オッドアイの攻略対象は二君に仕える
「というわけで、まずは攻略対象を攻略しようと思う」
「意味がわからないよ?!」
渡したメモ通りに夜中にやってきたフィーに宣言したら間髪入れずに突っ込みがなされた。
「思った以上にエンリケッタの周りが安定していたんだ。フィーもいるし、あれならしばらくは大丈夫だろう?」
当初の想定ではオルフィーナが転生者でないか、あるいは転生者でも御しやすそうなら、なるべく彼女が進んでいるルートを支援しつつ、攻略対象とエンリケッタの接触を阻み、そうして時間稼ぎを行なっている間に国内の皇太子派をまとめて、自分の立場を固めてからエンリケッタとの駆け引きを楽しむつもりだった。
オルフィーナが場を引っ掻き回すタイプの人間なら、魔獣襲来イベントまでは何とか抑えて、終わったらアダルベルトの婚約者にでもして卒業前に早々に学園からご退場願う。
卒業パーティーでエンリケッタが婚約破棄され、ヒロインに今まで自分がした仕打ちの仕返しを受け、見下され、マウントされる————いわゆる『ざまぁ』される場面に助けに入るのも、『間一髪で助けに入るヒーロー、そして大逆転』という物語的な筋としてならありだろう。
しかし、そんな他の選択肢がないから仕方なく私を選んだというような状況は、私のプライドが許せない。
なによりヒロインごときに私のエンリケッタがざまぁされかけるなんて事態の発生が許せない。
————悪役令嬢を落とすにも美学があるのだ。
駆け引きに長けた悪役令嬢に、相手のフィールドで勝負を挑んでこそ。
虚と実を織り交ぜた態度で迫って、私の行動でエンリケッタが翻弄される姿がみたいんだ。
そのためには厄介な場合のオルフィーナは消えてもらった方が都合がいい。
もっともこの世界のエンリケッタは、私の想定なんて軽く超えてきた。さすが私のエンリケッタ。現実になるとさらにすごい。
イメージ的には孫悟空のお釈迦様のような。全ては彼女の手の内。浅はかねと艶やかに笑って、私の考えにそっと唇を寄せてふうっと吹き飛ばす感じ。
その図を想像してしまって悶絶する。良い。余裕な感じがとても
「ひーちゃん、帰ってきて」
フィーが額に指先をつけて緩く頭を振りながら、これみよがしな深いため息を吐いてきた。
「説明してるつもりだろうけど、何もわからないからねそれじゃ。しかもその顔、またエリカちゃんのことでろくでもないこと考えてるでしょ。もうほんとにひーちゃんは……」
必要なことは伝えたつもりだったのに、残念な子であるフィーには何も分からないらしい。仕方ない。噛み砕いて分かりやすく説明するか。
「分かった。一から話そう」
「今更キリッとした顔しても無駄だよ」
「私は皇太子だけど、立場はかなり危うい」
「うん」
「エンリケッタの実家の事情は知っていると思うけど、彼女を手に入れようと思ったら、その辺の面倒ごとを解決できる権力がなければならない。ここまではいい?」
「すごく馬鹿にされてる気がするけど、いいよ。続けて」
眉をひそめたフィーに案外聡いなと感心して、褒美に目の前の茶菓子の皿から薄桃色のマカロンを一つ摘まみ上げる。
フィーの口にそれを軽く押し付けると、甘いものに忠実なフィーは従順に口を開く。
静かにさせるには昔からこれが一番効く。
ほんのり耳が赤い気がするが、フランボワーズの味が好きだからだろう。
「だから皇太子の地位を安定させなきゃならない。というより、このまま行けば殺されるからね。どっちにしろ皇帝になるか死ぬかだ」
言葉で確認する代わりに目線で話について来てるか聞くと、フィーはもぐもぐと口を動かしながら頷いた。
「それと同時に、捧剣のストーリーが進むのも調整しなきゃならない。今回はヒロインがフィーだったけど、例えばよく分からない奴でバッドエンドになったりしたら困る。エンリケッタが必要以上に攻略対象に近付くのも阻止したい。エンリケッタの革命逆ハー女帝エンドや娼館の主エンドなんかに辿りつかれたら私は発狂する自信があるよ」
「……だろうね。というか婚約だってひーちゃん以外とさせる気ないよね。友達としてはエリカちゃんに逃げてって言いたいとこもあるけど、ひーちゃんなら絶対幸せにするだろうし、ひーちゃんも幸せだしうぅぅ」
