


「また俺にあの忌まわしい夢を見せてくれたか!出て来いヤマトヒメ!!」


タケルは気が狂ったような甲高い声でヤマトヒメの名を叫んだ。


辺りは静かで、外の鳥の鳴き声やそよ風でこの葉が揺れる音しかしなかった。


「今度こそ貴様をたたっ斬ってやる!」


タケルは刀の鞘を抜き、部屋の周りにある壺や、引き出し等を刀で次々と斬り裂いた。


壺や引き出しは無残に割れ、中身の汁が零れたりスサノオの衣服がまるごと切り裂かれたりはしたもののヤマトヒメの姿は無かった。



ヤマトヒメは過去のタケルであり、タケルに潜む良心だが、タケルはその良心を殺してしまいたかった。


殺さないとその良心に押しつぶされ、身も心も持たなくなるからだ。


やがて、犬の鳴き声や青年の笑い声が聞こえてきた。


「わん!わん!」


「こら、オツキ!暴れるなって!」


スサノオ達がちょうど戻ってきた頃だった。

タケルはその声に気づき、刀を握りしめたまま外に出た。


スサノオの隣にいたオツキと言う柴犬はタケルの姿を見るや、


「ウウゥ…」


と唸りだした。


スサノオは目の前にいるタケルの姿を見て、


「おや?お前怪我の方はもう大丈夫なのか?」


とタケルに聞きだした。


タケルは刀を構えて鷹のような鋭い目つきで問いただした。


「俺にあの忌まわしき夢を見せたのは貴様か?」


タケルの尋常では無い殺気にスサノオは一瞬戸惑った。


「はあ?何言ってんだ?」


その時、タケルの刀がスサノオめがけて振り下ろされた。


「わっ危ねえ!」


スサノオはタケルの刀を避けたがスサノオの担いでいたイノシシは真っ二つに裂けてしまった。



「何するんだよ!いきなり人を斬りつけるのがあんたのとこの礼儀か!?」


スサノオは片膝をついた姿勢でタケルに対し怒鳴る。


「答えろ!俺に悪夢を見せたのは貴様か!」


タケルは威嚇するようにスサノオに問いただす。



その時、オツキが訳もわからず威嚇するタケルの挙動にたじろぐスサノオを助けようとするかの如くタケルの足に噛み付く。


「オツキ!よせ!」


スサノオは叫んだが、オツキはタケルの足に噛み付いたまま離さない。



タケルの足は厚く丈夫な革靴を履いているのでオツキの牙は痛くもない。


しかし、今のタケルには何もかもが敵に見え、ひょっとしてこの犬も悪夢を自分に見せているのかとあらぬ懐疑心に襲われるタケル。



「キャン!」



タケルはオツキを振り払うと、今度はオツキに向かって斬りかかろうとした。



「てめえ!いい加減にしろ!!」



オツキが狙われ、オツキを助けようと反射的にタケルに飛びかかるスサノオ。



スサノオはタケルの頬めがけて拳を振り上げた。


「あぐっ!」


タケルは殴り飛ばされて倒れてしまった。


手加減する余裕も無かったのでかなり痛い事には違いない。


「いけねっ」



スサノオは慌ててタケルのそばに駆け寄り、



「すまねえ!大丈夫か?」


とタケルに謝った。


スサノオはタケルをなだめ、夕食をタケルに振舞った。


見た目はかなりグロテスクでどこの宇宙人が好みそうな料理なのかよくわからないが、スサノオやオツキは貪るように食べている。


「どうした?食えよ、見た目はアレだが味の方は保証するぜ!」


スサノオはタケルに勧めた。


タケルはおそるおそるそのおかずを口に運んだ。


「そういや名前聞いて無かったな、何て名前だい?」


スサノオはタケルに名を聞く。


「タケルだ…」


タケルはつっけんどんに答える。


「そうか!俺はスサノオ、この山に住む野生児でオツキと暮らしている、生まれは高天原だけど13歳の時にオツキとここに来てかれこれ4年…」


スサノオは聞いてもいない自己紹介をタケルに披露した。


無表情で何も語らないタケル。


「どうした?まだ傷が痛むのか?」


スサノオは何も語らないタケルを心配そうに見つめながら聞いた。


「大丈夫だ、どうってことない」



タケルは表情を変えぬまま言葉を返した。


「そうか、まだ飯はいっぱいあるんだ!どんどん食え!」


スサノオは笑いながらタケルに飯を勧めた。


夕食を食べ終え、スサノオによって沸かされた湯に浸かり、疲れを癒すタケル。


スサノオはタケルが女と知ってか、タケルが着替えたりしている間は外でオツキと遊んだりしていた。


タケルにはスサノオの優しさにかえって心の傷が痛んだ。


俺がこのように優しくされて良いのか?


