第6話 ー歓迎会ー

 《アウドルルス》と話し終わったその夜。

小さな歓迎会が会議室で開かれた。

ミジンコほどに小さなものだ。

蒼達四人とマックス、副司令。

それとそれぞれの部門のトップ。

十人弱しかいない歓迎会だった。

ワイワイガヤガヤ騒いでいる皆が丸テーブルの席につき、おやつに手を伸ばす。

 今後の作戦のこともあり歓迎会に用意されたのはほんの少しのお菓子と缶詰。

それと一人に一缶与えられたお酒だった。

缶詰を開けようと悪戦苦闘している蒼に一人の青年が話しかけてくる。


「やぁ、あんたが《ネメシエル》か」


「は、はい。

 私が《ネメシエル》の副長、空月・N・蒼です」


青年が手を差し出してきた。


「ありがとう、助けてくれて」


目を白黒させながらも蒼はその手を握り返した。

ほんわかした温かい気持ちが手から伝わって来る。


「ちなみに缶詰の開け方だけど……」


 はじまって五分程するとマックスが手を叩いて注目を集めた。

全員が話をやめ、マックスだけを見る。


「……我が基地に新しい兵士と戦艦が来てくれた。

 その歓迎会と共に諸君等に伝えねばならないことがある。

 今日のヒクセスの攻撃を覚えているな?」


 そこにいる全員が頷いた。

忘れるわけがない。

食堂の床にぱらぱらと落ちているコンクリート片が現実のものであるのは疑いない。

何人もの兵士が死んだ。

マックスはサングラスを外すと机の上に置いた。

深い傷の残る左目の痕。

開かなくなった左目の分まで右目は開かれていた。

強い眼差しが全員を見据え、覗き込む。


「我が祖国は……。

 世界と交戦状態に入った」


ざわざわと波紋が広がった。


「世界とだって……!?」


 理解できないものは理解できない。

ひょっとしたら聞き間違いではないか。

混乱は言葉となり、紡がれる。

結果、会議室はざわざわと声で溢れかえった。


「あ、蒼先輩。

 俺、聞き間違えたっすかねぇ……?」


春秋が困惑の表情を向けてきた。

 蒼は静かに首を振り、聞き間違えではないと、教えてやった。


「蒼様……」


いつもは無表情のフェンリアも珍しく感情を面に出していた。

不安の感情で塗りたくられたペンキが顔面に張り付いている。


「本当かよ……」


夏冬が正気かよ、とマックスを睨む。


「趣味はおっさんいびりとか言ってましたね、そういえば……」


 もちろん、蒼もマックスが言っている意味が理解出来なかった。


「世界とベルカが戦争……ですか?

