僕と鈴奈の距離
バラバラの下着
「……朝か」
携帯のアラーム音で目を覚ました僕の心には憂鬱な気持ちが漂っている。
携帯は五時半を示していて、閉めたカーテンは明るく、カーテンをすこしだけ開け、隙間から差し込んでくる太陽の光に僕は目を細めた。
「……ふぁぁ……ふぅ……ん?」
欠伸を漏らしながらベッドから起き上がろうとするが、服に何かに引っかかっていたのか抜け出すことができない。
その服に引っかかっていたのは人の手で、布団から伸びている。
「……やっぱりそうだよな……」
布団を捲ると、やはり鈴奈がいた。
前回は全裸だった件について怒られたのを学んだのか、今回は下着だけつけている。
ピンク色のショーツに色が違うブラジャー……突然家を出たという状態の下着である。
「前回も潜り込んできたよな。ちゃんと布団干したはずなんだけど……」
前日に彼女が使う布団を干したはずだが、何か気に入らなかったのだろうか。
そんな僕の心配事を他所に彼女は、全裸じゃないからいいだろうと言わんばかりの主張……いや、その態度に僕は何も言えなかった。
個人的にはちゃんとパジャマなり、なんなりを着て眠って欲しいところだが、彼女の全裸になる理由は理解している。例え彼女に寝巻きとか渡したとしてもきっと使わないだろう。
だからスヤスヤと安心しきった彼女の寝顔に免じて、僕は彼女に布団をかけ直し僕はベッドから抜け出した。
洗面台に向かい、鏡の前に立つ。僕の顎には無精髭が沢山生えていた。
そういえば、鈴奈に出会い系サイトの登録を唆されたあたりから髭を剃り忘れていたな。と思いに耽る。
電動髭剃りは高いと思っている僕はシェービングクリームを取り出した。
「ん……んぅー……あれ、お兄さん……?」
「あ、ごめん起こした?」
噴出音に目を覚ました鈴奈は起き上がると欠伸をした後、ベッドの上で猫のように背を伸ばした。
僕から見るとお尻を突き出しているように見える。
はっきり言うと、それなりに性欲はあると思っている。
だからこう、挑発されてしまうと思うところもあるのだが……やはり相手は未成年。しかも僕より十もしたとなれば自制が掛かるわけだ。
「おはようございますお兄さん。今日は何かあるんですか……?」
「仕事だよ。今日は早番だから」
「ふあ……あふぅ……そうなんですね。早番ってことは、早く帰ってくるんですか?」
鈴奈はとろりとした表情を手で擦った。
僕はから笑いをした。
「早く帰ってこようと思うけど、今のところ忙しくてなかなか……」
「何かあるんですか?」
「まぁ、発表のまとめみたいなやつだよ」
「発表……ですか。面倒臭そうなことしてるんですね」
「全くだよ」
髭を剃り終えた僕はリビングに戻る。
彼女はのそのそと服を着ていた。
「それ僕のじゃないか」
「そうですよ。男性ってこういう唆るんですよね?」
鈴奈は挑発的な表情をしてきた。
彼女は僕のワイシャツを着ていた。幽霊みたいに袖からは手が出ておらず、僕の体が彼女より大きいと言う事実が目の前にあった。
「ほらほら、お兄さん。今着てるワイシャツの下は下着ですよ? どうですか? 唆られますか?」
「まぁ、唆られるといえば唆られる」
「あらま、結構素直でした」
鈴奈は驚いた表情で僕を見た。
たしかに、こういうのは男性の
だがしかし……。
「でも、下着上下バラバラで、子供っぽいのはどうも唆られなくてな。少なくとも、つけていないかもっと大人びたものを着てもらうと個人的には唆られるんだけど……」
「……お兄さんちょっと変態なんですね」
「君が基本的に男性は変態だと言ってたくせに何を言っているんだい?」
むー、と彼女は頬を膨らませていた。
「今度からはこんなことしないようにします」
「そうしてくれ。なんなら、寝巻きとか買ってやるが?」
「……」
不貞腐れた顔で僕を睨んでくる。
これが、さりげない誘い方だ。
相手が自慢げに話しかけてきたのを評価して、足りないところを捕捉しそして買うように誘導する。
「……じゃあ、お願いします」
「よし、今日帰るときに服を買ってきてあげよう」
「なんでそんなに上から目線なんですか?」
そりゃ、勝ったと思ったからだ。
朝一番から気分がいい僕は出勤するために服を着替えた。
「じゃあ、行ってくる」
「いってらっしゃい……あ、お兄さん」
呼び止められた僕は振り返る。
首に何かが触れる。
湿っているような、柔らかい感触。
危険も何もなかった。
しかし僕は驚いた顔をして首を抑え、彼女を見る。
彼女は俯き、頬を赤く染めていた。
「ちぇ、もうちょっと私が身長高かったら頬っぺたにチューできたんだけどな……」
「……お、ま」
「えへへ、初首チューは私ですね」
ニヤリと笑う彼女。
「じゃあ、行ってらっしゃい。お兄さん」
そう言って僕をドンと押して外に追い出すと、強引に玄関を閉めた。
「……ちくしょう」
手で顔を覆った。
頭のてっぺんまで熱い。
「ちくしょう」
彼女に一言何か言ってやりたかったが何も返す言葉がなく、僕は地に足のつかない足取りで職場に向かうことにした。
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