第5話 -偵察任務ー

「そ、それで他の基地の状況は?」


 空っぽになったプリンはもうターゲットではない。

 次の狙いはチョコなのだ。

 蒼は一度夢中になったら人の話を基本聞かない。

戦闘中なら戦闘に集中する。

飯なら飯。

この場合蒼を夢中にさせたのは机の上に山盛りになったチョコなのだった。


「俺に聞くのか、副司令。

 蒼に聞いたらどうだ?」


「話を聞いていないようで……」


ため息をつく二人。

 蒼は目の前のチョコに手を伸ばしたりひっこめたりの繰り返し行動をしている。

これ、もらってもいいんでしょうか……。

だ、駄目ですよ、蒼。

今、プリンを食べたばかりではありませぬかっ。

しかし食べたいものは食べたい。

 葛藤する蒼を置いておいて司令と副司令の話はとんとんと進む。


「予想だが本国はあらかたやられてしまっていると考えていいだろう。

 蒼が見ていないか聞いて見るとしよう。

 ――無駄だと思うがな」


もう一回ため息をつく基地司令。


「あの、蒼?」


 副司令が不確かな情報を整理しながら液晶にメモしてゆく。

状況は芳しくない。

非常によろしくない。

勝機が見えない勝負である。

基地のダメージもだが、稼動する艦艇があまりにも少ないのだ。


「……………」


 呼びかけられているのに気がつかない蒼。

ぽけっと、チョコだけを見つめている。

ね?と副司令に合図を送ったマックスは「もう一度だけ呼んでみろ」と指で合図した。


「あ、蒼さん?」


 うるさいですね……。

一体なんでしょうか。

いやいやチョコから視線を引き剥がした蒼が顔を上げると副司令が蒼を見つめていた。

一体何の話をしていたのでしょうか。

蒼はほへ、とほうけた顔で二人を交互に見つめ返した。


「?」


クエスションマークを浮かべつつ首を傾げる。

チョコに集中していたのでまったく話を聞いていないのだ。

そりゃ分かるわけがなかった。


「あ、あのね。

 他の基地の状況はどうなのかな、って」


 前かがみで嫌味に谷間を見せ付けてくる副司令を蒼はきょとんと見上げた。


「…………む」


変な対抗意識が生まれる。

 蒼はぺたぺたと自分の胸を気が付かれないように触る。

嘆きの平原である。

ぺちゃんこもぺちゃんこだ。

実は結構、蒼は気にしていたりする。

当然副司令は見せびらかそうとしてその恰好をしたわけではない。

蒼はそれを分かっていたが少し耐えれない部分があった。


「どうしたの?」


机の上に液晶を置いてさらに前かがみになった副司令は蒼をもっと覗き込んだ。

 副司令から目を離しマックスの方を見る前に蒼はじっと副司令の胸についている名札を盗み見た。

 九畳(くじょう)・FH・詩聖(しせい)と読める。

変な名前、と蒼は思いながらも


「えっと……ですね。

 さっきも言ったと思うのですがあまりよくは分からないのです。

 ただ一つ言えるのは、完璧に帝都まで攻め落とされたってことぐらいで……」


とすらすら答えた。

 ベルカが世界から戦争を仕掛けられたのと同時刻。

《ネメシエル》が率いる超空制圧第一艦隊は演習中帝都からの電波を受け取りつつ航行していた。

 それが突如として切れた。

原因の確認を急ぐ蒼と僚艦三隻を掠めて一筋の光がはるか空から一筋降り注いだ。

超大国ヒクセス共和国がある方角からだった。

蒼がその意味の大きさを知るのは少し後になる。

考える暇もなく大きな火球が遠くに霞む帝都を覆った為だ。

高くそびえるビル郡が飛び散り、人々の生きていた証が消えてゆく。

急激に発生した爆風が鉄筋だけとなった建物をなぎ倒し、木の葉のように飛んだ車が燃える。

鉄が溶け、アスファルトに真っ赤に流れる。

一瞬にして一つの都市を飲み込んだきのこ雲が空にゆらりと……。

蒼は思い出したくなかった。

ベルカの首相である天帝帝后両陛下は地方都市へと視察に向かわれていたから無事だとして。

むざむざと敵に自国の首都を焼かれてしまったなんて――。

認めたくなかった。

 帝都の消失は指揮系統の無力化を意味する。

となると今、地域別に設けられていたベルカの基地は攻められた瞬間に抵抗しているかもしくは降伏したと考えるべきだろう。

