第4話 ープディングー

『《超常兵器級》のドッグを空けます。

 そこに着水、停泊してください』


 先ほどの基地司令とはまた別の人の声で蒼の頭にコグレからの指示が入ってきた。


『適正ルート情報はこちらから送ります。

 第一乾ドッグを開けますので、そこへ。

 速度は二五〇まで落としてください』


 女性の透き通ったような声だった。

 片目を閉じてあくびをかみ殺した蒼は頭の中のレーダーに目を落とした。

送られてくるルート情報により、《ネメシエル》のレーダーに軌道が記される。

青い四角と直線で構成された光が《ネメシエル》を操縦する蒼の目にも表示される。

つまり青い光の通りに着水すれば、安全ということだ。


「了解、コグレ基地。

 《ネメシエル》着水シークェンスを開始してください」


 蒼は《ネメシエル》の艦長兼AI(人工知能)に話しかけた。

話しかけた、といっても声には出していない。

頭の中で思考するだけで通じるためだ。

先ほどの女の人もいい声をしていたがこちらも負けず劣らずの美声を持っていて正直蒼は少しだけ羨ましかったりする。

ので意識せずに少しだけボリュームを下げた。


(了解だ、蒼副長。

 全区画精密検査開始――終了。

 艦底に異常なし。

 タイプAで着水する。

 艦底砲塔、全砲門防水閉鎖。

 対着水ショック体制完了。

 舷側砲艦内に収納完了、ロック。

 着水準備完了、高度さげよ)


