第三章
第11話 水曜①B、A
*B世界
「ええっ! 今度は
やっと平凡な日常に戻ったと思った水曜の朝。
小雨の中登校して早々に、苦い顔をした音村さんに「ちょっと一緒に来て」とひと気のない科学室前に連れ出された。
「うん。昨日、
「じゃあ、君は、俺と同じクラスの音村さんじゃなくて」
「うん、Aの音村です」
早朝の誰もいない廊下に音村さんのため息が漏れた。
昨日の夜、無事B世界に戻ってきた俺は、その瞬間まで雨野Aと一緒に行動していたらしいBの
飯倉君本人の説得の甲斐あって、飯倉君の両親も俺の言う(パラレルワールド云々は話さず誤魔化し、田辺という男が恨みを持って近日中にやってくるかもしれない。という事だけを伝えた)事を信じ、警戒してくれた。
これで、摩訶不思議な一日も終わりかぁ。大変だったけど、A世界の飯倉君もいい人だったし、なんだかんだ面白かったな。
でも、まだ田辺さんの件は心配だし、今日も放課後、飯倉君と会おう。なんて思いながら登校してきたのに。
「やっぱり、壊れたパラレルを使ったのがいけなかったのかな」
「じゃあ俺のせいだ。俺が無理やり帰ろうとしたから」
「いや、そんな事ないよ。逆に、雨野君はちゃんと戻ってるって確認できたから、よかった」
慌てて弁解し、俯く音村さん。
そりゃ不安だよな。俺だって昨日体験したからわかる。
「きっと大丈夫だよ。もう向こうの俺は、音村さんが入れ替わっている事に気づいて動き始めてるはずだ」
「うん。そうだね。雨野君の事だから、きっと、B倉君の時みたいに、今も必死に解決策を考えてくれてると思う」
前向きな言葉とは裏腹に、音村さんはばつが悪そうに苦笑した。
「とりあえず、今日の放課後こっちの飯倉君……君達で言うB倉君に会う予定だから、音村さんも一緒においでよ」
「うん、ありがとう」
そこで話は一度終わって、元気がない音村さんと共に教室へ戻った。
雨は来た時より少し強くなっていて、廊下の窓ガラスに水滴が跳ねている。
「バチが当たったんだろうな」
歩きながら、独り言のように、音村さんが小さな声で呟いた。
「バチ? なんの?」
「ううん、何でもない」
振り払うように言って、音村さんは歩く速度を速めた。
*A世界
「雨野君、飯倉君、お、おはよう」
水曜朝、少し早めに登校した俺と飯倉君に、音村さんがびくびくと様子を窺いながら挨拶してきた。
「……おはよう。やっぱり戻らなかったか」
「うん、そうみたい」
昨日、俺がA世界に戻ってきたと同時に、今度は音村さんが入れ替わってしまったようだ。
夕暮れの公園で見た事ないほど動揺する音村さんを前に、俺はなるべく冷静に質問した。
「えっと、俺の事は知ってるよね」
「……うん、雨野君。同じクラスの」
「そう。じゃあ、この人は?」
俺の横に立つ飯倉君を指差すと、音村さんはじっと飯倉君を見て謝った。
「……ごめんなさい、知らないです」
「そうか。ちなみに、今、足元に落としたそれ、見覚えはある?」
怯えながら、光を失ったパラレルを眺める音村さん。
「い、一度だけ。小学生の時に見た、かも」
この質問で確定した。この人はBの音村さんだ。
「音村さん、もう一度それを拾ってもらってもいい?」
「え、う、うん」
俺に言われて、戸惑いながらも、音村さんはもっちりと地面に落ちたパラレルをおっかなびっくり拾い上げた。
「起動、するかな?」
淡い期待は裏切られ、パラレルはうんともすんとも言わない。よく見たら、一昨日見た時より小さくなってる気がする。
「……さっき、完全に壊れたのかも」
飯倉君の推理に俺は「えっ」と声を上げた。
「壊れたの?」
「あ、そうか。今の雨野君は見てないのか。雨野君が戻ってくる前、パラレルはそこにある棒で殴られて、二つに分かれて壊れたんだ」
「殴られた? 誰が、なんで」
驚いて畳みかけると、飯倉君は困った顔で俺や音村さんを見た。
「それは、えっとその、説明すると難しいんだけど」
「恐らく、入れ替わる前の俺だろう」
突然の声に驚いてそちらを見ると、ずっと黙って傍にいた見知らぬ男が立ち上がった。
どうやら、俺が帰ってくるまでにもひと悶着あったようだ。
音村さんはパラレルを触っても何もないようで、変わらず不安でいっぱいの顔のまま、それぞれの話を聞いては首を傾げている。
時計に目をやると、既に十八時を回っていた。
「音村さん、ごめん。詳しく話すには時間がかかる。今日はもう遅いから帰ろう。明日ももし、何かおかしいなって感覚があったら俺達に話しかけてほしい」
音村さんは何か言いたそうだったが「わかった」と頷いて、昨日は解散した。
もしかしたら一晩寝たら元に戻っているかもしれない。なんて都合のいい展開も起きなかったらしい。
「腕は大丈夫?」
飯倉君が聞くと、音村さんは左腕に貼られた大きな湿布を恥ずかしそうに隠した。
「うん。少し腫れただけだから大丈夫。お母さんが大袈裟に騒いで湿布貼ってくれたけど、目立つよね」
その怪我は、昨日パラレルを壊された時に出来てしまったものらしい。
一日こちらの世界に居なかっただけで、ものすごく情報の後れを取っている気がする。
「飯倉君、情報交換しよう。音村さんにも何が起きているか説明したい」
「そうだね」
飯倉君は頷いて、昨日起きた出来事を順番に話してくれた。
俺が入れ替わってすぐ戻そうとしたが、パラレルが二十四時間使用できない状態になった事。翌日昼休みに音村さんから、自分がB世界の自分と入れ替わっていた事を教えられた事。その夕方、パラレル起動直前に
その後、田辺はB世界に戻り、音村さんが壊れかけのパラレルを起動して俺を元に戻した事。
「そして、なぜか俺と一緒に音村さんも入れ替わってしまった、と」
「あの、入れ替わる、ってなに? どういうことなの?」
話が進むたびに困惑する音村さんに、これまでの現象をまとめたノートを開いて見せた。
こんなに大活躍するなら、もっと最初から丁寧に書いておくべきだったなぁと密かに後悔する。
「飯倉君の両親が離婚したこのA世界と、離婚しなかったB世界。この二つのパラレルワールド間がパラレルという謎の機械で繋がっていて、それを操作したり、触ったりする事で向こうの自分と入れ替わる」
「向こうの自分……?」
「そう、君は本来B世界で生活している音村さん。だけど、昨日なぜかこのA世界の音村さんと入れ替わってしまった。うーん、ややこしいから今から君の事は
「……私は、飯倉君の両親が離婚しない世界の住人」
「うん。両親が離婚しない事によって
ざっくりではあるが一通り説明を終えたところで、B村さんは「なんとなくわかった」と頷いてくれた。
「まぁ今回一番の問題は、パラレルが壊れちゃったって事なんだよね」
あの後、B村さんに再度抱えられたパラレルは、何度呼びかけても応答しなかった。制服のブレザーを掛け、その上から恐る恐る触れてみると入れ替わりは起きなかったので、俺が持ち帰り、今もサブバッグの中に入っている。
「飯倉君、一つ確認したいんだけど、Bの俺が元に戻る瞬間、音村さんと手を繋いでた、なんて事はないよね?」
「手? 繋いでなかったよ」
飯倉君がキョトンとした顔で答えたので、俺は「だよね」と何故か少しホッとして、その考えを振り払った。
最初に、神田さんが飯倉君の移動に巻き込まれたのは、二人が手を繋いで帰宅している際に音村さんがパラレルを起動したからだ。
そして、俺が飯倉君の移動に巻き込まれたのも、俺達が握手をしていたから。
でも今回はそうじゃない。
やっぱり、壊れかけのパラレルを無理やり使ったからなんだろうか。
そもそも、なぜ音村さんはパラレルを起動できたのだろう。
小学生の時、初めてパラレルに出会った音村さんは、触れただけでB世界へ移動してしまったと言っていた。
飯倉君によれば、田辺という男も二十年以上前にパラレルを触って移動してしまったという。
でも、月曜の音村さんはパラレルを触っても何ともなかった。
それどころか素直に起動し、音声が流れ、操作まで許していた。音村さんを主だと認めたって事なのか?
窓際の席で三人揃ってうんうんと唸っているうちに、いつの間にかクラスの半数以上が登校してきており、教室はわいわいと賑やかになっていた。
やがて「おっはよー、あずさ!」とB村さんがクラスの仲良し女子に声をかけられた為、話し合いは終了。わたわたと返事をするB村さんを横目に一限目の教科書を用意する。
「あのさ、雨野君。片割れを使ったら元に戻れたりする、かな?」
飯倉君が何か考えながら小声で言ったので、俺は思わず聞き返した。
「片割れ?」
「うん。昨日、二つに割れたパラレルの片割れ。公園の奥に跳ねてった」
「田辺さんとやらが分断したパラレルの一部か」
「そう、それ。今、雨野君が持ってるパラレル本体が起動できなくても、そっちは動くかもしれない」
「もし、それが動かなくても、本体と元通りくっつけたら治るって可能性もあるか?」
「やってみよう」
「じゃあ、今日も放課後は星丘公園だな」
挙動不審気味なB村さんを横目に「放課後、公園集合」とメールを打って携帯を仕舞う。
「雨が強くならないと良いけど」
飯倉君に言われて窓の外を見ると、細くて細かい雨がしとしととグラウンドを濡らしていた。
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