フィーがなにやらうわ言のようにブツブツ言いながら頭を抱えている。何をグルグル悩んでるのか知らないがエンリケッタが逃げようとしたところで私は逃す気はないのに。彼女のためならば手を離すけれど、そんな状況は発生させない。私がいることが誰よりも彼女のためになる、今やっているのはそういう環境作りだ。
フィーには構わず話を続ける。
「学園での立ち回りも要注意のはずだったんだ。私が早期帰国して貴族内の派閥をまとめることで学園にどんな影響がでるのかも分からなかったし、ゆっくりと時間をかけて慎重にやるつもりだった」
「わたしがオルフィーナだったから変わったってこと?」
「そう。そしてエンリケッタもゲームの頃とは違う。あれはゲームの頃とは違った求心力で人間関係を掌握している。攻略対象もゲームの頃とは違うし、私がやるべきことはそんなにないようにみえた。昨日の感じだとね。だから攻略対象を先に攻略しようと思った」
「また話が飛んでるよ!最後んぐ」
せっかちなフィーにマカロンをもう一つ進呈。ピスタチオのやつ。よし、笑顔になった。
「ようは先に皇后を降ろすことに専念しようと思ったってことだよ。エンリケッタとは友達関係にはなるつもりだけど、彼女の周りに関しては現状維持がよさそうだった。私がやることはないようにみえた。ただ皇后を降ろすにも私には味方が少ないから。将来の側近をここで捕まえておきたい。だから攻略対象には私に忠誠を誓ってもらおうってこと。彼らの実家は使えるところも多いし、ポテンシャルが約束されてる」
「なるほどね」
納得したように頷いている。ようやっと思考が追いついたようだ。あとは彼女がやるべきことだけをスパッと言うことにした。
「攻略対象と親しくするつもりで動くから、フォローをお願い、フィー」
「うん。分かった!」
コン、という心地のいい木の音が響いたのはその時だ。
リズムよく四回。そして静けさが帰ってくる。
来たのか。まるで見計らったようなタイミングだ。
体を震わせて、扉の方を見ながらどうしようと小声で言うフィーに座ったままでいいと伝えて、迎えに立った。
扉をあけて、視線を下に。
「お兄ちゃんがジュストさん?」
「ああ。いらっしゃい。待っていたよ」
見上げて来たその人物を招き入れる。
年齢不相応に堂々と入って来たその子に、フィーが息を飲んだ音がする。
「こっちに。座って話そう」
先刻までいた席に戻って、傍にあった一人がけの椅子を勧めた。
赤と黄色のオッドアイを興味深そうに動かして部屋を眺め回していた少年は素直に椅子に腰掛けた。
私の向かいで彼を凝視するフィーをちらりと見て、片眉を上げて問いかけてくる。
「このお姉ちゃんは?お兄ちゃんの恋人?」
「気にしなくていい。協力者だ。君と同じね」
「……なんでリオがこんなところに」
思考停止状態から戻って来たフィーが思わずといった風に呟いた。この考えなしが。
もっとマカロンを詰めとくべきだったかもしれない。
「あっれ〜。どこかで会ったことあるっけ?どうして僕の名前を知ってるのお姉さん」
リオ————もう一人のシークレット攻略者、リベリオは、瞳に警戒を浮かべて、探るようにフィーを見ている。普段は城下街の一角を束ねるマフィアの
リベリオの件にはそのうちフィーも関わらざるをえなくなるので、説明を省くついでに早いうちに心構えをさせておこう思い、今夜あたり彼が訪れるのを予想しつつ、あえてフィーを呼んだのだが早まった気がした。
少なくとも事前に予告は与えておくべきだった。まさかここまで動揺するとは。
矛先を変えるために口を挟む。
「先ほど私が伝えた」
私を見上げたリベリオは、一瞬視線を落として考える。
「ふぅん。まあいいや。……僕がお兄ちゃんに協力するかだけど、お兄ちゃん次第だよ。本当に知ってるの?妹たちを助ける方法」
威圧がこちらに向けられるが、リベリオの瞳の奥には期待と諦観と懇願が交互に見え隠れしていた。
無理もない。彼はあの地獄の中に大事な人間を置いて来ている。きっと彼の脳裏には理性を失って獣のように暴れまわり、ことによっては体の一部を異形のように変形させた彼の妹たちの姿が蘇っているはずだ。