 《ネメシエル》の艦底に設けられた砲塔全ての砲門に鋼鉄のシャッターが降りた。

海水が入ると使い物にならなくなるためだ。

続いて、舷側に設けられた三連装五一センチ光波共震砲が艦内へと収納されてゆく。

あっという間にシークェンスは終わり、次は蒼が腕前を見せる番となる。

 着水は自分の手や足のように艦を操る“核”が一番神経質になる瞬間である。

戦闘より着水の際に船体を傷つけることが多いためだ。

 一番新しい事故では着水の角度を間違えたお陰で下部砲塔が壊脱。

台座からごっそり抜け落ち、発生した浸水で一隻の駆逐艦が沈んでいる。

それと重巡洋艦だろうか。

斜めに海水に突っ込んだお陰で船体が真っ二つにへし折れた事故もあったようだ。


「高度二百……。

 下部第二副砲塔アンテナ、着水まで三、二、一、今」


 《ネメシエル》にの船体の一番下に当たるアンテナが水を切り始めた。

透き通った海の水が太陽の光を受けて飛び散る。

長い尾を引くように海に白い軌跡が刻まれてゆく。

次に巨大な副砲が海にゆっくりと沈み込み始めた。






          ※






「こりゃまたすごいのが来たな……」


 マックスはドッグに副司令をつれて二人きりで《ネメシエル》の着水を見学していた。

胸ポケットから愛用のタバコを引っ張り出し副司令のライターの火を借りる。


「ふー……。

 《ネメシエル》か。

 よりによってベルカの旧国名が名前とはね。

 それだけ上からの期待も厚い軍艦だという証拠だろうが」


鼻から息を抜きつつ、乾いた唇を舐めた。

連合からの攻撃で今だ燃えている所から黒煙が立ち上っている。

攻撃が止んだことで復旧班が早急に組まれ、修復に入ったところだった。

二人は少し高いところから見下ろすようにして命の恩人艦隊の到着を待っていた。

一番大きな戦艦の下部砲塔が海に飲み込まれる。

 あれは、主砲――なのだろうか。

マックスはそれだけで巡洋艦一隻はあるであろう砲塔を眺めてため息をついた。

赤く塗られた喫水の部分がどんどんと海に入ってゆき船の形が様になり始める。

後部に設けられた舷側補助エンジン部が半分ほど海の中へと沈んでゆく。

 ところでコグレ基地は人工島と天然島のハーフである。

もともとは三キロほどの小さな島だったが戦略的価値により東西およそ七キロ、南北およそ六キロほどにまで拡張された。

 死火山だったので噴火などの恐れもなく十年ほどかけて工事は完成。

現在は三万人ほどの人口を抱える一つの小さな都市になっていた。

 そんなわけで海底まではおよそ四百メートルはある。

 おかげさまで基地は《超常兵器級》がそのまま停泊できることで“核”の間では有名だった。

主機を停止させ、補助機関だけでゆっくりと航行してくる《ネメシエル》を眺め


「でけぇ軍艦だなぁ、おい……」


思わず口から本音が飛び出した。

 結構な距離があるはずだが視界一杯に戦艦が広がっている。

マックスはそばにぽつんと一隻取り残されたように停泊している駆逐艦と比べてしまった。

 錆びてボロボロになった年代物と比べること自体が間違っているのかも知れないがな……。

コグレ艦隊が消えた今、唯一残るまともな一隻だと言うのに。

 まだ火の付いているタバコを地面に投げ踏みつけ、自嘲した。


「行くぞ。

 長らくお休みしていた第一ドッグの中にだ。

 今から使うようになるんだから整備もしておかないとな。

 《ネメシエル》の“核”にもお礼を言わないといけないし」


 副司令の方を見てタバコをぐりぐりと押しつぶす。

地面に小さな焦げを残してタバコの火は消えた。

燃えカスをつまみ上げ、海に投げ入れる。

しばらくプカプカ浮いていたが《ネメシエル》の起こす波にタバコは飲み込まれ見えなくなった。


「その通りねぇ。

 彼女達は命の恩人だしね。

 丁度、整備班も暇を持て余しているでしょうし……。

 それに情報を出来る限り入手しなくちゃいけないわね」


 副司令は手に持った小型通信機器の液晶をいじりながらめがねを外して言った。

頷きかけたマックスの隣に一人の兵士がやって来て敬礼した。

第一ドッグの応急整備を頼んだ整備班の隊長だ。

答礼を返して報告を聞こうと隊長の方を向く。


「司令。

 第一乾ドッグの応急整備は終わらせました。

 異常は特にありません。

 AI婆さんも健全なようです」


 そういって手に持った報告書をマックスに手渡す。

ふむ、と声を出しながら報告書を受け取りめくってみた。

どれもオールグリーンのマークがついている。


「よし、分かった。

 整備班は引き続き第一乾ドッグの整備を頼む。

 今から“あれ”が入るんだからな」


マックスは顎で《ネメシエル》の方をしゃくった。

