はじめての共同生活

スキゾイドパーソナリテイ障害

 


 穏やかなアラームで、目を覚ました。



 その覚醒は携帯のアラームによって誘われるもので、今となっては携帯がなくてはならない存在となっている。


「……んー」


 ベッドの中で大きく背伸びした僕は携帯のアラーム音を止めようとする。

 しかし僕の携帯はバイブ機能で震えていなかった。


「……」


 僕の携帯ではないものが震えていた。その携帯は僕の携帯のとなりに置かれていて、アニメ会社の作品に出てきた黒猫をモチーフにした携帯のカバーだ。


「……」


 寝ぼけた目をこすりながら、床に敷かれた布団を見る。

 たしか、昨日……神待ちというメールを送られてきてて……そう、鈴奈をこの家に泊めていたんだっけ。

 しかし、布団はもぬけの殻。そこには鈴奈がいなかった。


「……トイレかな……」


 携帯が置いてあるということは、家から出ていないと予測する。

 家を出て行くなら荷物をまとめて出て行くし、携帯がないとおそらくつぎの神待ちができないだろうし。


 ベッドに再び横になって一息ついた僕は、目を閉じる。


「……いやまて、なんで僕の携帯のとなりに彼女の携帯が置いてあるんだ?」


 浮上する疑問に僕の頭は一気に冴える。

 そして、右手には柔らかい感触があった。


「……ん……あ」


 布団をめくる。

 そこには鈴奈がいた。


「……んー……」


 すやすやと安心した表情で眠っている彼女は布団を捲られたことで少し不機嫌な顔をした。


「鈴奈? おい、鈴奈? いや、鈴奈さん?」


 僕は鈴奈の名前を呼んだ。

 彼女はゆっくりと目を開けると起き上がり背伸びをした。

 その姿に僕は石のように固まった。


「……ふぁー……あふ。おはよあございます。お兄さん。今日はいい天気ですね」

「いや、天気がどうとかの前にさ、お前何してるの」


 彼女の姿は謎の光加工をしないといけない姿だった。

 簡潔に、わかりやすく、短く表現するならそれは……。


 全裸だった。


 一糸纏わぬ姿とはこういうことなんだろう。と思うくらいの姿だ。上から下までまじまじと見てしまった。

 下着は? ショーツとかは? そもそも服は……?


「あぁ、私、服を着ていると眠れないんです。だからいつも裸で寝てるんですけど、お兄さんが用意した布団長年は 干していないからか痒かったんですよね。でも、寝る場所がないからお兄さんのベッドで寝たんです」