製作陣が何を考えたかゲーム内ではムービーで実装されていたが、映っている人物になんの思い入れがなくてもトラウマな出来だった。
幼い頃から彼らと共に過ごし、辛い環境の中にいて唯一心の支えとなっていた人間がそのように変貌して苦しんでいるのを目の当たりにしたリベリオの心中は推して知るべしだ。
「ああ。知っている」
「本当に?嘘をついてたら許さないよ。あんたが皇太子さまでもね」
皇太子と知ってなおそれを歯牙にかけず、敵意を隠すこともなく苛烈に睨みつけてくる。それを真正面から受けて、私は鷹揚に頷いてみせた。
「保証するよ。根治には少し時間が掛かるけどね」
「なんでだ」
リベリオは騙すつもりなら今すぐ喉をかき切るぞ、とでも言いたげに目を細める。あるはずもない殺傷力が彼の視線にはあると錯覚するほど鬼気迫っていた。
ゆっくりと瞬きをして余裕のある態度を崩さずリベリオを見つめ返す。もちろん私に騙すつもりなどない。真実を伝える方がよほど効果的なのだから。
「あれは、
「……あんたはあれの原因が分かるってのか」
「分かるさ」
そこで言葉を切って、足を組む。できるだけもったいぶってから、私は重々しく告げた。相手が喉から手が欲しい情報を持っていて、私には選択肢があるけれど、向こうにはない。場を支配するのは簡単すぎるくらいだ。
「あれはね、呼ばれているんだよ。あそこから」
そう言って親指で肩越しに背後を指す。見なくても分かる。窓の外に広がっているのは、夜の空の藍色だ。
「魔獣返り。それが君の妹たちが苦しんでいる原因だ」
リベリオは思案に沈もうとしているように見えた。考えさせるのは後だ。今は畳み掛ける。
「だからこれを。水でもスープでもいい、混ぜて飲ませろ」
懐から準備していた小瓶を取り出し差し出す。中身の変質を防ぐために外側を真っ白に塗られたそれは、灯火を受けてほの赤く染まっている。
「……これは?」
「私の血だ。気味が悪いだろうが効く。魔獣の天敵は精霊の力だ」
腕をまくって、止血してある注射の跡を示す。リベリオがわかりやすく瞠目した。
「皇太子が体を傷つけたのか!?貧民のために」
問われるがその質問には答えない。恩着せがましい手柄の主張をしに来ているのではないから。
何も言わずにいる私に、リベリオが高ぶった感情を表面上は抑えて、静かに訊いてくる。
「なんでここまでしてくれるんだ」
「本来はそれが、皇帝のやるべきことだからだよ」
組んだ足を元に戻し、体ごとリベリオに向き直る。
「始祖の血を失ったのは私の祖先の責だ。私が代わって不義を詫びる。すまない」
そう。これは本来であれば皇家がすべきこと。都合よく位に付属した責務を視界から消し、ただひたすらに万民の上に立つその力だけを見て、欲に脳を融かされた人間たちが今の皇家。
城下にはびこる奇病の意味も理解せず、天空城の存在をどうせ伝承のものと軽視し、今の自分に降りかかってこないものは無いものと考えた者たちの末裔だ。本流である皇帝を弑した、宰相。彼らのためにこの国は精霊を宿す濃い血を失った。
「…………」
頭を下げた私を、リベリオは途方にくれた様子でみている。
リベリオは貧民街の孤児院出身だ。良心のある神官のもと貧しくも穏やかに暮らしていたが、大昔に関係のあった娼婦が自分の子を
冷酷非道なマフィアの
それから三年で先代が亡くなったためリベリオは幼くして、城下街の一角を締める大ファミリーの頭領になった。
そんな彼は、ゲーム内でのエンリケッタの情報係だ。貴族至上主義のこの国で、平民に注意を払っている貴族は案外少ない。羽虫なんてものは、視界の中をこれ見よがしに通らない限りあえて殺しにいこうとはしないものだ。
そこに目をつけたエンリケッタは、リベリオを介して平民を利用し、目障りな貴族の弱みを探っていたのだ。
代わりにエンリケッタが提供したものは、薬。
時系列が前後するが、シナリオの流れとしてはまずリベリオが八歳でファミリーを継ぐ。
子供、それも孤児院出身で数年しかまともな教育をされていない人間がトップなんていうのは、他の派閥から当然なめられる。古参の幹部は幼主を盛り立てようとするが、大きな組織で一枚岩なんてことはほとんどない。リベリオはもはや誰が本当の味方なのかも分からず、暗澹としていた。
