カンファレンスと十メートル

 

「なんか顔真っ青じゃね?」

「それ、カンファレンスが始まる前に言う言葉じゃないと思うんだけど」


 内川が僕の様子を特に心配もせず、世間話をするための口実として話しかけてきた。


「いや、本当だし。体調悪かったら休めばいいのにさ」

「ご心配どうもありがとう」


 カンファレンスは昼休憩前に始まる。

 場所は詰所と呼ばれる部屋で、その言葉通り僕らが集まると詰め込まれたような息苦しさを感じる小さな部屋だった。

 その詰所は人間がたくさん入ってもただでさえ息苦しいのに、小さい冷蔵庫、二世代ほど前のパソコン、全員が座れない机に、日曜大工で作ったかのような本棚と所狭しに並べられていた。

 さらに座り心地が最悪の丸椅子もあった。

 数ヶ月前は、全ての業務が終えた十九時に五階にある会議室でカンファレンスがあったのだが、ある日を境に昼休憩の前に行われることになった。


「なんで昼前にカンファレンスするようになったんだっけ」


 退屈そうに内川が欠伸をする。組んだ足を机代わりに、そして裏が白い広告用紙をメモ代わりにしていた。

 僕は股関節が硬いから彼のやっている姿勢ができない。いや、多分……中年に入ったら誰でもなってしまうメタボリックシンドロームのせいかもしれない。いや、多分……僕の足が太いからかもしれない。

 考えたくない。


従業員ぼくらの集まりが悪いからだよ……内川カンファレンスに参加しないで何ヶ月だった?」

「えーっと……三十六ヶ月?」


 内川、反省する気なし。

 いや、一年くらいは予想していたけど……長すぎだろう。まぁ、僕も忙しくて半年近く参加してないけどさぁ。それはないだろう。

 思わず僕は申し訳ない顔をして呟いた。


「ヶ月で数えれるものじゃなかったか。すまない」

「いやいやいやいや、年数で数えなくても良くない? ヶ月にしようよ」


 内川も僕の行動に動揺したのか訂正をしようとする。

 でもさぁ。三十六ヶ月の不参加は僕はフォローできないよ……。


「じゃあ三十六ヶ月と三年、どっちが短く感じる?」

「……三年?」

「じゃあ三年にするか」

「そうだな」

「じゃあ、始めますね」


 部署の主任が椅子に座った。




 ◆




 カンファレンス……といっても殆どは僕らのような下っ端が怒鳴られるイベントでしかない。

 このアクシデントは誰のせいなのか。から始まって、犯人がわかった時点で主任がきついお言葉で僕ら下っ端をお叱りになるだけだ。

 いわば、主任のストレスが僕らに飛んでくるようなものだ。

 内川が三十六ヶ月もカンファレンスに参加しない理由はここにある。


「……今日の主任超機嫌悪かったな」

「……あぁ、だいたいリーダーのせいだって言うのに」


 ケラケラと笑う内川と僕はエレベーターで食堂まで向かっていた。

 エレベーター内には僕たちしかおらず、僕はエレベーターのパネルの前に、内川はエレベーターの壁にもたれていた。


「今日飯どうするんだ?」

「購買で惣菜パンを買うけど……」

「おー、そうか。俺も今日は愛妻弁当持ってきてないからパン買うかなぁ」

「パン、買うのやめろよ」

「何故?」


 僕はジロリと内川の顔を見た。


「僕の分がなくなるから」

「……」

「……」


 エレベーターの扉が開かれると同時に僕と内川は走り出した。

 スタートダッシュはほぼ同じだった。

 食堂にたどり着くまでにはだいたい十メートルもない。つまり、この勝敗はいかにスピードに乗れるかが勝負なのだ。

 くそ、中年スレスレの僕が勝てるわけがないじゃないか……。

 少しずつ内川の背中が遠くなっていく。


「お姉さんこれ、よろしく!」

「ちっ……!」


 内川は最後のパンを掴みレジに勢いよく置いたのと同時に僕は舌打ちをした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

アラサー男、家出少女を飼う。 綟摺けんご @Maruta0704

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