第13話 水曜③A
*A世界
時刻、十六時十五分。
止まなかった雨の中、傘をさして徒歩でB村さんと共に公園へ向かう。本当なら飯倉君も一緒に向かうはずだったが、急遽、委員会の仕事が入ってしまった為、先に二人で片割れ探しを始める事にしたのだった。
「ごめんね、雨野君」
雨の音にかき消されそうな程小さな声で、B村さんは言った。
「何が?」
「その、私のせいで、こんな雨の中、あのよくわかんないパラレル? ってやつを探す事になっちゃって」
傘に隠れて表情は見えなかったが、その声は暗い。
「いいよ、全然。それに、今回に関しては俺を戻す為に起動したせいでこうなっちゃった訳だから、むしろこっちが謝りたいくらいだ」
B村さんの視線を感じたが、気にせず「それに」と続ける。
「B村さん、不安だろ? いきなりちょっと違う世界に飛ばされちゃって。俺も昨日、違う世界に居たからわかる。だから、はやく元通りに帰してあげたいって思って」
雨がぽつぽつとビニール傘を叩いて滑り落ちていく。
「出来れば雨の中一緒に探させたくなかったんだけど、見つけたところで音村さん以外が触るとまた入れ替わる可能性があるからそうもいかなくて。明日なら天気良いかもしれないけど、でも、早く帰りたいだろ?」
「ありがとう、雨野君」
しおらしいB村さんを横目に、雨の跳ねるコンクリートを歩く。大人しい音村さんはどうも調子が狂う。
「……こっちの私は、石田さんや
B村さんが思い出したように呟いたので、俺は「そうだね」と頷いた。
教室でも、今日一日B村さんはとても静かだった。いつも一緒に行動している女友達に話しかけられても、困惑した様子で相槌を打ち「どうしたの?」と心配される始末。
まぁわからなくはない。だって。
「向こうでは鈴木さんや牧原さんと一緒に居たもんね」
「えっ! なんで知ってるの?」
驚いたB村さんが俺を見る。
「なんでって、昨日見たから」
俺が答えると、B村さんはポカンとした顔で立ち止まった。
昨日、一晩経って目が覚めても元に戻っていなかった為、俺はB世界の南高に登校した。と言ってもクラスも出席番号も席も変わらず、幸いにも授業までまるっきり同じだった為、特に困るようなことは起きなかったんだけど。
唯一違ったのは、一つ後ろの席に座るのが飯倉君ではなく音村さんだった事だけだ。
入学以来初めて一人で昼飯を食べながら、こっちの俺には友達いないんだろうか、と少しだけ心配になった。
そしてもう一点、おかしな点を挙げるとしたら音村さんの周辺環境だった。
俺の知る音村さんはクラスでも賑やかな女子の一人で、体育祭や学祭なんかの学校行事にも率先して参加するような人気者だ。
が、B世界の音村さん、つまりB村さんはどうやらそうではないらしく、教室の端で静かに、控えめな女友達と談笑して休み時間を過ごしていた。
もしかしたら、B村さんもパラレルについて何か知っているかもしれない。っていうか小学生の時に一度入れ替わりを体験しているはずだから力になってくれるかも。と淡い期待を抱いて、廊下で一人になった隙を見て話しかけた。
が「小六の時、大きなわらび餅を公園で触ったはず」と言ったら、何か思い当たる節がありそうな顔はしたものの「ごめん、よくわからない」と避けられてしまったのだった。
「昨日、そっか、入れ替わってて。あ、じゃあ昨日話しかけてきたのは」
「うん。入れ替わってた俺だよ」
そう言って「ややこしいよね」と笑うと、B村さんは顔がさっと曇った。
「そうか、ごめんなさい。私、昨日嫌な態度取ったよね」
「いや、むしろこっちがごめん。何も知らないB村さんに話しかけた俺が悪い」
「小学生の時の事、忘れた訳じゃないの。パラレル? を見た記憶もある。けど、結局何が起きていたのかは解ってなかったし、記憶もおぼろげで、ただ何となく気味が悪かった事しか覚えてなくて」
そりゃそうだよな。
B村さんはパラレルを触っただけ。音村さんだって、この歳になってパラレルと再会して、機械のような音声を聞いて初めて平行世界を移動していたと理解したんだから。
お互いに謝りあった所で、再び雨の街を歩き出す。
「しかし、同じ学校の同じ教室で、同じクラスメイトでも、ちょっと人生が違えば一緒に居る友達も変わるんだな」
「あっちの私も、今日一日大変だった、のかな。やっぱり」
「うーん、どうだろうね。その辺、音村さんは飄々とこなす所あるからな。入れ替わってる事も理解してるし、今頃、向こうの俺やB倉君達と合流して元に戻る方法でも考えてるんじゃない?」
