第二章

第7話 月曜②B

*B世界


 なぜこんな事になったのか。

 俺は開いていた漫画を閉じてすぐに携帯電話を開いた。


 時刻は十七時。公園でパラレルを捕まえて、神田かんださんとB倉びーくら君に簡単な説明を終え、音村おとむらさんが移動を実行した。

 瞬間、ここにいた。


 まぁ、おそらく、ここはB世界なんだろう。

 なぜだか知らんが俺まで一緒に移動してしまったらしい。


 自分の部屋なのに、微妙な違和感があって落ち着かない。B倉君や音村さんが、なんとなく気持ち悪い感覚と言っていたのはこれの事か。確かに胸がざわざわする。


 B倉君と神田さんは無事こっちに帰って来れたんだろうか。


 携帯で無意識にB倉君の番号を捜す、が見当たらない。


 そうか、こっちの俺は飯倉君と知り合いではなかったんだった。残念ながら飯倉君の番号は暗記していなかった為、最終手段に出る。


 夕飯を食べてから俺は愛車で家を出た。





 神田邸に着いたのは十九時前だった。

 インターホンを押して友人を名乗ると、玄関から神田さんが現れた。


雨野あめの君……?」

「やぁ、神田さん。夜分遅くにごめん。ちゃんと戻れたみたいだね」

「え、うん。え? あれ、こっちの雨野君は知り合いじゃなくて、でもここでは私は北高で」


 パニックになる神田さん。

 そりゃそうだ。ようやく元の生活に戻ったばかりだってのに。


「あああ、混乱させてごめん。神田さんは合ってる。戻ってこれたんだ。なぜか俺まで一緒に来ちゃったみたいで……」

「ええっ! じゃあ、さっきまで一緒に公園に居た、Aの雨野君、なの?」

「その通りです」


「あれ、雨野?」


 神田さんの後ろから、よく知った声が聞こえた。


「B倉君、神田さんと一緒に居たんだね。よかった」

ゆう君、今度は雨野君がこっちの世界に来ちゃったみたいなの」


 神田邸のリビングからひょっこりと現れた髪の短いB倉君は、その目を丸くして「ええっ」と大声で驚いた。



 

 家に上がるよう促されたが、時間も時間なので、少しだけ話してからB倉君とアドレス交換だけして俺は帰宅した。


 二人は無事に戻れた。

 こちらの世界では二人は北高生で、B倉君の両親は離婚していない。


 B倉君は、顔こそ俺の知る飯倉君と同じだったが、爽やかな短髪で全く印象が違う。見るからにクラスの人気者であるスポーツ男子といった感じで、B倉君にはこちらの方が断然似合っている。神田さんもA世界より髪が短く、活発な印象だ。


 ともかく二人は元に戻ったのだ。

 それはよかった。心から喜ばしい。が。


 問題は、なんで俺まで巻き込まれてしまったのかだった。音村さんは確かにパラレルに「飯倉君と神田さんを元に戻して」と言ったのに。


「握手してたからかなぁ……」

 B倉君が帰り際にぽつりと呟いた。

 確かに、俺達は移動の瞬間、握手したままだった。


「でも、移動するのは魂? だけで肉体はそのままだからどうなんだろう。直接的な触れ合いも移動に影響するのか?」

「音村さんは昔パラレルに触った事によって移動したわけだし。それに、もしそれが正しいなら美由が俺と一緒にA世界に行っちゃったのもわかる」

「と、言うと?」

「俺達、木曜の放課後、手繋いで帰ってた。だから俺の移動に美由も巻き込まれたのかなぁって」


 成程。


「じゃあB倉君のせいだね」

「ちょ、雨野ー。ごめんて」


 大げさに抱き着いて謝ろうとするB倉君を避ける。


「あのさ、移動するのは魂だけで身体はそのまま、なんだよね?」


 神田さんが恐る恐る聞いたので、俺はこくりと頷いた。


「だったら、夕方の時点でA世界の公園には、音村さんと、戻ってきたAの裕君と、Aの私、それと入れ替わったBの雨野君が一緒に居るって事だよね」


 言われてみればそうだ。

 なんてめちゃくちゃな現場だろう。状況を理解しているのは音村さんただ一人である。

 ってそれなら。


「それならすぐに音村さんが雨野の異変に気付いて、パラレルで戻してくれるんじゃね?」


 同じ事を思ったらしいB倉君にセリフを取られた。


 そうだ。音村さんならすぐに俺が入れ替わった事に気づくだろう。

 でも、入れ替わってから既に三時間ほど経過したが戻る兆候はない。


「すぐに戻せない状況、とか?」

「パラレルがまたいなくなったとか?」

「こっちの雨野がこの雨野と区別付かないくらい同じで、音村さんに気がついてもらえなかったとか?」


 それだけはないと信じたい。


 流石の俺だって、部屋で漫画読んでる状態から突然、公園に転送されるような事態が起きれば、それなりに動揺しているはずだ。

 しかも、音村さん以外の二人は会ったことすらない他人。俺なら音村さんを頼る。たとえ今まで話した事がないクラスメイトだとしても。


 音村さんも間違いなく協力してくれる。彼女の性格からして俺を見捨てたりはしない、と思う。


 じゃあなぜ、俺はまだここにいるんだろう。


 そんな事を考えながら愛車を漕いで家路を急いだ。

 雲一つない夜空には小太りな三日月がぽっかりと浮かんでいた。

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