第4話 日曜①

 翌日、日曜午前十時。

 昨日のファミレスから自転車で十分ほどの距離にあるボウリング場で、俺はB倉君、神田さんと合流した。


「今日は音村さんいないんだね」

「部活なんだって。彼女、確かテニス部だから」


 昨日、B倉君から集合メールが届いた数分後、音村さんから「明日は部活があるから行けない」とメールが来た。

 神田邸での様子がおかしかった事がずっと引っかかっていたが、取り立てて聞くのも変だしなぁ。と、特に気にせず「了解」と返した。


「でも、なんでボウリング?」

「え? カラオケの方が良かった?」


 あっけらと聞き返すB倉君に「いやいや、そうじゃなくて」と呆れる。


「だって、せっかくの日曜だし、どうせ集まって話すなら遊びながらの方が楽しいかなーって」


 そう言って、B倉君は慣れた様子でカウンターへ向かい、レーンを借りている。


 なんでこんなにお気楽なんだ。

 超常現象に巻き込まれている張本人だって事、忘れてないか?


「あ、雨野ー。お前も靴借りるよな? もしかして持ってきてる?」


 カウンターから振り返ったB倉君に首を振って答える。

「持ってないよ」

「りょーかい」


 手続きを済ませ、B倉君、神田さんと共に靴を借りてレーンへ向かう。

 長い黒髪をいつの間にかポニーテールにまとめた神田さんが「ボール選んでくるね」と席を立った。


「俺達もボール選ぼうぜ」

「B倉君はボウリングよくやるの?」

「んー、たまにな。暇な土日にサッカー部の奴らと来るくらい。っつっても、そんなに上手くねぇけどなー」


 そう言ってケラケラと笑いながらB倉君はボールを選んだ。

 B倉君のエピソードを聞けば聞くほど、俺のよく知る飯倉君とかけ離れた生活を送っていて不思議な気持ちになる。


「俺なんて、今日が人生三回目のボウリングだよ」

「まじで? じゃあ休みの日とか何して遊んでんの?」

「特に出かけないからな……庭で本読んでる。あとは、散歩とか?」

「おじいちゃんかよ!」


 B倉君に笑われながらボールを選んでレーンへ向かう。

 おじいちゃんみたいで悪かったな。


「んじゃ、今日はゆるーくやろうぜ。目指せストライク! もしくはスペア!」


 なんて言われながら始まったボウリングだったが、いざ始まったら案外B倉君と接戦で楽しかった。

 そして意外にも神田さんが一人ずば抜けて上手く、俺達が低レベルな争いをする横でストライクを連発しては点差を広げていた。


「神田さん、次でスペア取るにはどう投げたらいいと思う?」

「あ、雨野ずりーぞ! ガーター来い、ガーター」

「裕君、ちょっと黙ってて。そうだねぇ、左側に三本だから、レーンの右寄りに立って、こう対角線に」


 神田さんのアドバイス通り投げたらスペアが取れた。

 やったー! と神田さんとハイタッチしてスコアに目をやると、B倉君にちょっと差をつけることが出来た。よっしゃ。


「まだ巻き返せるし! よーし、次こそストライク取ったる」

「裕君、頑張ってー!」


 堂々と宣言したものの、力んで投げたB倉君のボールは端の一本だけ飛ばして奥へ吸い込まれていった。

「一本かよ!!」


 大げさに膝をついて嘆くB倉君が面白すぎて、気づけば声をあげて笑っていた。



 結局、三ゲームやって神田さんの圧勝。

 俺とB倉君だけみたら全ゲーム僅差だったものの、一勝二敗でB倉君の勝ち。ちぇ、もう少しだったのにな。


 お昼になり、お腹も空いたのでボウリング場を出て昨日のファミレスへ向かう。


「楽しかったねー」

「明日、腕の筋肉痛やばいかも」

「音村さんも来れたらよかったのになぁー」


 B倉君が笑いながら悔やんだので、俺は「そうだね」と頷いた。


 音村さん、ボウリング上手そうだもんな。

 友達多いからこういう所よく来てそうだし。今日来てたら神田さんといい勝負だったかもしれない。



 自転車を走らせ、ファミレスに着いた頃には午後一時を回っていた。


 それなりに混んでいたが、時間的にもう食べ終わって出て行く客も多く、案外早くテーブル席に案内された。B倉君と神田さんが並んで座り、向かい合う席に一人で座る。


 メニューに目を通し、昼飯を選ぶ。昨日今日と連日のファミレスランチで金銭的ダメージがきつかったので安めの料理を選んだ。


「そうだ。金曜に返そうと思ってた本、忘れないうちに今返すよ。B倉君は心当たりないかもしれないけど」


 三人とも注文を終え、料理を待っているうちに鞄から文庫本を取り出してB倉君に渡した。


「これは、こっちの俺のもの?」

「うん。面白いって薦めてくれたから借りてたんだ。飯倉君の部屋に戻しておいてくれ」

「ふーん。こっちの俺は本当に本が好きなんだな。部屋にも小説がいっぱいあったし」

「B倉君は全く本読まない?」

「ああ、漫画は読むけどな」

「あと読むとしたら、サッカー雑誌とか?」

 神田さんが面白がるように言って、B倉君は頷いた。


「これ、面白かった?」

 文庫の裏に書かれた簡単なあらすじを読みながら、B倉君が聞く。


「うん。面白かったよ。SFだけど難しくなくて、結構読みやすい小説だと思う」

「そっか」


 そう言ってB倉君は興味深げにもう一度タイトルを確認して、それを片付けた。


 そうこうしているうちに料理が運ばれてきた。

 ボウリングで疲れたせいか、やたらとお腹が減っていた為、勢いよく熱いうちに頬張ったら口の中を火傷した。湯気で眼鏡は曇るし、踏んだり蹴ったりだ。


 やがて三人とも食事を終え、ひと段落付いたところで、ようやくパラレルワールド問題の情報収集を始めた。


「こっちの生活には慣れてきた?」

「まぁ、それなりにね。家事も何もできない訳じゃないし。洗濯機のボタンと炊飯器の使い方さえわかればこっちのもんよ」

「裕君すごい!」

 神田さんがわぁ! と褒めてB倉君が照れる。


 神田さんと再会した事によって、昨日と比べてB倉君のテンションは見るからに上昇している。

 同じ境遇の人が居たという安心感からだろう。しかも、それが愛しの彼女。


「流石に色々おかしいと思ったのか、今更父さんに「病院行くか?」って聞かれたけど、どーせ記憶障害か何かです。って言われて終わりだろうから断った。家の中ではそれなりに地味なこっちの俺を演じてるつもり」


 得意げに、にかっと笑うB倉君に神田さんも頷く。


「うちもそう。お母さんには誤魔化してこっちの私? を演じることにした。明日も戻ってなかったら桜浜に登校しなきゃなんだよね……知ってる子居るかなぁ」

「あー、俺もそれが一番やべーわ。南高の授業についていけない」


 結構大変な状況なのに、三日目にして既に順応し始めているカップルの二人に感心する。

 と、同時に高校入学時から木曜まで一緒に過ごしてきたAの飯倉君が今どこにいるのか考えずにはいられなかった。


 B倉君が言ったように、もし飯倉君とB倉君が単純に入れ替わっているんだとしたら、今頃大人しい飯倉君は北高のサッカー部に呼び出され、知りもしないクラスメイトの彼女と囃し立てられ、注目の的となっている事だろう。大丈夫だろうか。


「母さんが居ないのもだいぶ慣れてきた。なんでこっちの母さんは離婚なんかしたんだろうな?」


 B倉君がそう言って腕を組む。流石に父親に離婚理由は聞けなかったらしい。


「親権、って普通母親が取る事多いよね。という事は、こっちの裕君はお父さんを選んだって事?」

 神田さんがオレンジジュース片手に首を傾げる。


「前に言った通り、小学生の頃に母親が出て行ったって飯倉君は言ってたよ。詳しくは聞けなかったけど他に男作ったとかなんとか」

「浮気かよ。じゃあ、なんで俺の母さんは離婚せずに済んだんだ? その男に会わなかったとか? 知り合いだけど、恋愛には発展しなかった、とか?」


 B倉君と神田さんはうーんと頭をひねっていたが、それ自体はこの現象と関係がないんじゃないかなぁとウーロン茶をすする。


 そういえば、昨日の帰り際に音村さんも似たような事を言っていたな、と思い出した。

 なぜ彼女はあんな事を言ったんだろう。


 飯倉君がB倉君のような人生を送れた可能性。

 そうしたら俺達とは出会わなかっただろう、と言った時の悲しそうな笑顔。


 やっぱり、昨日の音村さんはおかしかった。

 いつからおかしかったのか記憶をたどる。ファミレスで話している時点では普通だった。やっぱり神田邸に向かってからか。いや、そのちょっと前。


 そういえば、音村さんは神田邸に行きたくなさそうだった。

 何故か。神田さんはB倉君の彼女。


 その時、何かが頭の中で繋がった気がした。


「雨野?」


 B倉君の問いかけにハッとして、並んで座る二人に目をやる。


「ごめん、ちょっと確かめたい事があるから帰る。明日ももし戻ってなかったら、その時は学校で話そう」

「え、あ、おう」


 財布から食べた分の金を取り出してB倉君に手渡すと、俺はファミレスを出て高校へ向かった。

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