第11話 -ニッセルツ上空第一次空戦ー

(下からどんどん来やすよ!

 蒼さん、避けてください!)


「任せてください」


 砲台から《アウドルルス》目がけて飛翔する一本のピンクのレーザー。

当たる直前に蒼はエンジンの逆回転を命じ、一気にスピードを落とした。


【くっ、外した!

 第五射急げ!】


熱を持ち、はるか前を通り過ぎた後に“下部光波共震砲”に貯めていた光を砲台へと放つ。

砲台は急造だったせいか、“光波共震砲”のオレンジ色の光をさえぎる盾は出てこなかった。


【退避、退避!】


食い荒らすようにど真ん中に命中した光は、表面装甲を溶かして砲台の内部へと飛びこんだ。

配線や可燃物へと引火して一気に砲台内は火炎地獄と化す。

黒い煙を砲身から立ち昇らせたのも一瞬、すぐに爆発へと転じた。

空高くへ舞う砲身が、港の倉庫へとぶつかりコンクリートにめり込む。


「次、目標を指定。

 攻撃開始!」


蒼は目標指定のスコープをスライドさせ、自動追尾装置とリンクさせた。

こちらに砲身を持ち上げている二連装の砲台にターゲットスコープを合わせる。

少しずれても多少なり問題ない。


「発射っ!」


発射を命じ、上から降り下りてきたレーザーを左へと旋回して回避する。


『蒼!

 一体何が……!』


「ちょっとマックスは黙っててください!」


 話しかけてくるマックスへと、半ばいらっとして蒼は黙るように言葉を放り投げた。

息を飲む音と共にマックスは黙りこくる。

それでいいんです、それで。

静かになった無線を感じて一人ごちた。

次々と蒼は祖国の土に根を張りかけている連合へと鉄槌を落とした。


【またやられたぞ!

 駆逐艦一隻に何を手間取っている!】


【第四砲台大破!

 被害甚大ですッ!】


流れ出てくる敵の悲鳴が耳に心地いい。

無敵のヒーローになったような気分を味わっている蒼に《アウドルルス》が報告を上げる。


(直上から二本レーザー接近)


「“イージス”ピンポイント展開。

 過負荷率十五パーセントまで許可します」


 過負荷率を表す計器のメモリは今、八を指していた。

まだ多少なり余裕があると踏んだ蒼は回避運動をして一度照準を外すより、避けずに攻撃を受け反撃に転じるという方法を取ることにした。


(敵レーザー反射成功。

 過負荷率十三パーセントに抑制成功)


 《アウドルルス》の機動とスピードを生かし、攻撃の間を縫う。

上から一本来た敵レーザーを“イージス”で湾曲させながら、次の砲台へと蒼は艦首を向けた。

教えることが役割の警報がけたたましく鳴り響き気を散らす。

何ですか、もう。

続いて流れる《アウドルルス》の報告と共にレーダーに四つの熱源を感知した。


(ミサイル接近!

 数は四!)


「っ……さすがに数が多いですね。

 迎撃準備、三連機銃はじめ!」


ぎりっと歯を噛みしめ、艦を右へと転舵させた。

敵ミサイル艇から一気に《アウドルルス》へと目がけてやってきたミサイルへと機銃の発射を命じる。

ひるまずに、上から襲いかかってきた四つのミサイルへと機銃が火を噴いた。

ぴったりとミサイルの来る先を見据え、そこへ小刻みにレーザー弾を叩き込む。

弾幕へミサイルを突っ込ませるようにするのが、迎撃のコツだ。

光の銃弾が弾頭へと次々と突き刺さり貫通する。

貫通されたことで電子部品を根こそぎやられたミサイルは命中したものと勘違いして、信管を作動させた。

《アウドルルス》の上空二十メートルという、ぎりぎりの距離で爆発したミサイルの爆風に飲まれもう一つのミサイルもその身を散らす。

二つの爆炎の花が広がり、一瞬アウドルルスを覆った。


「“イージス”展開。

 二十パーセントまで許可します」


 ミサイルの爆風を切り裂いて、ピンクのレーザーが上、横から襲いかかってきた。

すかさず“イージス”が唸り、空中にバリアを築き上げる。

白く、赤く発光する“イージス”のおかげで《アウドルルス》はほぼ無傷といっても差支えなかった。

突き進んできた連合のレーザーは大きくその進路を曲げられ、ニッセルツの建物へと落ちて行く。


【第二一倉庫に引火!

