悪夢のはじまり
ヤマトタケル…古代の英雄。伝説では父親に疎まれて幾度も遠征に赴き大和に帰りたいと言い命を絶ったと言われる。
ヤマトヒメ…伝説ではタケルの叔母(ここではタケルの姉)タケルに色々助言を与えた。
一年程前、オウスと言う国は他国との争いを好まず、平和で評判の良い国だった。
文化が栄える一方で自然を大切にし、治安もよく盗みも喧嘩も起こらないと他国からの評価も高かった。
あの悲劇が起こるまでは…。
城からは美しい少女が一人外に出た。
緑色の長い髪の毛を垂らし、美しい着物を羽織っている。
目は輝きを放ち口元もにこやかでみているとこちらもニコリとしてしまう。
彼女は上品な物腰でオウスの町を歩く。
「ヤマトヒメ、なりませぬ!一人だけ町を出ては!」
慌てた表情で一人の壮年の兵士がヤマトヒメと呼ばれたその少女を止めに行く。
「あら、何も心配いらないわよ、この町は治安も良いし悪い事をする人もいませんよ♪」
ヤマトヒメは緊張しっ放しの兵士をたしなめるように言う。
「町の散歩ですか、先にそう仰らないと…、外では盗賊や物の怪がおりますゆえ悪気を起こして外には出ないでくださいまし」
「あらあら、大丈夫よ♪」
ヤマトヒメは優しく微笑んだ。
そして緊張していた兵士も思わず笑顔がこぼれた。
ヤマトヒメは町の人との会話も楽しみ、子供達とよく遊んだりした。
また身体の弱い老人や不自由な者たちに手を差し伸べたりした。
だからと言ってオウスの者たちは丁寧に感謝は述べるものの大袈裟にヤマトヒメを感謝したり称える事は無かったがそれは恐怖政治を強いていない為である。
ヤマトヒメを皆は憧れの優等生的な目では見ていたがそれ以上でも以下でも無かった。
しかしヤマトヒメは住民と接したりするのが楽しみだった。
しかしある日の事悲劇は突然訪れた。
国を治めていた父親がある日外での警護に向かう途中、原因不明の病で倒れたと言う。
それはオウスの国と父親に憧れていると言うある者から父親に渡された食物を父親が食べ、その食物に毒が盛られていた事による。
その時から母親はおかしくなった。
母親は、そしてオウスの国はそれ以来他国との関わりを避けるようになった。
ヤマトヒメは他国の文化に触れるのが楽しみの一つだったのでそれには戸惑いや不安を隠せなかった。
そして、そのままではオウスと言う国自体駄目になってしまうと考えたヤマトヒメは母親に相談をした。
「母上、このまま鎖国していてはオウスは暗くなってしまいます。父上が他国の者に殺され、悔しいのはわかります。しかし鎖国する事は父上も望んでおられないはず…!」
ヤマトヒメの声に母上は怒りをあらわにした表情で言った。
「他国の文化に触れたいと言うのなら他国を攻め入り、他国の物を奪ってくるが良い!」
ヤマトヒメは母上の心ない言葉に動揺を隠せなかった。
「母上、人の命を奪うなんて過去の母上は許せなかったはず!勿論、父上もそれを望まなかったはずではありませんか!?」
ヤマトヒメはおかしくなった母親を何とかたしなめようと説得を試みた。
「目を覚ましてくださいまし!最も平和を愛し、恨まない母上を私は愛していました!」
ヤマトヒメは涙を零しながら必死に訴えた。
「ヤマトヒメ!他国を攻める事の出来ない臆病者にこの国の姫となる資格は無い!今すぐ国から出るが良い!」
母親は大声で怒鳴りヤマトヒメの腕を掴み、城から追い出そうとした。
そしてヤマトヒメは門から母親に突き押され、地面にひれ伏す。
乱れた髪をそのままに、涙ぐんだ表情で母親を見つめるヤマトヒメ。
「もうお前はこの国の者では無い!どこへなり消えて行くが良い!」
母親は鋭い目つきでヤマトヒメを見降ろしながら言った。
そしてそのままピシャリと門の鍵を閉めてしまう。
「は…母上!」
ヤマトヒメが起き上がり、何度泣き叫びながら門を叩いても一切答える事は無かった。
やがて空が暗くなり、雨が降り出した。
それでも母親はヤマトヒメを許す事は無かった。
ヤマトヒメは雨に濡れたまま地面に手をつき、泣き崩れた。
「母上…どうして…」
しかし今のヤマトヒメにはもはやなす術が無かった。
ヤマトヒメは力無く立ち上がり、父親の眠る墓へと歩いた。
「母上は私に死ねと仰っているのでしょうか…他国を攻める事が出来なければオウスから出て行けと仰った、私はただ、母上や国の将来を心配しただけなのに…」