これと時を同じくして、彼の心の支えとなっていた孤児院の仲間たちが原因不明の奇病を発症。
孤児院は周囲から疎まれ、心ない落書きがなされたり、腐った卵や野菜が投げ込まれるなどの嫌がらせが頻発する。
リベリオはなんとか仲間を救おうとするが、唯一効果があると言われている薬は貴族が独占しており手に入らない。目の飛び出るような高価な薬を買う権限も当時の彼にはなかった。ましてや貧民に使うなんて考えもできないことだった。
リベリオは仲間たちに何もできず一人無力さに咽び泣き、神を呪う。回想にこのシーンのイラストが出てくるのだが、青が基調のステンドグラスをバックに、白い髪の少年が地を掴みながら号泣する様が思わずはっと息を飲む出来で根強い人気を誇っていた。
————この時、彼に手を差し伸べたのがエンリケッタだ。エンリケッタは窮地にある人間こそ最良の駒に化けることをよく知っていた。
子飼いにしていた貴族の男を使ってまずはリベリオの後援とさせる。貴族に喧嘩を売るバカな人間はいない。これによってリベリオはまずは借り物の力で他を抑え、その間に着実と地力をつけていった。
そして、エンリケッタは別の者に王宮の研究所から薬を持ち出させ、それもリベリオに与えた。
リベリオはエンリケッタにより生きる道を照らす灯りと、鎖付きの靴を渡された。
それはエンリケッタが自分のためにしたことだ。けれど彼女の行動がなければリベリオは潰れていただろう。彼を救ったのは他のだれでもなく悪役令嬢その人だった。
それはリベリオも認めている。利用されていると分かっていてなお、リベリオがヒロインにこう話すシーンがある。『僕にとっては救いだった。それだけだ。皆が僕の声を聞こうともせず、煩わしそうに手を振り払って、背を向けて立ち去る。たまに誰か笑顔で近付いてきたと思えば刃物を忍ばせてる。このくそったれな世界で、あの方だけがここまで降りてきて、本当に必要なものを与えてくれたんだ。僕のためじゃなかった?それがなんだっていうんだ。それでも、あの時、手を差し出してくれたのはあの方だけだった。僕は確かに救われた。事実はそれだけだ』
美談だ。————けれど本来それではいけないのだ。
なんども言うが、私が、私たちが、やるべきことだった。
魔獣返りを起こすのは魔獣と混じった地上人の末裔。天空城の接近とともに血に潜んだ因子が活性化して発症する。天空城の封印が適切に機能していれば起こりえない症状だ。
皇家の存在意義である封印の守護、それを忘れ去ったから悲劇は起こった。
ゲームでは精霊の血という絶対的な価値を、ヒロインに付与するために作られた設定なのかもしれないが、現実となった今は愚かな行為はきっちりと重さを伴い、その責は本人たちのものに止まらない。
リベリオを過去に追い詰めた原因の一端は我らにある。
そして、過去だけではない、これから起きることに対しても私にはなすべきことがある。
「許してくれとは言わない。世の中には償えることと償えないことがあり、許せないこともある。許さなくてもいい。私が血を用意したのもすべきことをしただけで、それでもって何かの交換材料にしたいわけじゃない」
願うときは真摯に。嘘はいけない。隠す事実も後に相手が裏切りだととらないものだけ。
「だから協力してほしいというのは、私の個人的な願いだ。頼む、手を貸してくれ。このまま皇后の思惑通りアダルベルトが皇帝になれば、魔獣返りで苦しむ民が増えるんだ。アダルベルトでは精霊を御せない」
「…あんたはできるってのか」
「ああ」
「証拠は?」
「手を。掌を上に」
怪訝な顔をして差し出された右手に、アダルベルトの秘密を指で書き込む。
「……ははは、マジかよ」
私は黙って頷いた。
「俺に伝えていいのかそんなこと」
「率直にいうとそれくらい追い詰められているということだよ。そして直接会って君ならば大丈夫だと判断したのもある。これで証拠にはなっただろ。冗談では済まないことだ」
リベリオは手の中の小瓶を握っては指を緩め、何事も話さない。そこで私はもう一枚カードを切ることにした。