 隊長は呆れた表情で《ネメシエル》の巨体を眺め一つため息をついた。


「今回は後続の《ラングル級》も第一乾ドッグに入れましょう。

 通常ドッグは攻撃でボロボロですからね。

 修理が終わり次第ラングル級は通常に移す、ということで。

 問題はあの《光の巨大戦艦》です。

 あの大きさでは通常ドッグは使えませんね……。

 ずっとこの第一ドッグに入れておくしかありません」


 隊長はそういいながらも顔が嬉しそうだった。

全部で二五隻存在するはずの《超常兵器級》の一隻もここ、コグレに振り当てられたことがないためだ。

《ラングル級》が来ただけでも垂涎ものだというのにさらに大きなものがくるなんてな。

 整備の血が疼くのだろう。

隊長とマックスはしばらくたわいもない話をしていたが第一ドッグの装甲シャッターが開く合図のブザーが鳴り響くとおしゃべりを中断した。


「やれやれ……。

 さ、お迎えに行くぞ」


 マックスは近くにある錆びた大きなドアをこじ開け、埃の積もったリフトに乗り込んだ。

ドッグの中に設けられた中でもっともポピュラーな移動装置だ。


「えーと。

 これでよかったかな」


埃を指で払いのけて書かれた文字を読みつつ電源スイッチを入れた。

行く目的の場所にあるボタンを押すと時速二十キロほどで壁に張り付いて動く。

もう一度ブザーが鳴り、黄色いランプがくるくる回りはじめた。

 これは警告なのだ。

死にたくないならすぐに避難せよ、という。

潮風をたっぷり浴びて少し錆びたドッグのシャッターがゆっくりと開く。

 このシャッターもシャッターで《超常兵器級》に合わせた大きさのためとてつもなくでかい。

シャッターの厚さは最大約二百センチ。

上下ではなく左右に開く仕組みとなっており重さは片方だけで一万トンは下らないだろう。

これを動かすだけで必要なエネルギーは巡洋艦一隻に匹敵する。

軋みながら扉が開くと同時に海水が猛烈に流れ込んできた。

乾ドックとは普通のドックとは違っており、海ごと切り離すようにする。

つまり、海に浮いた状態で戦艦を回収するのだ。

そこから船体を固定する固定器具を取り付け、海水を抜き取る。

そうすることにより、普段は整備できない艦底を整備することが出来るようになる。


「久しぶりに水を入れたな、ここには。

 まだシステムが生きていること自体が俺にとっちゃ驚きなんだが」


 マックスと副司令の二人は戦艦の艦橋直接横付けする廊下の所までリフトを進ませた。

ガラス一枚を通してその場所から超巨大戦艦の入ってくる姿を眺める。

約三ノットほどの速力を保ったまま《ネメシエル》は誘導にしたがって乾ドッグの中に入って来ていた。

全長三キロの巨大な第一乾ドックは《超常兵器級》用に設けられた特設ドッグだ。

天井から直接伸びるクレーンや溶接機。

 最新機材がそろっているにも関らず放置気味だった。

こんな端っこの基地にわざわざ《超常兵器級》の戦艦など来ない。

使わないならほったらかしにするしかあるまい。

 そんなわけで第一乾ドッグは今までほとんど使われない状態だった。

つい一ヶ月前には取り壊して普通のドッグにしてはどうか、というアイディアまで出ていたぐらいだ。

 第一ドッグはもともと自然の巨大な鍾乳洞を利用して作られたものだ。

よって端から見てもただの洞窟のようにしか見えなくなっている。

つまりカモフラージュなんかも充実しているというわけだ。


「あ、司令。

 見てみなさいよ、あれ」


 副司令が《ネメシエル》の甲板を指差した。

乾ドッグといっても天井があるため少し中は暗い。

うっすら暗い中、《ネメシエル》の甲板は光っていた。


「なんだあれは……」


 甲板と翼、そして武装。

全てに奇妙な模様が刻まれている。

その奇妙な模様は赤や青に光るのだ。

気味が悪い、というより美しい。

 マックスは、副司令の指す場所を見てきゅっと胸を掴まれた気がした。

他のベルカの戦艦にもああいった模様は多少なり存在する。

が、ここまで全面的に強烈な光を放つ模様をマックスは見たことがなかった。

 それだけ強力なエネルギーを武装に回しているということなのだろう。

上下三連装を重ねたような六連装の光波共震砲が、静かに物語っていた。

翼の模様が光っているのはよく見るものの――。

 甲板の模様が光っているのはあまり見たことがないな。

記憶の中の戦艦めぐりをしながらマックスはしばらく見惚れていた。

 ちなみにベルカの戦艦には翼が存在する。

翼のお陰で空を飛んでいるようなものといっていいだろう。

そのためドッグ内も、うんと広くなっており、地面に置かれるものは一切存在しない。

誤って翼を傷つけては目玉が飛び出すほどの始末書を書かされる羽目になるからだ。

よって天井にほとんどの整備用具などが納まる形となっている。

 このときも巨大ドッグは楽々と片方だけで二百メートルを超える翼を持つ《ネメシエル》を余裕でその腹の中に収めた。

 《ネメシエル》の後ろに続いていた三隻も綺麗に並んで入ってくる。

三隻の甲板にも模様があったものの《ネメシエル》ほど強い光は放っていなかった。

 太陽の光をもしのぐ強さだったもんなぁ……。

 マックスはカメラで見たときの事を思い出して副司令に声をかけた。


「さ、指定の場所につくぞ。

 髭なんか大丈夫か?」


 最後の一隻が入ったところで装甲シャッターは閉じられ、ぼんやりと光を放つ蛍光灯がつけられた。

続いて固定器具が船体を捕らえるくぐもるような音が発せられる。

これをしておかないと思わぬ水の揺れにより船体が乾ドッグにぶつかってしまうかも知れないからだ。

 ドッグの奥にまで進んだところで《ネメシエル》の機関音は停止し、ドッグ内を綺麗に彩っていた甲板の光る奇妙な模様がゆっくりと輝きを手放した。


「来るぞ。

 ネクタイ大丈夫か?」


 四隻の艦橋に接続廊下が取り付けられ、今“核”が下船していることだろう。

マックスは《ネメシエル》の“核”が女の声だったことを思い出し頬を緩めた。

 変なところですけべぇな心は芽生えてくるものだ。

お姉さん系か?

妹系か?

それとも……。


「司令、少し落ち着きなさいよ。

 顔が緩みすぎよ」


 副司令がやれやれとため息をつきバシン、とマックスの頬をはたいた。

鈍い痛みに顔を引き締め、マックスは気合いを入れなおす。

 最後に軍服の汚れを綺麗に払ってからびしっと直立不動した。

接続廊下と今マックス達が待ち構える場所を遮るのは一枚の扉だけ。

こつこつ、と歩いてくる四つの足音に聞き耳を立てる。


「だから、うるさいんだって、おめーは」


「そ、そんなことないっすよ!?

 ひどいよ、お兄ちゃん!」


 なんだ、ラジオか?

ここは軍事施設だぞ?

マックスは張りすぎた緊張の糸がぷちんと千切れるのを聞いた。


「はい、うるさいですよ、バカ二人。

 きちんと身を整えて。

 ほら喧嘩しないでください。

 吹き飛ばしますよ?」


 あ、この声が《ネメシエル》の人だ。

マックスはどきどきしながら扉が開くのを待った。

四つの足音が扉の前までやって来て――止まった。


「……どうやって開けるんでしょうか?」


 マックスは副司令と目を合わせた。

 どうやって開けるもなにも、ドアノブを下にやって引くだけでいいのだが……。

機材なんかは新しいのにこういうところは古い。

本国基地なんかは全部自動ドアらしい。

 マックスは故郷を思い出して幻想に浸りかけた。


「蒼様、何をやっている?」


少しきつそうな女性の声が聞えてきて


「あ、フェンリアさん。

 これが開かなくて……」


蒼と呼ばれた《ネメシエル》の人の声が返事をした。


「これ引くんじゃないっすか?

 ぐいーって」


天然っぽい女の人がさらにかぶさりカオスな世界がその場に君臨している。

 おいおい、本気かよ。

 大きなため息を一つ吐き、マックスは扉に近寄ってレバーを下に押した。


「お、開いた」


 唯一の少年の声が聞えたかと思うと扉の隙間から四人がだだっと溢れてきた。

巻き添えを食らわないように少し後ずさりし、マックスはとりあえず接待の笑みを浮かべる。


「ようこそ。

 私がここの基地司令宮樺・TT・マックスだ。

 位は大佐。

 ありがとう、えーと……?」


後ろの三人にやれやれとため息をつきながら


「蒼(あお)です。

 空月・N・蒼。

 位は中将です。

 ベルカ超空制圧第一艦隊旗艦超空要塞戦艦ネメシエルの副長です」


一番背の小さい少女が挨拶した。

 ベルカの誇る超空制圧艦隊所属を表す薄い肌色の軍服。

赤い模様がマックスの着ている服と同じように這っている。

くりっとした青い、澄んだ瞳に腰まで伸びた茶髪。

軍服を着ていなかったら街に出ても誰も“核”だとは気がつかないだろう。

華奢な体つきに少し赤いほっぺた。

何よりも可愛い。

ロリな見てくれに反比例して精神年齢はきっと高いタイプなのだろう。


「あなたが……!」


基地を救ってくれたと言うことよりも可愛いって意味で感激したマックスが握手を求めようとしたのを蒼は片手でとめた。

少し混乱して頭に?を浮かべるマックスに


「堅苦しいのはやめてください。

 私、ラフなのがいいので。

 敬語じゃなくていいですよ?」


蒼はにこにこと笑いながらペコりとお辞儀をした。

 マックスは隣の副司令と目をぱちぱちさせた。

何を言っているんだ、この少女は。

まぁ、敬語じゃなくていいというなら……。


「えっと、蒼……か?

 よろしく頼む」


 マックスは恐る恐る右手を差し出した。

これで軍法会議にかけられたら理不尽にも程がある。

何より中将ということはマックスよりもはるかに上の位なのだから。

びくびくするのは当然と言えた。


「はい。

 こちらこそよろしくです」


 蒼はマックスの右手を両手で握りまたにこっと笑った。

ここでときめいたらロリコン決定である。

マックスは何とか踏みとどまった。

危ないところだった。


「空月・N・蒼……と」


 副司令が手に持っている液晶に名前を打ち込む。

 これにより基地のメンバーとして登録されるのだ。

マックスは蒼から視線を離して次の少女に向けた。


「次、次は俺ー!

 えっと、俺は丹具・A・春秋って名前っすよ。

 階級は少佐。

 よろしくっす!」


 活発な女の子だな、とマックスは一人でに考える。

黒に程近い灰色の髪に山吹色の瞳。

これまた可愛いそこら辺にいそうな女の子だ。

言葉遣いが気になるが……。

男に囲まれてすごしましたって、感じの言葉遣いである。


「よ、よろしく」


マックスは春秋の手を取りがっしりと掴んだ。


「丹具・A・春秋……と」


副司令がこれもまた機械に打ち込んでゆく。


「次はお兄ちゃんでしょ?

 ほら、早くやっちゃうっすよ」


 この少女の兄貴だろうか。

お兄ちゃんと呼ばれているからには兄妹なのだろうが。

すらっとしたイケメンな少年がはつらつとした表情で手を差し出してきた。

といっても口には飴の棒がにょきと突き出していたが。


「丹具・N・夏冬だ。

 えっと、趣味はゲーム。

 それとおっさんいびり。

 位は少佐。

 で、春秋の兄貴。

 よろしく頼みます」


おっさんいびり……。

マックスは笑みが引きつるのが分かった。

 こいつにだけは用心せねばならないだろう。


「丹具兄妹……と」


 冷静な副司令はおっさんいびり、と趣味の欄にも記入していた。

そこはいいんだよ、別に。

マックスは少し頭を揺さぶられる気がした。


「最後は?」


 蒼に目線を向けたところ静かに黒髪ポニテの少女を指差した。

赤い瞳がマックスの靴から頭まで舐めるように見ると


「私?

 私はフェンリア。

 位は大佐。

 よろしく」


ふん、と無表情で会釈してきた。。

今度はえらいそっけないな。

 引きつった笑みがさらに引きつったのが感覚で分かった。

個性的というか……バカと言ったほうがいいのだろうか。

 マックスは四人に軽く会釈して、副司令とともに司令室に向かった。

ベルカの、本国の状況を尋ねるためだ。


「広い基地っすねー。

 あれは戦闘機っすか?

 壊れてるっすよ?

 ねぇ、蒼先輩!」


「うるさいですよ」






          ※






 蒼達が連れてこられたのはコグレ基地の司令室だ。

 ここでマックスと副司令、蒼の三人で話をすることになる。

正直シャワーを浴びたいところだったがマックスがあまりにもいい感じのおっさんだったため蒼はなされるがままに頷いてしまった。

そりゃ聞きたいですよね……。

私達“核”とは違い、マックスには家族がいる。

安否を気にするのは当然ですよね。

蒼は少し自分の無礼に呆れる。

家族――ね。


「他の三人は整備班に合流させて手伝わせます。

 分からないところもあると思うので」


 蒼は三人にドッグへまた戻るように命令するとマックスの背中を叩いた。

大きな背中……、と思いながら目の前の壁を眺める。


「おう。

 よろしく頼むぜ……って何?