 消火班は、鎮火急げ!】


可燃物に引火したのか小規模の爆発が起き、空高くまで上る煙の柱が現れた。

すぐに黒く変わった柱は消えず、風の影響も受けて大きく広がってゆく。


(“イージス”過負荷率、二一パーセント。

 残量に注意されたし)


 蒼は数字を聞いて、首をすくめた。

もうすでに五分の一を使い切ってしまいましたか。

残りの敵勢力は砲台が三とミサイル艇が二。

ぎりぎりで倒せると踏んだ蒼は《アウドルルス》の船体をぐいっと持ち上げた。

ほぼ九十度の角度で急上昇する。

まるで曲芸のような船体に無理のかかる運動だ。

ぎしぎしと金属のつなぎ目が軋み、艦底の砲台がすべて下を向く。


【逃げるぞ、追え!】


【任せとけって、うぉぉぉぉ】


 当然、これは敵が追ってくると計算しての行動だった。

“三次元パンソロジーレーダー”で敵がついて来ているのを確認する。

高度を五千ほどまで上げると、蒼は一時的にエンジンを切った。

推力を失った船体は急降下をはじめ艦首を下にして地上へと落下運動へと入る。


【落ちてくるぞ!】


【逃げろ、早く!】


 敵は《アウドルルス》の全長八十メートルの船体が落ちてくるのを見て恐怖に駆られた。

あわてて追跡を中止して、回避運動に入る。

常識からしたら左右に逃げるのがもっとも一般的だった。

そしてこのとき、敵は常識に従ってしまったのだった。

時速五百キロほどで落ちていく《アウドルルス》の中で蒼はタイミングを見計らっていた。

敵の“伝導電磁防御壁”を突き破れるほどの距離まで近寄れるように。


(充填率百パーセント突破。

 極限射撃可能です)


敵のミサイル艇との距離が三十メートル以内に入った。


「撃ってください!」


【っ、避けろ!!】


 後部の第二砲塔と敵との距離が一直線に結ばれた。

《アウドルルス》の最大まで溜めたエネルギーを敵へと叩きつけた。

オレンジ色の光が敵ミサイル艇へと延び、“伝導電磁防御壁”を叩き割る。

丸裸になった船体の左舷にレーザーが突き刺さり、右舷から抜けた。


【や、やられた!

 機関室で火災発生!

 出力低下!

 お、落ちるっ!】


 撃ち抜かれた方の船体がぎりぎりと金属の悲鳴を上げた。

熱で弱くなった船体中央から亀裂は始まり、やがては甲板と艦底を結ぶ。

二つの大きな破片となったミサイル艇は金属片をまき散らす。

やがて内臓されていたミサイルに引火し、大きな爆炎を発生させその姿をレーダーから消した。

敵の無線が悲鳴で埋め尽くされた。

仲間の死を受け入れたくないという拒否の言葉。

それと同時に蒼へと投げつけられる憎しみの声。


【そんなっ、嘘だろ!?

 おいっ、俺だけ残していくなよ!!

 おいっ!!】


 蒼は機関を再始動させ、落ちていく船体を立て直した。

二重翼から雲が糸を引き、朽ちかけている船体が悲鳴をあげる。

急な運動をさせ過ぎましたかね。

船体中央付近で何本かの接合部品が外れたらしい。

グリーンがイエローに変わったのを被害状況パネルから読み取った。


【あの野郎!

 ゆるさねぇ!!

 全兵装一斉射撃!】


敵の無線からあふれる殺意を受け止め、レーダーへと目を落とす。


(敵艦、斉射を確認!

 ミサイル七発、来ます!)


「全力迎撃態勢!

 ソフトキルとハードキル問いません。

 何としてでも食い止めてください」


 《アウドルルス》の機銃がその身をひるがえし、空をにらみつけた。

七つの、空気を破ってやってくるミサイルに向かって機銃が光を吐き出した。

放たれる小さな“光波共震砲”のオレンジ色の光が激しい弾幕を形成する。

弾幕の隙間をかいくぐるようにしてミサイルは大きく上昇に転じた。

一番装甲の薄い、甲板を狙い内部で爆発するためだ。

ミサイルはあらかた甲板を狙うような調整がされていることが多い。

それに甲板には艦橋、つまり“核”がいる場所が存在する。

もし“核”がやられたら最後、艦は制御される術を失い、海へと落ちてゆくこととなる。

最も手っ取り早い艦の無力化の方法だ。


「“イージス”展開!

 上部ピンポイントでお願いします。

 過負荷率は五十パーセントまで許可!」


迫りくるミサイルの雨に蒼は歯を食いしばった。

 撃沈させられる恐怖に耐えながらも“パンソロジーレーダー”に映るミサイルの形をしっかり見つめ機銃へと支持を下してミサイルへの弾幕形成を続ける。

一発目のミサイルの弾頭を蒼は、撃ちぬくことに成功した。

爆発もせず、鉄の棒となったミサイルはニッセルツの施設へと落ちて行く。

行く末を見ることもせず、二つ目のミサイルへと機銃をセットした。

 次第に熱を持ち始め、赤く発光し始めた銃身がゆらりと陽炎を起こす。

ベルカの“光波共震砲”は十~十五万度もの光を撃ち出す。

システムの都合上、連射すると砲身が赤く熱を持ち始めるのだ。

熱をもちはじめると自然と砲の放つレーザーの温度も上がる。

これが敵からしたら恐ろしいらしい。

先の戦争では《ベルカの熱悪魔》と呼ばれるシステムだった。

今では改良がされたと聞くが、やはり赤くなるのだけはどうしようもないらしい。


(蒼さん!

 敵艦が真下に!)


三発目のミサイルの迎撃に成功して、四発目の破壊に入った蒼へ《アウドルルス》の声が噛みついた。

視界をミサイル群から外して下を向く前に《アウドルルス》を激震が襲った。


「痛っぅ!」


 腹部に鋭い痛みを感じて息を飲む。

焼けた鉄をねじ込まれぐちょぐちょにかき回されたような激しい痛み。

肺がしぼみ、空気が口から吐き出される。

話では聞いていましたがここまで痛いなんて……!

《ネメシエル》に乗っているときはとても味わうことのできない激痛だった。


【っち、浅かったか!】


(艦底に被弾一。

 緊急隔離します)


蒼はミサイルから身を守るために“イージス”を艦の上に集中して配置していた。

《ネメシエル》や《タングテン》のような戦艦とは違い《アウドルルス》の属する艦種、駆逐艦は船体が小さい。

そのため、予備の機関などを積む余裕があまりない。

必然的に“イージス”の許容過負荷率も機関の少なさと比例して小さくなる。

効果面をうまく配置しないとすぐに過負荷率は百となり、万能のバリア“イージス”は船体から剥がれることとなる。

来るのがミサイルだけだと勝手に確信した蒼は艦底付近へ“イージス”を展開しなかった。

それが今回の被弾を招いたのだ。

戦艦ほどの艦種となると“強制消滅光装甲”という、熱を孕んだ光で物質を溶かすバリアを展開することもできる。

だが、《アウドルルス》にはあいにくこのバリアはついていなかった。


「っはぁ、はぁ……!」


少し収まってきた痛みに耐えながらも敵を睨みつける。

絶対に許しません……。

 痛みによって出ようとする声を押さえつけ損害箇所を把握した。

艦底第一倉庫がやられており、痛みの割に少ない被害と言えるだろう。

少し痛覚センサー感度がオーバーなんですよ……!

整備班への愚痴を垂れる暇もなく《アウドルルス》からの報告は続いた。


(ミサイル四本、直上!)


こみ上げる痛みを捻じ伏せて真上へと機銃の銃口を向けた。

一拍置き、機銃が迎撃の火を噴きあげる。

ミサイルの弾頭を次々と射抜き、空中に爆発の炎が三つ、円となり広がった。

だが一つ少ない。

爆炎の中から姿をあらわす細長い一本の白いミサイル。


(っ、一発撃ち漏らしました!

 来る!)


「“イージス”展開っ!」


船体へと飛び込まれる前に“イージス”が展開される。

ミサイルは“イージス”の壁に当たると爆発した。

爆炎が《アウドルルス》を覆い、黒煙が視界を消し去る。


【命中か!?】


敵の歓喜の声は次には失念のため息へと変わった。

黒煙を切り裂き、《アウドルルス》の船体が姿を現したためだ。


(イージス過負荷率四十二パーセント!)


「もうそんなに……!」


 思わず頭の隅で《ネメシエル》との違いを比べてしまい、舌打ちした。

《ネメシエル》なら今の攻撃でも過負荷率が五パーセントを超えることはなかっただろう。

駆逐艦なんだから仕方ない、と自分を納得させ、新たな目標へと目標を切り替える。


【応援が来たぞ!】


(レーダーに敵の反応っす!

 数は……多い!

 二十隻でさ!)


 敵の無線と《アウドルルス》の報告はほとんど同じだった。

報告と同時に“パンソロジーレーダー”に赤い点が二十ほど現れる。

大きさからみるに戦艦や重巡洋艦クラス。

どれもこれも損傷した《アウドルルス》のかなわない相手であることは一目瞭然だった。

潮時……ですか。

頭からすっと戦闘意欲が抜けていくのが分かった。


【味方か!

 助かった、早くこいつを!】


【了解。

 こちらのレーダーにも敵艦を補足している。

 間もなく攻撃に入る】


残り一隻となったミサイル艇を名残惜しそうに眺めた蒼はエネルギーをすべて推進力へと回した。

破壊された艦底から細くたなびく煙を引いてニッセルツから離れる進路へと艦を向ける。


「《アウドルルス》、全兵装拘束。

 ……コグレへ帰還しましょうです」


(了解。

 全兵装拘束。

 進路、コグレへと変更)


光り輝いていた武装達から光が抜けてゆく。

赤く発熱していた砲身もすぐに冷え、やがて金属の冷たい暗さだけが残る。


【敵が逃げるぞ?

 追うか?】


【たかが駆逐艦一隻。

 また来ても返り討ちにできるだろう。

 それより我々は長い航海で疲れている。

 休ませてくれ】


ターゲットスコープからミサイル艇を外すとひっそりため息をついた。

いまだずきずきと痛みを訴える脇腹をなでる。


『蒼、無事か?』


心配そうに話しかけてくるマックスからの通信にも答えず額の汗をぬぐう。


【敵艦、戦闘空域から離脱を確認】


【防衛成功。

 お疲れ様。

 あ、俺が帰ったら飯は――】


耳障りな敵の無線を切り遠くへと消えてゆくニッセルツを眺めた。

黒煙を上げ、燃えている。

自分が暴れた跡が刻まれたあの地はベルカを取り戻すための足掛かりと言ってもいいものだ。

偵察任務は成功したから本来ここは喜ぶべきなのに、素直に喜ぶことができなかった。

敵を一隻だけ残してしまったからではない。

もちろん、敵を殺したことへの罪悪感は存在しない。

 蒼が気に留めているのは祖国のことだった。

ベルカの端っこにあるニッセルツにすらこんなに敵が来ているのだ。

本国の帝都の状況はどうなっているのか。

自分が帝都から離れたときに見えたあの光はなんなのか。

ベルカはいったいどうなってしまっているのか。

ついつい結論の出ない思考へと足を突っ込んでしまうのだ。


『念のためを考えて《タングテン》をそっちに向かわせた。

 そこから五分ほど飛んだところ、方位二〇五のところに停止させてある』


またマックスが話しかけてきてくれたにもかかわらず蒼は言葉を返せなかった。

 蒼が返事を返さないと感じたマックスは、無線の向こうでため息をついたっきり言葉を返してこなくなった。

空と海の青い空間に挟まれぼっーっとする蒼に《アウドルルス》も話しかけるのをためらっているようだった。






               ※






 コグレへ向かって進路を取り五分ほど飛んだところでフェンリアの乗る《タングテン》と合流した。

ここまでやって来た理由を聞くとマックスが交戦状態に入ったと聞いて、差し向けた増援だったらしい。

もっとも間に合う前に戦闘は終了してしまったが。

疲れ切った表情を浮かべた蒼はフェンリアの顔を眺めて少し曇った笑いを浮かべた。


『蒼様、大丈夫だった?』


「はい。

 大丈夫ですよ。

 ちょっと掠ってしまいましたが」


だいぶ痛みの和らいできたお腹を押さえ任務が終わったことにほっとした。

 ある程度心の準備が出来ていたのにもかかわらずショックなのはやはりショックだった。

鈍器で鈍く殴られたような痛みと衝撃。

祖国に根を張った敵の花を今、蒼は引きちぎり踏みつけてきたのだ。


(ちょっとってレベルじゃないですよ。

 がっつりと艦底持って行かれちゃったじゃないすかぁ。

 あっしの体が……しくしく)


フェンリアに返した言葉に《アウドルルス》が反応した。

もちろん、本当に泣いているわけではない。


「まぁ、いいじゃないですか。

 二隻の敵艦を葬れたんですし。

 生まれて初めての快挙じゃありませんか?」


《アウドルルス》は黙り込んでしまった。

 ちょっと言い過ぎちゃいましたかね……?

戦果のことを言われると黙るしかないのが“核”の世界だ。

実力だけが物を言うのだ。


(まぁ……。

 そう……っすね。

 否定はしないでさ)


『蒼様。

 ニッセルツはどうなってた?』


《アウドルルス》との会話を切ってフェンリアが割り込んできた。

まだ言葉を続けようともごもごしていた《アウドルルス》は小声になり静かになってしまった。


「写真で取ってあります。

 コグレへ帰還してからすべては決めましょうです。

 資材なんかはたっぷりあったようですよ」


『ふむ。

 わかった』


 《タングテン》がいることですし、今すぐにでもニッセルツを奪い返しに行きましょうか。

そう考えた蒼だったが敵の増援があったことを思い出し踏みとどまった。

フェンリア操る《タングテン》の性能があったとしても勝てないだろう。

間違いなく物量差で押されるに決まってる。

となると《ネメシエル》の出番が来るだろう。


『コグレまであと二十分で着きます。

 蒼様、そろそろ着水の準備を』






          ※






「おかりなさいっ!」


「っとと!

 ただいまです、春秋」


 乾ドッグに艦底の損傷した《アウドルルス》を放りこみ、艦橋から降り立った蒼に春秋が抱き着いてきた。

おかえりなさいのハグといったところだろうか。


「急にぺたぺたとくっついてくるようになりましたね」


「それだけ好きって事っすよ」


「ふーん?」


「あっ、信じてないっすね?」


昨日、抱き着いてきたことで一種のリミッターが外れたということか。

別に嫌でもなかったのでなされるがままに春秋に抱き着かれたまま蒼は、息を吐いた。


「おかえりなさい。

 お疲れ様っした」


夏冬もにっこりと蒼を迎えに出てきてくれる。

ふと食べ物の恨みを思い出した。


「ちょっと、春秋。

 離れてくれますか?」


「了解っす。

 ど、どしたっすか?」


春秋に離してもらうと蒼は夏冬にぐんと近づいた。

にこにこしてやって来た蒼に夏冬は頭の上に疑問符を浮かべる。


「?」


「ふっ!」


「ごふぉ!?」


 夏冬の腹に一発パンチを叩き込んだ。

身長差なんかも影響して思いっきり鳩尾に入っただろう。

夏冬の体が崩れるのを見て、さっそうと踵を返し鼻で笑う。


「な、なんで僕が……」


蒼はしっかりと食べ物の恨みを覚えていた。

当然、忘れるわけもなかった。

うずくまる夏冬のポケットから二つほどの飴が転がり落ちた。

まだおやつを隠し持っているんですか、まったく。


「食べ物の恨みですよ。

 私だってコグレチョコ食べたかったんですから」


飴をひろいあげ、包み紙をほどいた。

中に入っている桃味の飴を口の中に放り込む。

 とろりとした甘さが今まで溜まってきていた疲れを、溶かしてゆくようだった。

頭の中のもやもやが晴れて、ほっと息をつく。


「やっぱり甘いものは最高です……」


 ゴミだけを夏冬へ返すと、ドッグにある椅子に座ることにした。

一休みしたら司令室へ向かって報告しなければならない。

それまでのわずかな時間ぐらい休んでも許されますよね?

ドッグに放り込まれてすぐに修理に入った《アウドルルス》のアンテナを眺めて椅子に腰を下ろす。

 オイルを吸い込んで固くなってしまったスポンジが蒼の体重を受けてへこんだ。

腹部の痛みは“レリエルシステム”を切断すると同時に消えていた。

あくまでも痛みは損傷を示すものだからだ。

日常にまで支障をきたす痛みがずっと続かれたらたまらない。


「うぐぉ……」


「お兄ちゃん、ドンマイ」


 蒼が渾身の勢いで放ったパンチは予想以上の痛みを夏冬に与えたらしい。

いまだ地べたにつっぷして、春秋の慰めを受けている。


「お疲れ様だった。

 写真無事に受け取ったぞ」


ぎぎっと鉄の扉がきしむ音がしマックスが手に一枚の写真を持ちながら、ドッグの扉から入ってきた。

整備班全員が敬礼してマックスへと敬意を示す。


「そんな堅苦しいのいいって。

 本国からの偵察が来ているときだけで」


「はっ」


右手を振って整備班に敬礼を解除するように促してマックスは蒼の方を見た。

蒼はちらっとだけラフな司令へ目線を向けるとドッグの高い天井へと戻す。

《アウドルルス》の艦底から火花が飛び散り、修理が始まったのを知らせる。

その遠くに《アウドルルス》とはけた違いの大きさを誇る《ネメシエル》の船体が見えた。

次の任務には大活躍してもらわなければならない。

《光の巨大戦艦》と言われている戦艦は今は光を持たず、静かに翼を休めていた。


「いい出来でしたか?」


さすがに失礼かと思い直し蒼は、マックスに質問を投げた。

彼の手にひらひらとしている一枚の写真は蒼が絶好の場所でシャッターをきったあの写真に違いない。


「うむ。

 さすが蒼だと舌を巻く一枚だよ」


 マックスは、地面にうずくまる夏冬に引っかからないようにして蒼の方までやって来た。

「大丈夫か?」と小さく声をかけて安否を気遣っている。


「あ、無視していいですよ。

 写真、見せてくださいな」


「ほいさ。

 これだ。

 ほんと、いい出来だと思うよ」


夏冬に視線を落としたまま、マックスは蒼に写真を差し出した。

 それを受け取り、しげしげと眺める。

“パンソロジーレーダー”と連携して写真を撮ったおかげで内部までくっきりと透けて映っていた。

大量の資材と思わしき物と、食糧などが貯蓄してある。


「ニッセルツを手に入れる意味があるとわかったな。

 至急攻撃、そして取り戻しに行こう。

 明日にでもな」


倒れた夏冬に手を伸ばして起きるのを助けつつ、マックスは《ネメシエル》を顎でしゃくった。


「はいっ、了解しました」


駆逐艦ではとてもではなかったニッセルツ攻撃、そして陥落。

祖国を、祖国の旧国名を冠した《ネメシエル》で攻撃するなど皮肉じゃないですか?

《ネメシエル》が初めて攻撃する土地が祖国だなんて。

自分らしくない複雑な感情を一蹴してため息をついた。

最近はため息をつくことが多い気がしますね。

軍帽を外して頭の熱を逃がした。


「そういえば、コグレチョコ。

 これやるから。 

 お金は出せないからこれが報酬として受け取ってくれないか?」


 マックスは、軽くウインクして蒼に缶を渡してきた。

すでにペンキが剥げ地鉄が見えていたが、蒼はそんなこと気にせずに受け取りを蓋を開けた。

中を覗いてみるとあふれんばかりにチョコがぎっちりと詰まっている。


「わあっ、あ、ありがとですっ!」


 さっそくひとつ食べようとして口の中に飴が入っているのを思い出した。

チョコを食べたくて飴を噛み潰す。

思った以上に大きな音が鳴ってしまい、マックスはそれを聞いたのか苦笑して


「そんなに焦って食べなくてもなくならないから大丈夫さ」


と蒼の頭を撫でた。


「あ、そうだ。

 今日は戦闘後のメンテナンスを受けに行くんだな。

 まして今回は“核”として強制的に《アウドルルス》とくっついていただけなんだから。

 “レリエルシステム”の痛み方も激しいだろう。

 いざって時に《ネメシエル》が動かないでは話にならんからな。

 医務室に行って修復してもらってこい。

 場所は――はい、この紙に書いたから」


マックスはそう言ってポケットから紙を取り出し蒼に渡した。

受け取った紙を広げ、書いてあるベルカ文字に目を通す。


「げっ……」


 そこに書いてある部屋の主の名前。

蒼は露骨に嫌な顔をして、のけぞった。

ものすごくいい笑顔をしていたがこの顔は紛れもなくあいつ。


「ん?

ああ、ドクターブラドだ。

帝立大学軍事医学部卒業の超高学歴先生だ」


 蒼の嫌な顔を不思議に思ったマックスが横から資料を覗きこんだ。

《ネメシエル》を含む、超極兵器級の説明をしていた時にいやらしく質問を重ねてきた男だ。

気が付けば蒼は生理的に、本能的にこいつのことを嫌っていた。

しかもこんな奴に自分の体を触らせるなんて……。

ぼつぼつと、鳥肌が立つのを感じる。

あいつに触られたところから湿疹が出来てかゆくなりそうですね。


「とりあえずブラドに見てもらえ。

 わかったな?」


「はい……」


嫌々ながらも蒼はブラドの元へ向かうことにした。

 このメンテナンスを怠っていざという時に艦が動かない、では話にならない。

どれだけ嫌でもメンテナンスは受けなければならないのだった。

これは“核”である以上逃げることは出来ない。


「蒼様、ちょっと……」


ドッグの扉を開いて医務室へ向かう蒼の肩をフェンリアが突っついた。


「どうしましたか?」


足を止め、フェンリアの方を見る。

フェンリアは少し言うのをためらうかのような動きをしていたが決心がついたのか口を開いた。


「ブラドだけど……。

 私達“核”のことを部品のように言ってくる。

 人じゃないみたいに。

 気を付けて」


そういった彼女の右手は彼女自身の肩をつかんでいた。

ほとんど感情を露にしないフェンリアには珍しい行動といえる。

蒼の胸の中に少しの不安が差し込んだ。


「……わかりました」


 返事をしてブラドの笑顔が入った資料をくしゃくしゃに丸めてゴミ箱へと放り投げる。

ぐしゃぐしゃの紙切れは入ることなく、ごみ箱の淵に弾かれ地面に落ちた。






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