そして、過去の罪悪感等が、タケルに襲いかかってくる事を懸念していた。


やがて俺はスサノオを斬ってしまうかもしれない。


そう思ったタケルは深夜、スサノオとオツキがいびきをかいて寝ている間、荷物を持ってただ一人山の奥へと旅立っていった。


ただ一人鬱蒼とした森の中を潜るタケル。

その時、どこからか矢がタケルめがけて飛んできた。


その矢を刀の鞘でかわすタケル。


長い間敵に狙われていたのか、タケルはそれだけの警戒心と反射神経を身につけていた。


「出て来い!そこにいるのはわかっている!」


タケルは森に隠れているであろう、刺客に向かって叫んだ。


すると、木の上や草むらの中まで、約10人の武装をした男達がタケルの前に姿を現した。


「さすがだな、ヤマトタケル!」


男は威嚇するように刀を構えながらタケルに言葉を投げかけた。


「だが貴様の悪運もこれまでだ。貴様のせいで命を落とした家族や仲間の仇、ここで討たせてもらう!」


タケルは皇后の傀儡として、皇后の政策に逆らおうとする者は見せしめの刑として、生きたまま燃やしたり、晒し首にしたり、残虐なやり方で政治を取り仕切った。


そして、皇后の思い通りにいかなくなると、税金を高くして、飢えと貧困に喘がせていただけに、民の恨みは深かった。


「何人束になってかかってこようが同じ事だ、どうしても刃向かうと言うのなら、俺も容赦はせぬぞ」


タケルは虫を見るような眼差しで刺客達を見て言葉を放った。


「舐めやがって…!者ども、かかれ!」


刺客の頭の号令で、部下の刺客達はタケルに襲いかかってきた。


「ふん、貴様らごときこの妖刀イザナギの敵にもならぬわ!」


タケルは妖刀イザナギを振るい刺客を次々と斬り裂いた。


タケルは刺客達の返り血を浴び、相も変わらず冷たい目で刀で体の裂けた刺客達を見下ろした。


体を裂かれながらも生き残った一人の刺客がタケルに言葉を放つ。


「今頃お前と一緒にいた仲間はお前の居場所を聞いているだろう、あの連中は短気だからな、今はあいつもあの世に行っているだろう、苦しめタケル!俺たちや殺された仲間達の分までな!」