 何で叩く?」


マックスは困惑した変な顔をした。

それが予想以上に面白い顔だったため、これからもたまにやろうと心に刻む。

蒼は正直いって不安だった。

無事に私達を受け入れてくれるのかどうか分からなかったためだ。


「いえ……。

 おっきい背中だなって……」


フェンリアと、丹具兄妹が消えた後だからこそこんなよく分からないコミュニケーションを取ろうと試みたのだ。

どこまで蒼を受け入れてくれているのかのチェックでもあった。


「そうか?

 まぁとりあえずついて来い。

 状況を把握したい」


 そういってつかつかとガタの来た基地の床を歩いていく。


「は、はい」


一つ返事をすると蒼はマックスと副司令の後ろをのほほんとした表情でついていった。

 ちなみに蒼の身長はかなり低い。

一三七センチ。

帽子を入れて一四七センチ。

チビ……というか小さい。

いろんなところが小さい。

マックスと副司令がドアを開けて中に入ってゆく。

攻撃を受けたときのまま時間が止まっているマックスの私室だ。

 ペンが零れ落ち、乾いたコーヒーがこびりつくコップが置かれている。

それと机の上の山盛りのチョコと未開封のプリン。

蒼の目はプリンに釘付けとなっていた。

食べたいです……。

スプーンを思わず探してしまう。


「さ、とりあえず座ってくれ。

 蒼、報告してくれないか?

 世界は一体どうなって……?

 友軍は……?」


進められたとおりそばにある椅子にちょこんと腰掛けた。

ふんわりしたクッションがお尻を丸ごと包み込む。

 マックスの話は蒼の頭を素通りしていた。

目の前に存在する究極の大好物を目の前にして話など聞けるはずがなかった。


「あの、蒼――?

 聞いてるか?」


しばらくしても返事がないせいかマックスが心配そうな顔をして蒼に確認を取った。


「…………ぷりん」


静かに発せられた響きはその三文字のみ。

マックスは困惑しながら蒼の目線を追った。

そして納得した。


「プリン――食べていいですか?」


蒼はマックスをキラキラとした表情で見つめた。


「あ、ああ。

 どうぞ」


副司令にスプーンを取ってこさせ蒼に手渡す。


「ありがとうございますっ!」


「プリン、好きなのか?」


「それはもう!

 大好物でございますっ!」


プリンを口いっぱいに頬張る蒼。

 マックスと副司令はまたもや顔を見合わせてしまった。

こんな軍人がいていいものか。


「ごちそうさまでしたっ」


「早いな!」


スプーンがカップの中でくるくると回っている。

どれほどの速度で食べたと言うのか。

そのスプーンを抑えマックスは一刻も早く状況の整理のための情報を蒼から引出しにかかった。


「それで、本国の状況は?」


 プリンを食べ終えたのだから、もう大丈夫だろうと思っての質問だった。

何より今欲しいのは蒼の好きな物ではない。

本国の状況、もしくは世界の動向なのだ。

 幸せそうにカップを眺めていた蒼は話しかけられてびっくりしたようにあわてて報告する。

頭の中の記憶を頼って少しずつ言葉に紡いでいく。

だがマックスの深刻そうな表情を見て蒼は自分の能天気さを少し呪った。


「へ?

 ええっと……。

 本国の全地域は連合の電撃作戦により制圧されてしまったと思います。

 私達も演習の途中に襲われたので詳しいことは……。

 急に通信が途切れて困り果てていたところ、コグレ基地の救難信号を受信できて――。

 そんなわけでここに来たのです。

 のであまり状況は分からないんです……。

 ごめんなさい、力になれなくて」


蒼はしょぼんと机の上のチョコレートを見た。

 あ、あれおいしそうですね……。

蒼の胃袋は底なし、である。

いくらでも目の前に出されたものを食べるタイプだ。


「目も耳も見えない状況ということか……」


当然マックスのこの言葉も聞えているはずなかった。






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