神待ち
その連絡は『神待ち』というタイトルが一つだけ付いているだけだった。
神待ちという言葉をよく理解していなかった僕は、その言葉について調べた。
この言葉には、『救いの手を差し伸べてくれる人を待つ』といった意味であるが、特に、家出した女性が自分を泊めてくれる男性を電子掲示板などで探すことを意味する表現……とのことらしい。
詰まる所、男の家に転がり込む家出少女のことだという。
しかし、その神待ちという言葉を僕に送りつけてきた女性が、今目の前にいる女性……しかも、昨日まで居酒屋でバイトをしていた彼女だとは思わなかった。
「どうかしたんですか? “お兄さん”?」
態とらしく僕のことをおじさんと言わず、お兄さんと強調をしてくるあたり悪戯っ子のように感じる。
「あ、もしかして、なんで君がここにいるんだって思っていますか?」
「なんで……」
「鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしているからですよ」
「……」
そういえば僕は驚いた顔をずっとしているかもしれない。右手で顔を拭うようにした僕は、深呼吸をする。
ちらりと彼女をみると、昨日の服装とあまり変わっていなかった。
変わったといえば、上の服が『上手いジョークより美味い酒』のプリントが付いているシャツではなく、女性特有の細身の薄手のシャツくらいか。
髪も所々ボサボサしていて、暴れたか喧嘩したかと思わせるような髪型だった。
「なんで、君は僕のやつを知っているんだ」
そんな彼女は、クスクスと笑う。
「あの出会い系サイトのアカウント、作ったの誰ですか?」
「それは僕……」
「と、私ですよね?」
あ、と短く言葉を漏らした。
酔っていたから全然覚えていなかった。このサイトのアカウントを作ったのは僕と彼女だ。
「お兄さんのアカウント名を私は覚えていたので、私のアカウントからお兄さんに連絡したんですよ」
「そんなこと……」
「嵌められたと思ったなら謝ります。ごめんなさい」
彼女は素直に頭を下げる。
謝るときは謝る。そんな彼女の姿勢に僕は怒る気にもなれなかった。
どうしようかと考えていると、頭を下げていた彼女はばっと顔を上げた。
「お兄さん、お腹すいたのでご飯食べませんか?」
「え?」
彼女から腹の虫が空腹だと叫び散らす音が聞こえてくると、彼女はお腹を宥めるようにお腹をさする。彼女の顔が赤くなっていた。
時刻は午後六時半。普通なら夕飯を食べ終わっている時間だ。
目の前にいる彼女の服装があまり変わっていないということは、おそらく昨日から家に帰っていないのだろう。
「とりあえずバーガーに行きましょうよ。お腹すきました」
「あ、うん」
ここはゲームセンターの駐車場で、このゲームセンターにはバーガー店が中にある。
彼女は僕の手を引くために手を繋いできた。
「私、テラマックって言うやつ食べてみたいんですよね」
「テラ!? 食べれるの? 大丈夫?」
ちらりと看板代わりの見ると、そこには四段重ねになってるバンズに、一段毎にパテが2枚ずつ挟まっている代物がでかでかと飾られており、その下にはテラマックと書かれていた。
テラはおそらく、キロ、メガ、ギガ、テラのテラのことを言うのだろう。
昔ギガマックが出たときはこれ一個で満腹になったのを覚えている。
彼女のこの細い体のどこにテラマックが入る余地があるだろうと考えてしまった。
「はい、昨日の賄い飯からずっと食べてなくて……お腹ぺこぺこなんですよ」
「そ、そうなんだ」
ぎゅっと、抱き寄せ密着させてくる彼女。
ふんわりとしたシャンプーの匂いと汗の匂い。そして女性特有の柔らかい体に生まれてこのかた一度も女性との触れ合いがなかった僕には刺激が強すぎる。
「ほら、早く行きましょうよ」
ニコニコと何事もないという雰囲気を出す彼女に、僕は何も答えれなかった。
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