そういえば、あっちはあっちで田辺さんとかいう怪しい男がどうとか言ってたな。その辺、無事解決出来たんだろうか。なんて考えながら歩いていたら、B村さんが遠慮がちに笑った。
「もう一人の私は、随分信頼されてるんだね」
信頼、というか、発端、というべきか。
元々全部知ってたからなぁ、音村さんの場合。
どう言ったら良いかわからず「こっちの音村さん、いつも元気いっぱいだしね」と意味不明な返事をした。
「そうなんだ。まぁ、石田さん達と一緒に居るくらいだもんね」
彼女の言う石田さんとは、音村さんと仲の良いクラスメイトの一人だ。
バレー部所属で背が高く、教室のどこに居ても聞こえてくるような大きな声で、誰が持ってきたかわからないファッション誌を広げてはあーだこーだと常に友達たちと笑いあっている、そんな女子だ。
ちなみにもちろん俺は話した事はない。
「昨日も思ったけど、大人しい音村さんって斬新だよ」
「なんでそんなに違っちゃったんだろう」
そんな事を話しながら歩いているうちに、丘の上の公園にたどり着いた。誰もいない雨降る公園で、唯一大きな屋根のある砂場横に向かって一旦雨宿りをする。
飯倉君に聞いたところ、昨日パラレルが分断されたのは街灯ベンチの下。ちょうど昨日俺が戻ってきた位置だ。
今は雨に打たれているそのベンチをぼんやりと眺めながら、そこからパラレルの片割れがどこへ跳ねていったかを推測する。
残念ながら飯倉君はその方角を覚えていなかった。
パラレルが二つに分かれた衝撃と、音村さんが怪我を負った事、その後田辺さんが倒れた事など色々重なって記憶が曖昧らしい。
「よし、探そう。B村さんは昨日のベンチ周辺を。俺はそこから草むらの方までちょっと見てくる。もし見つけたら触らずにまず呼んで」
「うん、わかった」
ズボンの裾を折り上げ、シャツの袖を腕まくりすると少し肌寒かった。B村さんと別れて傘片手に片割れを探す。降り続く雨にぬかるんだ地面の泥が跳ね、靴下を汚した。
パラレルは跳ねる。
機械なのか生物なのかわからないが、自分の意志で跳ねている、ように見えた。が、昨日戻ってきた時、B村さんに落とされたパラレルは跳ねなかった。壊れたパラレルは跳ねない。
ならば、昨日跳ねていった片割れはまだ生きていると考えてもいいんじゃないか。
そもそもあれは何なんだ。なんで跳ねるんだ。
やっぱり生き物なんだろうか、なんて考えてもわからないので捜索を続ける。
やみくもに三十分ほど探したが片割れは見つからない。
時折B村さんの方を見ても、首を振るだけで成果は得られなかった。やがて飯倉君が「遅くなってごめん」と駆けてきたので一度中断して屋根の下に集まった。
「見つからないねぇ」
「ただ跳ねるだけなら絶対この近くにあるはずだから、やっぱりパラレルは自我を持って移動してるんじゃないか?」
時刻は既に十七時を回っていた。雨雲の向こうで日が沈み始めたようで、刻々と辺りは暗くなる。
依然雨は降り止まず、強くはならないものの、細くて冷たい水滴が次々と地面に水たまりを作っていく。
「パラレルって、ロボットなの?」
B村さんが聞いたので、俺と飯倉君はほぼ同時に唸った。
「ロボ、なのかなぁ?」
「よくわからない。音声は機械っぽかった。でも跳ねる。もし作られたものだとしたら、それを止めるスイッチ的なものがどこかにあるのか?」
一日持ち歩いていたサブバッグからパラレル本体を取り出す。
昨日失ったらしい光は今日も灯らない。ぐるりと回転させてスイッチを探してみたが、それらしいものは見当たらなかった。
「でも、少なくとも二十五年間は起動してたって事だよね? 電池無限なのかな」
飯倉君が不思議そうに動かないパラレルを見て言った。
二十五年間、公園で野ざらしになってても壊れないって単純にすごい技術じゃないのか、これ。
「雨風で劣化する事もないのかな? 防水?」
「それか、生き物に人口チップとかが埋められてるとか? 本体は生き物、的な」
「それにしても二十五年劣化しないってすごくないか? それに、そもそもこんなわらび餅みたいな生き物見たことないし」
ぶよんぶよん、と力なく跳ね返る故パラレルのボディをつつく。素手で触ってももう入れ替わりは起きないようだ。
「でも、棒で叩けば壊れる」
「叩かれた時も不思議だったよ。叩かれた箇所で二つに分裂して、一回り小さくなった本体と、本体の三分の一くらいの大きさの小さいパラレルになった」
「じゃあ、仮に叩き続けたら永遠に分裂し続けるのかな? 最終的にどこまで小さい形を保てるんだろう」