全部で二百三十五隻存在する栄えある超空制圧艦隊の艦艇も現在では何隻生き残っているのか……。

 どうしてこんなことになったんでしょうか。

《ネメシエル》は極秘建造艦のお陰で国民にも存在が知られていない。

そのため正体不明の敵の先制攻撃は避けることが出来た。

これを吉と取るべきか……それとも。

 蒼は生まれてはじめてのことで混乱していた。

ベルカ超空制圧第一艦隊に加わるはずの《フィニー級戦艦》二隻、《アルウス級空母》三隻、《ショーバム級巡洋艦》七隻、《マッハルト級駆逐艦》十五隻との連絡もきのこ雲が上がると同時に全て途絶えている。

 ここにいても正体不明の敵にやられるだけだ。

でもどうすればいいのでしょうか。

私は……一体。

そのときだ。

コグレから救助信号が入ったのは。

距離は約四千。

最高速力のマッハ二で飛ばせば二十分ほどでつく距離だった。

これ以上犠牲は出したくない、その思いで本来大艦隊になるはずの艦隊はたった四隻で向かい連合の第十二艦隊を滅ぼしたのである。


「な……!

 それは言ってないぞ!?」


 蒼の発言にマックスは思わず机をばしんと叩いてしまった。

木製の机が軋み山盛りになっているチョコが崩れ、机の上に散らばる。

思いもよらぬマックスの行動に蒼は少しびくびくしながら


「そうでしたっけ?

 ご、ごめんなさいです」


と頭を下げた。

 マックスは振り上げた怒りのやり場もなくすごすごと手を引っ込めた。


「べ、別にかまわないが……。

 となると指揮系統なんて残っているわけがないか」

 

マックスが考え込む。

蒼はしゅんとして椅子に縮こまってしまった。


「困りましたね……」


 小さく呟くとに副司令は散らばったチョコを一つ手に取った。

ビニールの包装を解いて中身を口の中に放り込む。


「なぁ、副司令」


ビニールをゴミ箱の中に放り込み、チョコを味わっていた副司令にゲキが飛ぶ。

いきなりのゲキに驚き副司令は咳き込んだ。


「むぐ……そ、そうですね!

 全面的に賛成です。

 ごほっ、ごほっ」


ピーナッツでも喉に詰まったのだろうか。

立ち上がってマックスはビニールを拾うと表面の文字をちらっと見た。


「何を食っていたんだ?

 って、ああ。

 俺のピーナッツチョコレートか。

 この基地にもチョコレート工場を作ろうとしたんだがなぁ。

 見事に反対ばかりで没になっちまったよ」


とりあえず状況把握は脇においておいて休憩タイムといったところか。

昔を思い出してマックスは目を細めた。

 そう、何を隠そう彼は大の甘党なのである。

以前のことだ。

 マックスは空き地に大きなチョコレート工場を作ろうとしたのである。

もちろん軍事費で。

大ばか者である。

コグレチョコだかなんだかよく分からないが、そういうブランドを樹立させようとしたらしい。

当然島中の猛反発にあい、断念せざるをえなかったようだが。

それでも諦めきれないマックスは趣味でカカオを栽培して自家チョコを作っているんだとか。

みんなに食べてもらおうと基地中のあちこちに自家チョコが入った缶がぶら下がっている。

もちろん無料で取って行っていいため、午前中にはすっかり空になることが多い。

兵士達の間では「普通」という評価が多いようだ。

 ……おいしいのでしょうか。

蒼は狙っていながらもなかなか手を伸ばすことができていなかった。


「どうぞ?」


 ようやくマックスは蒼の意識を奪っているものに気がついたらしい。

話を聞いてもらうためにもマックスはぐーぱーを繰り返す蒼の手に一つチョコを乗せてあげた。


「!」


蒼はぱあっと笑うと


「あ、ありがとですっ」


マックスに噛みながらもお礼を言った。


「さ。

 食べてみ?」


「はいっ」


蒼は勢いよくビニールを解き、チョコを頬張った。


「ん……おいしいっ。

 おいしいですよ、マックスこれ」


蒼もマックスチョコのおいしさを味わうこととなった。

濃厚な甘みなのに全然しつこくない。

すっと消える後味。

カロリーもあまりないというすばらしいチョコ。

でも味は普通。

なのにおいしいと感じるのは愛情がこもっているからだろう。


「どうだ?

 おいしいだろ?」


 マックスはサングラスを鼻に乗せつつタバコに火をつけた。

蒼がチョコをかじる様子をにこにこしながら見つめる。

にこにこしながら


「副司令。

 基地の食料の残りは?

 電気なんかは“ナクナニア光反動炉”があるから大丈夫だろうが。

 食料の残りが心配で仕方ない。

 それに連合からの攻撃の被害もある」


コグレは絶海の孤島。

帝都が落ちた本国からの補給は期待できない。

となるとどこからか食料を獲得しなければならない。

艦艇や戦闘機などはベルカの半永久機関“超光化学”で動いているからいいとしてもそれを操縦する“核”やパイロットがいなければ話にならないのだ。

 また一つチョコを頬袋に溜め込んだ蒼を副司令はなでなでしながら


「は、えっと。

 ……後二週間分といったところでしょうか。

 薬品類なんかも不安です。

 ここで耐久戦なんかに持ち込まれたらひとたまりもないでしょう」


マックスはやれやれと息を吐いて煤のついた窓から外を見た。

 まだ黒煙を吐き出して燃え続ける都市部。

剥がれたコンクリートの下に埋もれる生存者を収容する救急車。

ほぼ全滅した砲台。

コグレ要塞島自体の抵抗力は無に近かった。


「資材なんかも不足しています……。

 被害を受けた基地の修復。

 及び、都市部の復旧なんかも考えると一隻の戦艦を修理することが出来るかどうかすら怪しいです」


「ふむ……」


頬袋に溜め込んだチョコを全て胃に流し込んだ蒼はひょいと新たなチョコを取って口の中に入れた。

甘く、ふわりとろりと舌の上で溶ける。

 マックスは副司令から液晶を受け取るとくいくいっと操作した。

食料、及び資材不足は深刻なものとなるだろう。


「さて、どうするかな。

 ここから一番近い基地にしても遠い彼方だしな。

 偵察機出せないか?

 無理か、滑走路があれじゃな」


ぼすんと、液晶を机の上においてマックスは巨体を椅子に沈み込ませた。


「情報が少なすぎるぜ。

 偵察衛星なんかも全部駄目だろうなぁ、当然」


「コンタクトを送信してみてはいるものの……。

 強烈なジャミングがあるらしいです」


副司令はそう言って頬を押さえた。

 偵察任務ですか?

蒼はチョコから意識を引き上げマックスを見た。


「ど、どうした蒼。

 このタイミングで食いついてくるなんて。

 新しいチョコでも欲しいのか?」


マックスは「蒼が話題に食いついてくるのが珍しい」といわんばかりにじろじろと見てきた。

なんですか……むー……。

蒼は少し不愉快な気分をかじりつつも


「いや、違いますよ。

 偵察任務ですよね?

 私が行きましょうか?」


と、言った。

 マックスは驚愕で口をぱっくり開けて


「は?

 え、《ネメシエル》を使うのか?

 あんな目立つ戦艦を使うわけには……」


と、第一乾ドッグのある方を指差して蒼に言った。

全長一キロを超える戦艦など偵察に使えるわけがない。

マックスはあわてて蒼に説明しようとした。

だが、蒼は首をかしげて


「いえ?

 あの破棄寸前のあの駆逐艦を使うのですよ。

 駆逐艦の“核”は?」


と二人に問いかけた。

二人は同時に納得し、同時に安堵の表情を浮かべた。


「えーっと。

 あの駆逐艦の“核”は……」


机の上に置いてある液晶を取ると副司令はぽちぽちと三回ぐらい指先で触れた。


「出た出た。

 これですよね?」


マックスに副司令は液晶を渡す。

 液晶画面には名簿が映っており、マックスは該当者の名前をタッチした。

顔写真付きのプロフィールが画面全体に表示される。


「ああ、こいつか。

 こいつならこの前に病気で死んでしまった」


マックスは「そうだった、そうだった」とぼやきつつタバコを吸い込んだ。

 サングラス越しに液晶を見ながら「いいやつだったな」と副司令に聞いてみる。

「おそらく」と簡単に答えた副司令は蒼にも液晶を見せてやった。

しばらく眺めていた蒼は


「“レリエルコード”はまだ消えてませんよね?」


と液晶を触りつつ言った。


「ええ、おそらく。

 大丈夫なはずよ」


「なら私用にコードを書き換えてください。

 ちょっと行ってきます」


蒼はそう言って司令室を抜けると、真っ先にドッグに向かった。


「ったくもー……。

 俺も行ってくる。

 後頼む」


 マックスはタバコをぐりぐりと灰皿に押し付け火を消すと腰を叩いた。

サングラスや最近の流行の髪形をしているお陰で初見の人からは三十前半に間違われる。

副司令はマックスの肩を揉むと


「はいはい、いってらっしゃいあなた」


と耳元で囁いた。


「ここであなたはやめろ、バカ」






          ※






 第一乾ドッグのすぐそばにあるドッグに駆逐艦は置いてありましたよね?

