机に置かれたメモ

 

「よ、隣いいか?」


 仕事が一通り終わり昼休憩になった僕は、食堂で惣菜パンの袋を開けた時、内川に声をかけられた。

 内川とは、僕の一つ下で僕の仕事しているフロアの同僚だ。二年前に結婚して、去年に子供ができたとかなんとか。要するに僕とは真逆の存在。現代っ子の言葉で言うなら『リア充』だ。まぁ、どうでもいいか。

 食堂にはちらほらと昼食をとる同僚しかおらず、空席疎らなのだからほかの席座れよ。と言わんばかりに僕は彼を見つめた。


「……」

「そんな冷たい顔をするなよ。一人で食べても楽しくないだろう?」

「一人で食べる方が楽だけど」

「いつもそんな感じだよなぁ。息苦しくないのか?」

「別に……」


 息苦しいとは一度も感じたことがない。


「別に、なら隣いいよな?」


 内川はニコニコしながら隣に座ることを聞いてくる。内心彼のことをうるさいやつだと評価する。


「別にいいよ。僕は食べ終わったらすぐ上がるから、使いなよ」

「えぇ、せっかくだから付き合えよ。友達だろ?」

「同僚だろ。何言ってるんだ」


 僕は、惣菜パンをいつもより大きめに頬張る。


「じゃあ、隣失礼っと……」


 椅子に腰掛けた内川は鞄から弁当箱を取り出した。そして箸を手に持ったあと、手を合わせた。


「……」


 彼の弁当はいつもカップ麺とかの簡易な食べ物が多かったはずだが、今回は手作りの料理が詰め込まれている弁当で、赤緑黄色と色とりどりの色彩だった。

 珍しいと思って彼の弁当を見ていると、その視線に気づいた内川はニヤリと笑う。


「嫁さんが作ってくれたんだ。たまには作ってあげないと。ってな」

「聞いてないけど」

「つれないなぁ。へぇそうなんだ……くらいは言ってくれよ」


 勝手に嫁自慢されても僕は何も面白くないんだけど……と呟き、食べ終わった僕は席を立つと近くに設置されている自動販売機で栄養剤を購入した。

 その一連の動作を見ていた彼は不思議そうな顔をしていた。


「……なんだ?」

「いや、なんかお前充実した様な顔してるなぁって」

「……?」

「なんていうの? 楽しそうっていうか、面白いことでもあったのかなーって」


 面白いこと……僕に面白いことはあったのだろうか?

 ぼんやりと天井を見上げると小学校とかでよく見たへんな模様の板が打ち付けられている。


「どうかしたのか?」


 内川に声をかけられた僕はまた彼に視線を戻した。


「いや、なんでもない」


 それ以上内川と話すことなく、僕はその場を去った。




 ◆




「ただいまー……」


 定時より少し遅く仕事が終わり、時刻は十七時になっていた。

 太陽は大分傾いていた。

 空は青と赤が混ざり合っていて、その間に浮いている雲は紫色に染まっていた。

 鈴奈からの返事はなかった。


「……いないのかな……」


 そういえば、彼女は居酒屋で働いていたっけ……。

 いつバイトをしているのか後で聞いておかなきゃいけないな。

 家に上がると、部屋は僕が出た時より綺麗になっていて、彼女の匂いがした。

 女性特有の甘い匂いはどこから発せられているのだろう。

 僕だけの時は汗臭い匂いがしたのに……シャンプーも一緒のはずなのに。

 ベッドにカバンを置いた時、リビングに置かれている机にラップで包まれている食器が三つと、メモ用紙が置かれていた。


『お仕事お疲れ様です。私は今日仕事なので外にいます。安心してください。どこにも行きませんよ? 机に置かれているご飯食べてください。キッチンにはお味噌汁置いてあるので温めてください』


 ラップで包まれていたのは鶏肉のソテーとほうれん草のお浸し、そしてポテトサラダだった。

 キッチンに向かうと、炊飯器にはまだ炊きたてのご飯と、まだ温い味噌汁がコンロの上に置かれていた。


「……いたせりつくせりっていうんだっけ」


 生活能力がほぼない僕にとっては彼女は助かる存在だな。

 コンロの火をつけた僕は柄にもなく鼻歌を歌った。

 多分、今の子達……とくに鈴奈の年齢だと知らない時代遅れの曲だと思う。


「ふん。ふふん」


 その日食べた夕食も、とても美味しかった。

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