第9話 ー《アウドルルス》起動ー
その日の夜、《スキズニブラ》の葬儀が基地にて行われた。
連合からの攻撃で焼き切れ曲がった破片が月光を鈍く抱いている海へと投げられてゆく。
白波を確認することもできない暗闇に水音だけが響いていた。
かすかに聞こえるBGMはドッグにて《アウドルルス》を整備している重金属音だけだった。
静かすぎる海に青白い月が不気味に光っている。
「助けれなくてごめんなさい」
蒼はその様子を窓から眺めて一言つぶやいた。
季節にしては変に冷えたガラスに吐息がかかり、白く濁る。
椅子から少し腰を浮かせて蒼はベッドの布団を手繰り寄せて腕に抱いた。
のりの効いた、シルクの滑らかな手触りが手をを伝う。
「………連合め」
不気味なほど明るく、青白い月を眺め、一言を吐き出した。
憎しみと怒りが複雑に混じりあった感情が胸ににじむ。
(こんばんわ、蒼副長。
どうかしたのか?)
一人きりの部屋に耐えきれなくて蒼は《ネメシエル》に話しかけていた。
複雑な胸の内を晒したい。
話し相手がとにかく欲しかった。
相手がAIで、コンピューターだと分かっていたとしても、相手になってほしかった。
ただ、これが感情だとは思わなかった。
仲間がやられた。
だからこそ敵に対する憎しみが増えただけだった。
「《ネメシエル》、私は……私は……」
次の言葉が出てこない。
言いたいことはたくさんあるというのに。
沈黙していた《ネメシエル》は蒼の胸中をようやく察したのか
(ああ。
《スキズニブラ》のことか。
済んでしまったことは済んでしまったこと。
そう割り切らなくてどうするんだ?)
と、切り替えしてきた。
AIならではの切り替えっぷりに少し残念感を覚えつつも蒼は食い下がってみた。
「……ですが」
蒼はため息をつき、また窓を濁らせた。
黒いいつもの司令服を着たマックスが英霊を送る言葉を発しているであろう場面が目に釘付けとなる。
遺体はきれいに発見されたと噂で聞いたから、棺に入れられ火葬にされるのだろう。
艦と共に生き、艦と共に死ぬ。
“核”としては最高の生き方だったはずだ。
――ですが。
蒼は悲しみを生み出している自分の心を許せなかった。
兵器として生まれたというのに悲しみを表してどうするのですか。
生まれても殺すことに慣れていた感情の反抗に蒼は戸惑っていた。
世界が相手なんですよ。
もうコグレ以外の場所はすべて敵。
ここで悲しんでもどうしようもないんです。
さらに強くシーツを握りしめ匂いを嗅いだ。
洗濯洗剤のほのかな香りが鼻腔をやさしく刺激する。
(なぁ、蒼副長。
明日は新しい任務があるんだろう?
一度頭をリセットしなくてどうする?
それに私も貴官と思考を共有している。
悲しみは分からなくとも心境を理解することはできる。
だからこそ言う。
今日のことは忘れ、任務に集中しろ。
でなければ重大なミスを起こすことになるぞ?)
黙っていた《ネメシエル》が口を開いた。
説教めいた言葉が蒼の頭に次々と突き刺さる。
蒼はシーツを抱きしめたまま窓から外を眺め続けた。
ちろちろと《スキズニブラ》の “核”を燃やす炎があがりはじめた。
死んだ “核”の体は燃やされて灰となり、大体は老朽化した自分の艦にふりかけられるのが習わしとなっていた。
マックスが今頃英霊を鎮める歌でも歌っているだろう。
炎で赤く染まりゆく視界にゆっくりと瞼が降りてゆく。
次第に眠気が襲ってきて額がガラスにくっついた。
「分かってるんです……分かって……」
※
「蒼先輩、起きるっすよ!」
「ん……」
春秋の声と斜めから差し込んでくる朝日に蒼は意識を揺さぶられた。
うっすらと右目を開き自分の置かれた状況を把握する。
どうやらあのまま窓際で眠ってしまったらしい。
窓にぺったり張り付いた長い髪を引き剥がして体を起こした。
不自然な体勢で寝ていたせいで間接がきしむ。
私ももう歳ですかね……。
笑えない冗談を呟き蒼は苦笑した。
「おはようっす」
すぐそばに春秋がにこにこしながら立っていた。
暗闇に慣れた目が何度か光を遮断するために瞼を下しつつも蒼は片手を上げて答える。
「うー……おはようです」
「今日は蒼先輩あれっすよね?
《アウドルルス》に乗るんすよね?」
「え?
ああ、はい。
そうですよ。
偵察任務です」
蒼はくしゃくしゃになった髪を後ろに追いやり、ベッドの脚にかけてあった軍帽を被った。
今度アイロンでもかけましょうかね。
蒼は超空制圧艦隊を指す目のような紋章のついたバッチを指で撫でつつ思った。
「大丈夫っすかね……。
俺はそれが心配で心配でたまらないっすよ」
山吹色の瞳が少し心配に曇った。
蒼は自分より背の高い春秋が悩む様子を見てくすっと笑う。
「大丈夫ですよ。
私を誰だと思っているんですか?
死ぬわけないじゃないですか」
背伸びをして頭をなでなでしてやる。
春秋は「そうっすけど……」と反論の口を開きかけた。
「なら大丈夫ですよ。
心配なんていりませんからね」
蒼は春秋にそういいながらベッドに腰掛けた。
それだけで少し古いベッドはぎっときしむ。
昨日は風呂に入った後、軍服に着替えてそのまま寝てしまったため着替えは不要だ。
蒼は正直自分の体に自信がなかったため、ナイスバディの春秋の前で着替えるのは嫌だった。
まったく……。
自分の貧しい胸を眺めてため息をつく。
ずっとこのままも嫌ですね。
「了解です。
心配はしないことにするっすよ?
あ、ご飯ここに置いておくっすからね」
春秋は机の上に皿をことりと置くと部屋から出て行った。
蒼はすっかり日の上った青空を眺めひとつため息をついた。
今日は《アウドルルス》と一緒に行く、偵察の日。
これでベルカの置かれた状況の一部を垣間見ることができる。
知りたいという好奇心と見たくないという拒絶の心が入り混じっていた。
「……祖国の状況。
私が見ないで誰が見るというんですか」
蒼は自分の背中に彫られているであろう文字『Nemeciel Main CPU 928』という文字列を思い返して鼻で笑った。
《ネメシエル》専用の“核”として生まれ死んでゆくであろう運命。
人工子宮から生まれたときから蒼は覚悟していた。
ベルカの聖地の名前、《ネメシエル》を背負うものとして今日の任務は失敗できない。
気合を入れなおしてしまっていた窓を開けた。
潮と油の匂いが風と一緒に入ってきて部屋の中を駆けた。
風に舞う髪を揺らし蒼は春秋の置いて行った皿に乗ったサンドイッチを手に取り、かじった。
ハムの柔らかな感触とレタスのシャキッとした感触が歯から伝わってくる。
ほとんどマヨネーズ一色の味がするサンドイッチを噛みしめ、ごくりと飲み込んだ。
作戦開始まであと一時間と迫っていた。
三つあった朝食すべてを腹の中におさめ、顔を洗い髪を整え身支度を始めた。
ちなみに蒼は化粧などはやり方がわからないので基本しない。
「“家”でも教えられませんでしたからね」
ぼそりと呟き、身支度を続ける。
何度か思い返してみるが記憶は一切ない。
ベルトを締め、ズボンの裾は軍靴の外に出す。
ここでふとぬるくなった紅茶の入ったコップを見つけた。
おそらく春秋が持ってきてくれたものだろう。
蒼はコップをつかむと紅茶を喉に一気に流し込んだ。
ほんのりと甘さがあることから春秋が砂糖を入れてくれたんだと分かる。
コップと皿を部屋の外にある台に置き、蒼はもう一度自分の姿を確認する。
鏡に見える自分の姿は十四歳ぐらいの中学生。
この姿で生まれ、成長しない自分の体に不満はなかったものの蒼は胸をひたすら気にしていた。
微妙にはねている寝癖を抑えつつ、春秋と共同の部屋を出てドアにカードで鍵をかける。
「おはようございます、蒼さん」
「あ、おはようです」
ばったり会った兵士に挨拶を返して歩き始めた。
向かう先はブリーフィングルームだ。
※
「おはよう、蒼。
よく眠れたか?」
蒼がブリーフィングルームに入るとマックスがあくびを交えつつ挨拶してきた。
涙目になっているであろうサングラスのレンズの後ろの瞳を見据え
「はい。
なかなかに……あふ」
移ったあくびを噛み殺した。
それでも出てきた涙が溜まった目をこする。
「ん、いいことだ。
さて、今日の偵察任務の説明に移るぞ」
この部屋にいるのはマックスと蒼二人だけとなっていた。
もし機密が漏れたりしたら面倒なことになるからだ。
いつ、どこに敵がいるのかわからない中、機密を守るにはできるだけ少ない人数に教える。
もしくは教えないでずっと自分の中に閉じ込めておく。
それしかないが、この場合マックスは蒼に説明をしなければならない。
よって前者の方法をとったということだ。
「これを見てくれるか?
今から蒼、お前が偵察することになるベルカの軍港――いや、元ベルカの軍港というべきか。
そこの持っている限り最新の地図だ」
マックスが手に持った液晶を蒼に渡して指でほこりを払う。
蒼が動いたことを指摘すると
「ちょいまち」
動きに乗じて動いた液晶の表示部分を元に戻してマックスは再び話し始めた。
マックスは蒼に液晶を渡すと、椅子に腰かける。
「今回の狙いはこの軍港の状況を見ることだ。
完璧に調べ、どの程度資材などが残っているのかを見てきてほしい。
本当は援軍や護衛をつけてやりたいんだが……」
マックスはやれやれとわざとらしく首を振った。
「あいにくこの状況だ。
《アウドルルス》ほどの高速についていける艦が存在しないんだ。
まぁ《アウドルルス》と同じ《ホイガ級高速重駆逐艦》があれば話は別だがな」
昔はたくさんあったんだけどな……、とマックスは付け足すと液晶にまた目を戻した。
「とりあえず――だ。
この湾岸施設の偵察を頼む。
見る目標はさっき言った通り。
頼んだぞ、蒼」
「は、了解ですっ」
マックスは立ち上がると蒼の頭をくしゃくしゃと撫でた。
蒼は嬉しそうに笑うと「帰ってきたらチョコ食べさせてくださいよ?」と言ってみた。
基地司令は当然と言わんばかりに笑うと、蒼をブリーフィングルームから連れ出して桟橋へと一緒に来た。
「がんばってくれよ、蒼さん!」
「あんたは俺達の希望だ。
頼むぞ!」
すれ違うたびに兵士から激励の言葉をかけられる。
蒼は笑ってやり過ごすことにした。
プレッシャーは出来るだけかけられたくないですから。
ブリーフィングルームから約十分ほど歩くと、青い海が目の前いっぱいに広がっていた。
今日も変わらない色で蒼を迎えてくれる。
「おお、来たか」
軍帽を吹き飛ばされないように抑えながら階段を下りてきた蒼を見つけて整備班班長のおじいさんが話しかけてきた。
もっさりと蓄えた白いひげにオイルが付着して黒いシミとなっている。
工場に勤めているような恰好のおじいさんの手には蒼には理解できない機材が握られていた。
「はいっ。
《アウドルルス》の“レリエルコード”の書き換えは出来ましたか?」
「ふふっ、わしらを舐めないでくれ。
軍艦と過ごして四十年。
妻の次に長く付き合ってる女じゃわい」
ほっほっほとおじいさんは手を振るとドッグの中へと戻っていった。
その姿を見送ってから一歩引いて遠くから《アウドルルス》を見てみることにした。
蒼はくろがねの体を海に浮かせる《アウドルルス》の船体に手を伸ばして撫でてみた。
冷たい感触が伝わると同時に
(やぁ、蒼……さんだったかな?
お久しぶりやな)
《アウドルルス》が蒼に話しかけてきた。
「ええ。
こんにちは。
今日はよろしくお願いしますね?」
一匹のヤドカリが《アウドルルス》と陸をつなぐ桟橋を歩いていた。
動きを目で追いつつ《アウドルルス》との会話に専念する。
(こちらこそよろしく。
前回の無礼な言葉遣い許してくれ。
寝ぼけていたんだ)
前回の言葉遣い……ですか?
あの、ちょっと田舎みたいな訛りの事だろう。
蒼は少し考えて前回の《アウドルルス》との会話を思い出してみたのだった。
「いえ、気にしなくていいのですよ?
調子はどうですか?」
蒼は話しかけたまま艦首付近へと移動した。
一部分の装甲がめくれあがり内部機器が露出している。
ときおり思い出したように、赤い光が内部から解き放たれていた。
心臓が脈を打つように強く、弱く。
波のように打ち寄せたり引いたりする光を蒼は手のひらで優しく包み込んだ。
暖かさも何も感じることはなかったがベルカの誇る技術。
超光化学が確かにそこには生きている。
(整備班のおじいさんのおかげで万全でさ。
いつでも全力運航できますぜ)
《アウドルルス》はまた空が飛べるのがうれしくて仕方ないといわんばかりにエンジンの音を高めた。
甲板などにあるかすかな模様の光も《ネメシエル》ほどではないが光り輝いている。
「蒼様。
無事で」
「な、は、はい!」
いつのまに桟橋まで来たのかフェンリアが蒼の後ろに立っていた。
ドキドキとなる胸を押さえ、振り返った蒼はフェンリアの差し出す何かに気を取られた。
布の塊のようなものをフェンリアは蒼に差し出している。
ゴミ、という二文字を口から吐き出しかけて慌てて飲み込む。
「これを。
私の故郷では布の塊を編み、それを渡すことによってお守りとする習慣がある。
あなたには無事でいてほしい。
だから受け取って」
蒼はフェンリアの手のひらに乗った人型のお守りをしげしげと手に取り眺めた。
言われてみれば確かに人型の布の塊だった。
あちこちから糸がほつれボロボロではあったが。
確かに人型だ。
「あー、フェンリアさん抜け駆けっすか!?
ずるいっすよ!」
後頭部をまたぐように春秋の甲高い声が通り過ぎてゆく。
蒼はフェンリアからのお守りを両手で握って振り返った。
案の定二人は喧嘩しつつこっちに歩いてくるところだった。
春秋は何やらきれいな箱を。
夏冬はスーパーのビニール袋を持っている。
「だから、お前はうるさいんだって、バカ。
お守りは普通個人でああやって渡すもんなの。
お前みたいに丁寧にかわいい箱に入れてラップするもんじゃないの!」
「で、でもお兄ちゃんみたいにスーパーの袋に入れるのも……」
蒼は出撃前の緊張が急激に和らいでいくのを感じた。
まったく、丹具兄妹はいつもこうなんですから……。
緊張をほぐすのにこれほど長けている兄妹はいないだろう。
「これは、防水仕様なの!
もし水に濡れても大丈夫なように……」
「……そこ二人、うるさい」
荒ぶる兄妹をフェンリアが止める。
基本このお方がストッパーの役割を果たしてくれている。
「う、ですが……」
夏冬が頬を膨らませて春秋のプレゼントを指差した。
蒼も指先をたどって春秋の持つ包みを見てみる。
花柄のかわいい紙が箱を包んでおり、箱の開ける部分にはきらきら光る星のシールが張り付けてあった。
まるで誕生日プレゼントのようじゃないですか……。
それに蒼は春秋のプレゼントよりも突っ込みたいことが一つあった。
「それに、夏冬。
ちょっと待ってください。
あなた、今、水にぬれてもっていいませんでしたか?」
さっきの発言で引っかかったところはここだ。
夏冬は三十秒前の自分を思い返し、思わず手を口に当てた。
ようやく分りましたか。
「ええ、あなたは私が海に沈むこと前提でプレゼントを作ってきたわけですか?」
「そ、そんなわけでは……」
失言を詫びるために頭を下げた夏冬。
蒼は夏冬の頭に手を置いてなでなでしてやった。
「冗談ですよ。
プレゼントありがとうございます。
春秋もですよ?
三人ともありがとう」
「蒼。
そろそろ時間だぞ」
すごく申し訳なさそうにマックスが間に入ってきた。
「了解です」
全員分のプレゼントを両腕に抱え、蒼は階段の一段目に足をかけた。
ヤドカリを踏みつぶさないようにしてのぼり《アウドルルス》の甲板に降り立つ。
“レリエルチャンネル”を蒼は《ネメシエル》から《アウドルルス》に切り替えた。
ドアを開けるように思考で命令する。
(いま開けるでよ)
テンションが高いのかどうか分からないが《アウドルルス》は俊敏にドアを開けてくれた。
入る前に桟橋にいる四人を一度振り返り手を振る。
全員が蒼に大きく手を振りかえしてくれた。
それを遮断するのは一枚のドア。
開いて約二十秒後で鋼鉄のドアは閉まる。
ロックの音が響く通路の中を蒼は薄暗い電気を頼りに歩いた。
大体ベルカの艦艇の構造は似ている。
難なく蒼は《アウドルルス》の艦橋にもぐりこむとそこだけぴかぴかに磨き上げられた艦橋内部にたどり着いた。
(ようこそ、あっしの中へ。
歓迎しますよ?)
入ると同時に《アウドルルス》が会話を切り開いてきた。
「ええ。
あなたの快速、私に貸してくださいね?」
蒼は《アウドルルス》に返事をするとプレゼントを開封する。
このむき出しの布人形がフェンリアさんで……。
プレゼントが春秋――ビニールが夏冬のでしたね。
花柄の紙を破らないように粘着テープを剥がそうと爪を立てる。
『こちら、コグレ。
蒼、聞こえるな?』
「え、あ、はいっ!」
ねっちょりと紙に絡みつく粘着テープを爪でこすっているところにマックスが話しかけてきた。
司令室から話しかけてきているのだろう。
剥がすのに夢中だった蒼は反射で返事をしてしまい、心の中で舌打ちした。
『整備は万全なはずだ。
なお敵に悟られる可能性があるため無線は基本封鎖とする。
いざとなったらSOSだけ送ってくれ。
春秋達をよこすから』
春秋達……ですか。
約一名を除いて頼りないですよね……。
「頼もしい味方ですね」
鼻で笑うように言ってやった。
『おいおい、皮肉か?
いた仕方ないといえるだろう。
《ネメシエル》を助けによこしてもいいが“レリエルコード”はあいにく貴官専用になっていてな。
書き換えたら修復が不可能だと思われる。
まぁそれはいい。
《アウドルルス》のご機嫌はどうだ?』
蒼はプレゼントを計器類の上に置いて、“核”専用の椅子に腰かけた。
シートベルトをつけて、両腕を機器の穴の中に差し込んだ。
穴は直接“レリエルシステム”につながっており、“核”と艦艇との接続をさらに強くする。
別に差し込まなくとも艦艇を操ることはできるが瞬間反応などに多少のタイムラグを生じる場合がある。
一度自分の力を過信した“核”が演習の際に外から操り、戦うということをやってみたことがあるようだ。
大きな事故にはつながらなかったものの、戦闘開始五分後、その艦は撃沈の判定を食らって沈黙することとなった。
左舷から接近しているレーザーに気が付かなかったのだ。
このことから先の蒼の暴挙がいかに離れ業だったかということがよくわかる。
“核”の命は艦艇と共にある。
艦艇が傷つけば“核”は痛みを感じるし、艦が沈めば“核”は死ぬ。
艦艇と密接につながりあい、お互いを必要としあう。
それがベルカの影神の名を冠した装置、“レリエルシステム”だ。
自分の思った通りに艦艇を動かす。
陽と陰のように一心同体になる。
蒼が穴に手を差し込んだ瞬間、思考が《アウドルルス》の思考の海に飛び込んだ。
(やあ、いらっしゃい)
《ネメシエル》とは違うぬくもりが蒼を包み込む。
「おはようです、《アウドルルス》。
ご機嫌はいかがですか?」
(生まれ変わった気分だよ。
整備されるのはやはり気持ちのいいものだ。
あっしは幸せ者だ)
蒼はそれを聞くと頭の中でマックスに通信を開いた。
「すこぶるいいみたいですよ」
『了解した。
改めて作戦目標を確認するぞ』
蒼の返事が返ってくるのと被るようにマックスが言葉を出してきた。
先に進みたくて仕方なかったらしい。
自分流のユーモアを否定された気分の蒼は頬を膨らませた。
当然こちらの様子は相手から見えることはないのでマックスは今の蒼の気分を察することは出来ないだろう。
《ネメシエル》などのここ最新の艦艇では顔があちらにも映るようだが……。
あいにく《アウドルルス》をはじめとする《ホイガ級高速重駆逐艦》は声だけの通信となっていた。
『改めて言うまでもないとは思うが念のためだ。
ベルカの軍港ニッセルツへと飛び、状況を確認せよ。
なお、下部武装の一部を撤去してカメラを取り付けた。
敵のレーダーを抜けてから始動するように。
以上だ。
楽しんで来い、蒼』
マックスの息がマイクに吹きかけられ発生するノイズが頭に響いた。
「了解です。
《アウドルルス》起動。
出航シークェンスを開始してください」
(この感覚、久しぶりだねぇ。
シークェンス開始。
主機チェック……グリーン。
光伝導管、グリーン。
主機、フライライト始動。
回転数百六十をオーバー、接続。
主機始動、エネルギー効率八十パーセント)
艦橋にも振動が伝わってくるほど《アウドルルス》の主機回転が高まっているのが分かった。
《アウドルルス》自身に気合が入っているのが主機の出す熱から理解できる。
次第に回転数はレッドゾーンへと差し掛かった。
(主砲グリーン。
“軌道湾曲装置”起動、展開。
自動追尾装置及び自動照準固定装置グリーン。
自動修復装置――イエロー反応、無視の領域。
パンソロジーレーダーグリーン。
全砲塔旋回確認、グリーン。
オールシステムグリーン!)
「了解です!
《アウドルルス》全兵装解放!
エンゲージ!!」
This story continues.
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