「……君がフォルネウス家のエンリケッタに恩を感じているのは知っている。寝返ろとは言わない」
リベリオの肩がびくりと震える。
この世界でもエンリケッタがリベリオに関してゲームと同じ行動をとっているのかは賭けだったが、彼の反応を見る限り、私は賭けに勝ったようだ。
リベリオのエンリケッタへの心酔は凄まじく、彼を攻略する際にはオルフィーナも反則の絡め手を用いなければいけなかったほどである。具体的に言うと、オルフィーナは休みの日に孤児院に通いつめ、距離を縮めてリベリオと友達になった後に、エンリケッタが配達させている薬には彼が裏切った場合の保険として依存性のある薬物が混入されていると伝えた。その薬物の効果で、本来ならば治るはずの病が治らないとも。
二心なく仕えていた彼は、自分の気持ちを踏みにじられ、大切な仲間を傷つけられたと憤怒の沼に落ちる。そのためリベリオルートのエンドではエンリケッタへの直接的な復讐が入るものが多い。
なお件の薬物を混入させたのはオルフィーナに唆された研究員の一人で、エンリケッタは何も知らない。 魔獣返りを治すには精霊が必要なので、薬の効果で云々というのも大ウソだ。
「……あの男か。僕に接触して来たチャラい男」
探らせたのかと言いたいのだろう。ゲームの知識で知っていただけだが、勘違いするなら勝手にさせておく。
「あれはルカだ。これから連絡係に使うと思う」
「僕の返事が決まってるみたいな言い方だな」
こちらを挑発するように笑う彼に、私も口の端を吊り上げてみせる。
「まさか。ただ、二心を抱くことに抵抗があるならそれは問題にならないと言っているんだよ。むしろ彼女への忠誠は捨てるな。そのまま忠義を尽くせ。彼女への忠誠は私へのものと矛盾しない。いや……しなくなる」
アームレストに肘をのせ、頬杖をついて意識して意味深に微笑んでやると、リベリオはへえ、と呟いてニヤリと唇を曲げた。含意を理解したらしい。
「……なるほど、面白そうだな。いいぜ、手を貸そう。雇われてやる。城下のことは任せな。あんたの支持者一色にしてやるよ。なんならロマの連中を使って帝国中の民を味方につけてやってもいい」
ただし、と続ける。
「こいつが効くって判ってからだからな。あと金がいる」
条件をつけつつ、彼自身あの血が効くことをほとんど信用したような物言いだ。
「いいだろう、ルカに渡しておくよ。金額はあいつに言え」
「はん。気前のいい主人は好きだぜ」
「金で済むなら文字通り幾らでも安い」
「ひゅ〜。さすが皇帝になる奴は言うことが違うな」
リベリオは口笛を吹いて、色の異なる虹彩に同じ獰猛さを宿しながら、正反対の軽い調子でそう囃す。
そして一転。
「大口叩きすぎて道を外すなよご主人様。そのときはどんな手を使ってもあんたを引きずり降ろすからな」
真剣な色を帯びたオッドアイで睨みつけられる。
これは脅しというよりは忠告だ。この歳若いマフィアのドンは存外心根が優しい。
「安心していいよ、私はできないことは言わない。そして一度した約束は違えない。それより待たせて悪いね。根治には精霊の力が必要だが、精霊を得るためにはまだ準備が足りない。今年中にはなんとかなると思う。
「わかった」
「ああ、それとエンリケッタには私のことは未だしばらく内密にしてほしい」
「なんでだよ」
「……あまり煩わせたくないのと、その、場を全部整えてから自分で本人に伝えたいんだ」
下手に隠し立てして無い腹を探られるよりはストレートに、と思って伝えたのだが。
リベリオは人目もはばからず爆笑した。ここにきてから初めての年相応の顔に、少しは心を開いてくれたのだと理解する。
理解はするが、納得はいかん。
「その顔でロマンチストとか。やってることは腹黒いのに初心かよご主人様。まあわかった!内緒にしておいてやるよ!自分で伝えたいんだもんな!」
こうして白髪のシークレットキャラが私の陣営に加わった。
なおこの後、ずっと放置していたフィーが拗ねてむくれて、私はしばらく菓子を献上し続けることとなる。
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