第2話 金曜②

「飯倉君が言っていた事を整理してみたんだけど」


 放課後、授業が終わり、生徒が帰った教室で、俺と飯倉君は昼休みの続きを始めた。


「君は飯倉裕也いいくらゆうや君で間違いないよね。誕生日も、血液型も言える。住所も変わりない、年齢もわかる」

「ああ」


「君が言うには、君は北高の生徒で、サッカー部に所属。クラスに友達がたくさんいる平凡な男子生徒で母親も健在」

「そう」


 俺は自分で言いながらその一つ一つをいらないプリントの裏に箇条書きしていく。


「でも、俺の知る飯倉君は、南高の生徒で一年の頃から俺と仲良くしてくれている、大人しめの生徒だ。小説をよく読む。部活もやってない。両親が離婚して母親はいない為、父親と二人暮らし」


「どういう事だよー」

 飯倉君が嘆き、頭を抱える。


「俺が考えるにこれは」

「謎の組織に記憶をいじられちゃった……とか?」


 突然の女子の声に、俺と飯倉君は驚いてその声の主を見た。


 いつの間にか飯倉君の後ろの席に座っていたその人は、机の中から何かの教科書を取り出して「やっぱりここにあった」と鞄に詰めてからこちらを見た。


「私が考えるに、昨日、飯倉君は下校中に、この世界を脅かす壮大なスケールの重要機密を偶然知っちゃったんだよ。それで、その秘密を洩らしたくない組織が飯倉君の記憶をいじって聞かれた事をなかった事にした!」


 ドヤ顔で迷推理を披露した出席番号三番の音村おとむらさんは、ぽかんと口を開けたまま「まじかよ」と驚く飯倉君を見て吹き出した。


「突然ごめん。昼休みに話してるの少しだけ聞こえちゃってから気になってたんだよね。飯倉君の様子もおかしいし」


 音村さんはクラスでも目立つ、明るい性格のスポーツ女子だ。俺は今まで話した事は一度もなかったが、誰にでも気さくで友達も多い。


「いつからそこに?」

「さっき。忘れ物したから取りに来たの。二人とも話に熱中してて、私が教室入ってきたのに気がついてなかったけど」


 全然気がつかなかった。


「えっと、君も、俺の友達?」

 飯倉君が困惑したまま聞くと、音村さんは「うーん?」と首を傾げた。


「そうだなぁ、今まで特別話した事はないクラスメイトって感じかな。覚えてない?」

「ごめん、わかんない」

「彼は昨日まで北高の生徒だったそうだ」

「ほう……昨日も飯倉君の背中を見ながら授業を受けたけどねぇ」


 両耳の下で二つに結んだ髪をくるくると指でいじりながら、音村さんは興味深そうに飯倉君を見た。


「じゃあ昨日の放課後、事故に遭って記憶が改変された! とか?」

「音村さん、適当な事ばっかり言わないでよ。飯倉君、悩んでるんだから」


 俺の忠告に音村さんは「可能性の一つだってば」と笑って返し、飯倉君の後ろから先ほど箇条書きにした飯倉情報を覗き込んできた。

 プリントを手渡すと、音村さんは「ふむふむ」と何やら頷きながら目を通し、飯倉君に返却した。


「でも不思議だね。昨日までの記憶が全くない! ならまだしも、北高に通っててお母さんは離婚してない。って記憶が上書きされてるなんて」

「小学校とか中学の記憶はどうなってるんだろう。それも実際とは微妙に違うのか?」

「受験は? ここの入試に落ちたから北高受けたの?」

「いや、元々北高が第一希望だった。美由みゆと約束して一緒に受かろうって……そうだ、美由!」


 飯倉君は突然椅子から立ち上がると、ブレザーの中から携帯電話を取り出してしきりに何かを捜し始めた。


「昨日、美由も一緒に下校してたんだ。だから美由に会えたら、何かわかるかも……くそ、なんで番号登録消えてんだよ! 美由だけじゃない、智樹も、太田も、サッカー部のやつらも、北高の知り合いの番号全部登録されてない……」