三人でうーんと頭をひねるが、問題はそこじゃない事を思い出した。
「よし、うだうだとわからない事を考えていても仕方がない。片割れ探しを再開しよう。まずは見つけて、それでB村さんがB世界に戻れるか試す」
故パラレルをバッグに戻しながら言って、俺達は再び捜索を始めた。
雨はいつまでも振り止まない。
傘をさしているとはいえ、庇い切れない肩や腕を容赦なく濡らしていく。寒い。いつの間にか日は落ちて、携帯電話のライト片手に草をかき分ける。
もうこのまま今日は見つからないんじゃないか。
B村さんには悪いけど、仕切り直して明日また探しに来よう。と、二人に言おうとしたその時。
「あ!」
遊具の方を探していたB村さんが大きな声を上げた。
「え!? いた?」
比較的近くに居た俺が慌てて駆け寄ると、B村さんは恐る恐る滑り台の下を指差した。
「あれ、そうかな? なんか、動いた気がして」
指差された場所に目を凝らしても暗くてよくわからない。確かめようとゆっくり近づく。と。
ポーン! と何かが勢いよく滑り台から飛び出した。
テニスボール位の大きさか。その跳ね方には見覚えがあった。
「いた! それだ」
跳ねる片割れは半透明で暗闇に紛れていたが、雨に打たれてその輪郭ははっきり見て取れた。
片割れは俺から逃げるように遠ざかり、飯倉君の方へバウンドしていく。が、飯倉君も自分を狙っているのが分かったのか、今度は飯倉君から離れ、B村さんがいる方へ跳ねていった。
「B村さん! 捕まえて!」
「ええっ! ちょ、速い、ちょっと待って」
わたわたと傘片手に慌てるB村さん。
そんな中、駆けてきた飯倉君が片割れのスピードを上回ってB村さんの前に先回りした。驚いたように跳ね上がる片割れ。
「待った、飯倉君! 触ったらダメだ!」
「わ!」
予想外の動きをした片割れが、勢いよく走ってきた飯倉君の肩にぶつかった。その勢いのまま片割れはぼよんっと前方に跳ね、再び暗い公園内を逃げ回る。
「B村さん! 片割れ見失わないよう追いかけてくれる? 飯倉君、大丈夫か!?」
俺の指示に、B村さんは「わかった!」と頷いて片割れが跳ねた方へ駆けて行った。
幸いにも威力は低そうだったが、肩をさする飯倉君の元へ駆け寄る。
「飯倉君?」
「……公園、と雨野? という事は」
もはや慣れかけた飯倉君の苗字呼び捨てに、頭を抱える。
やってしまった。
「ごめん、B倉君。ここはA世界だ」
「みたいだな。また入れ替わっちゃったのか、俺」
そう言って他人事のように笑うB倉君になんだか拍子抜けした。
「って事は、音村さんが帰る事も出来そうだな」
「そう、音村さんを元に戻す為にパラレルの片割れを見つけたんだけど、飯倉君が触っちゃって。肩痛くない?」
「痛くはねーけどなんかジンジンする。こっちの俺はドジだなー、はっはっは」
「笑ってる場合じゃない。今、B村さんが片割れを追いかけてくれてる。俺達も行こう」
気づけば公園の隅の方まで行ってしまったB村さんの元へ向かう。
「あ、雨野。おかげ様であっちでの事件は解決しそうだぜ。って、お前は何も知らないんだっけ?」
走りながら首を傾げるB倉君。多分、田辺さんの件だろう。
「あぁ、飯倉君にざっくり聞いたよ。田辺さん、だっけ?」
「そうそう。さっきマジで家まで来てさぁ。まさに今から警察の事情聴取始まる。のに、俺入れ替わっちゃってやべー」
能天気に笑っているが本当に大丈夫なんだろうか。
「それって、入れ替わったこっちの飯倉君が事情聴取を受けるって事? やばくない?」
「あー、まー、何とかなるっしょ。美由も雨野も音村さんも一緒に居るし」
あっけらと言い放つB倉君は何故か上機嫌だ。飯倉君、大丈夫だろうか。
「大変な目に遭ってるっていうのに、B倉君はなんでそんなご機嫌なんだ」
「え? 雨野にもう一回会えたからに決まってるだろ」
意外な一言に、思わず「え?」と立ち止まる。
「だって、あれで終わりなんて寂しいじゃん」
確かに、昨日B世界から戻る眩暈は唐突にやってきて、一緒に居てくれたB倉君と神田さんに感謝の言葉すら伝えられずにいたのは気がかりだったけども。
知り合って間もないのに、住んでる世界も違うのに、当たり前のようにそう言ってくれる事がなんだか嬉しかった。
「うん、そうだね。B倉君」
うん、俺もまた会えてうれしいよ。
再び走り出し、見るからに困り果てたB村さんまでもう少し。俺とB倉君は水たまりを蹴って急いだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます