悪夢のはじまり其の二
ある日の事、ヤマトヒメが洗濯で洗った衣服を干そうとしている時、2人の男がヤマトヒメに道を尋ねにきた。
「あの、この近くの村にはどう行けば良いんでしょうか?」
困っている様子だったのでそう言う彼らを見過ごせないヤマトヒメは道を教えてあげようとした。
その時の事、もう一人の男が突然ヤマトヒメの背後に回り、口元を力強く手で押さえ、身動きが取れないようにした。
先程の平凡な表情から一変して獲物を睨む蛇のような目付きになる男達を見て我が身の危機を感じ取るヤマトヒメだが、力強く後ろに組まれ、握られた腕はヤマトヒメの細腕では振りほどく事は不可能だった。
もがくヤマトヒメはそのまま押し倒され男達に狙われる獲物とならざるを得なかった。
「へへへ、良い獲物が手に入ったぜ」
そしてヤマトヒメは口元や手足をひもで縛られ、男達に人目のつかないところに連れだされた。
男達はなんと[クマソ族]と呼ばれる盗賊で、宝や美女を売ったり襲ったりしている悪党集団だった。
とある場所に連れ出されるヤマトヒメ、助けを呼ぼうにも口元や手足をひもで縛られているためどうする事も出来ない。
掴まれた手首からは血が出ているんじゃないかと思う程の痛みが走る。
恐怖に襲われるヤマトヒメは乱暴に男達に歩かされ、男達の言うがまま連れられる事しか出来なかった。
ヤマトヒメが連れ出された所には他の恐ろしい目つきをした盗賊や宝の山があった。
「ぐへへ、悪く思うなよお嬢ちゃん」
男達は怯えて体を震わせ、顔を涙や汗で濡らしているヤマトヒメを紐や着物を引き破って複数で襲った。
それからいくらたったのか、そこには満足して寝ている男達と襲われて倒れているヤマトヒメがいた。
ヤマトヒメは 身も心も傷だらけだった。
その時、ヤマトヒメの視線には刀があった。
ヤマトヒメはその刀を見てどこかで見た事のあるような気がした。
それはヤマトヒメの父が使っていた[イザナギの剣]だった。
ヤマトヒメが力なく倒れている中、襲われている最中の、男達の会話を思い出した。
「ふへへ、そう言えばこの女、あいつに似ていないか?」
「あの男か?あいつも間抜けな男よ、俺らの差し出した毒入り饅頭を食ったのだからな!」
「へへっ武勇に優れた勇者様も脳みそはすっからかんってか?」
「この女もあんな阿保な父親の娘で哀れだな!たっぷり可愛がってやるから感謝しろよな!」
男達の会話を思い出し、次第に殺意が芽生えてくる。
そして立てられている刀が男達を殺すように促しているようにヤマトヒメは感じられてならなかった。
ヤマトヒメの胸の奥に、なんとも言えないグルグルとした感情がマグマのように湧き上がってくる。
これが[殺意]というものだろうか。
ヤマトヒメを襲っていた男達ののうのうとした表情を見てより許せない気持ちがヤマトヒメの理性を削っていった。
先程は恐怖心のあまり男達のなすがままにされていたヤマトヒメだが、ズタズタにされたプライド、それを通り越してヤマトヒメの前で父親を散々侮辱していた事がヤマトヒメに男達に対する殺意を芽生えさせた。
「奴らは絶対に許せない…!」
刀の元に歩き、刀を引き抜くヤマトヒメ、白く光る刀がヤマトヒメの美しい顔を照らす。
ヤマトヒメは刀の鞘を地に落とし、刀を力いっぱい握り締めて眠っている男の腹を突き刺した。
「ぎゃああ!」
男の断末魔に他の盗賊達は目を覚ます。
盗賊達の前には刀を握りしめたヤマトヒメの姿があった。
「ひ、ひええ!」
男達はその姿に恐怖を覚え、慌てて逃げ出そうとした。
「きええええぇ!!」
ヤマトヒメは奇声を上げながら男達を次々と斬りつけた。
最後の一人が外へ逃げだす。
ヤマトヒメは逃がさんと言わんばかりにその男を追う。
「だ、誰か助けて~!!」
男は外に出て情けない声で助けを求めるも目の前には誰もいない。
そしてヤマトヒメの持つ刀の先は男の尻もとに突き刺さり、男は悶絶の末絶命した。