 そんなリンチのようなことを――?」


「常識では考えれないだろう。

 だが現実は世界VSベルカだ。

 予兆はあったと考えている。

 昔、世界中が深刻な資源不足に悩まされているのを知っているな?」


マックスは手に持った未開封の缶を机に置き直した。

置いた拍子にお菓子の山が崩れる。

蒼は黙って床に落ちたチョコを拾って机の上におき直した。

整備班のリーダー格のおじいちゃんが問に答える。


「ん。

 主な高エネルギー体“シュバイアルル”の残量が極わずかになったんじゃったの?」


顎に生えた髭を摘みつつ纏まった回答となってマックスに返っていった。

「いい答えだ、さすがオヤジ」とマックスは満足そうに微笑むと副司令の出す液晶パネルを受け取った。

 二、三回表面を叩くと天井から一つのプロジェクターが現れた。

混乱がいまだ渦巻く司令室の白い壁にプロジェクターからの光が放出され簡単な図を描く。


「つい近年になって、ベルカが“超光化学”の輸出を解禁したのは覚えているな?」


蒼はマックスの説明に耳を傾けつつ近年の歴史を思い出していた。

『超光化学』の輸出を解禁する少し前に歴史を遡らなければならない。

 今から二十年ほど前の話だ。

三度目の世界大戦によってベルカ帝国は瀕死に追い込まれていた。

超大国ヒクセス共和国と同じ超大国シグナエ連邦同士の主な戦場になってしまったのだ。

本島などベルカ帝国の土地の三分の二は壊滅。

最盛期の三分の一程度の国力で約八千万もの人口を支えることは到底出来なかった。

国民は貧困に喘ぎ、貿易は麻痺状態。

臨時政府は何度も打開策を打ち出すが全て効果はなかった。

ウルド国もこのとき戦争によって重大な被害を受けていた。

戦争に勝ったは良いもののほとんど領土を奪い取れなかったこと。

シグナエ連邦から賠償金を取れなかったことに国民全員が不満を抱えていた。

第三次超大国戦争の時にヒクセス側として参戦したウルド国は戦争の最前線だった。

そのためシグナエ連邦軍の爆撃によりウルド国の首都のジグールは壊滅にまで追い込まれた。

 進んだ民主主義とされていたウルド国は実質無政府状態。

両国とも滅びかけていた。

どちらから切り出したのかは分からない。

 ただ第零期一九三二年。

ベルカ帝国に編入される形でベルカ帝国とウルド国は合併した。

技術大国と言われていたベルカ帝国とウルド国がくっついたのだ。

科学分野は著しく進歩した。

 それから五年後、ベルカ帝国はある技術を開発した。

長年かけ、開発、研究を重ね続けてきたものだった。

 まさに国の科学の結晶と言われてもいいもの。

国旗や天帝家の紋章に“曲菱形(ワープダイヤモンド)”として記されたもの。


“超光化学”


そう呼ばれる技術は莫大なエネルギーを半永久的に生み出すことが出来るというまさに夢の機関だった。

新技術のニュースは全世界を駆け巡った。

さっきマックスが言っていたとおり世界は資源不足に悩まされていたのだ。

 枯渇まで秒読みに入っていた。

 当然ベルカの技術は世界中からもてはやされた。

輸出解禁を全世界が待っていた。

ベルカは世界へとグレードダウンした『超光化学』を輸出した。

次第にベルカ帝国の景気は上に向きはじめた。

ボロボロだった街は修復され、復興が次々と進んでゆく。

経済も完全に立てなおり、人口も一億を超えた。

 全世界の資源不足は解決したかに見えた。

 だが本当の“超光化学”を手に入れたい世界各国はベルカ帝国に何度も何度も技術提供の打診をした。

 そのたび、ベルカ帝国は断り続けた。

技術を盗まれたら貿易で儲けれなくなるためだ。


「近年になってヒクセス共和国からのスパイが捕まったのを知っているだろ?

 それからじゃないか?

 我が祖国が世界中から経済から何から何まで袋叩きにあったのは」


 マックスは灰に埋もれた記憶を叩きながら一つ一つ思い返していた。

アージニウス大陸のCAU(シュバイアルル同盟)からの“シュバイアルル”禁輸措置。

 そしてバッシングベルカの元叩き壊される『超光化学機関』。

所々死んでいる液晶テレビを通してマックスはそれらを見ていた。


「確かに……。

 言われてみれば……」


戦闘班のトップ、若い男性が腕を組んで唸った。

 第零期一九四五年四月一二日。

 ベルカ超光化学研究開発省で一人の男がスパイ容疑で捕まった。

世界第一の国力を持つヒクセス共和国が送り込んだものだった。

当然ベルカ帝国はヒクセス共和国に対し謝罪を要求。

 しかしヒクセス共和国はこれを拒否。

逆に


「この世界にその技術を開放しないことがおかしい」


と難癖をつけ始めたのだ。

 ヒクセス共和国はグレードダウンした『超光化学』をの出力を何とかして上げようと悪戦苦闘していたのだ。

 しかし先日、その研究所が爆発、直径二キロが“消滅”した。

 『超光化学』は理解不可に近い、ベルカ帝国オリジナルの原理からできていた。

つまるところどうあがいてもベルカ以外の国には原理すら把握出来ないのだ。

 研究が再びゼロからになってしまったヒクセス共和国は手っ取り早くベルカ帝国から技術を盗み取ることにしたのだった。

ヒクセス共和国同様、他国でも同じような研究は行われていたがどれも失敗に失敗を重ねる大失敗ばかり。

 どれもこれもベルカ帝国の生み出した『超光化学』と同じ出力の機関を生み出すことは出来なかった。


「つまりこの戦争は世界の資源を得るための戦争?

 力ずくで奪い取るために?」


 今まで静かにお菓子をかじっていたフェンリアがマックスの首元に噛み付く勢いで問を投げつけた。

赤い瞳を怒り一色に染めている。

フェンリアの表情にたじろいだマックスは少し焦り気味に咳払いをすると


「詳しい事情はまだ分からないからこれは予想に過ぎない。

 ただ、一ついえるのはベルカに味方はいないということ。

 それだけだ」


と括った。

 会議室が改めて紹介された現実の重さに沈み込んだ。

一度足を踏み入れたら抜けれない底なし沼のような……。


「で、でも……。

 降伏なんかしないっすよね?」


 春秋がマックスを含め部門のトップの面々を一眺めした。

思わず立ち上がってしまったのを自分でも気がついていないだろう。

山吹色の瞳が躊躇いを放ちつつもしっかりした面持ちで全員を射た。

カチカチ、と火打石の音がして炎が灯る。

 タバコに火がつけられるとマックスは口に持って行き大きな息を吐いた。


「当然だ。

 どうして俺達誇り高いベルカの民がヒグルどもに屈するわけがない。

 祖国をやられて平気な顔をしている奴なんてクソだ」


マックスは頭をがしがしと掻きむしり、サングラスを再び鼻に乗せなおした。

 痛々しい左目が隠れ少し傾いたレンズの隙間から右目がちかちかと点滅する蛍光灯に釘付けとなる。


「あとで取り替えるか……」


ぼそりと小さな独り言が大きくなった。

 マックスの大きな独り言が消えた後


「でも、状況は……」


 夏冬が口を開いた。

まだ続けようとするのを蒼は手で遮る。

 それは今の歓迎会に水を差す結果になりますよ?

目でそう伝える。

全員がその流れを読み取りまた黙り込んでしまった。


「……まぁ、そんなわけだ。

 とにかく今日ははしゃごう。

 詳しいことは明日になってから考えればいいだろ。

 さ、飲もう」


 しんみりした空気を取り払うようにマックスが手を振った。

夏冬は椅子でほうけた顔をして手に取ったチョコを口の中に滑らせた。


「《ネメシエル》……ね。

 まぁ、よろしく頼むよ」


 またお騒ぎ空気が戻ってくると備班のおじいちゃんが蒼に右手を差し出した。

人のよさそうなやさしいおじいちゃんだ。

 蒼はその手を小さな両手で握り締めた。


「はいっ。

 こちらこそよろしくお願いしますっ」


おじいちゃんは続いてフェンリアや春秋、夏冬に話しかけ握手をしていた。

一気に歓迎会の空気はにぎやかな物となった。

トップ同士が笑い合い、蒼やフェンリアたちに冗談を飛ばす。


「しかしすげェ戦艦だぜありゃぁ」


 お酒は人を陽気にしてくれる。


「《ネメシエル》より俺の方が強いっすよ!」


「おいおい、冗談は空で言え。

 蒼ちゃんに殺されるぜ?」


夏冬が妹の頭をこついで笑う。


「そうですよ?

 言ってみてください」


蒼も勢いに乗ってみた。


「え、いや、あはは……」


話は大いに盛り上がり全員が打ち解けた時間を見計らって蒼は騒がしいのから少し離れるため、窓際に移動した。

 午後十一時を指す室内時計のプラスチックにはヒビが入っていた。

視線をそのまま窓にスライドさせた。

発電所が壊されたお陰で星空は誰にも邪魔されることなく広がっていた。

 まん丸の月が空を彩り星が割れたガラスのように散らばっている。

蒼は小さなため息をついて星に見惚れていた。

綺麗ですね。

《ネメシエル》の中にいたときや“家”にいた時は見たこともありませんでした。


「なぁ、一つだけ教えてくれ。

 コグレ艦隊はどうなったんだ?」


物思いにふける蒼の隣にさっきの青年がやって来てそっと尋ねてきた。

蒼は言うべきかどうか少しためらったものの


「――おそらく撃沈されました」


真実を伝えることにした。

 おそらく、とぼかしているのは良心がそうさせていた。

希望を少しでも持っていて欲しかったのだ。

 今の現状は絶望一色。


「……そうか。

 ありがとう教えてくれて」


 実は蒼は分かっていた。

ぼかすのは真実を知らないからではない。

真実を知っているからこそぼかしているのだ。

 蒼は《ネメシエル》の光レーダーで敵に撃沈されるコグレ艦隊を見ていた。

砕け、千切れゆく同志――。


「いえ……。

 救えなくてごめんなさい……」


謝罪する蒼の髪をくしゃくしゃと撫でて青年は地面に座り缶を開けた。

 ぷしゅと炭酸ガスが隙間から飛び出し、指に付着する。

それを舐め取ると青年はにこっと笑ってあっちに行ってしまった。


「我々の勝利を願って乾杯!」


もうはじまっているというのにマックスは遅めの乾杯をした。

つられて全員が缶を手に取り空に掲げる。


「かんぱーいっ!!」


 段々で積み重ねられた缶詰が次々と開けられ、中身が消えてゆく。

全てが消える前にさっと一個蒼は掻っ攫った。

 掻っ攫った勢いで缶詰のラベルを見る。

蟹缶……ですか。

 さっきの青年に教えてもらった通りに鉄の蓋を捻って開ける。

飛び散った液が床にへばりついた。

 少し舌打ちをして雑巾でふき取る。


「お嬢ちゃんいける口だねぇ!」


「俺を舐めちゃだめっすよ!

 ぷはぁっ!!!」


 春秋が空になった一缶目をそばのゴミ箱に投げ捨てた。

金属と金属がぶつかる透き通った音が響く。


「それでは我が基地に戦艦四隻を迎えれたことを心より感謝します……!

 ひっく、うぃー」


 既にマックスは出来上がっていた。

お酒一缶で。

蒼は蟹缶を置いてお酒の缶を手に取りアルコール度を見てみた。

五パーセントしかない。

マックスはお酒に弱いのでしょうか。

 ふふっと蒼は頬を緩め窓の外に視線を戻した。


「あなた、しゃんとしなさい。

 もー……」


 副司令が床にぐでっと寝そべるマックスの肩を叩く。

マックスは小さく呻くと副司令を抱き寄せて頬にキスをした。


「ちょっ、あなた!」


真っ赤になる副司令の頭を愛おしそうになでるマックス。


「へへへ、しせー。

 俺よぉ……ふへへへ」


「あなた、落ち着いてっ」


 何がはじまるんでしょうか……。

半ば興味津々で見ていた蒼は後ろからそっと別の部門の人に目を隠された。


「な、なんです?」


手をふりほどこうとしてみたもののがっちりと固定されている。


「お子様は見ちゃ駄目だ」


 整備班のおじいちゃんといってもいいぐらいに年をとった男の手は温かい。

しばらくして手が離れると蒼はおじいちゃんの顔を下からきょとんと見上げた。

 マックスが既に睡眠に落ちたのを片目でちらりと確認したおじいちゃんは


「あんた、あの《ネメシエル》の副長なんだろ?

 ちょっと中見せてもらってもいいか?」


第一乾ドッグがある方を親指で示した。

蒼は蟹の切り身を箸で摘みつつ


「構いませんよ。

 整備班の方になら安心して任せれますし……えーと……?」


「オヤジって呼んでくれ」


言われて見れば確かにオヤジといった風貌だ。

ふさふさの髭に禿げてきた頭。

緑色の作業服には所々にオイルが飛び散っている。


「はむ……あ、これおいし。

 整備班のオヤジさまになら任せれます」


「ははは、オヤジだけでいいよ、蒼ちゃん。

 艦艇は全部ワシの娘だからね。

 もちろん“核”もね?