ヤマトヒメは顔をくしゃくしゃにして父親の眠る墓の前でもたれかかり、父親に相談するようにそう呟きながら、声にならない声で泣いた。
父親の墓は何も語りはしなかったものの、その空から降ってくる雨が、父親の涙のようにも思われた。
雨はヤマトヒメの体を濡らし、少しずつヤマトヒメの体を冷やす。
しかし、兵士、国の民はヤマトヒメに対し母上から手を差し伸べる事を禁じている為、申し訳ない気持ちで眺めているだけで助ける事は出来なかった。
そして住む場を失ったヤマトヒメは、トボトボとオウスの国を後にした。
夜が明けて朝がきた。
ヤマトヒメはただ一人小屋で泣き疲れて寝ていた。
そして、彼女は起き上がる。
今までの出来事が夢ならどんなに良かっただろう。
ヤマトヒメはそう思っていたがやはり夢では無いらしく、涙はこれ以上出ないもののやはり気持ちは晴れやかでは無かった。
不思議とお腹も空かず、何かを食べようと思う気すら起こらない。
ヤマトヒメはただ、山路を歩くばかりだった。
どこまで歩いただろう。
ヤマトヒメは旅の途中、オウスでは見られないような、よその国の悲惨な状況を目の当たりにした。
飢えで倒れている人や、家族に捨てられた孤児、病で、ただ死ぬまで待っているだけという人もいた。
外ではこのような地獄と形容すべき光景が現実にあったとは彼女自身思いもよらなかった。
(よその国ではこの子の家族のように貧困や飢えで死んでいると言うのに…私も住む場を失った位で落ち込んでなんていられない!)
ある日の事、ボロ雑巾のような衣装を着た七歳位の少年が傷だらけで倒れているのをヤマトヒメは見た。生きてはいるが怪我していて動けないらしい。
ヤマトヒメは何とかその子を助けようとした。
ヤマトヒメは自らの着物をびりびりと破りそれを包帯代わりにしてその少年の患部を応急手当をした。
そしてヤマトヒメはその少年を母親が子供を見守るように懸命に看病した。
その時少年は母親が目の前にいるのかと思い、言葉を漏らした。
「おっかさん?」
少年はおぼろげながら目を開けた。
はっきりと見えない為、よくは見えなかったが視界がはっきりしてくるとそれが母親でなく、緑色の長い髪の美少女であるとわかった。
「お姉ちゃんは誰だ?」
少年はその美少女に尋ねた。
「目を覚ましたのね、私はヤマトヒメ、行くあてもなく歩いていたらあなたが倒れていたもので…」
その時少年はびっくりした様子で目を丸くして聞いた。
「ヤ、ヤマトヒメってあのオウスの国のお姫様!?何でオラのような田舎者に…!」
ヤマトヒメはその少年が何故驚いているのかわからず、答えた。
「私はかつてはそうでした、でも今はそうではありません、なのでそこまで改まらなくても良いのですよ?」
「そうか、そうだな、そこまでの方がオラのような田舎者を助けてくれるはずないもんな」
少年はヤマトヒメにオウスの外での厳しい現実をヤマトヒメに話した。
外の現実はヤマトヒメが思っていた地獄よりももっと凄惨なものがあった。
少年の住む国では伝染病患者を一つの小屋に閉じ込め、燃やしてしまう事や、上層部の悪口を言った罪で激しい体罰を加えられ、心身に障害をきたすか死に至らしめられた者がいる事はほぼ日常にあった。
オウスのような平和な国がよそからは珍しかったのだ。
「思いも寄りませんでした…外ではこのような現実があったなんて…」
ヤマトヒメは複雑な表情を浮かべて呟いた。
ヤマトヒメはこうした恵まれない国を何とか助ける事が出来ないのかと考えるが、ヤマトヒメ一人の力ではどうにも出来ないものがあった。
やはり母上の言っていた事は正しかったのかもしれない。
ヤマトヒメはそう思った。
しかし、血を血で洗うような血なまぐさい戦いをして殺しあう事が正しいとはヤマトヒメは認める事が出来なかった。
ヤマトヒメと少年は住む場を求めて各地を歩いた。
ヤマトヒメはその各地で孤児に食べ物を分け与えたりして、その孤児を世話している内に、いつの間にか七人位の孤児がヤマトヒメの元に集まっていた。
大変な事になったようだがヤマトヒメは大変だとは思わなかった。
それどころか、恵まれない多くの子供達を守る事に生きがいを感じていた。
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