第3話 土曜

「戻ってません!」


 翌日、ファミレスに集合して一分。開口一番に飯倉君は言い切った。


「そうかぁ。もしかしたら昨日、別れた後、何かの拍子で戻ったりするのかなーなんて思ったんだけど」

「俺も思ってた! けど戻ってません! 北高の飯倉です!」


 土曜の真っ昼間のファミレスはそれなりに混んでいたが、騒いでもワイワイと賑やかで、俺達の声も響かず逆によかった。

 早々に昼飯を食べ終え、それぞれドリンクバーを持ってきて昨日の続きを始める。


「他の豊中出身の子にも何人か連絡して飯倉君と神田さん? の事聞いてみたけど、みんな飯倉君は大人しい人って印象で、神田さんは清楚系で昨日言った通り桜浜さくらはまに通ってるって。でも二人が話しているのを見た事がある人はいなかったなぁ」

 そう言って音村さんはメロンソーダを飲んだ。


 今日の音村さんは、昨日と違って少しだけ後ろで結ぶ髪型をしていて、とてもよく似合っている。

 私服でクラスメイトに会うのは不思議な感じだ。飯倉君とは仲が良かったが、今まで休日に遊びに行くような事はなかったので私服を見るのは初めてだった。


「小、中学校が飯倉君と同じだった子は、飯倉君の両親が離婚してる事、知ってたよ。神田さんとは中学から一緒、なんだよね?」

「うん。美由とは中学で知り合った。小学校は別々だから」


 昨日の今日でここまで調べてきてくれた音村さんに尊敬の念を抱きつつ、俺は昨日プリント裏に書いたものをノートにまとめて二人に見せた。


「色々考えたんだけど、今の飯倉君はこの世界の人間じゃないのかもしれない」


 単刀直入に言うと、飯倉君は「えっ」と声を上げて驚いた。


「俺、宇宙人じゃないよ! 確かに高校とか母さんとかちょっと違うところはあるけど、この辺りは生まれ育った町そのままだし、何も今までと変わらない」

「うん。違うのはそこだけなんだよね」


 昨日、箇条書きにした前の飯倉君と今の飯倉君、それぞれの情報の間に線を一本引く。


「君は『小学生の時に両親が離婚しなかった世界』から来た飯倉君なんじゃないか?」


 ポカンとする飯倉君の前で、コップの氷がカランと音を立てた。


「ここは『飯倉君の両親が離婚してしまった世界』なんだよ。パラレルワールドってやつ」

「え? え、え?」


 まだよくわかっていない飯倉君に「まだ仮説だけどね」と呟いて、ウーロン茶を飲み干す。


「この『離婚した世界』をA、飯倉君の言う『離婚していない世界』をBとする。Aの飯倉君は小学生の時点で父親と二人暮らしになり、中学では部活に入らず家事手伝いに勤しんだ。そして南高に進学し、俺と友達になった。対してBの飯倉君、つまり君は高校生になる今現在まで両親健在で部活に励む学生生活を送ってきた。その間で彼女となる神田さんに出会い、一緒に北高を受験し合格。現在に至る」


「つまり、両親の離婚っていう飯倉君の人生を大きく左右する出来事が起きたか、起きなかったかで、今現在の飯倉君の生活とか性格に違いが出たって事?」


 音村さんがそう言って首をひねったので、俺は頷いた。


「Bの住人である今の飯倉君……ややこしいな、今から君はB倉びーくら君だ。B倉君は一昨日、普段通り北高に通い授業を受け、部活を終えて彼女と二人で帰宅していた。その際、何らかの現象に巻き込まれ、このA世界に飛ばされてしまった」


 Aの北高生がB倉君の事を知らないのはその為だ。Aの飯倉君は南高に進学したのだから。


「じ、じゃあ、髪型とか家具の位置が違うのとか、北高の友達の連絡先が登録されてないのは」

「そのすべてがAの飯倉君の持ち物だからだよ。魂というか、記憶だけワープしてきたんじゃないかな。と俺は思う」


「じゃあ! 今頃俺がいたB? の世界であっちの俺の体にこっちの俺……A倉が入ってるって事?」


 言いながらB倉君は「こんがらがる!」と髪をわしゃわしゃかき乱した。が、それに関しては「わからない」と首を振った。


「B倉君がA倉君の中に入っている今、入れ替わりでA倉君がB倉君の中に入っているのかどうかは今の時点では不明だ。B倉君に体を乗っ取られて眠っているだけで、A倉君の魂は今もここにあって、B倉君が元に戻れば元の飯倉君、つまりA倉君が目を覚ます、なんて事もあるかもしれない。それか、もしかしたら世界はもっと分岐していて、A倉君は今、B倉君のいたB世界とはまた別の世界のC世界とかD世界に飛ばされている可能性もあるかも」