ヤマトヒメはそれから数分か、放心状態のまま、刀を握りしめていた。
ヤマトヒメは死んだような表情をしてフラフラと山の道を歩いていた。
その時、鎧を身に包んだ端正な顔立ちをした若者がヤマトヒメの前に現れた。
その若者は目の前のヤマトヒメに何があったのかと心配している様子だった。
「イズモ…様?」
ボロボロの着物を着て髪のかき乱れた姿のヤマトヒメはそのイズモと言う男の姿に気の抜けたような声をだし、無表情だったのが表情に生気が戻り、先程の殺意や絶望から希望、安心感で感極まり、ヤマトヒメはその男の胸に倒れるようにもたれかかり泣いた。
イズモはヤマトヒメのほっそりとして折れてしまいそうな体を力強く抱きしめた。
「ヤマトヒメ、すまない、わしがしばらくいない間にこのような事になっていたとは…」
ヤマトヒメとイズモと言う青年は相思相愛の仲だった。
そして二人は夕日が山の奥に沈もうとしているその時、木の枝を椅子代わりにして座り、二人で見つめあっていた。
「イズモ様、どんなにお会い出来る日を待ちわびていたことか…」
ヤマトヒメはイズモの夕日に照らされた凛々しい顔を見て囁く。
イズモはヤマトヒメにとって、誰よりも心を許せ、頼れる存在だった。
戦から帰ってきたら、いくらでも愛を交わし合おうとその日を待ちわびていた。
「ヤマトヒメ、お主はやはり今のような笑顔が一番美しい」
イズモはヤマトヒメの安堵した表情に安心した表情を浮かべ、ヤマトヒメと同じように言葉を囁いた。
こうして二人は愛を交わし合い時も忘れて過ごそうと言う時だった。
イズモは何かを思いだしたようにヤマトヒメに言った。
「言うのを忘れていたがヤマトヒメ、落ち着いて聞いてくれ!」
イズモはいつもは見られない険しい表情になってヤマトヒメに言った。
ヤマトヒメは目をきょとんとさせてイズモの話をただ聞いていた。
「お主の母上を明日より暗殺せよとの連絡が入った」
「え?」
ヤマトヒメはイズモの言葉に内心焦る。
「嘘でしょ?」
ヤマトヒメは真偽を確かめる為、イズモの顔を見つめながら聞いた。
イズモは険しい表情を崩さず、ただ首を横に振った。
やはり本気のようだった。
イズモは嘘をつく時、表情がすぐに顔に出るタイプだ。
そのイズモが表情を変えないとなると母上は明日にも殺されるというのは本当の事のようだった。
「最近の皇后(こうごう)は父がいなくなってからというもの、おかしい、そなたを国から追い出すばかりでなく、悪政で税を高く取り上げ、民を苦しめている、そのために皇后暗殺の話が持ちかかったのじゃが…」
「止める事は出来ないの?」
ヤマトヒメは激しく動揺した表情でイズモに聞いた。
「無駄じゃ、わしの言葉ではどうにもならない、しかし、今の皇后がいなくなる事はわしらにとって幸せな事なのではないか?」
イズモはヤマトヒメには信じられない事を口にした。
「そうだ、それが一番良い、ヤマトヒメよ!母上がいなくなった暁には二人でオウスに戻ろうではないか!そうしたら今のような惨めな生活をせずに済む!」
イズモはヤマトヒメを抱こうと腕を広げた
ヤマトヒメは固まった表情のまま、イズモの胸に飛び込む。
その刹那の事であった。
イズモのみぞおちに激痛が走り、それは背中へと伝う。
そう、刀の先端がイズモのみぞおちに突き刺さり、その刀の先はイズモの背中を貫いたのだった。
「ヤマトヒメ…何故…!」
イズモはヤマトヒメにそう最後の言葉を走らせ、そのまま地面に倒れこんだ。
ヤマトヒメの最愛の恋人、イズモはヤマトヒメ自身の手によって殺された。
「イズモ様…私はあなたを愛しています、しかし、母上を見殺す事は私には出来ない…」
ヤマトヒメはイズモに突き刺さった刀を引き抜き、呟いた。
そしてヤマトヒメは自分の中にある慈悲の心を完全に殺してしまう事にした。
ただ、母上を守る為に。
そして、ヤマトヒメは子供達の待つ庵に刀を持ったまま向かう。
「ヤマトヒメ様、遅いな~」
子供達は夕食を済ましヤマトヒメの分を食べようとする子供を叱りながら早く戻らないかとヤマトヒメが戻るのを待ちわびていた。
外は夕日が沈み、とっくに暗くなっている。
子供の一人の少年が様子を見に外へ飛び出した時、ヤマトヒメの無表情なまま刀を握りしめた姿が少年の目の前にあった。
「ヤマトヒメ!やけに遅いから心配したんだよ!ヤマトヒメの分も作ってあるけどもう冷めちゃったよ?」
少年はそんなヤマトヒメの様子をつゆしらず、ヤマトヒメを迎えた。
その時だった。
ヤマトヒメの持つ刀は天井に伸びた。
その時の彼女の表情は、もう以前の優しいヤマトヒメの表情では無かった。
ーーー
朱に染まった刀を布で拭き、そのままオウスに国へと戻るヤマトヒメ。
自分の中の仏を殺してしまう事で母親の命が救われるのなら、いっそ鬼になってしまおうとヤマトヒメは思っていた。
やがて、オウスの国へと帰還するヤマトヒメ、国の者たちはそのみすぼらしい姿をした立派な刀だけを持った女がヤマトヒメである事を知らず、ただヤマトヒメの変わり果てた姿をただただ眺めていた。
門を開け、城に入るヤマトヒメ。
「ヤマトヒメ、ただいま戻って参りました」
ヤマトヒメはきらびやかな部屋に赴き、母親である皇后に地面に膝をつき、土下座をした。
「何しに戻ってきた?」
皇后はヤマトヒメに背を向けたまま冷たく言い放った。
「母上が命を狙われていると言う噂を耳にしました。だが心配はいりません!私が命に変えて母上を守って参ります」
「誠であろうな?」
皇后は冷たい声のまま、ヤマトヒメに聞いた。
「さよう、そしてこれは父上が使っていたイザナギの剣でございます」
ヤマトヒメは皇后にそう言うと、盗賊から奪い取った刀を皇后に差し出す。
そしてようやく視線をヤマトヒメに向け、刀をまじまじと見つめる皇后。
「ふふふ、これは正しく夫が使っていた刀じゃ、しかしわらわはまだお前を認めたわけではないぞ」
「私は母上の命令とあらばどんな事でも致します」
ヤマトヒメは自分の意思を皇后に強く伝えた。
「さようか、ならば一つお前を試してやろう」
皇后は冷徹な笑みを浮かべ、一匹の犬を召使いの女に連れて来させた。
「シロ…」
彼の名はシロと言い、ヤマトヒメが大事に可愛がっていた犬だった。
「その犬をこの刀で殺せ!ならば貴様を認めてやろう!」
皇后はヤマトヒメに対し、イザナギの剣に指を刺して指示をした。
ヤマトヒメはイザナギの剣を手に取る。
召使いは複雑そうに皇后やヤマトヒメを見つめる。
ただし彼女に止める権利が無く、止めると自らが恐ろしい目に遭う為、出来なかった。
ヤマトヒメはイザナギの剣を持ち、シロの前に対峙する。
「キャン!キャン!」
シロは尻尾を降りながらヤマトヒメに対し吠えていた。
皇后は厳しい視線をヤマトヒメに向ける。
「……」
ヤマトヒメは刀を天にかざす。
召使いは思わず目を閉じる。
ヤマトヒメの剣が縦の光の線を描いた。
そして、シロはそこに寝転がったまま、動きもせず、吠えなかった。
ヤマトヒメの美しい顔に赤い物がついた。
皇后はにまりと笑った。
「ヤマトヒメよ、貴様の意志、わらわにもよく伝わったぞ!」
そして、召使いにシロを片付けさせ、皇后はヤマトヒメに言った。
「さあ、この鎧を身につけるが良い、そなたはこれよりヤマトヒメの名を捨てるのじゃ!」
ヤマトヒメは今持っている着物を脱ぎ、鎧を身につけ、綺麗な緑色の長い髪をみずらに結った。
みずらとはその時代の男や兵士が結っていた髪型で後ろ髪や両耳に輪を作るように髪を結った髪型である。
「そなたはこれより[ヤマトタケル]と名乗れ、わらわの忠実なしもべとなるのじゃ!」
皇后は甲高い声をあげた。
そして、ヤマトヒメは自らをタケルと名乗り、ヤマトヒメを死んだ姉として封印してしまった。
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