 まぁ、今回はとんだ大柄な娘が来たみたいだが……」


そういうとオヤジはけらけらと笑った。

蒼もつられて笑ってしまった。


「責任を持って整備させてもらうよ。

 どれだけ壊してもまた修理してあげよう。

 ――まぁもっとも今は資材がないから無理かもしれないが……」


お酒を口に含みつつオヤジは語尾を濁した。

 マックスも資材の残りが少ないとか言っていましたね、そういえば……。

あ、偵察のことを言わないと。


「あの、オヤジさま」


「ん?」


「整備の件ですが《アウドルルス》もよろしくお願いしていいですか?」


「ああ。

 その話はマックスから聞いているよ。

 安心せい、整備はあらかた済ませてある」


「本当ですか?」


「うむ。

 表面装甲の一部はあいからわず剥げてはいるがね。

 “軌道湾曲装置”は直しておいた。

 それと主砲もね。

 速度は最盛期のマッハ六までは行かないかもしれないがマッハ四は三時間保障するよ。

 なんせ“ナクナニア光波凝結進展炉”なんて古すぎてどこも使ってないからね。

 若いもんは整備が出来ないって言ってたし。

 《ネメシエル》は何の機関を使っているんだい?」


「《ネメシエル》は“ナクナニア光波集結炉”と“ナクナニア光反動炉”です」


「ほほー。

 ワシが設計した機関がようやく使われるようになったか。

 嬉しいもんじゃの」


蒼とオヤジの話はどんどんと弾んでゆく。

 途中で夏冬が乱入してきたり春秋が服を脱ぎかけたりと笑いの止まらない歓迎会となった。

 結局蒼はお酒の缶を開けることなくその日の歓迎会を終えたのだった。






          ※






 次の日蒼は昨日の歓迎会のメンバーの前で緊張しながら立っていた。

超空制圧艦隊のクリーム色に赤い線の入った軍服が本当に良く似合う。

いわゆるはしゃいだあとのまじめモードというやつだ。

 オンオフは切り替えないといけませんからね。

 会議室には昨日の歓迎会の臭いがまだ残っていた。

焼き鳥とかビールとかの独特の混じりあった臭い。

蒼の隣に展開されたスクリーンには輪切りにされた《ネメシエル》が映っている。


「えっと……。

 今からえっと……。

 えっと、《ネメシエル》についてのえっと……。

 えっと簡単な説明をしようとえっと……。

 思いまえっと……すです」


 支離滅裂。

やはり“核”として生きてきたからにはこういうことは経験していないのだろう。

涙目でマックスをちらちらと見ながら震える右手で持つ原稿を棒読みで読み上げる。

こんなの無理ですよっ――。

 じわっと涙が溢れそうになるのを何とか制御する。

軍人として生まれたからには情けない顔は見せられない。

 そんな蒼の様子を不憫に思ったのかマックスが助け舟を出してくれた。


「あらかたのスペックは各自資料を読んでくれ。

 蒼が説明するのは《ネメシエル》の分類ぐらいだから」


 蒼は少し頭を下げてマックスに感謝の意を示した。

おどおどしつつも


「えっと……。

 みなさまは《超常兵器級》をご存知ですよね?」


ようやく冷静さを取り戻したといった所だろうか。

蒼は流れるような口調で説明を始めた。

 凛とした姿勢で原稿を読んでゆく。


「当然だ。

 ベルカの最強の二五隻の大型戦艦の総称だろう?」


 医療班の偉そうなおじさんがふんぞり返って言った。

 蒼は目を細めて胸についたプレートを読み取る。

ドクター・フール・ブラドですか。

嫌な奴、と蒼はタグをつけた。


「その上につい最近超極兵器級が出来たのをご存知ですか?」


「なんだと?

 聞いてないぞ」


 ブラドはとっさの拍子にコーヒーを髭につけてしまいハンカチで拭いていた。

白衣にも数滴垂れて染みになっている。

舌打ちをしつつ濡れたお絞りで必死に擦っていた。

 蒼は薄ら笑いを浮かべながら


「でしょうね。

 つい世界戦争が開戦一時間前に陛下に認定されたばかりのクラスですから。

 報告が届く前にこの戦争がはじまっちゃいまして……」


「で、《超極兵器級》ってなんなんだ?

 具体的に言うと」


 続けて原稿を読もうとする蒼をまたブラドが遮る。

嫌な奴ですね……。

蒼は少しいらだちを感じた。

 嫌な奴のタグはつけておいて成功でした。

でも疑問には答えておかねばならない。

自分の艦は自分しか分からないのだ。


「そうですね……。

 簡単に言えば《超常兵器級》より一つ上のグレードとでもいえばいいでしょうか。

 全部で五隻存在して全て全長一キロを超える戦艦です。

 “全ての極みを超える”という意味があります」


完璧な説明でしょう?

ふふん、と蒼はブラドを見た。

 ブラドは資料をぺらぺらとめくり


「ふむ……。

 で、気になる運用法だが……。

 いつもどおりでいいんだよな?」


と言って目頭を揉んだ。


「ええ。

 基本何でもこなします」


 医療班の癖に、戦闘のことに関してまで口を突っ込まなくていいんですよ。

蒼は心の奥で罵りつつ表面はにこっと笑って窓の外に目を向けた。

 雀が窓枠に捕まり、ぴちちと鳴いている。

真っ青な空に雲がぷかぷかと浮いている。

今日のお昼ご飯は何でしょうか……。

蒼はふと食堂の建物を見つけて考えた。

雲がドーナッツに見えて仕方がない。

 昨日の晩御飯が蟹缶一つだけということもありお腹が減っていた。

ぽけっとしながら眺める空――。

幸せのひと時である。

暇さえあれば蒼は空を見ていた。

どこまでも続く大きな無限の空間。

全てをみつめている尊い場所――。

そんな蒼だからこそ見つけれたものがあった。


「ん……?」


 雲と雲の間に黒煙が展開されているのだ。

オレンジ色の目を焼くような色はベルカの“光波共震砲”――。

戦闘が行われている?

 マックスを呼ぼうと蒼が手を伸ばしたときだった。


『総員第一種戦闘配備!

 繰り返す、総員第一種戦闘配備!!

 司令、至急司令室へ来てください!』


サイレンが鳴り響き警報が会議室を包んだ。






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