第127話 魔女と姉妹
翌朝、ひとりの部屋で目覚めた僕は洗面やトイレといった身支度をすませるために浴室に向かう。そういった設備は浴室と同じ場所にあるからだ。
身支度をすませて、メリンダさんの部屋に行くと二人とも起きていた。
「おはようございます。」
「あ、ミルアだ。なにかたべるものもってる?」
「よく眠れましたか。」
僕はマリアの望みにこたえるため、手に持っていたバッグの中から果物を取り出す。
「はい、どうぞ。まだあるからね。」
「ありがとう。わたしからも、これあげる。」
果物と交換するようにマリアから手渡されたのは、黒くて丸いふわふわしたもの。
「これは、魔力を固めたもの、かな。」
「わたしのつくったつかいまだよ。」
マリアはそう言うと、手にした果物を食べ始めた。渡したのはリンゴのように皮ごと食べられるものだったから、丸かじりしている。
「魔法の使用に限定したとはいえ、たった一晩でこれほどのものを作れるとは驚きです。さすが湖の魔女の身体を受け継ぐものというところでしょうか。」
果物に集中しているマリアのかわりに、メリンダさんが説明してくれた。つまりセブンやナインのように見た目を動物に似せたり会話をする能力は無く、魔法の使用をサポートする為の限定された能力を持つ使い魔をマリアが作ったのだろう。
湖の魔女の身体を受け継ぐというのは、昨日の話からそうだろうとは思っていた。次の段階に進んで、身体から自由になった湖の魔女アルミルア。そのアルミルアが出て行ったあとの残された身体、それが今のマリアなのだろうと。その推測が当たっているのか、確認しておきたいこともあって質問した。
「次の段階に進んだ魔女の残された身体というのは、どうなるものなのですか。」
「しばらくは残された魔力で生きたまま眠っているような状態で身体は維持されますが、魔力が失われると通常の死体を同じようになってしまいます。私の知る限りでは、残された身体が目覚めたのはこれが始めてです。」
「どこかに行ってしまった次の段階の魔女が戻ってきたことはあるのですか?」
「私の知る限りではありません。」
「ミルア、もっとたべたい。」
とまあそんなかんじで朝食代わりの果物を何個も食べているマリアの横で、メリンダさんから話を聞くことができた。僕が身体を借りているミルアは、おそらく湖の魔女の一族だろうというのがメリンダさんの考えだ。ミルアの記憶にある、いつか戻ってくる誰かに身体を使わせること、というのも精神だけになった湖の魔女が戻ってきたときのことを考えて代々伝えられてきたことなのだろう。僕の転生を無条件で受け入れたというのも、言い伝えの相手だと間違えられたからなのかもしれない。
「ところで、もうすぐ私が目覚めたことがまわりに知られてしまうでしょう。」
「それはアイちゃんの買ってきたお菓子を回収にくるからですか?」
「いえ、それは毎日ではなく数日に一度のことですからまだ大丈夫です。ですが私が目覚めて活動している気配は伝わってしまいます。普段でも使い魔の動きはあるのですが、それと比べても魔力の使われ方が増加していることでわかるのです。」
「そうなんですか。」
「まあ普段はもっと寝起きが悪いので、気が付いてもしばらくはそっとしておいてくれると思います。」
メリンダさんはそう言うと別の部屋に行った。残された僕はこのあとはどうしようかと考えた。このままここにいると面倒なのでこっそり帰ってしまおうかなみたいなことも案として浮かんだ。これはこの世界での王族のような立場にあるメリンダさんと一緒にいることによる面倒があるのではないかという昨日も考えたことでもある。
「ねえ、マリア。」
「なあに。」
手持ちの果物を食べ終わって満足そうなマリアは、機嫌よく返事をした。
「もうそろそろ帰ろうかなと思ってるんだけど。」
と面倒を避けて帰りたいという僕の希望を言ったのだけど、
「ん~、わたしはもうすこしのこってメリンダとまほうのれんしゅうしたい。ミルアはさきにかえってもいいよ。」
みたいに言われてしまった。昨日もメリンダさんと話が盛り上がっていたようだし、魔法が得意な二人は何かと気が合うのかも。しかしひとりで帰るといっても、僕は飛べないしなあ。
あ、でもさっきもらったこれを使えば出来るのかな。僕はマリアからもらった黒いふわふわしたボールみたいなのを手にとった。魔力を軽くながすと反応があり、メニューを選択するような感じで魔法がつかえそうだというのがわかった。