 僕の思っていることを理解したのか鈴奈は説明をする。

 彼女の指が自分の体をスルスルと蛇のように這わせる。


「お兄さん、どうですか? 一応これでも胸は大きい方なんですけど……」

「服を着ろよぉぉ!」


 僕の今日一番の大声が出た。




 ◆




「うぅ、お兄さんあんな目の前で叫ばなくたっていいじゃないですか」


 鈴奈は両手で耳を塞いでいた。


「キーンって音がまだ聞こえますよ。これ鼓膜破れています」

「鈴奈のバーカ」

「バーカってなんですか。怒りますよ」

「聞こえてるじゃないか」


 彼女の鼓膜が破れた疑惑が晴れたあと僕は、ジト目で彼女を見つめる。


「……全裸で寝てる方がいけない」

「うぐ……」

「たしかに布団を干さなかったのは悪いとは思っているけど、まだ昨日泊まったばかりなのに全力で寛ぐのはどうかと思う。というか裸族なら予め報告するべきだと思う」

「あう……」


 今朝の勝敗。僕の勝ち。

 ……なんの話をしているのやら。


「朝ごはん食べましょうよ。いただきまーす」

「……いただきます」


 話を変えるように彼女は目の前にあるご飯に手を合わせた。

 朝の食卓は質素だった。


 インスタントの味噌汁に、炊いてから一日になろうとしているご飯。そして空っぽの冷蔵庫に入っていた賞味期限切れる寸前の木綿豆腐だった。


「というか、お兄さん。どうやって生きてるんですか。冷蔵庫は何も入ってないし」


 味噌汁をずずずと音を鳴らしたあと、鈴奈は僕に話しかけた。


「朝は基本食べない。昼とか夜は外食だから」

「あー、だからお兄さんあの時居酒屋にいたんですね」


 納得納得と、鈴奈は呟いた。

 僕はいたってシンプルだ。自分が眠れる場所さえ確保しておけばあとはなんでもいいというスタンスを守っていた。

 この部屋も、職場が近いし交通の便がいいから借りているだけだったし……。


「お兄さんはあれですね。スキゾイドな感じがします」

「スキ……なんだって?」

「なんでそこだけ聞き取れたんですか? まるで告白してるような感じじゃないですか」

「うるさいな。そこしか聞こえなかったんだよ」


 クスクスと笑う鈴奈に唇を尖らせる。


「スキゾイドっていうのは、スキゾイドパーソナリテイ障害のことですよ。社会的関係への関心の薄さとか、感情の起伏があんまりない、孤独を選ぶ傾向を特徴とする人のことです」

「へぇ、そんな障害があるんだな」

「今時医学って進歩してるんですよ。お兄さんも何かしらの病気持ってたりしますよ?」


 割り箸を僕に向けてくる。マナーが悪いやつだ。


「スキゾイド特徴って、身の周りへの興味や関心と自己表現力の欠如が顕著なんですよ。人との交流を避け、口数は少なく、抑揚も乏しく、よそよそしい。そして、人と深く関わったりすると、自分と相手が変化したり、相手に飲まれたり、自分の独立性がなくなっちゃうのを怖がっているんです。だから他人との関わりを避けようとするんですよ」

「へぇー。そうなんだ」


 薀蓄みたいな口調だな。


「攻撃的な行動も無いから、脅威を受けたら基本諦めちゃいます。孤独に見えることもあるんですよ? お兄さんみたいじゃないですか」

「……たしかに、鈴奈にすごい剣幕で睨まれた時すぐに諦めてたな……」

「なに、私が脅威みたいな口ぶりですね」

「違う違う、僕は怒られることが嫌いなんだ」


 基本的に、怒られたりするといもしない神に祈ったり、反論しようとしてすぐに口が開かなくなり我慢してしまうからあながち間違ってはいないわけで。

 ふぅん。と彼女が冷たい視線を送ってくる。


「お兄さんの性格は非社交的で静寂、控えめ、そして無頓着だったりします?」

「職場では社会性ぼっちとはよく言われるけど……」

「じゃあ、控えめですね。この部屋を見る限り無頓着ってわかりますし……」


 おそらく長年使われていない布団のことを言っているのだろう。


「嬉しいという感情が起きないとか、子供の頃から、私はこれがやりたいなど、自分の意志を両親など周りの大人から否定され続けて育ってたり、自分の意志を表現しようとは思わなくなったりしてます?」

「……」

「動物や幼児を手懐けることが得意だったりしてますか?」

「まぁ、猫とかに懐かれるけど……」


 まさか自分がそういう障害に陥っているとは思わなかったため、驚愕していた。


「ね? お兄さんは病気なんですよ」

「でも、それって一概に当てはまるとは言えないと思うけど」

「え? なんでですか?」


 彼女は不思議そうな顔をした。


「だって、その圧抑された環境下は日本人全員に当てはまると思うけど?」

「……」


 学校は飛び抜けた杭は打ち付けられ、平均的にさせられる。

 その圧抑された環境でスキゾイドとやらになるな、なんて無理難題ではないか。


「例え僕がスキゾイドとしても、おそらく僕と同じような人間はこの国にはいくらでもいると思うよ」

「ブラックですな」


 鈴奈はぽそりと感想を述べる。

 その彼女の感想に僕は全くだと答えるほかなかった。

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