「えっ、俺、元に戻れるんだよね? 助けて雨野!」


 隣に座るB倉君が俺の腕に大げさに抱き着いた。俺のよく知る飯倉君とのギャップも相まって、B倉君は基本的にオーバーで暑苦しい。


「大丈夫、きっと戻れるよー」

 にこにこと能天気に音村さんが笑う。


「それより、B倉君って今までどんな生活送ってきたの? 好きな食べ物とか趣味とかにもA倉君と違いがあるのかな。部活はサッカーだっけ?」

 音村さんが興味深そうにB倉君に聞いた。


 それ、今聞く必要あるか? と思ったが、飯倉君は「うん」と頷いた。


「部活はサッカー。中学からやってる。趣味、は友達と釣り行ったり、やっぱサッカーしたり」

「サッカー好きなんだね」

「こっちの飯倉君は、基本教室で本読んでるからなぁ」


「話を聞いてる感じだと、こっちの俺は相当大人しい奴なんだな」

「うん。でも運動神経も頭も良いよ。俺、テスト順位勝ったことないし」

「そこが謎だよな。俺、中三の時点でかなり成績悪くて、美由に手伝って貰ってなんとか北高受かったから」

「……部活しないで家に帰ってた時間分、勉強してたって事なのかな?」


 俺がそう返すと、B倉君は「俺もその頃からちゃんと勉強してれば、頭良かったのか?」と腕を組んで唸った。

 音村さんが「ドリンクバー行ってくる」と席を立つ。


「あー……俺このまま戻れなかったらどうしよう。南高の授業なんてついていけねぇよ。昨日一日体験して無理だなってわかった」


「戻る為にも、一昨日の放課後に何が起きたかよく思い出してほしい。音村さんの冗談じゃないけどUFO見たとか、怪しい光に包まれたとか。なにか兆候があったかもしれない」


 B倉君はうーん、と考えて、一昨日の出来事を順番にひとつひとつ思い出しながらノートに書き始めた。


「……あの日はいつも通り、美由と二人で部活の話しながら帰ってた。んで、突然、クラって眩暈がしたと思ったら部屋にいた。本当にそれだけなんだよ。体調も悪くなかったし。こっちに来てからは常に「何か違う」気持ち悪さがある」


 という事はこちらの飯倉君、つまりA倉君が昨日の放課後何かに巻き込まれたのだろうか。

 でも彼は恐らく直帰して宿題をやっていた。部屋の中に何か攻め入ってきたとは考えにくい。


「美由に会いたい。知った顔でも見ないと落ち着けない」

 B倉君がしょんぼりとため息をついて、残り少ないコーラを飲み干した。


「でも、さっき雨野君が言っていた事が正しいなら、こっちの神田さんは飯倉君の事をただの中学時代のクラスメイト程度にしか思ってないんじゃない? 高校も桜浜だし」

 ドリンクバーから帰ってきた音村さんがそう言って席に座る。


「もうそれでもいい。とりあえず美由に会いたい」

「うーん、でも流石に本人の連絡先は聞けなかったから、今連絡出来ないよ?」


 音村さんが困ったように笑うと、B倉君は「大丈夫」とこぶしを握った。


「家ならわかる。ここからチャリで行ける」

「じゃあ、行ってみようか」


 俺が賛成すると、B倉君はぱぁっと笑って喜んだ。

 音村さんは何か言いたそうな顔をしていたが、すぐに振り払って「わかった。会いに行こう」と頷いた。





 神田さんの家はファミレスから自転車でおよそ十五分程度の場所にあった。


 静かな住宅街の一角で、俺達三人は誰が呼び鈴を押すかで軽く言い争ったのち、結局B倉君がその役目を担った。


「マジで美由にまで知らない人って言われたらつれぇなぁー」


 意を決してB倉君が呼び鈴を押すと、ピンポーン、と鳴ってすぐに母親らしき人が玄関から出てきた。軽く挨拶して神田美由さんを呼び出してもらう。


 B倉君は元々神田さんの母親とも面識があったようだが、このA世界の母親は当然知る訳もなく「中学で同級生だった飯倉君って子が来てくれたよー」と神田さんを呼ぶ声が聞こえる。


 家には上がらず三人で玄関の前で待っていると、その扉が勢いよく開かれて女の子が現れた。


 これがB倉君の彼女、神田さんか。

 む、かわいい。ロングの黒髪ストレートに左目下の泣きボクロが特徴的な美人さんだ。B倉君、なかなかやるな。


「み、美由」

 B倉君が恐る恐る神田さんを呼ぶと、神田さんは驚いた表情のままB倉君に駆け寄った。


ゆう君……!!」

 抱き着く神田さんをB倉君が受け止める。


「会いたかった……! なんだか訳の分からない事ばかり起こってるの。お母さんは私が北高生じゃなくて桜浜女子の生徒だとか言うし、部屋には桜浜の制服があるし、連絡先も数人消えてて……裕君はそんなこと言わないよね? 私、裕君の彼女だよね?」