ふと入港時のことを思い出す。

確かこの辺に……。

 蒼がコンクリートの階段を下ると潮風がばっと押し寄せてきた。

斜めになってきた太陽が海と近い。

蒼は錆びてボロボロになった手すりから身を乗り出すようにして下を見た。


「ありました……」


青い海に黒い染みのように一隻の駆逐艦が存在していた。

駆逐艦のすぐそばに《ネメシエル》などが収納されている第一乾ドッグがある。


「あ、いたいた」


後ろからのほほんとやってきたマックスは蒼に話しかけた。


「今からって言うのは無理だと考えてくれ、蒼。

 この駆逐艦は整備がまだなんだ。

 作戦自体ももう少し練りたいから実行は二日後にしようじゃないか」


 もう一つの階段を下りながら蒼に作戦の延長を伝える。

階段を下りると、ひび割れたコンクリートの港に出る。

 駆逐艦は錆びた錨を海底に下ろしたままその場に存在していた。

全長は八十メートルちょい。

武装という武装は十センチクラスの“光波共震砲”連装五基。

艦中央に存在していたはずの“光波魚雷発射管”二基は取り外され見るも無残だ。

“核”が乗り込む艦橋も長年の潮風の浸食を受けて塗装が剥げていた。

 蒼はその有様を見て顔をしかめた。


「なんといっても俺達は蒼に助けられた。

 それに歓迎会も開きたい――」


アレからずっと話続けているマックスを蒼はいらっとして手を振ってとめさせた。


「今、話をするので少し黙ってください」


と続ける。

 口を抑えて黙り込むマックスを尻目に蒼は思考を駆逐艦に送り込んだ。

沈黙し、鉄の塊だった駆逐艦の窓に火が灯った。

甲板にある小さな模様が光り始める。

《ネメシエル》ほどではないため太陽の光に隠れる程度の光量だ。

だが、それは長いスリープモードから起こされた証拠でもある。

 それを証拠に目の前の駆逐艦は蒼に話しかけてきた。


(ひっさしぶりに目が覚めた気がするよ。

 やあ、お嬢さん、はじめまして。

 あっしは《アウドルルス》。

 あんたは?)


若い男の声だった。

蒼は続いて思考で会話することにする。

マックスは放置だ。


「私は蒼です。

 “第十二世代超大型艦専用中枢コントロールCPU”。

 コア番号は“Nemeciel SAHFB01 Ao ”といいます」


《アウドルルス》は一瞬沈黙していたがすぐに口を開いた。

その声には活気が入っている。


(ネメシエル》ね。

 噂は艦艇ネットワーク伝いで聞いてるよ。

 今日は仲間が全然いなくてさびしいがね。

 一体何があったというんだね?)


マックスから見たら大層変な光景だろう。

話をしていると言うのに蒼の口は一切動いていないのだから。

 その目は前にあるくたびれた駆逐艦のみを見つめているだけだというのだから。


「それを確かめに行くのです。

 あなたの快速を使わせてください」


蒼は真剣な声で《アウドルルス》に頼み込んだ。

 《アウドルルス》は驚いたように言葉を受け取ると


(あっしの?

 いいけど……昔みたいな速度が出るかねぇ。

 マッハ四も出ればいいところだと思うよ)


雑音を交えつつ蒼に報告してくれた。

蒼は《アウドルルス》からの言葉でにっこり笑うと今度は口に出して


「じゃあ決まりですね。

 二日後にお願いします」


と返した。


「終わったか、蒼」


マックスは口から手を離すと「どうだった?」と聞いてきた。

蒼は駆逐艦に背を向け、基地方面に向かいつつ


「整備してあげてください。

 予定通り二日後に出発しましょうです。

 操艦は私がします」


と、《アウドルルス》を見ながらマックスに教えてあげた。






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