「ひとりで帰ろうと思ってるのかしら?」
いつの間にか戻ってきたメリンダさんが話しかけてきた。僕らの話を聞いていたんだろうか。
「えーと、そういう選択肢もありかなあとは考えています。」
どこまで聞かれていたかはわからないけど、正直に答えておく。
「でも少し遅かったかも。」
「えっ、それはどういうことでしょう。」
「先ほどここへの来訪者が来るという知らせがあったの。今アイちゃんを迎えに行かせてるわ。」
メリンダさんが手で指し示した方からアイちゃんがやってきた。その後ろを誰かが付いてくる。女の人だ。
「お目覚めの様子なので、まずはご挨拶に伺いました。」
その女性はそう言うと深く頭を下げた。話し方や身なりからして上品な人で、年はメリンダさんよりもだいぶ上か。ナタリアさんみたいに大きな子供がいても不思議はないくらいの年齢だろう。
「わざわざの挨拶ごくろうさま。」
メリンダさんも同じように上品に返事を返したが続けて、
「挨拶も済んだし、いつもみたいに気楽に話してちょうだいな、グーちゃん。」
と、いきなりくだけた感じになった。
言われた側の女の人もいつものことなのか、特に驚いた様子も無く受け入れたようで笑顔になって言った。
「わかったわ、お姉ちゃん。急に起きて何かあったの?」
この二人は姉妹なのか? でも明らかに若い見た目のメリンダさんがお姉ちゃん、なんだろうか。と後ろで不思議に思っていたらメリンダさんがこちらを振り返った。
「紹介するわ。私の妹のグリンダよ。」
メリンダさんもそう言ったので、メリンダさんが姉なのだろう。
「こんにちは、グリンダと申します。あらっ、」
紹介されたグリンダさんはまた上品そうに戻った感じで挨拶してきたが、何かに驚いたみたいだ。あれっ、この人何か見覚えがあるような。
「こんにちは、きのうあったひとだ。」
マリアの言葉で思い出したが、昨日お菓子を食べた店で会った人だ。
グリンダさんもマリアの言葉で確信したのかなにやらうなずいている。僕とマリアを見て、どちらかというとマリアを重点的に見ている。あれはマリアの首にいるセブンを見ているのかも。
「昨日はありがとうございました。」
僕もちゃんと覚えていたようなふりをして、昨日のお礼をいっておく。眠りの魔女の話を教えてもらったりしたからだ。
「いえいえ、私が教えるまでもなかったのかしら。でもひょっとして、あなたたちもアインちゃんを見に来ていたということなのね。」
ちょっと誤解されてしまった気もするけど、訂正はしないでそのまま黙っておく。このグリンダさんがあの店にいたのは偶然ではなくアイちゃんが買い物に来るのを知っていてということなんだろう。
「あら、あなたたち知り合いなの?」
不思議そうなメリンダさんの声。
「きのう、おかしをたべたおみせであったんだよ。」
マリアが答える。
「そうなの、不思議な偶然ね。」
とメリンダさんが言えば、
「ふふふ、それでは偶然ということにしておきましょう。」
とグリンダさん。この二人は姉妹といわれると確かに似ている感じがする。ただここで僕が本当に偶然あの店に行って、その後でセブンに会ったりメリンダさんの所に来たのも偶然なのだと言っても信じてもらえそうに無い。まあどこかで訂正の機会があれば言うとして、今は無理に主張しないでおくことにした。
「ところで、さっきも聞いたけど急な目覚めは何かあったからなの?」
**********************************
登場生物まとめ
ミルア:僕が一時転生している女の子。魔力は強いけど、僕では魔法はほとんど使えない。
マリア:謎の女の子。自分の名前も覚えていないので、僕が名前を付けた。魔法は使えて魔力も多い。甘い物好き。
メリンダ:眠りの魔女。一年の大半を眠ってすごしている。使い魔にセブンとアイちゃんがいる。
グリンダ:メリンダの妹。メリンダはグーちゃんと呼ぶ。
ナイン:使い魔。身体の大半が魔力なので、魔法は使えるけど使うと身体が減るらしい。
アリシア:貴族の少女。魔力はかなりある。魔力を使うとお腹が減るらしい。
ノーラン:貴族の青年。魔力はそれほどでもないが、魔法は使える。
ナタリア:アリシアとノーランの母親。湖の街を治めるレイク家の当主夫人。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます