第7話 ー蒼の右腕ー

「状況は!」


息を切らして司令室に飛び込んできたマックスにレーダー員がマシンガントークを押し付けた。

 会議室の全員は今頃配置に戻っているだろう。

鳴り響いていたサイレンはなりを潜め、マックスを呼ぶ声も消えた。

液晶などを正確に読み取るため地下に設けられた司令室はぼんやりと薄暗い。

機械の出す熱などでクーラーが聞いているにも関らず中は暑いのだ。

 すぐに出てきた汗をふき取り、マックスはレーダー員の報告を受け取る。


「は、味方艦からの救難信号です!

 おそらく敵に追われているものと思われます!」


レーダー員はマックスに状況をまとめた液晶を押し付ける。

液晶に移っているのは青い点がひとつと、赤い点が四つ。

 小さく表示されているせいでマックスは少し目を細めた。


「敵がここまで?

 この基地が落とされたと踏んでのことか」


液晶を机の上に放ってマックスは天井から吊り下げられたパネルを見直した。

大きさなんかすべてが表示されているパネルは状況を把握するのに一番手っ取り早い。

味方艦の大きさは光レーダーが正しければ約二一〇メートル。

敵はその半分の一〇〇メートル弱だ。


「大きさや形、番号で検索してみたところ味方艦はドッグスキズニブラと思われます。

 速度およそマッハ一。

 それを追う連合の艦艇は大きさから見るに駆逐艦か軽巡洋艦です」


「よろしい」


「遅れてすいません、状況は!?」


 マックスより少し遅れて副司令と蒼が司令室に入ってきた。


「味方艦が敵に追われている。

 敵は四隻だ」


マックスは迷ったようにパネルを見たり目を逸らしたりしていた。

 一体何をしているんでしょうか?

蒼は疑問を持ちマックスを少し眺めた。

マックスは椅子に座り、ポケットから出したタバコの箱から一本出して口にくわえた。

蒼はその行動が信じられないと思いつつタバコを摘み取ると


「助けにいきましょうです!」


と言うと同時に「タバコは嫌いです」と吐き捨てた。

 マックスはため息を吐きつつタバコの箱をポケットからもう一度取り出すと口に挟んだ。

副司令はライターで火をつけてやる。


「ん、ありがと」


む……私嫌いって言ったばかりですよね?

 蒼は手に持った一本のタバコをマックスに投げつけた。

普段は蒼はこんな攻撃的ではない。


「助けに行きたいのは山々だ……」


蒼がイライラしたのはこれだけではない理由があった。

味方艦が攻撃されているというのにのほほんと構えているマックスの態度にも腹が立ったのだ。


「なら早く!」


「駄目だ。

 考えても見ろ。

 《ネメシエル》の存在はもはや幻だ。

 ここで味方艦を助けることによりその存在は現実のものにまで引きおろされてしまう。

 連合も何かしらのヒントはつかんでいるだろう。

 《超極兵器級》となれば話は別だ。

 きっと血眼になって探しているに決まってる。

 そこに出て行くのは非常に好ましくないわけだ」


 マックスが戦術的に考えた末の見捨て作戦だった。

一瞬唖然とした蒼はすぐに我に帰ると司令を思いっきり睨みつけた。

怒りに顔は紅潮し、拳は震えている。


「悪いが味方艦には――」


続けようとしたマックスの腹を蒼が叩いた。

 蒼の表情と攻撃とに少し気圧されたマックスは次の瞬間言葉攻めを受けるはめになった。


「このまま見殺しにしていいのですか!?

 いずれはばれる《ネメシエル》の存在を今ここで隠して何になります!?

 どうせなら今ここで明らかにして連合がコグレへ攻め込んでくる抑止力として使うべきです!

 それに私は中将です!

 もともとあなたの命令に従う義理はないんですっ!」


蒼は息もつかぬ速さでこれだけの言葉を吐き捨てた。

 ぽろっと口から落ちたタバコが床に落ちてじゅっと音をたてた。

蒼はまだ長いタバコを踏みつけるとぐっとマックスのに近寄り上目で訴える。

マックスは蒼の怒りを受け、反論しようと口を開いたが


「だが――」


あわてて口をつぐんだ。

 蒼の涙ぐんだ目を見て言葉を吐くことが出来なくなっていた。

もう味方が死んでいくのを見たくはないんです……!

涙に潤む目が語っていた。


「……そうだな。

 もう今更隠す必要なんてないな……。

 蒼、《ネメシエル》を出せるか?」


 すぐにマックスが折れた。

彼も味方を助けたい思いは強かった。

 第三次超大国戦争のときの記憶を少し思い出してしまったからかもしれない。

蒼の境遇はあの時のマックスによく似ていた。

自分はいつからこんな保守派になってしまったのか。


「当然です。

 私をバカにしないでください」


 気がつくと自分と目の前の少女を重ねていた。

戦争というものの中に美を求めていた。

荒れた土地に咲く一輪の花を――。


「――頼む。 

 助けてやってくれ」


 蒼はマックスのその声を聞いて「はい」とびっきりの笑顔で返した。

近くにあった机の上に座り、目をつぶる。

場で思考回路を開き、《ネメシエル》に直接アクセスする。

すぐに《ネメシエル》からの返事はあった。


(ん……どうした蒼副長。

 何か用事でもあるのか?)


「な、何をやってるんだ、蒼!

 ここから第一乾ドッグまでおよそ十分はかかるんだぞ!?

 うとうとと休憩している時間も普通はないはずだが……。

 間に合うのか……?」


 まだ話しかけてくるマックスの問を蒼は徹底して無視した。

頭の中に直接響いてくる声の方が耳より大きくなるため、無視も案外簡単に出来るのだ。

ヘッドホンをつけながら音楽をかけていたとして他人の声は聞えない。

 《ネメシエル》との交信は常に最優先なのだ。

蒼に限らず他の“核”にとってもそれは同じ事と言えた。


「緊急事態につき簡略化モードにて起動します。

 出航シークェンススタート」

 

 思考が乱れると《ネメシエル》の暴走に繋がる。

起動中は絶対に思考を乱してはならない。

蒼達“核”の取り扱いマニュアルにはそう書かれているのだがマックスは読んですらいなかった。


(了解だ。

 非常プロセスに従いイージーにて起動する。

 主機及び補機、グリーン。

 補助機関始動、回転効率二五〇まで上昇、ロック。

 主機に接続――コンプリート。

 エネルギー流脈拍安定、一二〇。

 武装機関一番から起動――コンプリート。

 主砲及び副砲状態安定、オールグリーン。

 全“五一センチ光波共震砲”から“四十ミリ光波機銃”状態安定、オールグリーン。

 全兵装“レリエルシステム”と同調完了、オンライン。

 区域別遮断防壁装甲シャッター展開、ロック。

 “自動修復装置”起動、艦内に展開。 

 “自動追尾装置”及び“自動標的選択装置”グリーン。

 “軌道湾曲装置”正常、“消滅光波発生装置”グリーン)


《ネメシエル》のAIが一気に次々と報告した。

だが蒼が知りたいのは最後の言葉だけだ。

早くしないと一人の味方が死ぬ。

消えてなくなってしまう。

――嫌です。


(砲塔全て旋回確認グリーン。 

 “パンソロジーレーダー”及び“立体三次元パンソロジーレーダー”グリーン)


 この絶望の戦いの中少しだけ見えた味方。

 失いたくない。

連合を沈めてまでも助けたい。


(システムオールグリーンを確認。

 蒼副長、行けるぞ!)


最後の言葉を聴いたとき蒼は意識を声にしていた。


「《ネメシエル》全兵装解放!

 エンゲージ!!」


 マックスは唐突に蒼から発せられた言葉を頭の中で復唱した。

エンゲージ――交戦。

頭の中で変換されるのと同時に司令室に無線が入ってきた。

通信員がマックスに受話器を渡す。


「どこからだ?」


「第一乾ドッグからです」


 マックスが受話器を受け取り耳に当てた瞬間鼓膜を破る勢いで声が入ってきた。

顔をしかめ、少しの距離をとる。

それほどドッグからの通信の声は悲鳴に近いものだった。


『し、司令!

 《ネメシエル》が起動しています!』


「なんだと!?

 蒼はここにいるんだぞ!?」


『し、しかし……!』


どんなマジックを使った?とマックスは目で蒼に聞いてきた。

通信を聞いていた全員が興味の視線で蒼を見てくる。

 蒼は片目を開けると右腕の袖をまくって見せた。


「な……?」


思わず全員が息を飲んだ。

 華奢な蒼の右腕にはベルカの紋章“曲菱形――ワープダイヤモンド”が刻まれていた。

ベルカの“超光化学”を現している聖なる紋章であり、ベルカを示す国章。

赤と黒で構成された歪な菱形が薄暗い司令室の中でぼんやりと光っていた。

 私はベルカの第一四五代目堅龍天帝陛下の所有物、という証です。

 この力は全て帝国のために。


「安心しろ。

 どうやらそういう“仕様”らしい」


『りょ、了解しました……』 


 今までの“核”はその艦の中にいないと力を発揮することが出来なかった。

でも蒼は違う。

 多少なり反応は遅れるものの遠距離から《ネメシエル》を操ることが出来る。

蒼は《ネメシエル》となり体は地上にありながら空を舞うことが出来るのだ。


「《ネメシエル》をつないでいるドックの固定器具を外してください。

 今から敵を迎撃します」


蒼はそういうと片目をつぶり《ネメシエル》の思考の渦に飛び込んだ。






              ※






 出航シークェンスが順調に終わった《ネメシエル》はドッグの中を順調に滑り始めた。

機関の音が次第に高くなり翼や甲板の奇妙な模様が輝きはじめ、脈動する。

兵装に脈動が伝わりオレンジ色の光を帯び始める。

 世界をこの戦争に引きずりこんだかも知れないベルカの“超光化学”の塊の《ネメシエル》。

最新の技術が惜しげもなくつぎ込まれた世界最大、最強の戦艦。

ドッグの整備員はその姿を目に焼きつけ、手を振った。

無事に帰ってくるようにとの願いを込めて。

手に巻いた黄色い布がはためいた。

 時速五〇キロほどで進む《ネメシエル》の前に装甲シャッターが現れる。

ぶつからないよう緻密に計算されたタイミングでランプがくるくると回り、大きな音でブザーが鳴り響いた。

左右に装甲シャッターが開き始め薄暗いドッグの中を太陽の光と《ネメシエル》の模様で満たす。

 第一乾ドッグは一本の長いトンネルのようになっている。

両側が開くので片方から入った場合もう片側から出ることが出来るのだ。

バックになったとたん遅くなる艦艇の弱点であった。

 それを克服したのがこのドッグと言える。

 《ネメシエル》は入ったほうとは逆の方からゆっくりとその姿を現した。

五本溝の入った艦首が鈍く陽光を照り返し海にその姿を投影する。

ボロボロになった漁船が《ネメシエル》が起こした波に揉まれ転覆しそうになった。

その上で口をあんぐりと開ける二人の漁師の姿を見て蒼はくすっと笑った。

ごめんなさいです。


(太陽の光がまぶしいな、蒼副長)


 《ネメシエル》からしたら約一日ぶりの外ということになるのでしょうか。

蒼は昨日の時間から考えた。


(ここの海は水が綺麗でお肌にいい。

 ずっとこういう海だと助かるんだが……)


約二二時間ぶり――でしょうか。

《ネメシエル》のぼやきは基本無視の方針でいく蒼はこのときも華麗に無視した。

第一戦艦にお肌も何もないでしょうが。

 結局突っ込んでますし……。


「……おしゃべりはあとでしましょう《ネメシエル》。

 今は目の前の敵を沈めなければなりません」


またいつものぐだぐだパターンになりそうなのを蒼は真剣な口調でとめた。


(もっともだな。

 奴らの好きにはさせておけない)


「最大速力で向かいます。

 離水速度に達し次第ナクナニア超光の浮力ベントを全開にしてください」


(了解だ)


 《ネメシエル》の速度が次第に上がってきた。

巨体のお陰で揺れはほとんどない。

白く泡立つ海に真っ青な空。

蒼はその二つの中にいられるだけで幸せだった。

 時速二百キロに達したところで《ネメシエル》は離水した。

翼の輝きが強さを増し、舷側に設けられた“五一センチ三連装光波共震砲”が姿を表す。

艦底にある数々の兵装の砲門も防水加工がされたシャッターが開かれるといつでも攻撃可能なまでに光り始めた。

 これが《陽天楼》と名前をつけられた所以。

最大の俯角を取る砲塔はまるで摩天楼ごとく。

光を携えしその姿は《ネメシエル》――《陽天楼》にふさわしいと言えた。

高度はおよそ三千に到達した。

 蒼がふと下を見てみるとコグレ要塞島の全景を見ることが出来た。

東西およそ七キロ、南北およそ六キロのほぼ四角の形をしたコグレ要塞島。

第一乾ドッグはどこにあるのかすら分からない。

 本当にカモフラージュは最高ですね……。

蒼は妙なところで感心していた。


(む、蒼副長。

 光レーダーに感五。

 距離およそ二千)


 空の空間において自分が唯一存在できる理由。

それが戦うこと。

《ネメシエル》の頭脳となり敵をひたすら殺すこと。


「間違いありません、奴らです。

 周波数を探ってください。

 敵の使用する無線を――」


 敵の無線を盗聴する機能は《ネメシエル》よりから各艦に登用されていた。

挙動を知ることは勝利へと繋がるからだ。

 この場合蒼が命じると同時に敵の無線が入ってきた。


【ほらほら逃げろ逃げろ!】


げへげへ、と下衆のように笑う声に閉口する。

ぞくぞくっと全身が鳥肌のようになったのを感じた。


「流石ですね、《ネメシエル》」


 小さな皮肉も込めて蒼はそう言った。

《ネメシエル》は


(ふふ。

 長い付き合いではないか。

 それぐらいもう終わってる)


と皮肉に気がつくことなく普通に流してしまった。

蒼は少しがっかりしながらも


「それじゃあ行きましょうか。

 連合の四隻を――おいしくいただきましょうです」


目の前に並べられたランチをむさぼることに決めたのだった。






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