男は気が狂ったかのように笑いながらタケルに呪いの言葉を放つ。


「言いたい事はそれだけか?」


タケルは刀を男の喉元に突き刺した。


助けてもらったとは言え赤の他人、俺には助けてやる義理も無い。


タケルにスサノオを助けようとする気は起こらなかった。

タケルは自分の良心を殺す事でその良心が徐々に失われていくのだった。

その代わり、それは悪夢となってタケルを苦しめる事になる。


…場所は代わりスサノオの庵、そこにはタケルを襲った刺客達の仲間がいた。


「わん!わん!」


スサノオの隣で寝ていたオツキは突然吠えだした。


「ん?どうしたオツキ?」


スサノオは目を覚ます。


「突然起こしてしまいすみません、ヤマトタケルと言う若者を見ませんでしたか?」


刺客は丁寧な言葉でタケルの居場所をスサノオに聞く。


「グルルル…」


オツキは警戒するように刺客達を威嚇する。


オツキは悪い人間、心に疚しい物を持つ者には追い払おうと威嚇をする特徴を持つ。


それを理解していたスサノオはオツキの様子を見て男達に言った。



「あんた悪い人間だな?オツキは人の心が読めるんだ。タケルって奴の事は知らねえが知ってても教えねえよ!」


すると丁寧な態度で接していた男達の人相は突然凶悪なものに豹変し、腰にかけてある刀を抜きだした。


「おとなしくしてりゃいい気になりやがって、これで斬られたくなかったら早く答えな!」


男の一人が強い口調で刀の先をスサノオの顔に突きつけ、脅す。


「脅しのつもりかい?俺に刀なんて通用しねえよ!」


スサノオは怯える様子も無く不敵な笑みを浮かべて言った。


「この野郎!たたっ斬ってやる!」


男達はスサノオに斬りかかった。


「よっと!」


スサノオはその刀をかわし、男の顔に拳を入 れた。


「ぐあぁ!」


男は庵の外に飛ばされ、意識を失った。


他に5人ほど潜んでいた男達はこなくそと言わんばかりにスサノオに襲いかかる。


ひょいっと男達の攻撃をかわし、瞬時に男の手に持っている刀を足蹴にして弾くスサノオ。


「言っただろ、俺に刀は通用しないって!」


隙をみて男の一人がスサノオを刺しにかかるがその刹那、スサノオは男の手首を掴み捻りたおしてしまう。



刀は落ちるがスサノオは寧ろそれを握らず男を拳でお見舞いする。



「安心しな!俺はあんたらみたいに無駄に殺すなんてことはしねえからよ!」



「舐めやがって!」



男達はスサノオの挑発に嵌り斬ろうとするがスサノオの自然で培われた反射能力や身体能力には翻弄されるばかりだった。


男達は殺気を立たせながらスサノオを斬ろうと必死だがスサノオは余裕でかわしてしまう。


「畜生、なんて動きだ!」


刺客達はスサノオの人間離れした身体能力にただただ翻弄された。



「受け止めてみな!」


スサノオは目にも止まらぬ回転蹴りを刺客達に浴びせた。


五人程で斬りかかった刺客達も瞬時の内にスサノオに叩きのめされた。


意識を取り戻し、痛む体の一部を手で抑えながら立ち上がる刺客。


刺客は他の伸びている刺客を起こし、


「覚えていろよ!」


とスサノオに雑魚の決まり文句を叫び、逃げていった。


刺客達がいなくなり、静かになった 。


「あいつ、追われてたのか、変わった奴だとは思ってたんだが…」


スサノオは首を鳴らしながらつぶやいた。


「まだ朝も来てねえし寝るとするか!」


スサノオとオツキは再び布団に包まり、横になった。


スサノオやオツキが寝ている間、緑色の長い髪の美女がスサノオの夢の中に現れた。


「スサノオさん!私を助けてください!」


美女は真剣な表情でスサノオに助けを求めていた。


「あれ?あんた誰だ?いや、どこかで見たことあるような…」


彼女の輪郭や顔つきは表情は穏やかなものの、どこかタケルに似ていた。



「タケルか?」


「良かった、私、いやあの子の事を覚えていらしたのですね」


タケルに似ている人物、そう、ヤマトヒメがスサノオに助けを求めて夢の中に現れたのだ。


「私は今は霊の状態なのでタケルの夢の中でしか現れる事ができません、しかしこの近くの神社のオモイカネと言う人物なら私を具現化出来るかも知れません、なのでスサノオ様、オモイカネの神社へ連れて行ってくださいまし!」



スサノオはヤマトヒメの真剣に困った表情を見て、


「何があったかわからねえが俺は困った人は見過ごせねえタチなんだ、良いぜ!俺があんたをオモイカネとやらのトコに連れて行ってやる!」


スサノオは自分の胸を軽く叩いて元気な声で答えた。


「ありがとうございます、お願いします!」


ヤマトヒメは安心した表情で優しい声でそう答えると、その姿は薄くなり、そして消えていった。


そして朝日が昇り、鶏が目覚ましの鳴き声をあげる頃、スサノオは起き上がった。



一方、タケルはとある洞穴に雨宿りをし、毛布に包まり座った姿勢のまま睡眠を取っていた。


刀は毛布で見えなくしている。


刀を敵に盗まれない為だ。


タケルは夢の中でタケル自身が殺してきた亡霊達に襲われようとしていた。


矢が突き刺さったままの男や、血みどろで体の一部を失っている者、ほとんど原型を留めず性別のわからない者まで様々な亡霊がタケルの前にいた。


「タケルよ、早くわしらの所に来い!」


「わしはいつでもお前を食える!」


亡霊達は人とも言えない不気味な声でタケルを死の世界に誘おうとしていた。


タケルは体中汗でまみれ、顔を真っ青にしてただ亡霊達の前で足をすくませ怯えていた。


「く、来るな!来るなああぁ!」


タケルの言葉に反して亡霊達は体を震わせ怯えているタケルに近づく。


そしてタケルは亡霊達に魂ごと食われようとしている時、タケルは飛び起きるようにその場で目を覚ました。


顔中汗まみれで心臓がバクバクと高鳴る。


もちろん、息も荒かった。


「くそっ、またあの夢だ!」


タケルは頭を掻きむしり、一人呟いた。


タケルは死ぬ事も出来ない、何故なら死ぬ事で亡霊に襲われると感じていたからだ。


タケルの今の心境はまさに、生き地獄だった。


亡霊達が夢の中でタケルを死の世界に誘おうとしていたのがそれを反映している。

目的も無く、ただ悪夢や死から逃れる為に人を喰らいながら命を繋げるタケル。


その時、物の怪達がタケルに襲いかかってくる。


バシュッ!


一閃の閃光が描かれたかと思うとタケルに襲いかかってきた妖怪達の体が真っ二つに割れる。


「な、なんだこの人間離れした強さは…貴様もしや三種の神器を…」


生き残った妖怪はタケルに怯えながら聞いた。

三種の神器の話にピクリとするタケル。


「三種の神器とはなんだ?」


タケルは妖怪に問い質した。


「教えるもんか!」


「教えぬと貴様の首をはね飛ばす!」


「ひい!わかりました!」


タケルに脅され三種の神器について渋々教える妖怪。


三種の神器とはかつての勇者イザナギが人間が悪意を起こして神の力を利用しないように天の岩戸に封印した三種の祭具である。


それを妖怪達は争うように手にしようとしている。


すなわちそれを手にすると魑魅魍魎や悪霊をも従えてしまう絶大な力を手にする事が出来ると言う。


タケルは三種の神器を手にすれば悪霊をも従え、死後の恐怖にも怯えなくて済むと考えた。


「そうか、礼だ受け取るが良い」


そう言いながら刀を構えるタケル。


「あわ!結局殺されるんですか!?」



新たな目的を見出したタケルは物の怪に礼の一閃を与え、天の岩戸へと向かっていった。

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