 半泣きになりながらB倉君に詰め寄る神田さんを前に、俺は驚きを隠せなかった。

 隣を見ると音村さんもまた、びっくりした表情のまま固まっていた。







「えーっと、つまり整理すると、神田さん。君も木曜の放課後にB倉君と下校中、突然眩暈がしたと思ったら自分の部屋にいた。北高に通っていたはずなのに、部屋には桜浜女子の制服があり、親にも桜浜に通っていると言われた。と」


 俺がノートにまとめながら聞くと、神田さんはこくりと頷いた。


 B倉君と神田さんの感動の再会に一区切りついたところで、神田さんは後ろにいた俺と音村さんの存在にようやく気づき、部屋に招き入れてくれた。

 女子の部屋に入るのは初めてだったのでなんだか落ち着かなかったが、当の本人はB倉君との再会で胸がいっぱいなようで、もう一人男子がいる事なんてお構いなしのご様子だった。


「裕君と二人で帰ってたら突然フラっとして、気がついたら部屋にいたの。慌てて裕君に電話しようとしたら、番号が消えてて」

「全く同じだ……な! 雨野! 嘘じゃなかっただろ!」

「そうだね、二人して同じ嘘をついているとは思えないし」


 聞けば、神田さんは昨日、桜浜には行かず一日中家に居たのだという。

 親も友達もひっくるめて何かに化かされているのか、それとも自分がおかしくなってしまったのか、と色々考えるうちに体調不良になり動けなくなってしまったとか。

 気持ちはわかる。俺だってそんな状態になったら怖くて動けなくなるかもしれない。


 今更ながら、自分が今まで通ってた制服と違う高校の制服が家にあったとして、その高校まで来る決断をしたB倉君のメンタルすごいな、と密かに感心した。


「裕君は、南高生になってたの?」

「うん。そこで雨野と音村さんに会った。雨野は、こっちの世界の俺と友達なんだ」

「こっちの世界?」


 神田さんが首を傾げたので、俺は昨日B倉君と音村さんとで話したパラレルワールド説をもう一度唱えた。


 神田さんは「不思議な事が起きてるんだね」とわかっているのかわかってないのか、よくわからない相槌を打って、情報をまとめたノートを真剣に眺めていた。


「神田さんはB倉君と中学の時から付き合ってるんだよね? 詳しく聞いてもいいかな?」

「私に答えられる事なら……」


「まずB倉君と付き合う事になったきっかけは?」

「……中学の時、私はサッカー部のマネージャーをやってて、裕君とはそこでよく話すようになって……二年生で同じクラスになったから教室でも話すようになって……って感じかな」


「じゃあ、北高を受験した理由は?」

「裕君と同じ高校行きたくて。二人の学力的に無理なくて、サッカー部もあるから」

「な、俺の言った事と一緒だろ?」


 B倉君が得意げにそう言ったので俺は「そうだね」と頷いて二人の北高志望理由をノートに書き足した。


 それから、二人の初デートやら告白した場所なんかも確認したが一致した。

 神田さんにB倉君の両親の事を聞いたら、離婚しているどころか飯倉邸を訪れた際に母親とお菓子作りまでした事があると言われた。


「君達二人は同じB世界からこのA世界に来てしまったんだと思う。言っている事も一致してるし、移動してきたと思われる一昨日の放課後も一緒に居たわけだし、二人一緒に何かに巻き込まれたんだろうね」


 それに、B倉君と同じ世界の記憶を持つ神田さんの登場によって、俺のパラレルワールド説は急速に現実感を帯びた。

 が、なぜ二人が移動してきてしまったのかがわからない。


 そこから特に有益な情報を掴むことはなく、あっという間に夕方になって夕食の前に俺達は神田邸を後にした。

 B倉君はもう少し残ると言うので音村さんと二人で玄関を出る。きっとカップル同士で話す事でもあるのだろう。


 そういえば、神田邸に着いてから音村さんは一言も話さなかったな、と気がついて自転車の鍵を外す音村さんに目をやる。

 ファミレスでは元気に話していたのに。


「……どうして、この世界の飯倉君の両親は離婚しちゃったんだろうね」

 自転車にまたがった音村さんがぽつりと呟いた。


「もし離婚しなかったら、私達の知る飯倉君も、B倉君みたいに明るく元気なサッカー少年だったのかな?」


「……多分ね。でもそうしたら彼は南高じゃなくて北高に進学する。俺達に出会う事もなく、一緒に進学した彼女の神田さんと幸せに暮らしていた事だろう。まさにB倉君のように」


「……そっか、そうだよね」


 音村さんは何か諦めたかのように、寂しそうに笑った。


 が、すぐにそれを引っ込めて、いつも通りの明るい声で「私、用事あるから帰るね! お疲れ!」と言ったかと思うと、すぐさまサーッと自転車を走らせて行ってしまった。


 家に着くと、B倉君から「明日も集まろう。美由も参加する」とメールが来ていた。

 元からそのつもりだった俺は「OK」と送信し、画面を閉じた。

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