 呆然として立ち呆ける飯倉君に「とりあえず落ち着け」と声をかけて座らせる。


「その、みゆ、さんは飯倉君の友達なの?」

 音村さんが恐る恐る尋ねた。


「友達っていうか……彼女」

「飯倉君、彼女いるんだ」


 まじか。

 驚いてつい口に出すと、飯倉君はこくりと頷いた。


「うん。神田美由かんだみゆ。中学から一緒」

「飯倉君って豊中だったよね。音村さん、豊中出身の知り合いいない? もしくは北高の女子の連絡先とか」


 俺がそう言うと、音村さんはハッとして「え、あ、ちょっと待ってね」と携帯電話を取り出し調べ始めた。


「あ、私の中学の友達で北高に行った子がいるからメールしてみるね。えっと」

「二年三組の神田美由。あ、でも、もし俺の事知らないって言われたらどうしよう……」


 うろたえる飯倉君を横目に、音村さんがメールを打つ。返信はすぐに来た。


「ん?『私、二の三だけどそんな人いないよー?』だって、よ?」


 受信したメール画面を飯倉君と二人して覗き込むと、首を傾げたキャラクターがクエスチョンマークを飛ばしていた。


「え、いや、そんなはずないって! その子の名前は」

丸井楓まるいかえで

「丸井さん……美由と仲良いのに」

「楓の事知ってるの?」

「だから同じクラスなんだって」


 項垂れる飯倉君を横目に、俺は今得た情報を頭の中で整理していた。


 飯倉君の彼女、カンダミユさん。

 飯倉君の中では一緒に北高に通っていた事になっているが、実際は二人とも通っていない。が、今現在、北高の二年三組である音村さんの友達、丸井さんの事は知っている。


「……どうなってるんだ。俺と美由の記憶がみんなの中から消えてるって事なのか?」

「いや、そうとは考えにくい。音村さん、このクラスで豊中出身って誰がいたっけ?」

「豊中は……真帆と優香ちゃんがそうだったような。電話してみる」


 そう言って音村さんはすぐに電話をかけた。

 この場に音村さんがいてよかった。俺は女子の連絡先は全く知らないし、そもそも人脈がない。


「あ、もしもし真帆? あのさー、ちょっと聞きたいんだけど、中学の同級生でカンダミユって子いたの知ってる? え、ほんと。今、その子どこの高校行ってるか知ってる? うん。えっ、桜浜さくらはま? そうなんだ。あ、ううん、大したことじゃないんだけどね、ありがとー助かったー、じゃあねー」 


 早々に電話を切ると、音村さんは俺と飯倉君を交互に見た。

「だ、そうです! 桜浜女子さくらはまじょし高校!」

「そういえば桜浜は美由がすべり止めに受験してた……」


 その時、完全下校時間を知らせるチャイムが鳴り響いた。

 いつの間にか日は落ち始め、窓の外にはあと三十分もしたら夜になりそうな空が広がっている。


「とりあえず今日はここまでにして、明日また集合して考えよう」

「どこに集まる? それと連絡先……」

「あ、私も教えて」

「飯倉君は、多分だけど俺の番号登録してあると思う。けど一応確認して」


 音村さんとアドレス交換をしているうちに飯倉君は俺のアドレスを確認したようだった。あ行だから見つけるのも楽だった事だろう。

 その後、飯倉君と音村さんがアドレス交換をして、今日はお開きになった。


 明日は土曜なので学校は使えない。

 どこに集まろうかな、と考えているうちに、音村さんから「自転車で表通りのファミレス十一時集合!」とメールが送られてきた。有り難い。


 今日はいろんな事を考えすぎて頭がおかしくなりそうだ。甘いものが食べたい。


 でも、もしかしたら明日になったら飯倉君は元に戻っていて「昨日はどうかしてたよー」なんて言うのかもしれない。

 住所は変わっていないと言っていたけど、飯倉君は無事帰れただろうか。なんて、今更になってぼんやりと思った。

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